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りいんかぁねぇしょん ~あまり甘くない転生物語~  作者: 葵尋人
一幕 人生の終わり、遊戯の始まり
2/9

第一話 愛しい人のいる場所は、地獄の竈か天国か

 涼、天野涼。

 四歳の頃、鬼松に引っ越してきて、そこで初めて出会った人が君だった。

 その初めて君を見たその瞬間に、僕は魔法をかけられてしまったのかもしれない。

 流れる黒髪に、どこまでも遠くの空を見つめる瞳の怪しげな輝きに、この世の清らかさを凝縮したかのような白い肌に、可憐な顔立ちに、僕はその瞬間に虜になった。

 実際に話しかけてみると、君は優しくて、色々な話をしてくれる面白い人で、僕はより一層好きになってしまった。

 幼稚園の年長組みに上がった頃だったか。

 僕は君に言ったよね?

 『結婚しよう』って。

 その時、君は顔を真っ赤にして、それを僕に見せまいとしたのか、俯くようにして顔を伏せてしまって……。

 けれど――小さな声でだったけど、君は確かに言ってくれた。

『いつか……その……ゼッタイ……』

 って。

 それを、君は覚えていてくれて。

 小学五年の夏休み、君は僕に『付き合ってください』と言ってくれた。

 たった十一歳にしては、かなりませていたのかもしれないけれど、僕は本気で死んでしまっても良いと思ったんだ。

 そして、こんなことを言ってしまうのは、ナルシストに他ならないのだろうけど――君だけを生きる意味にしていこうと考えていたんだ。

 なのに、なのに、なのに……




 どうして君は死を選んだの?





 †



 目蓋でしっかりと守られている筈の暗闇から、陽光が突き刺すような痛みをもって襲いかかってきた。

「う……うう……」

 目覚めたのは、家具の一つすらない、四畳半のおんぼろなアパートの畳の上であった。

何処(どこ)だろう? 此処(ここ)は?」

 見覚えの無い天井に一瞬疑問を覚えたが、神が、転生先で困らないように安いアパートを用意してくれると言っていたのを思い出す。

「……まさか、こんなにボロいとは思ってもいなかった」

 僕は、アパートに対して文句の一つを呟くと、起き上がり、窓を開け、外の景色を見た。

 何の変哲もない、日本のどこであっても見られそうなくたびれた住宅街の光景が広がっていた。

 吹きつける風は、心地よい程度には冷たく、新品の羽毛布団のように柔らかそうな入道雲が浮かぶ空は、惚れ惚れするくらい青く、美しかった。

「……今日(こんにち)は、異世界」

 それは、間違いなく、僕が望んだ『異世界』であった。

 神から提示され、僕が望んだ異世界――。

 それは即ち、『僕が死んだ後の、僕が生きていた世界』である。

 “自分が変われば、世界は変わる”

 受験勉強を面倒くさがる僕等に向けて担任の先生が言った言葉であるが……、まさしくその通りだった。

 自分が死んだ後に見る、自分が生きていた世界は、同じようで違う色、違う香り、違う音に包まれているような気がした。

「そういえば、五年経つんだよな……」

 僕がいじめっ子に殺されて――より正確に言えば、復讐しようとして殺されて五年が立っていた。

 自分の体を改めて見ると、その五年の長さがしみじみと感ぜられる。

 鬼松南部中学校――正確には神が作り上げたそのレプリカの中で、僕は五年間を神の奇跡(インチキ)による改造を受けた。

 『特典(スキル)』――と呼ばれるものを生成するために。

 『特典』とは異世界への転生を希望する人間に神が()()()()()()()()()で与えるものことを指すらしい。

 具体的に言えば、ゲームの『なんたらクエスト』だの『なんたらファンタジー』なんかに出てくる魔法、『なんたらボール』や『なんたらファイター』みたいな格闘技、さらには『異性に好かれまくる』みたいな何の役に立つのか全く訳の分からないものまで、漫画やアニメでいうところの『特殊能力』みたいなものを付与することが出来るそうだ。

 しかし、その能力を作り出すのには結構な時間がいるそうで、僕の場合はその時間が五年間であったわけだ。

 僕が得た『特典』は二つ。

 そして、僕の体はその特典の一つによって大きく変貌していた。

 十五歳の誕生日を迎える筈だったぼくの背は160cmほどだったが、なんと今の僕は天を衝くという言葉が相応しいくらいに背が()()()()()いる。

 まだ測定はしていないが、190cmはあるだろうか。

 加えて、その巨躯から見積もっても、相当に手足が長い。

 さらに体型そのものは細身ながらも、強靭と言っても良い位の筋肉で覆われている。

 僕は自分の右手を開閉させながら、その動きを見つめた。

 赤ん坊が、自分の命を自覚するその時の如く。

「……人を簡単に殺せそうだ」

 その動きを見ただけで、僕はそう思うことが出来た。

 きっと、基本も何もなく、適当に拳を振るうだけで、簡単に人を殺すことが出来ると。

彼奴(あいつ)等も、簡単に死ぬのか」

 僕を殺した苛めっ子共。

 それは僕を苛めていた輩という意味では決してない。

 第一、僕は友達は少ない方だったが、からかわれただとか、陰口を叩かれただとか、殴る蹴るの暴力を継続して受け続けていただとか、そういった苛めの類を受けたことなどない。

 苛められていたのは僕ではなく、天野涼という少女だった。

 生まれながらに、顔の左半分に大きな痣があり、そのことが原因で、周りの人間から避けられ続けていたのだが、中学に進んでからは、それがさらに酷くなり――桐島達からは絶えず暴力を振るわれていたらしい。

 とあるドラマを真似て、机を校庭に投げられていた……なんてこともあった。

 僕は――小さな頃から彼女を知り、彼女を好きでいて、彼女に好きでいられた僕は当然なんとかしようとした。

 先生に相談し、警察にも行き、彼女の側にいて、彼女の生きる理由になろうとした。

 彼女とそれまでにいた時間の中で交わした言葉よりも、多くの言葉を交わした。

 時間さえ在れば――いや、時間がなくても彼女を海や映画に連れていった。

 望むものは何であったって、彼女に与えた。

 まさか、それを彼女が望んでいるなんて思いもしていなかったが――僕の体でさえも。

 そうやって、彼女の為になると思ったことは何だってすることによって、僕は本当に生きる理由になったのだと思い込んだ。

 けれど、所詮は思い込み。

 彼女の肉体と精神にかかる痛みは許容を超え、遂には、自ら命を絶った。

 遺書も書かずに。僕に何も言わずに。

 それほど彼女は追い詰めれていたのだ。

 そして、天野涼が自殺した後――、僕は『復讐』を決行した。

 桐島達がたまり場にしている廃工場に、金属バット片手に乗り込んで、脳髄の一滴、臓物の一片も残らない位にぶっ叩いてやろうとした。

 けれど、そんなことがそうそう上手くいく筈もなく――。

 鉄パイプやナイフを持った四人に良いように暴力を振るわれ、最終的には『川遊び』と称して、溺死させられたわけである。

「ククク……。最高だ。」

 成す術もなかった相手。

 けれど、もしかしたら簡単に殺せるかもしれないと考えたら、僕は自然と笑みが零れた。

「そうとすれば……、早速動くかないと」

 そう言うなり僕は、部屋の押入れを開ける。

 ――必要なものは全て、ここに入っていると神が言っていたのを思い出して。

 酷くこざっぱりとした押入れの中には、幾つかのものが置いてあった。

 まず、目についたものは、押入れの上の段にあった書置き。

 恐らく神が残したものだろう。

 中には、

『転生記念つーことで、スマートフォンと所持金五十万円をプレゼント。あと、服も。ちなみに、このスマホの方はいくら使ってもタダだから安心して使ってくれ。そいじゃ、こんぐらっちゅれーしょんつーことで!』

 と、書かれていた。

「なんだ? この阿呆(アホ)丸出しの文面は……」

 あれの頭が軽いことはよく分かっていたが、流石にこの文章に対してはツッコミを禁じえなかった。

 だが、三つの記念の品ははっきり言ってありがたい。

 まず、書置きの置かれた黒いシンプルなデザインのスマートフォン。

 スマートフォンである為、当然ネットには繋げられるだろう。

 神曰く、僕の改造に費やした時間は、当然この世界でも同じく流れていたという。つまり、桐島達も五年という月日を過ごしたということである。

 中学三年生が五年を過ごせばそれは大学生か、専門生、はたまた社会人だ。

 ――鬼松市からは離れた場所に住んでいる可能性だって十分にある。

 桐島達が一体どこであつかましくも息をしていやがるのかということを調べる上では、ネットは非常に重要なのだ。

 そして、さらにスマートフォンの隣に置かれた、黒い財布の中に入った、五十万円。

 現在の桐島達を調べるのにどれくらいの時間がいるのかは分からないが、最低三日かかるとして、当然その間には食事を摂る必要がある。

 食事を摂るには金がいるのは当たり前のことだ。

 まさか、無銭飲食等出来る筈もない。

 さらに、桐島達の居場所が分かったとして、そこまで行くのに、金がいる。

 ――と、そこまで考えた所で、ふと疑問が湧いた。

「そういえば、本当に此処は何処なんだろうか?」

 この部屋の窓から見える景色は、日本だということを物語ってはいたが、そこが一体何処なのかということを教えてはくれない。

 調べる必要がある。

 近くの自動販売機や、公衆電話といったもので、自分が今、日本の何処にいるかといったことは分かるから、今から表に出るべきなのだろう。

 しかし、その前に、まず――

「服を着ないと」

 転生の際、僕はこの部屋に一糸纏わぬ姿で放り出された為、このまま表に出れば、間違いなく犯罪者になる。

 最後の記念の品――押入れの下の段にしまわれた、神が用意してくれた衣服の一式を、僕はありがたく使わせてもらうことにした。



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