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フラグメーカー  作者: 夏野ゲン
ある合コンの話
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アルコール・ララバイ(下)

合コンが終わる。


「坂本さん、飲みすぎちゃったみたいだから送っていくわ」


そんなセリフを残して斉藤とその目当ての女性は夜の街に消えていった。

去り際にこちらを振り返り、私に向かって「ありがとよ」とアイコンタクトを送ってくる。

これだからあの男は憎めなくてしたたかである。


私はやれやれという顔をしながら、「うまくやれよ」と目でエールを送る。やつにそんなエールは不要なのだろうが。


さて、残りの簡易カップルたちも「送っていく」、「次の店行って飲む」などといって、二人して連れだってバラバラと去っていき、後には4人の男女が残った。

まぁ言うまでもなく、私とさっきの困ったちゃんたちである。


白川、石川の川川コンビはいまだに何事かの本の話を楽しげにしており、おじさんとしては邪魔をしたくない。それによく見ると、うっすらと細くではあるが硬派な石川から白川さんに向かって、かすれて消えそうなほど細い糸が結ばれたのであった。


私は石川から糸が伸びるのを初めてみた。

応援したい。何としてでも応援したい!!


そのためには我々邪魔者は消えなければならないだろう。

私は石川に声をかける。


「石川~。オレこの子送ってくから、白川さんのこと頼むわ」

「…おぉ、いや、その子大丈夫か?オレも運ぶの手伝うぞ?」


私の視線の先、酔っぱらい魔人、伊藤はアスファルトの上で腹を出して気持ちよさそうに寝ていた。


…確かにこれを運ぶのは骨が折れそうだ。


だが、ここで石川の親切を受け入れては、せっかく石川に訪れた機会を潰すことになってしまう!!


「いや、女の子一人だし大丈夫。任せろ」

「だが…」

「むしろ、お前がおれと一緒に来たら誰が白川さんを送るんだよ。任せとけって!」


私は寝転がってる伊藤さんの頬をぴしぴしと軽くたたく。


「伊藤さん、そんなところで寝転がってると風邪ひくよ。家まで送っていくから一緒に帰ろう」


すると、伊藤さんは、「うう~ん」と悩ましげな声をあげながら目を開けて、ゆっくりと立ち上がり、フラフラと歩き出した。


オレはその肩を支えながら、石川のほうを向き手をあげる。

「うまくやれよ!」と願いを込めて。


思うに今日の私のキューピット業は完璧であった。

自分で自分をほめてやりたい。




…しかしながら、まさかここからが本日の苦行の核心部であるとは思わなかった。




迷っていた。私は迷っていた。

伊藤さんに家の方向を尋ねると、


「コッチ…」


といって、ゆらゆらと幽霊のような足取りで進んでいく。私はその進む方向に合わせて足を動かし、彼女を支える。


そして、彼女が向かった先にあったのはコンビニであり、彼女はそこで缶ビールを購入、半分ほど一気にあおったところで私が止めに入った。


………この子は何がしたいのであろうか?




そして、再び「コッチ…」という指示に従い、住宅街へと入っていく。

そして、なんだかよくわからない住宅街の一角で、彼女は唐突に崩れ落ち、そのまま爆睡した。


今度は頬をぴしぴし打ったところで目を覚まさないほど深い眠りについているようだった。


私は途方にくれてため息をつく。

だがまぁ、石川に出会いをプレゼントできたうれしさを考えればこれぐらい屁でもない。


さて、彼女を道のはじまで移動させて膝枕をしてやる。う~ん寝ているとほんとにかわいい子なんだけどなぁ…。

そしてそんなことを思いながら、この子を家まで連れて帰る方法を考える。


………う~ん。やりたくなかったが、この方法しかないだろう。


私は彼女のバックの中をまさぐって目当てのものを探す。


…ない。


ということは多分あそこだ。


私は彼女のハーフパンツのポケットに手を突っ込む。「…う~ん」というような悩ましげな声を彼女が上げ、私は真っ赤になって恥ずかしがりながら、ようやく目当てのものを取り出した。


…携帯電話。


私は携帯電話を開ける。幸いにもロックはかかっていないようだった。


なるべくプライバシーにかかわるところは見ないようにしたい。

私はとりあえず、この携帯のここ最近の着信、発信履歴を確認した。

その結果一番多く名前の出てきた人物に電話をかけることにする。


……プルルルル。プルルルル。プルルルル。


「もしもし、真弓だけど、あんたこんな時間に電話かけてくるとかちょっと非常識だよ」


電話に出た女性は、第一声でそう言った。


「あ、もしもし、すいません。私伊藤さんじゃないんです。夜分遅くに失礼します」

「…あっ、ああ、すいません。ひょっとしてあの子またやっちゃいました?」


……理解の早いことである。恐らく過去にも同じようなことがあったのだろう。


「はい。私一緒に飲んでいた橘というものなんですが、伊藤さん急に眠ってしまって、これから家まで送ろうと思うんですが、伊藤さんのお宅をご存知でしたら教えていただけませんか?」

「あっ、いや、私が迎えに行きますよ。大丈夫です」

「いえ、飲ませすぎてしまったのは私なので、送らせてもらいます。どのへんでしょうか?わかりやすい目印など教えていただけるとうれしいんですが」

「…あ~えっと、女子寮ってわかります?」

「………はい」


我々が向かっていた方向と、彼女の住む女子寮の方向は、はっきりいって真逆だった。

なんとなくそんな気はしていたが、これはひどい…。




頑張れ私。負けるな私。




私は携帯を切って彼女の鞄にしまい、そして彼女をおんぶした。

歩いて見せよう。女子寮まで。


しかし、おんぶした直後に、一つの問題が私の前に立ちはだかった。


………予想外に大きく柔らかい何かが背中に当たっているのだ。


私も言ってみれば、人間の♂である。この状況は、理性の問題で…まずい。


とどまれ我が理性!!冷静になれ!!クールになれ!!よこしまな気持ちは持つな!!ただ歩けばいい!!


私は自分の理性を叱咤激励しながら、なんとかかんとか歩き出した。






数十分後、女子寮の前に到着した。

そしてその頃には、私のYシャツは私を守って、吐しゃ物まみれになっていた。


ほんの数分前、彼女は急にえずいたかと思うと、滝のように壮大にリバースした。

アゴが私の右肩に引っかかっていたので、彼女自身は汚れず、私の右半身のみが汚れるというあんまりな事態に陥った。

しかし、もうそんなことはどうでもよかった。ともかくこの伊藤という子を女子寮に返還する、それで私の任務は終わりだ!!


私はゲロ臭いYシャツを着たまま、ゴールした…。




女子寮の前では、電話をかけた相手である、小野真弓さんが待っていてくれて、何度も何度も頭を下げた。

友達のためにここまで頭が下げられるとは…。立派な女性である。


私は「そんなに気にしなくていいですよ」と紳士的な笑顔で答えた。

しかし、その笑顔はややひきつっていたかもしれない。


Yシャツは小野さんが「すぐに洗たくするから、中に入って待っていてほしい」と言ってくれたが、お断りした。男の私が女子寮に入るのは規則違反で、何より気がひける。







かくして私の長い一日は終わり、冒頭のシーンと相成った。

正直、あそこまで汚れたYシャツだったので、捨ててもよかった気がするが、卸したてを捨てるのはやはり忍びなかった。


目の前ではYシャツが一枚、グルグルと回転している。


私はこのYシャツを見るたびに、あの伊藤という女の子のことを思い出すだろう。

そして………背中に当たった、あの柔らかな感触のことを思い出すであろう。


私も男なのだなぁ…そんな風に思って苦笑した。


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