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りいんかぁねぇしょん ~あまり甘くない転生物語~  作者: 葵尋人
一幕 人生の終わり、遊戯の始まり
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第四話 開け胡麻、閉じろ命

 神から得た力で存分に復讐心を、ある意味では欲望を満たしている僕は、きっと虎の威を借る狐に違いないと。

 借り物の力で、僕の基準で悪と認識したものを断罪している、虎の威を借る狐に過ぎないと。

 きっと、他人(ひと)は僕のことを嘲笑するだろう。

 道化そのものだと、破顔し、腹を抱えて、転げ回るということは容易に想像がつく。

 けれども――虎の威を借る狐であっても、溝鼠(どぶねずみ)の喉笛を噛み切ることくらいは出来るのだ。



 †


『宮間鉄工所』

 ――悪魔の巣窟(奴等の溜まり場)たる廃工場の名前である。

 その巣窟の主達を大野の携帯を使ってメールで呼びつけた僕は、その工場の、トタンで出来た穴だらけの屋根の上に立っていた。

 指定した時刻は午前零時。

「そろそろだな……」

 僕は屋根に耳を押し付け、工場の内部の音を探る。

「大野のヤツ、呼びつけた癖に、まだ来てねぇってどういうことだよ」

 まず声色が一つ。

 蝦蟇蛙(がまがえる)にも似た、脂の乗った若さをまるで感じさせないこの声は桐島のものであろう。

「アイツぁ、いつもそうじゃんか。今更気にしてたら。付き合ってけねぇよ」

 そして、さらにもう一つ。

 ラとドとソの音を欠いた横笛のような耳障りな声。三戸部のものに違いない。

「ヒャッヒャッヒャッ!! 違ェねえや!!」

 そして、最後に一つ。

 基本も糞も分からない馬鹿が、格好を付けてアンプに繋いだエレキーギターを掻き鳴らした、鼓膜に悪い声は、小阪のものだ。

「揃ったみたいだな」

 顔を上げ、そう呟いた僕の頬は、図らずも、緩んでいるようであった。

 思惑通り。

 彼等は昔と変わらずこの場所を溜まり場にしているようであった。

 五年前から何も進歩していない彼等だから、きっとここを未だに溜まり場として使っているのだろうと当たりをつけてみたがやはりその通りだった。

 自分の思惑通りに運び、愉快。変わらぬ彼等の馬鹿さ加減に痛快。

「さて、殺しに出向こう」

 そして、僕は右手を高々と振り上げ、僕と彼等とを挟んだ(とばり)を打ち壊そうとした。

 しかし、

「……おっと、いけない」

 僕はその手を止めた。

 よくよく考えれば、屋根を叩き壊すなんてことをすれば凄まじい音が立つ。

 今は深夜と呼ばれる時間帯。大抵の人間は寝入っている頃だ。

 あんな連中が死ぬ程度のことで、何の罪も無い人々の安眠が妨げられるなどあってはならないことだ。

 では、どうしようか? 一々屋根から降りるのも面倒臭い。

 ともすれば、だ。

「使うか、あれを」

 あれとは、正直不要だと思っていたもう一つの特典のことである。

 これを神が付ける等と言い出した時、僕はやり過ぎだと思ったし、趣向に合わないとも思った。

 例えるならば、拳銃で済むのに、対戦車砲を渡されるような心境である。

 同時に、異端者を十字架刑に掛けたいのに、裁判長から電気椅子にしようなどと言われた裁判官の心境でもある。

 そういった理由から使うことはないと思っていたが、物は使いようという言葉もあるということを思い知らされた。

 今が使い時である。

「Process1。特典を使用することを考えながら、能力効果を与える対象物を思い浮かべ、体の一部を対象物に触れる」

 神が以前に説明した二つ目の特典の使用方法を思い出しながら、僕はその手順に従い屋根に手を触れる。

 ――屋根の上に立っているのだから、それだけで触れたことにはなっているとは思うが、服や靴も体の一部に含まれるのか疑問ではあったからここは一応手を触れておいた。

「Process2。対象物の特典起動効果範囲を決定」

 神曰く、対象物が人や動物ならば、『頭』や『左足』という指定も出来るのだが、ものは屋根である。

 そこで、手の触れている箇所から、半径35cmの円形を効果範囲に指定した。

「Process3。対象の発動条件の指定」

 此処はどのようにしようかと少しばかり迷った。

 というのも、『基本的に何を指定しようが発動する』からである。

 取り敢えず、神がこの特典に付けた名前を唱えることにしよう。

「そして、最後にProcess4。効果に伴う余波の規模を調整」

 効果の規模――『威力』と言い換えることが出来るかもしれない。

 本来人を殺す為の能力に、最大で一体どれほどの威力が備えられているのか分からないが、この場合にはそれほど威力は要らないと判断し、『可能な限り極小』とした。

「準備は以上」

 そして僕はその場から二歩、後ろに下がり、特典の名を唱える。

「――()罅烈する(Open)汝の雁首(Sesame)()

 その瞬間――で、あった。

 先ほど僕が触れていた場所を中心に、マンホール大程度の穴が開いた。

 いや、正確には一瞬の合間に、屋根のトタン部分が沸々と間欠泉のように沸き上がり、そして音も無く、弾け飛んだ。

 『破裂』。

 それが、化け物染みた身体能力を与えられたこの僕に、さらに備えられた特典であった。

 触れた物を、どこにそれが及ぶのかを指定し、スイッチを決めて、副産物として生まれる衝撃の威力までも支配し、さらに無音で破裂させること。

 まるで、胡麻の実が弾け種を飛ばすその様を、たとえ四十人の盗賊の長が直面した財宝を隠した扉であっても、たとえ人間の首であっても再現させる力――()罅烈する(Open)汝の雁首(Sesame)()

 全くもって恐ろしい力である。

 恐ろしい力であるのだが……。

「たった今から、無用の長物だ」

 僕は、その力をたった一言で片付けると、開けた穴の中へと飛び込む。

 談笑を続けていたらしい桐島達であったが、僕が床へと降りたその轟音に会話を辞め、此方に視線を集める。

 ぐわっと、三人の目蓋は驚愕によって見開かれていた。

「驚きに預かり光栄ですな、お三方」

 僕は立ち上がると、三人に対してまず、そう言った。

 そして、まじまじと彼等の姿を観察する。

 まず主犯格の桐島瑠貴亜(るきあ)。五年間の内に髪を真っ赤に染めて背も少しばかり伸びたらしいが、相も変わらず交尾のことしか頭にないような猿に似た顔付きをしている。この阿呆(あほう)面で僕の最も大切な存在に暴力を振るっていたのかと思ったら、失笑した。

 そして、三戸部礼御(れおん)。当時から細身で背の高い蜥蜴(とかげ)のような男であったが、この五年間でさらに背が伸び顔立ちの爬虫類らしさが増していた。まるで、針金で造りの人形にコモドドラゴンの頭をぶった切って取り付けた風にも見える。――そう考えたら噴出しそうになった。

 最後に、小阪(すばる)。端的に言い表せば、丸々太らせた子豚の頭に、セメンダインで金髪のかつらを貼り付けたかのような風体だ。しかも、大分憎たらしく、(すこぶ)るに醜い、豚だ。

 これは……非常に……(まず)い……ッ!

「イヒッ……!」

 最早……耐え切れない……ッ!!

「ウッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!」

 僕は、笑った。

 天を仰ぎ、喉から音となって湧き上がる嘲笑を、首を両手で絞めて抑えようとしたが、それでも(なお)、それは工場に反響した。

「アヒッ……! 行く河の水は絶えずして、しかも、もとの水にあらずとは言うが……グフッ! 河の流れに糞を詰めてしまえば、ずっと同じ糞水だな……」

 腹を抱えて、僕は桐島達を嘲笑う。

 その様子に、桐島達は呆気に取られ、言葉を失っているようだった。

 その合間に、なんとか息を整え、お構い無しに僕は罵詈雑言を続ける。

「雲隠れにし夜半(よは)の月を見間違おうとも、君等の不細工な面は紛うことはないだろう。それほど君等の顔は酷いよ」

 流石に、これは言葉の意味を理解したのか、彼等は歯を軋ませていた。音を立てて砕けてしまうほどに。

「悔しいかい? ()らば馬車馬の如く、骨身を削って働いて、高須クリニックにでも通うと良い」

 僕はそう言って(いや)らしく笑ってみせると、彼等は既に我慢の限界であったようだった。

「ざけんなッ! 誰だテメェ! 何だテメェ! 何だテメェいきなり! 普通じゃなく現れて、何だテメェゴラァ!」

 小阪は凄んでいるつもりなのか、僕を睨みながら此方に迫り、大声を張り上げた。

 はぁ、と僕は嘆息を漏らす。

「お前は、いやお前等は、自分の殺した人間の顔も分からないのか?」

 その言葉に、三人はまるで心当たりがないかのようであった。

 だから僕は彼等に刻み付けるように、自分の名を唱える。

「三谷空太。僕は三谷空太だ」

 と――。

 その名前を聞くと、彼等の顔色は変わる。

「ふざけるな! お前が三谷なワケねぇ!」

 桐島は声を荒げ、僕が三谷空太であることを否定する。

「三谷は死んだんだ! 絶対に死んだんだ! 山の中にも埋めた! だからお前が三谷なわけねぇ!」

 顔を真っ青にして、必死に。

 その次の瞬間には、桐島は自分が拙いことを言ってしまったことに気付く。

 だが、後悔先に立たずという。

 桐島達の話が正しければ、どうやら、僕はあの後山中に埋められたらしい。

 通りで行方不明という扱いにもなる筈だ。

「まぁ、極めてどうでも良いが。早速だが本題に入るとしようか」

 僕はそう言うと、ジーンズのポッケトに入れた携帯電話を取り出す。

「そ、それは大野の……」

 三戸部はそれを見てすぐさま持ち主を判断した。

「おぉ、よく分かったね。……って、こんなにジャラジャラとアニメキャラのストラップつけた気持ちの悪い携帯そうそう無いか」

 僕は、独り言のようにそう言いながら携帯を操作し、ある写真を彼等に見せる。

「ひぃ!!」

 その写真を見ると、三戸部は悲鳴を上げた。

「う……おえぇッ!」 

 小阪に至っては、見せ付けられたものの無惨な様に、嘔吐した。

「そ……それ……」

 小刻みに体を震わせながら、桐島は携帯の画面を指差す。

「し……死体……ッ!?」

 どうやら、それが何であるかまでは理解出来たようだ。

 しかし、この写真に在る肉塊が果たして一体誰であったかまでは分からないだろうから、

「大野栄流君のね」

 と補足しておいた。

「で、だ。君等にもこうなって貰いたいわけですよ。僕としては」

 そう僕は言うなり、近くにいた小阪の左脇を左手で押さえ、左腕を右手で引っつかみ、思い切り引っ張った。

 否、引き千切った。

 僕に何をされたのか、小阪は分からなかった。

 僕が何をしたのか、桐島と三戸部には見えなかった。

 まるで時が止まったかのようになる。

 しかし、小阪の腕を適当に放り、それが床へと落ちるのと同時に――、

「ヒギィィイィイイイィィィッ!!」

 時は動き出した。

 痛みに地面をのた打つ小阪の醜い様を目に写し、どうも僕の口角は図らずも釣りあがってしまっているようであった。

 そして、今、この光景を見て、怖れ、体を硬直させ、桐島と三戸部は逃げられないでいた。

 僕は、そんな彼等に言い放つ。

「――よって今から十字架刑を行う。震えろ、絶望しろ、悲鳴を上げ、頭を垂れ、悔い改めろ!」

 十字架刑。

 イエス・キリストの処刑方法として有名であるが、いかに残虐な仕打ちかはあまり知られていない。

 ギロチン、絞首、その他諸々……。死刑というものは、出来る限り苦しませないことを念頭に置いて考えられたものが多いが、十字架刑はその真逆をいく。

 まず、両足を折った上で十字架に四肢を杭で打ちつけた後、そこかしに金属が取り付けられた鞭で日に何回か叩き、時たま痛みを鈍らせる為に酸いぶどう酒を飲ませ、少しづつ、少しづつ甚振り、徐々に弱らせ殺していくというものだ。

「胡麻の実をかち割る必要は無し。僕はアリババじゃあない。求める宝はない。僕の宝は既にこの手からは零れ落ちた。せめて、銀貨の一枚のみが、彼女の笑顔のみが君等の鳴号のその奥に在ると信じ、殴り付け、蹴り潰し、引き千切り、剥ぎ取ろう」

 十字架刑だから、()罅裂する(Open)汝の雁首(Sesame)()は使わないのだ。

 桐島達の首を飛ばして楽に殺すなどしてはいけない。

 手足を吹き飛ばすのなら、僕はそれをこの二本の腕で行いたい。

 だから、特典は無用の長物なのである。

それでは(Let)執行(us)しよう(begin.)



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