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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
一章 物語プレリュード
10/66

09 盗み見

やっと、書き上がり!

今回、主人公の出番あまりないかもです。

 え、は……? え?

 一瞬、頭が真っ白になった。

 私はこの声の主を知っている。北條さんだ。

 けど、何でこんな所で、こんな近くで……。

 悲鳴の感じからして、出所は恐らくここを出て直ぐの廊下からだろうか。

 ああ、頭が痛い。

 私は音を立てないよう、ひっそりと扉を少し開けて外の様子を伺う。

 視界に映るのは変わらない廊下と……そこにへたり込む北條さん。それに、でっぷりとした大きな腹と、落ち武者のようなボサボサの頭髪。大きさは子供くらいだろうか。肌はくすんだ灰色をしている、人ならざるもの。

 あれは────餓鬼か。


 「っぁ……!」


 北條さんが餓鬼に襲われている光景を見て、不意に頭の奥底に沈殿していた記憶の粒子が浮上した。

 ああ……! そうだ、思い出した。

 私は何をやっているんだ。これは、そう……プロローグイベントじゃないか。

 本来、篠之雨先生に荷物運びを頼まれるのは北條さんで、イベントの発生場所は音楽室だったんだ。

 あぁあぁー! 篠之雨先生、何で私に頼み事したの! これ、北條さんに頼む事じゃないっ!

 私はぐしゃぐしゃと髪を掻き乱すと、頭を抱えた。

 じゃあ、北條さんは何故こんな所に? 何かを頼まれた風でもないのに。まさか、シナリオに沿う為に餓鬼に追われてここまで?

 私は北條さんを観察しながら、頭を捻る。


 「……っだ、誰か!」


 北條さんの悲痛な声が響く。その身体は、迫り来る未知なる化け物に対して、恐怖にかたかたと震えていた。

 けれど、無情にも餓鬼の手は北條さんに向けて伸ばされる。

 ……助けはまだない。

 見た感じ、もう現れてもいい頃合いだと思う。なのに、来ないのだ。助けが、一向に現れる兆しが見られない。


 「何やってるんだ、攻略対象共……!」


 ぎりっ──唇を噛み締め、小さく悪態を付く。

 どうして、現れないの。

 こうしている間にも、視界に映る北條さんは餓鬼に追い詰められていく。

 これも歪み? 確かに荷物運びも日付も多少のずれが存在している。

 じゃあ、もしかして、助けは来ないの……?

 一抹の不安が胸中を過ぎる。

 今はまだ迫る餓鬼に北條さんはへたり込みながらも、何とか後退って逃げているけど、そんなの何分と持つ筈がない。

 片や妖怪、片や一般人。力の差など歴然としている。

 私や他の妖怪にとっては弱いと感じる相手でも、一般人にとってはその脅威は計り知れない。対処の仕方など知らないのだから。

 私はスカートのポケットに手を突っ込む。指先に紙の感触が伝わった。

 御札はある。この距離ならいける。

 私が、助けるべきか……。いや、端から見捨てるだなんて選択肢はない。もし、本当に助けが来ないなら。間に合わないのなら。

 私はポケットから引っ張り出した御札を、右手の人差し指と中指に挟んで構える。

 身体を落ち着かせるように深呼吸を一つ。

 そして、左手を扉に添えた。


 「狐火」 


 それと同時に、凛とした声が響く。

 その声に呼応するように、北條さんと餓鬼との間に橙色を灯した炎の球体が出現した。

 餓鬼は後退り、北條さんは今度は何だと言わんばかりに目を丸くしている。

 そんな中、きらきらと光る銀糸を揺らしながら、何かが凄い早さで餓鬼に接近すると、綺麗な蹴りを見舞った。

 餓鬼の身体が宙に浮き、一瞬で飛ばされる。

 炎の球体はもう消えていた。

 …………で、出て行かなくて良かった。うん、危うく鉢合わせだよ。

 私は扉に手を掛けた体勢で制止したまま思う。内心冷や汗ものだ。もうちょっと攻略対象の登場が遅かったら、私は自ら舞台のスポットライトを浴びに行ってしまう所だった。

 私はホッと胸を撫で下ろすと、御札をポケットにしまい直し、やっとお出ましになった攻略対象に視線を向けた。

 さらりとしたショーットカットの銀髪に、濃紺の瞳。陶器のように透き通った白い肌。口元には鋭い犬歯がちらりと伺える。中性的な顔立ちをした美人系イケメンな彼の名前は緋之瀬怜也ひのせれいや。攻略対象であり、生徒会長であり、吸血鬼である彼は学園の三年生で、栞宮先輩の幼馴染みでもある。飄々とした栞宮先輩とは対照的に、緋之瀬先輩はクールで他者に対し冷ややかな印象。あまり人間関係の構築に積極的でなく、多少無口なのだが、さり気なく見せる優しさが堪らなくプレイヤーに受けたとかなんとか。

 性格的に、緋之瀬先輩より栞宮先輩の方が生徒会長向きな気はするのだが、そこは栞宮先輩の押しとフォローで成り立っているらしい。

 ゲーム内でヒロインが彼のルートを選んだ際、彼は綾部鎮馬と激しく敵対し、幾度か戦闘を繰り返す。シナリオによっては、綾部鎮馬が無理矢理血を奪われるシーンがあったりするせいか、私は密かに彼が苦手だったり。


 「間に合ったみたいだね~」

 「……悠里、油断するな。まだ居る」

 「分かってるよ」


 この場にそぐわぬ暢気な声と共に、一番最初の炎の球体を出現させた張本人であろう栞宮先輩が現れる。

 その軽い態度に、緋之瀬先輩が注意を入れると、栞宮先輩は笑って頷いた。

 それと同時に、先程の餓鬼が飛ばされた廊下の奥から、新たな餓鬼がわわらわらと現れる。

 見た感じの数は、両手では足りないくらいだろうか。

 栞宮先輩と緋之瀬先輩の瞳が鋭く細められ、餓鬼を射抜く。

 餓鬼の大量発生と、先輩方が戦闘態勢に入ってる事から、恐らく、この場には既に人避けの術が施されているのだろうが……さて、私はこれからどうしたものか。

 見つかった時点でジ・エンドは確実。ならば、逃げる?

 どうやって? 人避けがされている以上、無闇に移動しない方がいい。術によっては私の存在を探知され、見つかる可能性がある。

 このままじっとしている他ないか。案外、その方が見つからないかもしれないし。

 与幸よたかかんなぎと言うインパクト大の香りがこの場を覆っている訳だから。


 「……そいつは任せた」

 「了解~」


 ちらり、視線だけを向けて告げる緋之瀬先輩に栞宮先輩が軽く返事を返す。

 その掛け合いが引き金の如く、大量に湧き出た餓鬼達が一斉に先輩方に群がる。

 緋之瀬先輩は向かい来る餓鬼を冷たく見据え、栞宮先輩は北條さんを背後に庇う。

 栞宮先輩に庇われた北條さんは、びくりと震える身体を抱き締めながらも、先輩方と餓鬼に視線を遣った。

 私はただ静かに固唾を飲んで見守る。

 それからは、圧倒的だった。

 緋之瀬先輩は襲い来る餓鬼達を素手で切り裂き、華麗な回し蹴りを見舞い、決して後ろに控える栞宮先輩等に餓鬼が行かないように、素早く撃退していく。

 その光景を栞宮先輩はさも当たり前のように見守り、北條さんは半分放心状態になりながら凝視する。

 まあ、普通は驚くよね。端から見たら、人間が化け物と対等……いや、それ以上に戦っているんだから。実際は緋之瀬先輩は人間じゃないけど。流石は吸血鬼、と言った所だろうか。

 動きが素早く、繰り出される攻撃は重く、一撃で相手を沈める。


 「……あなた、達は……何者?」


 程なくして、餓鬼達を殲滅し終えた緋之瀬先輩が、北條さんに向き直る。

 北條さんは緋之瀬先輩と栞宮先輩を交互に見やり、ぽつりと絞り出すようにそう問い掛けた。


 「こんにちは、巫。オレ達は妖怪だよ」


 緋之瀬先輩が気怠げに栞宮先輩に視線をやると、栞宮先輩は苦笑した後に、にこりと笑みを浮かべて北條さんに正体を告げる。

 それと同時に、栞宮先輩の臀部からはふさふさとした髪と同様の金色をした九つの尾が現れた。頭部には尾と同様の、狐耳も生えている。

 栞宮先輩の背後に揺れる柔らかそうな尾を凝視しながら、北條さんは目を見開いて硬直した後、何かを言おうと口を開く。


 「はぁー、早いよ、二人共~!」

 「亨椰が遅いだけだ」

 「ちょ、今は先生付けようかっ……!」


 北條さんの開き掛けた口を閉ざしたのは、少し疲れた様子で廊下を駆けてくる篠之雨先生であった。

 やっと到着した教師に、緋之瀬先輩が棘のある言葉を投げ掛けると、篠之雨先生は棘より呼び捨てに反応する。

 確かに、生徒が先生を呼び捨ては些か問題が……。

 まあ、吸血鬼にとってはそんなのさして問題ではなさそうだけれど。


 「しの、のめ……先生……?」

 「大丈夫だったかい? 北條さん」


 訳の分からない状況下に置いて、現れた知り合いに、北條さんが困惑した表情を浮かべた。

 そんな北條さんに、篠之雨先生は心配そうに話し掛ける。

 この光景は、ゲーム通りのものであり、掛け合いも然り。多少ズレはあったものの、シナリオはちゃんと機能しているようだ。


 「…………あーっ!!!?」

 「いきなり何です~?」

 「さっきさ、僕……綾部さんに荷物運びを頼んだんだけど……その運ぶ場所が、音楽室なんだよね」


 無事にイベントが終わったのを見届け、私が安堵の溜め息を吐くと、篠之雨先生が不意に思い出したように叫ぶ。

 思わず肩が跳ねるものの、既の所で口を両手で押さえ、出掛かった悲鳴を噛み殺す。

 ……びっくりした。

 唐突な事に北條さんも肩が揺れているし、栞宮先輩も首を傾げている。緋之瀬先輩は唯一無反応だ。

 篠之雨先生は口元を僅かに引きつらせながら、叫んだ理由を告げる。

 ちょ……私の事は放っといて! 忘れたままでいいから!

 心内で懇願するも、届く筈などなく、話の関心が私に逸れる。

 やはり、篠之雨先生は私にとっての疫病神か。毎回タイミングの悪い篠之雨先生が、私の中で疫病神認定されるのは当然の流れだろう。


 「それってちょっと不味くないですか?」

 「うん、見られてたら不味い」


 栞宮先輩と篠之雨先生が苦笑しながら話す。

 北條さんはまだ放心状態が抜けきらないのか、黙って事の成り行きを見守っている。


 「まだ、居るんじゃないのか?」


 緋之瀬先輩のその一言で、この場の空気は一瞬にして固まった。




. 

遅ればせながら、お気に入り500件突破ありがとうございます!

更新はこの通り、亀並かと思われますが、何卒よろしくお願い致します。

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