終わりと始まり(上)
私、小野真弓は中庭のベンチに座ってボーっとしていた。
午後の講義が終わったので、かえでと一緒にご飯でも食べて帰ろうかとおもっていたら、
「今日は約束があるから」
と笑顔で断られた。あの笑顔は…デートだろう。
仕方がないので、私は飲み残しのぬるいミルクティーなんか飲みながら、夕焼け空をながめるなんていう、感傷的なことをやっていた。
橘さんが退院して、1週間になる。
かえでは以前よりもずっと明るく元気そうで、私としてもうれしい。
でも…寂しくもあったりする。
ことあるごとに折れてしまって、いつも泣き出しそうな顔をしていて、私に頼ってくれる妹みたいなかえで。その子が私に頼らなくても大丈夫なくらいに強くなってしまった。それがうれしいのに、なんだか寂しいのだ。
子供が自立して、ひとりだちしていくのを見る親の気持ちってこんな感じかもしれない。
そんな風なことをおもいながら中庭のボーっとしてたら、突然声をかけられた。
「何してんの?小野ちゃん?」
笑顔で私を見下ろしたのは、顔立ちが整った、世に言う「イケメン」な男、だった。
私は声に混じる不機嫌な気配を消すこともなく答えた。
「あなた誰ですか?」
第一声での強い口調も目の前の男は笑顔で流した。
「ああ、突然声かけてごめんね。オレ斉藤って言います。橘の友達。知ってるでしょ?橘のこと」
私はうなずく。しかし、なぜ橘先輩の友達が私に声なんてかけてくるんだ?
「橘さんは知ってます。でも、何でそれで私のことを知ってることになるんですか?」
「いや、橘にさ、聞いたんだよ。あいつと最近仲のいい子、伊藤ちゃんの親友の『小野ちゃん』がかわいいってさ」
「かわいっ!?」
知らず声が裏返る。
男勝りな性格の私は、「かっこいい」なんていわれることはあっても、「かわいい」なんて言われたことはほとんどなかった。だから、思わず驚いてしまった。
「うん。そう。かわいいよ、そういう照れたときのリアクションとか」
目の前の優男はしれっと言ってのける。ますます私はあわててしまう。自分でも頬が紅潮してくるのがわかった。
「前に伊藤ちゃんと一緒に友達何人かで歩いてたでしょ。んで、君がきっと橘の言う『小野ちゃん』だなってわかったわけ」
「そんなのおかしいです。かえでの友達はみんなかわいいし、一緒に歩いてるだけでわかるなんてそんなはず」
「わかるよ」
目の前の優男は私の言葉を途中でぶった切った。
「だって、小野ちゃん、君、伊藤ちゃんの友達のなかでとびっきりかわいかったもん」
もう、だめだった。この手のほめ言葉に耐性のない私は、赤くなったまま何も言い返すことができなくなってしまった。
「だからさ、オレとしてはそんなかわいい子が一人でボーっとしていたら声をかけずにはいられないわけ。そういう性分なんだ」
私はただ、この男の言葉をきいていた。
しかし、半分ぐらい、理解できていない。
「だからさ、よかったら一緒に飲みにでもいきませんか?君みたいな子と飲めたら、オレはすごくうれしいなぁ」
そんなことを言われて、なんだかよくわからないまま、なし崩し的に橘さんの友達の斉藤という男と飲みに行くことになってしまった。