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りいんかぁねぇしょん ~あまり甘くない転生物語~  作者: 葵尋人
一幕 人生の終わり、遊戯の始まり
3/9

第二話 平和に似ていて甘ったるい

 隣に居てやることしか出来ない。

 お前の惚れた人間が傷付くのを、お前の隣で見ていることしか出来ない。

 俺は、お前のようにソイツに惚れているわけでもねぇから、お前と一緒の痛みを味わうことすら出来やしない。


 それでも、俺はお前を友達と言っていいのか?



 †


 茶色のフード付革ジャン、牛の髑髏が描かれた半袖のTシャツ、幾許(いくばく)かの光沢のある黒いジーンズ。

 神が用意してくれた服の一式だった。

 なかなかに悪くないチョイスである。

 僕はそれを着て、ぼろアパートからほど近い、人の一人もいない、ほとんどの店がシャッターで固く閉ざされた、生気の片鱗すら感じられない商店街を歩いていた。

 勿論、自分の現状を把握する為に。

 自分がどこにいるのかも分からないうちからでは、殺害対象(桐島達)がどこにいるのかを調べたところでどうにもならない。

 そういう理由で、僕は何かしら自分の居場所を把握出来るものを探しているのだ。

 例えば、煙草やジュースの自動販売機がそれである。

 道端に置いてあるそれらには、自販機の置かれている住所を示すステッカーが貼られている場合があるのだ。

 僕は商店街を暫く歩き、早々に煙草の自販機を一つ見つけると、取り出し口の少し上の位置に、張られたその自販機の所在地を示す住所を確かめた。

「静岡県鬼松(きしょう)鬼北(おにきた)水鳥(みどり)町83番地の1……」

 どうやら、僕は小さな頃から育った場所から、区を跨ぐ程度の場所に転生してしまったらしい。

 具体的な距離を分かりやすく説明すれば、バスで一時間かかるかかからないか程度の距離である。 

「これは……少し面倒だな……」

 何が面倒かと言えば、僕を知る人間と会う可能性が大いに在り得るということだ。

 あの日桐島達に溺れさせられた後の僕の世間的な扱いが、死んだことにされたのか、行方不明ということになっているのかは分からない。

 分からないが、そのどちらの場合でも、もし知り合いと会えば騒ぎになることは間違いないだろう。

 騒ぎになることが、桐島達を殺すことにどう影響してくるかは分からない。

 分からないが、決してプラスの方向に作用するとは思えなかった。

 ここは、慎重に行動しよう。

 ――そう考えた矢先、であった。

「お前……空太(そらた)か?」

 ふと横からかけられた声に――正確には、その音色から感ぜられる懐かしさに僕は驚いて振り向いた。

 僕よりも――190cm程まで伸びているであろう僕よりもさらに背の高い、黒いスーツを着た青年。

 肩の位置まで伸ばした髪を金色に染めていて、薄らとスモークのかかったサングラスを付けているその姿は、見る者に『軽薄』という印象を与えそうになる。

 月に二、三度は女性を泣かせていそうな、整った顔立ちは、しっかりと、五年前の、十五歳だった頃の面影を残していた。

天仁(たかひと)……?」

 本当だったら、面倒事を避ける為に、誤魔化すべきだったのに。

 五年ぶりという懐かしさからか。

 僕はついつい、数少ない友達の一人、八月三十一日(ほずのみや)天仁(たかひと)の名を呼んでしまった。

「やっぱり……、やっぱりそうか……」

 天仁はそう何度も何度も確かめるように呟くと、急に僕の方に急に近寄って、

「久しぶりだな、空太ァ! 五年ぶりじゃねぇかよ!」

 と、言って、豪快な笑い声を上げながら、僕の肩を力強く、何度も何度も叩いた。

「ちょ、痛……」

 僕はその痛みに訴えようとしたが――、

「心配してたんだよ……。急に失踪とかしたりして……。連絡とか全然なくて……。俺はてっきり、自殺したんじゃねぇかと……」

 そう言った、天仁の目の端に、雫が溜まっていたのが見えたから、僕は言葉が出なかった。

 雫が、僕のことを、親友が心から心配していたことの証明のように思えて。

 嬉しくて、どんな言葉を返すべきか迷ってしまったのだ。

 だから僕は、

有難(ありがと)う」

 と、単純な言葉をまず返した。

「心配かけてごめん」

 そして、次に僕は、謝りの言葉を述べた。

この『世界』では、どうやら僕は行方不明という扱いになっていしまったから。

 天仁は誰よりも心配性だったから。

 それに友達――だから、素直に謝った。 

「……まぁ、何かお前なりの事情ってのがあってのことなんだろうけど」

 天仁は、なんだか、きまりが悪そうだった。

 もしかしたら、『自分が謝らせてしまった』と気に病んでいるのかもしれない。

 この八月三十一日天仁という男には、『軽い』という印象を人に与えかねない風貌を好む癖に、その実、人に気を遣い過ぎる嫌いがあり、それは二十歳になった今でも変わっていないようだった。

「つか、煙草」

「はぁ?」

「いや、お前、煙草買おうとしてたんじゃねぇの?」

 天仁は、ばつの悪さから、無理矢理話題を切り出したのだろう。

「えっと、その……」

 しかし、この話題は、僕にとって正直相当まずいものだった。

 『此処が何処だか分からないから住所調べてました』などと言うのは、常識的に考えてありえないだろう。

「てか、お前、taspo持ってんの?」

 怪訝(けげん)そうな表情で天仁が述べた言葉は、僕にとっては痛い指摘、であった。

 なんとかポーカーフェイスを保つが、正直かなり手痛い。

 天仁の話を加味するに、僕は、桐島達に殺された後、行方不明という扱いにされたのだ。

 つまり、僕は『何も持たずに』失踪したということになっている筈である。

 taspoを作る際には、免許証や保険証等が必要となる為、僕はそんなものは作れないのだ。

 つまり、僕はこんな所に立っていることすら不自然ということになる。

 ――煙草を吸う大人に憧れる子供だったら、煙草の自販機の前に立ってじっと見つめているなんてことはありえなくもないが、二十歳の大人が、まして小学校五年生の頃には煙草を吸っていた僕がそんなことをするのは辻褄(つじつま)が合わないと言えよう。

「それよか、この自販機『ラキスト』無くね? 五年のうちに銘柄変えたん?」

 そう天仁に指摘され、はっとして、自動販売機を横目で確認すると、確かに『LUCKY STRIKE』――通称を『ラキスト』という僕が十一歳の頃から吸っている煙草は無かった。

 ――というか、昔、天仁に『Seven Stsrs』を勧められた時に、『ラキスト以外は有り得ない』と言い返したという記憶が……無くはない。

「そうそう! 銘柄変えたんだよ!」

 ……のだが、ここはこうでも言っておかないと、不自然極まりないだろう。

「あぁ、やっぱそうか。何吸ってんの?」

 笑顔で訊ねる天仁に、

「えっと……Peace」

 僕は、適当に思いついた煙草の銘柄を口に出して言った。

「へぇ……。Peaceねぇ……。なんか意外だな」

 意外というのはどういうことなのだろうか?

 と、そんなことを考えていると、突然、

「ほれ」

 天仁から、ほとんど黒に近い紺色の紙の箱を投げ渡された。

「天仁……。これ……」

「元カノが吸ってたヤツのあまり。ジャケットのポケットん中入ってた。吸わねぇからお前にやるよ」

 それには、金字で『Peace』と書かれていた。

 十本入りの中身もまだ六本も残っている。

「中学も卒業しないまま失踪なんぞしたんだから、どうせまともに煙草も買えねぇ生活してたんだろ。遠慮なく貰えや」

 ――どうやら、天仁は僕が長時間、自販機の前にいた理由を、『金が無い』のと『煙草が吸いたい』というのとの葛藤という至極一般的なものとして酌みとってくれたらしい。

 生まれてこの方、金には不自由をしない生活を送っていた為、正直その最も筋の通る言い訳を思いつかなかった。

 剣呑(けんのん)

 しかも、また優しい友人に、気を遣わせてしまった。

「有難う」

 僕はしっかりとその優しさに対し、感謝の言葉を述べ、

「それじゃあ、僕は行く所があるから。運が良かったらまた会おう」

 と、嘘をついてその場を離れようとした。

 だが、

「待てよ」

 と、呼び止めつつ天仁は僕の肩を掴む。

「ん? 如何(どう)したの?」

「いや……。その……」

 振り返ると、天仁は、歯切れが悪そうにしていた。

「久しぶりに会ったんだしよ……。煙草でも吸いながらどっかで話せねえか?」

 顔を真っ赤にしていた。

 それもそうだろう。

 二十歳にもなった男が切り出す提案とは到底思えないものだからだ。

 しかし、五年ぶりに再会した友人の頼みを断れる筈もなく……。




 †



 結局、僕は天仁の言う通りにすることにした。

 商店街から少し外れた場所にあるジャングルジムと、ブランコと、シーソーと、滑り台と、ベンチとが置かれた普通の公園。

 そこのジャングルジムに二人して寄りかかると、天仁は早速、先ほど買った『Seven Stars』を一本(くわ)え、ジャケットのポケットからマッチを取り出し、それを擦って煙草に火を()ける。

 並みより容貌がいい上に、あまりに動作が鮮やかだったから、『マッチで煙草に火を()ける』という単純な動作ですらも、八月三十一日天仁という男は絵になった。

 ――幾許(いくばく)かだけ、悔しいだとか、羨ましいだとか思ってしまう程に。

 天仁は、一度煙草を深く吸うと、ふーと音を立ててそれを吐いた。

 五年前と変わらない、芳ばしく、安心感すら与えさせてくれる匂いが、僕の鼻へと入ってきた。

 そして、さらにもう一度、煙を吸い込むと、天仁は、

「ありがとな」

 と突然、謝意を表した。

 それを言った後、すぐに恥ずかしくなったのか、

「お前も吸えよ」

 と、僕にも喫煙を促した。

「じゃあ、ライター持ってないから、火、点けて貰って良い?」

「オウ!」

 僕は天仁がそう言ったのを聞くと、先ほど貰った『Peace』を咥える。

 すると、彼は鮮やかに、馴れた手つきで、僕の煙草に火を点した。

 見た目から受ける印象も相()って、(さなが)らホストのよう、である。

 本当にホストをしているのではないか?

 そう訊ねようかと、考えながら、煙草の煙を吸引すると、

「ゴフッ! ゲフッ!」

 (むせ)た。

「ど、どうしたよ!?」

 サングラス越しだというのにはっきり分かる程、天仁は目をカッと見開いていた。

 小学生から付き合いのあった僕が、煙草を吸っていて咽ているところを初めて見たから、であろう。

「いや、久々に煙草吸ったもんで……。ちょっとね……」

 嘘である。

 いや、正確には、神の作り出した『中学校』に居る間、五年間もの間煙草を吸っていなかったから、久々に吸ったというのは本当なのだ。

 ただ、それで咽たのではない。

 不味いのだ。

 『Peace』が。

 口にベタベタと、執拗なまでに何かのフルーツに似た強い甘味が残るのだ。

 正直、今ここで胃液を吐いてもなんらおかしくはないほど、である。

 この煙草を作った業者に、小一時間ほど説教を食らわせてやりたい気にすらなる。

 当然、なんの知識もなく、この銘柄の名を口にした自分が一番許せなかった。

 しかし、流石に友達から貰ったものを無駄にするわけにもいかないから、ここは吸い尽くす以外に選択肢はないだろう。

「それよりも、如何(どう)して突然『ありがとう』なんて?」

 それに、僕はこの銘柄を普段から吸っていると言ってしまった為、今更不味いなんて言ってしまうえば、相当怪しまれるだろう。

 だから、僕はなるべく煙草からは遠く、自然な話題を選んで天仁に尋ねる。

「あぁ、最近コミュニケーション不足でさ。寂しかったんだよ」

「コミュニケーション不足?」

 僕がその言葉を唱えると、苦笑しつつ、煙混じりの嘆息を漏らす。

「仕事場にさ、腹割って話せる人とかいなくて。高校時代に出来た友達とかも、大学とか忙しくて」

 だからコミュニケーション不足か。

彼奴(あいつ)等とかとも会ってないの?」

 僕は訊ねた。

 『彼奴(あいつ)等』――。

 きっと、八月三十一日天仁なら分かると、固有名詞は出さなかった。

「あぁ――、蘭人(らんと)雪久(ゆきひさ)か」

 天仁もすぐに分かったようであった。

 蓮田蘭人(はすだらんと)鈴木雪久(すずきゆきひさ)

 忘れる筈がないだろう。

 僕と天仁にとっては小学校時代からの仲間。

 きっと、一生付き合い続けるのだと、四人皆が同じように思っていた程の、友達なのだから。

「あの二人……か……」

 天仁の口から重い溜息(ためいき)と、空へと昇っていく煙が吐き出された。

 立ち込める溜息の所為で淀んだ空気に溶けていく紫煙を、虚ろな瞳で見つめる天仁。

「実はさ……、中学卒業してから、会ってないんだよ……。あの二人とは……」

 悲しげで、寂しげな表情で言った天仁の言葉。

 意図せず、僕の口から煙草が零れ落ちた。

 一体、僕は今、どんな顔をしているんだろう?

 分かることは、この体を流れる血の一滴ですら凍りついてしまったと、そんな心地がすることだけだ。

「如何して? 如何してそんなことに……」

 当然、僕は訊ねた。

 何をするにも一緒だった彼等がどうして離れ離れになったのかを。

 天仁は既にフィルターの辺りまで火種が迫っていた煙草を、地面に捨て、何も言わずにまた新たに一本煙草を口に咥えて、火を点ける。

「お前がいなくなった後、なんかギクシャクしちゃって。居場所が居場所じゃなくなったつーの? そんな感じでさ……」

 ――今日は、やけに風が強い。

 風が、ヒューヒューと鳴いて、五月蝿い。

 いっそ、その五月蝿さで、天仁の言葉が聞こえないように、僕の鼓膜を覆ってしまってくれれば良かったのに。

「いつの間にか、俺ら、一緒にいなくなってた」

 ――風の所為か、『Seven Stars』の先端から湧き出す煙が、やたらと目に入ってくる。

 ()みる。突き刺すように、痛い。

「すまない……」

 僕は、謝ることしか出来なかった。

 涼しか見えていなくて、涼を殺された怒りに囚われて――いや、涼を生かすことが出来なかった僕自身に絶望していた所為で、大切な友人達のことが頭から抜け落ちてしまっていた。

 こんなことになってしまうなんて、思いもしなかった。

 僕の死は、犬死により酷い。

 大切だと思っていた友達の絆を引き裂く原因になったのだから。

「謝るなよ。お前だって惚れたヤツが自殺なんてして思うところがあったんだからさ。何も悪くないよ、お前は」

 やはり、天仁は気を遣って、そんな言葉をかけてくれた。

 そして、その優しい言葉の後に、

「悪いのは桐島達だ」

 と、天仁は背筋が凍りつくような、恐ろしげな言葉を口に出していた。

 そして、その言葉に比例した、限りなく冷たい瞳で、どこまでも虚空を見つめてながら、フィルターが噛み千切れてしまうのではないかと疑いたくなるほど、歯を立て、顎が震えていた。

「天仁……」

「お前の――俺の大事な友達の大切な人を追い詰めて、お前を『思うところ』まで至らせたあいつ等が悪い。だから、お前は謝るなよ」

 そうか――。

 ずっと、そう思って生きていてくれたのか。

 僕の最も大切な人が傷つくことを、僕と同じようには感じることは出来なくても、その思いを全肯定して、桐島達を許せないと思いながら生きてくれたのか。

「そうだな」

 だったら、最早、本当に桐島達を殺す必要がある。

 優しく暖かいこんなに素晴らしい八月三十一日天仁が言うんだ。

 全て桐島達が悪い。




 ――揺ぎ無い決心は、さらに強く固められた。

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