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フラグメーカー  作者: 夏野ゲン
菊川教授の偏愛
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菊川教授の偏愛(下)

私は菊川教授をしっかりと見据えながら、右上のボタンを素早く押す。

すると、シンプルモード時に表示されてた仲間たちの赤い糸、黒い糸が一斉に消え、教授から伸びる、一筋の赤い線ばかりが残った。


講義が終了する。教授は書類をまとめてゆっくりと動き出す。その動きに合わせて、ゆらゆらと赤い糸が揺れる。


一度ロックすると、対象が移動しても、赤い糸は私の見やすい位置に存在していてくれるため、私が目的の人物にたどり着くためには、ただ、赤い糸の示す矢印の方向に進めばいい。




私は歩きだした。




さて、今日の講義は先ほどの講義で終わっているので、ゆっくりと目的の相手を探すことができそうだ。


私は大学構内の道をぶらぶらと歩く。

菊川教授の片想い相手、きっと大学関係者なのだろうと思っていた。


…しかし、それは思い違いであった。




歩きだして1時間。私はいまだに糸の向かう先にたどり着けずにいた。

これは、本格的に遠いかもしれない…。




…しかし、そこまで遠くはないかもしれない、と私は思いなおす。


以前頼みをきいて、友人の赤い糸をたどり、初恋の相手を探しに行く旅をしたことがある。

その時は、赤い糸が目的の場所まで、公共交通機関を使用して導いてくれた。


赤い線をたどっていくと駅があり、駅に着くと、頭の中に「5800円の乗車券」というキーワードと、「上り線」というイメージが浮かび、半信半疑ながらそのイメージに従った結果、奇跡の再会を成功させたエピソードがあったのだ。


もはやここまで来ると、このフラグメーカーなる機械はすごいとかそういうレベルのものではない。


故に、このフラグメーカーが私を歩かせているということは、菊川教授の思い人が私の歩ける範囲にいるのに相違ない。




さて、そんな私の予想は間違っていなかったようで、赤い糸はとある建物の中に向かって伸びていた。その建物とは、


「…保健所」


ああ、なんとなくわかってはいたんですよ。

あの先生の思い人なんだ。まともなはずがないって。

でも、まさか思い人が人じゃないなんて思いもしないじゃないですか…。




2時間後、私は旅行鞄の中にとあるものを入れて、菊川教授の部屋の前に立っていた。

さっきまで静かだった旅行バックは、先生の部屋に近づいた途端暴れ始める。


…ああ、神様。私が今しようとしていることは正しいのでしょうか…?


しかしいまさら暴れる旅行バックを放り出すわけにもいかないので、私は先生の部屋をノックする。


「…はい?どうぞ」


渋くていい声なんだけどな…。この先生。嫌いじゃなかったんだけどな…。


「…失礼します」


私は意を決して、部屋の中に入る。


「…おや、キミはうちの学生だったね。何か質問かい?」


私は首を横に振る。


「…いえ、その、先生にお届けものです」


私は旅行バックを机の上におき、それを開ける。

旅行バックの中身と教授の目が合う。


旅行バックの中身は一瞬でおびえた目になって、耳が後ろに寝てしまう。

そして、教授はというと、一瞬ポカンとした後、


「………ユリ!!」


と気色満面で絶叫した。






2時間前にさかのぼる。

菊川先生の赤い糸をたどっていった先の保健所、そしてその中にはきれいな毛並みの白猫がいた。

誰がどう見ても飼い猫だとわかるきれいさである。


しかし、この猫、どこかくたびれていた。

全身から、「ああやってらんね!!!」というオーラが出ていた。


人間以外の生き物から、明確に感情を読み取ったのは初めてであった。


私はこの白猫の飼い主だと名乗り出て、もらってきた。

しかし、大学に近づくにつれ、正確には菊川教授のいる場所に近づくにつれ、白猫から出る矢印は黒々と染まっていった。


臭いや何かでわかるのかもしれない。

「この先に敵がいる…」と。






目の前では猛烈に色がいきかっていた。

教授から赤い糸が。ユリちゃんから黒い糸が。


教授が私に言う。


「ありがとう!!本当にありがとう!!数日前から家出をしていてね…必死になって探していたんだ」


「…いえ、当然のことをしたまでです」


私は怒気を含んだユリちゃんから目をそらして言う。

今私に向けられる黒い糸が見えたなら、間違いなくユリちゃんからまっすぐ私にそれが伸びていることだろう。


思うに教授はユリちゃんを過剰にかまっていたのだ。まさしく「ネコかわいがり」

そして、あまりの偏愛ぶりに嫌気がさして、ユリちゃんは逃走をはかった挙句、保健所の御用になった、そんなところだろう。


「何かお礼がしたい!!なんでも言ってくれ!!」


ここで、「単位がほしいので、満点にしてください!!」といっても、今のこの人ならやってくれる気がする。しかしながら、そんな手段で単位を欲しがるほど落ちぶれてはいない。


「えっと、何も要りません。大丈夫です」


教授はなおも食い下がってきたが、私は丁重にお断りした。

今の教授の目、なんか怖い…。というかケモナー怖い…!!


先生の部屋を去る時、私は思わずつぶやいた。






「ユリちゃんゴメン」と。



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