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高校生デビュー

作者: 神谷雫

春の温かい風が吹き抜ける中、新しい制服に身を包み、歩き出す――――。


「おはようっ!」


前を歩いていた大の親友に声をかける。


「おはよう」


フワリと笑う彼女は私の大親友、中村香織なかむらかおり


優しくて、器用で、何でもこなしてしまう香織は、私のよき理解者であり、私の憧れの存在だったりする。


「いよいよ高校生デビューだね~。香織は何の部活に入るか決めた?」

「う~ん…私は吹奏楽部にしようかなぁ~って」

「吹奏楽部かあ~。香織ならすぐうまくなるよ!」

「そんなことないよ~。そういう春香は部活何にするのか決めたの?」

「…実は…まだ決めてない…」


そう、私、小野春香おのはるかは、まだ部活を決めていない。


「まあ、新入生歓迎会で色々説明されるだろうし…」

「それはそうだけど、この高校、部活動が盛んだから、競争率高いよ?」


香織が言うことはもっともである。


「い、一応、水泳部のマネージャーとかいいかなって思ってるけど…」


すると、香織は意味ありげに笑った。


「…もしかして、水澤君がいるから?」

「え、ち、違うよ!」

「あ・や・し~い」

「もうっ!」


私はクスクスと笑う香織を制し、歩き出した。


水澤君…水澤伊吹みずさわいぶき君とは、中学生の時から私が片思いをしている相手で、クラスでも人気だった人なのだ。


「きっと私のことなんて覚えてないよ…」

「何か言った?」

「何でもない!」


そう言いながら、あの日のことを思い出した。



それは中学校に入って間もなくのことだった。


いつもより早く起きた私は、気分転換に散歩へと出かけた。


曲がり角を曲がろうとしたその時、走ってきた水澤君とぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」


と慌てて謝る私に、自分のことよりも先に、“大丈夫?怪我はない?”と、優しく接してくれた水澤君に、私は一目惚れしてしまった。


その時から3年間、私は水澤君に片思い中なのである。



思考回路を戻して前を見ると、目的の高校が見えてきた。


「同じクラスだといいね」


そう言って笑う香織と共に、校門をくぐった。


掲示板に張り出されている張り紙を見ると、私達は同じクラスらしい。


「やったねっ!」


私がそう言うと、香織が私の耳元でそっと囁くように言った。


「水澤君も同じクラスみたいだよ?」

「!」


ニコニコと笑う香織に、私は真っ赤になりながら頷くしかなかった。



教室に着くと、すでに“友達の輪”的なものが作られていた。


見渡してみると、水澤君の姿もあった。


すでに数人の男女に囲まれている。


「水澤君ってやっぱりすごいね~」


と、横から香織が言ってきたので、“そうだね”と返すと、ちょうど担任の先生と思われる男の人が入ってきた。


「皆さん席について下さい!」


慌てて自分の席に着こうとした時、一瞬だけ水澤君と目があったような気がした。



入学式が終わり、晴れて高校生となった私は、香織と共に、桜並木を歩いていた。


「新しい友達、いっぱいできるといいね」

「うん。これからステキな出会いもあるかもしれないし」


フワリと笑う香織は、どこか楽しそうだった。


「明日から楽しみだねっ!」

「うん!」


私達は期待を胸に、頷き合った。



それから2日後。


今日は新入生歓迎会。


周りの友達はほとんど説明を聞く前に、入りたい部活を決めている。


私はと言えば、ただ曖昧に“水泳部のマネージャー”と考えている。


香織が言っていた通り、競争率が高い。


説明を受けながらそんなことを考えていると、誰かの視線を感じた。


辺りを見渡すと、水澤君と目があった…気がした。


2日前もこんなことがあったような…と考えていると、説明が終わっていた。



その日の放課後。


今日の説明会でより詳しく各部活動のことが分かり、香織はもちろん、皆それぞれ入りたい部活動を見学しに散って行った。


私もとりあえず水泳部を見学しに行くことにした。


水泳部は校庭の横にあるらしいが、今はひっそりとしている。


「すみませーん…」


何度かそう声をかけてみるものの、人がいる気配はない。


あきらめて帰ろうと思った時、後ろから見覚えのある男子生徒が走ってきた。


「水澤君っ!?」


彼は肩で息をしながら、私に言った。


「はぁ…はぁ…水泳部の部室は反対側だって…」

「…え」


固まる私に、水澤君は笑った。


「ククッ…小野って意外とドジだな」

「…」


彼があまりに自然と笑ったので、返す言葉がでてこなかった。


「小野、水泳部に入るのか?」

「え…っと…マ、マネージャー…」


しどろもどろになりながらそう言うと、水澤君が言った。


「マネージャーかぁ…ま、とりあえず部室行こうぜ?」

「う、うん…」


いきなり現れた水澤君に連れられて、私は水泳部の部室へと向かった。



部室に着くと、すでに数人の1年生が揃っていた。


「すみません、遅くなりました」

「すみません」


そう言って頭を下げると、先輩達が笑った。


「いいよ、いいよ。気にしないで」

「そうよ。さ、説明するから適当に座って」


それから私達は、優しい先輩達に囲まれて、説明を受けた。


どうやらマネージャー志望は私一人らしい。


「大変だと思うけど、私達もフォローしていくから、これからよろしくね」

「は、はい!」


色々と不安もあったけど、先輩達や水澤君がいてくれるので心強かった。



「まさか小野が水泳部に入るなんてな…」

「…」


水泳部を後にした私は、水澤君と一緒に帰り道を歩いていた。


「小野は中学生の時は演劇部だったから、てっきり演劇部に入るのかと思ってた」

「…」


そう。

中学生の時私は演劇部で、高校生になってからも続けようと思っていたけれど、中学3年生の時、自分の演技に自信をなくし、挫折してしまった。


本当は迷った。

高校に入ったら、もう一度“演劇部”に入ろうかと。


けれど自信のない私にとっては、“水泳部のマネージャー”としか考えられなかったのだ。

というのも、水澤君がいるからという単純な考えで。


あんなに優しい先輩達を、水澤君を騙しているようで、心が痛い。


そんな私の様子に気付いたのか、水澤君は独りごとのように言った。


「俺さ、小野が水泳部のマネージャーだって聞いた時、すごい嬉しかった。

けど、小野が演劇してるとこもう一度見たいって、そう思った。」


驚いて顔を上げると、水澤君は照れ臭そうに笑った。


「なんていうか、“やらないで後悔する”より“やって後悔する”ほうがいいんじゃないかなって。

それに演劇している時の小野、キラキラしてて、なんていうか…その…」


言葉に詰まっている水澤君を前に、私は思わず笑ってしまった。


「ふふふっ」

「お、小野?」


笑いだす私に、水澤君が問いかけるように言った。


「ありがとう」

「え?」

「そんなこと言われたの初めてで…」


照れ臭くなって笑うと、水澤君も照れ臭そうに笑った。


「なんて言うか…演劇が一番だけど、できれば水泳部のマネージャーも続けてほしいなーなんて…」


という水澤君に、私は水泳部のマネージャーをやりながら、もう一度演劇に挑戦することを約束した。



翌朝。


「香織っ!」

「春香!どうしたの?」

「実はね…」


私は昨日あったことを全て話す。


「そうなんだ~。よかったね」

「うん!香織はどうだったの?」

「うん。みなさんすごく上手で、これから私も頑張らなきゃって」

「そっかあ。お互いこれから忙しくなりそうだね」

「うん」

「まだ高校生デビューしたばかりで色々不安だけど、お互い頑張ろうっ!」




それからの私は、発声練習やセリフの暗記、演劇部とは別に水泳部のマネージャーの仕事もやって、約束どおり頑張っていた。


「もうすぐ水泳部は夏の大会だけど、春香ちゃん大丈夫?」

「演劇部は秋頃大会だから夏はハードな練習だっていうし…」

「私達にできることは何でも協力するからね!」


すっかり仲良くなった水泳部の先輩達にそう言われ、私はハッキリと言う。


「頑張ります。大変なのは最初から分かってましたし、水泳部も演劇部も、両方大好きですから」


笑顔でそう言うと、先輩達は笑顔で練習に戻って行った。


水澤君はというと、今年の期待のエースで、最近はどんどんタイムが早くなっている。


「私も負けてられないな」


気合いを入れ直し、ガッツポーズをしていると、プールに浸かっている水澤君が笑った。



今日の練習が終わり、水澤君を待つ。


それが日課のように当たり前のようになっていた。


待っている間、セリフの練習をする。


「私はもう後悔しないだろう…。だって…」


そう言いかけた時、水澤君が部室から出てきた。


「練習お疲れ様」

「俺より小野のほうが疲れてるだろ?」

「水澤君のほうが…」

「小野のほうが…」

「ふふふっ」

「あははっ」


私達はお互いに顔を見合わせて笑った。


「帰ろうか」

「うん!」


ふたり並んで歩く。


「なあ…」

「何?」

「…春香って呼んでいい?」

「!」


不意打ちだったので、思わず赤面すると、水澤君は照れ臭そうに笑った。


「俺のことも伊吹って呼んでくれると嬉しい…」

「…う、うん」


私は妙に気恥ずかしくなって俯くと、伊吹君が言った。


「中学生になりたての頃、俺と一回会ってるというか、ぶつかったこと覚えてる?」

「え…」


もう忘れられてしまっていると思っていた私は、驚いて彼を見た。


「…その様子だと、覚えてくれたんだな」

「う、うん…」

「俺、あの時からずっと、春香のことが気になってて…ずっと見てたんだ」

「!」


突然のことで、うまく言葉がでない。


すると、伊吹君は立ち止り、真っ直ぐに私を見つめて言った。


「だから…その…俺と、付き合ってくれませんか…?」

「!」


…冗談だろうか?夢ではないだろうか。


だが伊吹君の真っ直ぐ私を見つめる瞳は、とても冗談を言っているようには見えない。


固まっていると、伊吹君は“本気だから”と言った。


「あ…の…」


やっとのことで私がそう言った時、伊吹君は優しく笑った。


「返事はすぐじゃなくていいから。でも考えておいて」

「…う…ん」


その日、私は一睡もできなかった。



「…る…はる…春香!」

「!」

「大丈夫?ぼーっとして…」


ぼんやりとしている私に、香織が心配そうに言う。


「ご、ごめん…」

「何かあった?」

「…実は……」


私は香織に水澤君に告白されたことを話した。


「告白!?」

「うん…」

「それで、返事はしたの?」

「ううん、まだ」

「そうなんだ…」

「香織は好きな人とかいないの?」

「えっ」


そう聞いた瞬間、香織の頬が赤くなった。


「いるにはいるけど…」

「ねえねえ、どんな人?」

「…部活の部長」

「へえ…」

「私なんてまだまだで、遠い存在だから…」


そう言って目を伏せる香織に、私は笑顔で言う。


「大丈夫だよ!香織の頑張ってるところ、部長さんはきっと見てくれてるって」

「そうかな…」

「そうだよ。恋も部活も勉強も、お互い頑張ろっ?」

「…うん。そうだね!」


私達は顔を見合わせて笑った。



突然の告白から数週間が経ち、私はいつもと変わらず演劇部の練習や水泳部のマネージャーの仕事をこなしていた。


一目惚れしたあの日から、いつも伊吹君を見るたびにドキドキと胸が反応する。


最初から答えは“Yes”なのに言う暇がなく、いよいよ明日が水泳部の大会だというのに、最近はずっとお互いにすれ違っていて、ろくに話せていない。


メールにしても、疲れているだろうという気遣いで、あまり話せていない。


けれど今日こそは、と私は演劇部の練習が終わると、すぐに水泳部の部室へと向かった。


「はぁ…はぁ…」


部室へ行くと、すでにみんな帰ったあとで、人の気配はまったくなかった。


おそらく明日の大会に向けて早めに切り上げたのだろう。


「伊吹君…」


彼の名前を呟いた時、後ろから声を掛けられた。


「呼んだ?」


振り返ると、そこには伊吹君の姿があった。


「伊吹君!!」


慌てて駆け寄ると、伊吹君は笑った。


「ククッ…そんなに慌てて…」


そう言って笑う伊吹君に、私は言い返す。


「だ、だっていると思わなくて…」

「ククッ…俺も同じだよ。春香とこうやって話すの久しぶりだな」

「そうだね」


ゆっくり話せなかった分、私達は色々な話をした。


そして、私は告白の返事を、大会が終わったあとに言うと伊吹君に伝えた。


「分かった。明日、頑張るから」

「うん。応援してるね」


本当はすぐにでも言いたかったけれど、明日の大会が終わるまでは言わないでおこう、そう決めた。



水泳部の大会当日。


伊吹君は各種目で断トツの1位だった。


だがあと一歩のところで優勝を逃してしまった。


けれど誰一人として彼を責める人はいず、むしろ良く頑張ったとみんなが褒めている。


けれど彼はどこか悔しそうな瞳をしていた。



大会が無事に終わり、私は伊吹君と帰り道を歩いていた。


「お疲れ様」

「…」

「惜しかったね…」

「…」


やはり、優勝できなかったことを後悔しているらしい。


「そんなに落ち込まないで?」

「…」

「“やらないで後悔する”より“やって後悔する”方がいいって教えてくれたの、伊吹君だよ?

私…いつもキラキラしてる伊吹君、好きだよ」


私の言葉に、伊吹君が私を見る。


「いつも自分のことより相手のことを先に考えてくれる。あの時だってそうだった」

「…」

「私は…そんな伊吹君のことが…好きです」

「!」


笑顔でそう言うと、伊吹君は顔を赤くしながら俯いた。


「…情けないよな。3年生の先輩達はこれが最後の大会だったのに、俺なんかのせいで優勝逃して…」

「そんなことないよ。準優勝でもすごいことだよ!先輩達は伊吹君のおかげだって喜んでたよ」

「…ありがとう」


私達は自然と手を繋ぎ、しばらくただ黙って歩いた。


「次は春香の番だな」

「うん!みんな応援してくれてるし、頑張る!」


そう言うと、繋いでいた手がグッと引かれ、私は伊吹君に抱きしめられた。


「い、伊吹君…?」

「俺が一番応援してるの忘れるなよ…?“彼氏”なんだから」

「うん…」


中学生の時からずっと片思いしていた思いが、ようやく実ったのでした。




そして秋になり、演劇部の大会の日が訪れた。


緊張や不安で押しつぶされそうだったけど、香織や先輩達、伊吹君が応援してくれたおかげで、私達は最終審査まで残り、優勝することができた。


「おめでとう!」

「ありがとう!」


香織や先輩達に花束を貰い、喜びを分かち合った。



帰り道、伊吹君と並んで歩く。


いつもの通り、自然と手は繋がれている。


「改めて、おめでとう」

「ありがとう。私、演劇やってよかった。あの時伊吹君が教えてくれたおかげだよ」


笑顔でそう言うと、彼は赤くなりながら小さい声で何かを呟いた。


「笑顔とか…反則だろ…」

「え、何か言った?」

「な、なんでもない!」

「えー教えてよー」

「ダ~メ!」

「教えてっ!」


慌てる彼に飛びつくと、そのまま唇に柔らかいものがあたる。


「!」

「…」


お互いの唇が離れると、伊吹君がニコリと笑う。


「お・し・え・な・い!」

「もうっ!」


“やらないで後悔する”より“やって後悔する”方がいい。


私はもう後悔しないだろう…。だって…あなたが教えてくれたから。




おしまい

“やらないで後悔する”より“やって後悔する”ほうがいい。


人それぞれ考えがあると思いますが、この作品を読んで、少しでも多くの方が、“何かに挑戦する気持ち”を感じて頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語の最初、どうなるか 心配でしたが、両想いになれて ホッとしています。 あたしも、実行力あるのみと常々思っています。やらないで後悔するより やって後悔のほうがしっくりというか 中学…
[良い点] 伊吹くんが、かっこよすぎです。(≧◇≦)。 文章の方も読みやすく、スラスラ気軽に読めました。
[良い点] とてもいいお話でした。 [一言] はじめまして。実瀬綾乃といいます。 青春だなぁ……と思いました。 素敵なお話ありがとうございました♪
2012/04/05 20:09 退会済み
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