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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
一章 物語プレリュード
11/66

10 逃避行動

祝、お気に入り件数1000突破!

ありがとうございます!

 よ、余計な事を……!

 緋之瀬先輩の言葉で、四人の視線が一斉に音楽室に向く。

 私は気付かれぬよう、慌てて扉の前から退いた。


 「有り得なくもないですよね? 篠之雨先生?」

 「……確かめるべきだろうな」

 「だよね……もしかしたら、怖くて隠れてるかも」


 栞宮先輩、緋之瀬先輩、篠之雨先生の三人の会話が聞こえてくる。

 どうやら、私がここに居るかどうか確かめる為に入ってくるようだ。

 万事休すとは、まさにこの事。

 私はここに居るけど、居ないんで来ないでください……!

 近くなる足音に急かされながら、私は慌てて隠れ場所を探す。

 全身隠せる場所なんてっ……!!

 焦って辺りを見渡す中、音楽室の隅に置かれた掃除用具入れがぱっと目に入った。

 隠れる場所なんて、彼処くらいしか見当たらない。ベタな隠れ場所だと思いながらも、私は音を立てないように気を付けつつ、急いで掃除用具入れに身を隠すと、最大限まで気配を殺す。

 大丈夫。黙ってれば、大丈夫……と、思いたい。


 「……綾部さん、居ない?」

 「綾部ちゃんの匂いは何となくするけど、略巫の香りにかき消されてるっぽいなぁ……」


 足音が近付く。話し声が聞こえる。私はただ静かに息を殺す。

 心臓がばくばくと激しく鼓動を刻んで五月蝿い。

 それに、酷く狭い掃除用具入れの中はとても窮屈だ。

 早く、早く、どっか行って……!

 見つかる訳にはいかない。見つかれば間違いなく、これからのシナリオに巻き込まれてしまう。

 私はただ静かに、胸の前で両手を結んで祈った。


 「行き違い? ……な、筈はないと思ったんだけど……」

 「悠里、その生徒の匂いが濃い場所は?」

 「あー、っと……無理! 香りの抑えてない与幸の巫の近くで普通の生徒の匂いを辿るのはちょっとね~?」


 篠之雨先生の悩ましげな声が聞こえる。続いて、緋之瀬先輩と栞宮先輩の声。

 先程よりも近い気がするけれど、まだ私の隠れ場所は分かっていないようだ。

 やはり、と言うべきか……与幸の巫の香りで私の匂いが掻き消されているらしい。

 

 「あ、の……」

 「ああ、ごめんね? 北條さん。君には今からちゃんと説明するから……」

 「……はい」


 音楽室内を見て回っているだろう三人に、今まで黙っていた北條さんが声を掛ける。

 それに、篠之雨先生が申し訳無さそうに返事する。


 「ん~……綾部ちゃんは取り敢えず、念の為に会った時にでも話聞くって事で……今は巫の説明を先にしますか?」


 暫し音楽室内を確認した後に、栞宮先輩がそう提案する。

 そして、四人は二言三言交わし、音楽室を出て行ったようだった。

 足音が完全に遠ざかった所で、私は掃除用具入れから出る。

 やっとこの狭い空間から解放され、口からは安堵の溜め息が漏れた。

 はぁ、良かった……。少し目撃者として疑われてた感はあったが、ここで見つからなかった訳だから、白を切り通せば平気だろう。

 取り敢えず、早くここから出なきゃ。いつ誰がまたここに来るかも分からない。

 一刻も早く現場から立ち去りたい犯人の気分を味わいながら、私は静かに辺りの気配を探りつつ、音楽室を後にした。

 補足だが、廊下に散乱していた屍累々な餓鬼達は、篠之雨先生が去り際に処理したようであった。






 ◆




 音楽室を出た後、私は何事もなかったかのように荷物運びを再開させた。

 途中、約束通りに現れた篠之雨先生に謝罪混じりに、「さっき音楽室に行ったら、居なかったけど……どうかした?」と問われたので、当たり障りなく「お手洗いに」と返しておいた。

 それで篠之雨先生は納得した風だったので、後の問題は会長と副会長か。

 イベントに直接巻き込まれなかった事は良しとするが、二人に疑われているのは正直面倒臭い。

 私は最後の荷物を運び終え、一時的に職員室に置かせて貰っていた鞄を回収した後に、再び玄関へ向かい廊下を歩く。

 なんか、ドッと疲れた気がする。

 肩が痛い。足が重い。部屋に戻ってベッドに飛び込みたい。


 「……あ」


 ふと、前方から見知った人物が歩いてくるのを確認した私は、思わず声を上げてしまい、慌てて口を噤む。

 緋之瀬先輩、何で……もう北條さんとの話は終わったのだろうか?

 疑問に思いながらも、私は無難に通り過ぎようと、俯きがちに歩く。


 「! ……おい」


 すれ違い様、一瞬目があってしまったかと思うと、緋之瀬先輩は振り返り、ぱしりと乾いた音を立てて私の腕を掴んだ。

 私は唐突に進めていた歩を止められ、目を見開く。

 何? 何故、緋之瀬先輩が私を引き留めるの。

 私の名字は聞いていたとしても、顔はまだ知らない筈じゃ……?


 「っ! ……何、でしょうか?」

 「……お前」


 眉間に皺が寄りそうなのを押さえながら、私は問うが、彼はそれを無視して、ずいと顔を近付けてくる。

 驚いて私は身体を仰け反らせるも、そんなのお構い無しに、彼は私の両肩を強く掴むと、引き寄せ、首筋に顔を寄せた。

 ち、近い近い近い近いッ……!!

 そして、痛い! 肩っ、握り潰すつもり?! 加減しろっ、バカ吸血鬼! 私はただの人間だ!

 緋之瀬先輩の謎の行動に、私はただ内心で悪態を付く。


 「この香り、お前が……綾部か」

 「…………は?」


 近い距離のまま、私に向き直り告げる緋之瀬先輩に、私は声を洩らす。

 え、何? 匂いで分かった……?

 巫の香りに掻き消されてたんじゃ……?


 「巫とはまた違う。変わった香り……クチナシの、香り」

 「っっ?!!」


 目を細め、私を真っ直ぐに見つめて言う緋之瀬先輩を、私は思わず突き飛ばす。

 不意打ち故か、肩から手は外れ、私は緋之瀬先輩とあっさりと距離を取れた。

 私に突き飛ばされた緋之瀬先輩は多少よろける。

 私はそんな緋之瀬先輩を意味が分からず凝視した。

 な、何だ何だ何だ何なんだっ…!!!

 クチナシ?! 私からそんな香りするの?!

 今日は香水を付けていないにも関わらず、花の香りがすると言った緋之瀬先輩の鼻を疑う。

 吸血鬼だもの。色々優れてるのは知っているけど、でも……クチナシの香りに思い当たる節なんてない!


 「……」

 「な、何なんですか……いきなり」

 「あの場にいたんだろう……?」

 「何の話ですか……」


 これは、カマを掛けられてる……?

 それとも、本当にバレて……?

 緋之瀬先輩の問いに知らん振りをしながら考える。

 緋之瀬先輩は栞宮先輩程の切れ者ではない。が、決して頭は悪くない。

 寧ろ良い方だろう。正直、こういう人は端から敵に回すべきではないと思うんだ、私は。

 こればっかりはとぼけるけど。


 「…………」


 意味が分からずに困惑している体を装ってみた所、緋之瀬先輩は何を思ったのか、一瞬で折角開いた距離を埋め、私の顎に手を添えて上を向かせると、私の目を自らの目と合わさせる。

 ああ、もう! だから、近いってば!

 無駄に整った顔でこっち見ないで! 

 再び近い距離に慌てながらも、合わせられた目を見る。

 緋之瀬先輩の濃紺の瞳が赤く染まり、心なしか瞳孔が細く鋭くなっているような……。

 えっと、これはもしかしなくても魔眼、使ってらっしゃる……?

 ふと、気が付いた事実に口元が引きつる。

 私、それ効かないんだけど……掛かったフリした方が良い感じ?

 新たに発生した問題に、私は頭を捻る。

 魔眼とは、吸血鬼の力の一つであり、目を見た相手に一時的な暗示を掛ける事が出来る代物なのだが……如何せん、相手にもよるのだ。

 陰陽師や妖怪、霊力持ちは多少耐性があるし、栞宮先輩や私に至っては全く効かない。

 要は保持する力の有無である。


 「あ、綾部さんっ……!」

 「安泉さん?」

 「……?」


 私がどうしたものかと、緋之瀬先輩の魔眼を見つめていると、不意に背後から声が掛かった。

 それと同時に緋之瀬先輩がぱっと私から離れたので、私は声の主へ顔を向ける。

 緋之瀬先輩も私同様に顔を向けると、そこに居たのは、安泉さんであった。

 私的には助かったんだが、どうかしたのだろうか?

 放課後、安泉さんは私より先に慌てて教室を飛び出して行った筈なのだ。

 そんな彼女が、何故ここに……?

 私は静かに首を傾げた。


 「ここに、居たんだね……あの、一緒に帰る約束、したよねっ……?」

 「え、あ……と……」   


 安泉さんは私の元まで駆け寄ってくると、途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。

 私は身に覚えのない約束に、思わずきょとんとした表情で安泉さんを見つめた。


 「い、行こ?」

 「あ、うん。あの、じゃあ、これで失礼しますね」


 安泉さんがちらりと緋之瀬先輩に視線を向けた後に、私の手を引く。

 そんな緋之瀬先輩から逃げる絶好のチャンスに私は頷くと、緋之瀬先輩に一言告げ、会釈する。

 そして、背中に緋之瀬先輩の何か言い足そうな痛い視線を受けながら、そのまま安泉さんに手を引かれるままに歩いた。


 「……いきなり、ごめんね? 困ってる、みたいだったから……迷惑、だった、かな……?」


 緋之瀬先輩の姿が見えなくなって少ししてから、安泉さんがくるりと振り返って不安げに言う。

 ふむ、なるほど。私が緋之瀬先輩に絡まれている所にたまたま通りかかり、困っている風に見えたから助け出してくれた、と。やばい、安泉さん様々じゃないか。

 恐らくあの時、端から見たらキスでもしそうな勢いで緋之瀬先輩に迫られているか、はたまた、何か悪い事をして詰め寄られているように見えた事だろう。

 はっきり言って、前者も後者もやだ。どちらかと言うと、後者の方が近いのだが。

 今思えば、大分勘違いされそうな体勢だった。


 「ううん、そんな事ない。助かったよ? ありがとう」

 「なら……良かった……」


 不安そうな安泉さんに、私は首を横に振ると、にこっと笑みながらお礼を言う。

 すると、安泉さんはホッとしたように安堵の溜め息を零すと、安心したように柔らかく笑った。

 それがとても可愛らしく眼福で、少し口元が緩んでしまったのは私だけの内緒だ。




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