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フラグメーカー  作者: 夏野ゲン
ある合コンの話
8/35

フラグメイク(下)

午後になり、ようやく体調が戻ってくる。

午前の講義は行きそびれた。そして、今日は午前中しか講義を入れていない。

事実上今日一日、完全自主休講してしまったことになる。


………はぁ。


ため息をつきながら、部屋を出る。

そういえば昨日私を部屋に運んでくれたのは真弓だった。

おぼろげな記憶では、真弓が私を部屋まで運ぶと、トイレ近くの廊下に放り出し、そのあとに私の口をすすいでくれて、水を飲ませてくれて…。


…ああ、謝りに行こう。




真弓の部屋をノックする。しばらくすると扉が開く。


「まぁ上がれば?」


真弓はそっけなく言った。




「ゴメン!!ありがとう!!」


第一声で謝る。真弓はあきれたように首を振りつつ言う。


「謝るぐらいなら、最初から気をつけなさい。あんたやなことあった後に酒飲むと、ろくなことになんないんだから」


…返す言葉もない。


「ところであんた、私にお礼はいいけど、橘さんにはちゃんとお礼言ったの?」


…たちばなさん?


「あんた何、『タチバナさんって誰?』みたいな顔してんの?あんたの恩人でしょうが」


ここまで聞いて、私は次第に理解する。

ああ、橘さんって先輩のことだ…。


私のぼーっとしたような顔を見て、真弓がたたみかけてくる。


「…ひょっとしてあんた覚えてないの?橘さんがどんだけあんたにひどい目にあわされたのか」

「………具体的にはどんな?」


真弓は渋い表情を隠そうともせずに、真実を淡々と告げる。


「その1、彼はそんな風に言ってなかったけど、多分あんた合コン中相当迷惑かけた。橘さんいい人そうだったから、合コンそっちのけであんたの相手してくれてたんだと思う」


…その通り。そこまでは覚えている。


「その2、合コンでつぶれたあんたをあの人が一人でここまで運んでくれた。あんたの道案内通りに行ったら、ここと真逆の正門のコンビニあたりまで連れて行かれて、挙句のはてにあんたが寝込んだから、あんたの携帯の履歴見て、私に電話かけてきてくれて、女子寮に住んでることが分かったら今度はここまで運んできてくれて。橘さんこんなにあんたによくしてくれたのに、名前すら覚えてないの!?」


……本当に返す言葉もない。


「その3、あんた、あの人のYシャツにゲロ吐いた。それすら笑って『いやぁ、しょうがないですよ』の一言だよ。あの人どんな聖人君子だよ!!というか、そこまでしてもらってほんとに覚えてないの!?」


「…ゲロ吐いた?あの人に?」


真弓は深々とうなずいた。


「私が寮の前で待ってたら、Yシャツドロドロにしながら、あんた背負ってやってきたんだよ。運んでくる途中に急に吐きだしたんだって。正直私でもひくわ、それ…」


私は顔面蒼白である。

もう、ああもう、昨日の私よ死んでしまえ!!


「とにかく!あんたきちんと橘さんに謝んなさい!!連絡先は…名前も知らないのに知るわけないか…それじゃあ、昨日の合コンの幹事に連絡先聞きな!!あんた、いやかもしんないけど、絶対に謝んなきゃだめだからね」


私は真弓の剣幕に押されて、うなずくことしかできなかった。






私は橘先輩の連絡先を聞くべく、昨日の幹事、斉藤さんにメールを送った。

あまり探りを入れられたくないので、文面はシンプルに、


『無題:

昨日の合コンではお世話になりました。伊藤です。昨日の合コンの件で橘先輩と連絡が取りたいので、連絡先を教えていただけませんか?』


絵文字は苦手で、普段からあまり使わない。

こういうところが女らしくなくてつまらないんだろうなぁ…と思わず自虐的になる。




返信を待つ間、真弓の言っていたことを思い出す。


『正門のコンビニの方まで連れていかれて…』


私は何のためにそんなところに彼を連れて行ったのか?

その答え、実はすでに持っている。


ふられた次の日、あいつが知らない女の子と歩いているのを見たのだ。

考えなくてもわかる。どこから見ても、誰が見ても、あの二人はそういう関係の二人にしか見えなかっただろう。


正門のコンビニ。

そのあたりにあいつの家がある。

酔っぱらった私は、きっと見せつけてやりたかったのだ。


「お前にふられたって、私にも付き合ってくれる男がいるんだぞ!!」と。


思えば、なんて浅はかで、幼稚で、バカなんだろう…。

橘先輩は優しさのせいでバカな私に巻き込まれて、ひどい目にあわされて…。

私ならきっと怒ってしまうことも、笑って許してくれて…。


なんであの人はそんなにしてくれるんだろう?




………ブーン、ブーン、ブーン。




携帯が鳴る。斉藤先輩だった。




『Re:

どうもこんにちは。昨日はありがとうね。すごく飲んでたみたいだけど、大丈夫だったかな(笑)橘の連絡先添付しておきます。あいつもすみに置けないね。キミみたいなかわいい子から連絡もらえるなんて』


私のことよく見てもいないのにかわいい子だなんて…。

それに、どうやらいろいろ勘違いされてしまったみたいだ。

私はただ謝りたかっただけなのに…。


ただ、どう返したところで、てれ隠しやごまかしにしか見えないだろうから、ただ、


『ありがとうございます』


とだけ返信した。






さて、橘先輩の連絡先を入手したわけだが、なんといって謝ればいいだろう…。

とりあえず、電話は敷居が高すぎるから、メールにしよう。

えっと。件名は『伊藤です』でいいだろうか?う~ん…これでは誰だかわからないだろうか?


私は試行錯誤しながら謝罪文を作成した。そして、出来上がった。


『伊藤かえでです。:

昨日の合コンではお世話になりました。伊藤です。昨日は大変失礼なふるまいをした挙句に、家まで運んでいただき、その途中で洋服まで汚してしまったようで申し訳ありません。クリーニング代はかかった分全額支払います。本当に申し訳ありませんでした』


…硬いだろうか?

…誠意が足りないだろうか?


しかし、文章力のない私にはこれが限界だった。送信ボタンを押す。




返信を待つ時間がとても長く感じられた。


2分、3分………。


ひょっとすると顔には出さないだけで、先輩はひどく怒っていて、返信もしたくなくて、私の顔なんか見たくもないのかもしれない。




…20分が過ぎるころには半分涙目になっていた。




………ブーン、ブーン、ブーン。




携帯が鳴る。素早くとると、そこには先輩の名前が表示されていた。


メールファイルを開こうとして…手が止まる。


怒っていて、ひどいことが書いてあったらどうしよう…。

私に非はあるのだが、それでも開けるのは怖かった…。

しかし、メールを見ずにほおっておくこともできない。


私は勇気を出してメールを開けた。




『Re:伊藤かえでです。

昨日はどうも。よく飲んでいたようですが、二日酔いは大丈夫ですか?衣類の方はもともと安物ですので、気にしなくても大丈夫です。あまり謝られてしまうと、こちらもかしこまってしまうので、あまり気にしすぎないでくださいね。

あ、クリーニング代はいいですが、代わりに今度どこかに一緒に飲みにでも行きましょう。そしてその時におごってください。今度はもう少しゆっくりと量を抑えて飲みましょう。楽しみに待っています。』




私は脱力した。


この人いい人なんてもんじゃない。いい人すぎる。


昨日飲み会で失敗して落ち込んでる人間を、もう一度飲み会に誘ってくれるなんてどうかしてる。


私は苦笑いを浮かべた。

この人は本当に甘い。これだけ甘いとまた甘えたくなっちゃうぞ…。




私は部屋の隅を見上げながら、ため息をついた。



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