一人と一人(2)
気がつくとベッドに押し倒されていた。
こんなシュチュエーション初めてだというのに、あまりあわてていない私は、女としてどうなのだろうか。
ベッドの上には一人の男と一人の女。つまり私と斉藤と名乗ったあの男。
家までホイホイついてきたのは失敗だったかもしれない。しかし、あのまま別れたんじゃすっきりしないじゃないか!!
差し迫った事態を前にしていながら、そんなことを考えているあたり、私は混乱していないように錯覚していただけで、その実かなり混乱していたのだと後になってみれば思う。
男は無言で整った顔を近づけてくる。
やめろ!そう思ったが、声を出すのはとどめた。思わずひっぱたいてしまいそうになった手も、途中で止めた。
この人がこんなことをするのには理由がある。
だって、この人、私をそういう目で見ていなかったし、今も見ていない。それならこんなことをするのには理由がある。ここで拒絶するのは失敗だ。何か理由がある。そんな風に直感で悟る。
それなら、ひっぱたいて拒絶するという選択肢を選べないのなら、他に私がとれる選択なんて、これぐらいしかない。
私は迫ってきた斉藤を、逆に強く抱きしめた。
彼は驚いた顔をしたまま、しかし、私の胸の中におさまった。
この抱擁は愛をこめた情熱の抱擁というよりは、転んで怪我をして泣きそうになっている子供を抱きしめているような、そんな感じに近い。
抱きしめたまま、彼の肩をポンポンと叩き独り言のように呟く。
「何があったか知らないけど、アンタろくでもないのに声かけちゃったね。私、はっきりしないことは大っきらいなんだ。アンタに何があったのか、なんでこんなことしたのか今の私にはわからない。でも、私に声かけたからには、しっかりかっきり、全部吐いてもらうから」
「失敗したなぁ…」
抱きしめられながら、彼はつぶやいた。
「ちょっと脅かせば、おびえて帰ってくれると思ったんだけど…」
「おあいにくアンタみたいに枯れた気配の男に襲われるって思うほど、私はバカじゃないんだ」
彼は苦笑の色をさらに強くする。
「もっと考えておけばよかったよ。伊藤ちゃんが急に強くなった理由。きっとキミがいてくれたからだったんだね」
「…私は何もしてない。私はあの子に言いたいことを言っただけ。それ以外はあの子が勝手にそうなった。ただそれだけ」
…はぁ。
彼は声に出してため息をついた。
「キミはすごいね」
「何が?」
「自分がすごいってわかってないところがすごい」
「何言ってんだか」
ここでようやく会話が途切れた。
「話、聞かせてよ。気持ち悪いから」
「…聞いたらもっと気持ち悪くなるかもよ?」
「今はまず、目先の気持ち悪さを取り払いたいね。その先のことはその先で考える」
ここで彼はクスリと笑う。
「小野ちゃん、ほんと男前だね。そこまで言ってくれるなら話させてほしい。本当は、誰かに聞いてもらいたかったんだ」
ただしそれだけで終わらないのがこの斉藤という男が曲者なところ。
「でも、話す前にさ、苦しいから、手、離してくれない?…いくらふくらみがないって言ってもちょっとは苦しいから」
「…!!!???」
ここにきて私は自分が相当恥ずかしいことをしていたことに気がついた。
そのうえ、胸の話とか…くそっ!!
赤面しながらも、しかし、彼が無理に話しやすい緩んだ空気を作ろうとしていることは伝わった。それなら合わせてやるしかないか…。
「どーせまな板だよ!文句あっか!!」
「いや、そこまで言ってないけど」
彼はここでまた一つため息。
「小野ちゃん、ほんとにいい人だね」
「ほめんのはいいからさっさと話せ!!」
あ~なんだか調子が狂う!!