終わりと始まり(下)
なぜここで微妙な空気が流れるのだろうか?
二人は「友達」じゃなかったの?
私は怪訝に思いながらも、声をかける。
「橘さんも一緒に飲みますか?」
「…えっ?いや、邪魔しちゃ悪いでしょう?」
何のことを言われているのか、一瞬理解が追いつかなかったが、隣を見て思いいたる。
斉藤さんとデートか何かだと思われているんだ。
私とこの人は別にそんな関係じゃない。それに…
「迷惑ならもうかかってますから、気にしないでください」
私は笑顔で、首に抱きついたままゴロンゴロン言っているかえでを指差した。
ボックス席に移り、4人でお酒を飲み始める。
先ほどまでのこわばりは表面上はなりを潜めた。みんな見掛け上楽しそうに飲んで談笑している。
かえでは「にゃははは」笑っているし、橘さんは困った顔をしながらも楽しそう。
そして、先ほどまで一緒に話していた男だけは、うまく話をふったり如才なくやっているが、やはりどこか苦しそうなのだ。
見掛け上は平静で、でも、胸の奥に何かつっかえているみたいな、そんな感じ。そして私はそんな彼を見ていると、むずむずする感じがどうしようもなくもどかしくて気持ちが悪かった。
思えば、彼は必死にこらえていたのだ。自分の心を崩壊させるまいとして努力していたのだ。
数十分後、かえでが…眠った。それはもう、安らかに眠った。
橘さんはかえでを背負って割り勘より少し高い金額をテーブルにおいて、店を出ていった。
ボックス席には、最初からここにいた彼と私だけが残された。
私は、聞いてはいけない気がしながらも尋ねずにはいられなかった。
「なんでアンタ、あんなに苦しそうだったの?」
彼は元の笑顔に戻って首をかしげるばかりで、答えてくれない。
なぜだか妙に癇に障って、ムキになってまくし立てる。
「アンタ、一体何がしたかったの?私を飲みに誘ったの、きっとあの二人となんか関係あるんでしょう?アンタ、かえでとなんかあったの?それとも橘さんとなんかあったの?私を巻き込んだんだから、アンタには答える義務がある!」
私はなぜだか怒っていた。
ただ単にはっきりしないのが嫌だったとか、それだけが理由じゃない。
きっと、こいつは今吐きださせてしまわないとダメだ!
そんな直感が働いているのだ。そう、これはきっと弱いかえでと付き合っているうちに手に入れた特技みたいなもの。
私は性分として、この男にまとわりつく何かを取り払ってやりたくなったのだ。
「場所を変えよう」
彼はそれだけ言うと店を出た。
私は彼について夜の町へと出ていった。