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フラグメーカー  作者: 夏野ゲン
ある合コンの話
27/35

ゲームセット

オレには何もなかった。

思考もとまった。

わからない。白川という女は…なんだ?


「…証拠は?」

「?」

「今の話を裏づけする証拠はどこにある?」


苦し紛れ。何もかも苦し紛れ。


「最初に言ったじゃないですか。今のはあくまで私の想像。単なる私の想像です。想像に証拠や裏づけが必要ですか?」


彼女は言う。

そして意地の悪い笑顔で重ねた。


「もし、どうしても確認したいというのであれば、ひとつ方法がありますけどね」


そういって彼女はバックから虫眼鏡を取り出した。


「あなたが暗躍していたということは、あくまで私の想像なので、証明できません。しかし、あなたの赤い糸を確認することは、これを使えばたやすいことです」


彼女は笑いながら虫眼鏡をいじっている。

その笑顔は、天使のように無邪気で…悪魔のように残酷だった。


…失言。そう思った。


彼女がフラグメーカーを持っていない可能性のほうが低いなんて、当たり前じゃないか…。


「私は公平な目で観察を行うために、基本的にフラグメーカーは使っていません。今回の想像も、この道具には頼らず、すべて自分の力で想像しました。ですが、斉藤さんがどうしても証拠がほしいとおっしゃるのであれば、これを使って確認させていただきますよ」


…やめてくれ。


心で思っても言葉は出ない。

オレは、完全に固まってしまっていた。




「…やめてください」


静かな声が、彼女の動きを止めた。

聞いたことのある声だ。


振り返ると、石川がいた。


目の前の女は小首をかしげるしぐさをする。

それに対して、石川はもう一度強く宣言する。


「やめてください」




「…石川?」


呆けたような声しか出なかった。


「…なんで?」


目の前で白川がくすくすと笑う。


「私が呼んだんです」


「斉藤さんからここに呼び出しを受けた段階で、今日は何かあると思っていました。あなたが何か仕掛けてくると思いました。それなら、私もせっかくだから私に想像するきっかけをくれた石川君に、今回の想像をあなたと一緒に聞いてもらおう、そう思って呼んだんです」


白川は石川のほうを向く。


「どうでした?石川君?大筋で当たっていましたか?私の想像は?」


石川は、無言。

そしてその無言は、おそらく肯定。


「それにしても皮肉ですよね。私がきちんとフラグメーカーの機能を説明しなかったばかりに、石川君は勘違いをして橘さんを問い詰め、それをきっかけに斉藤さんはフラグメーカーの存在を知り、私を問い詰めることになる。そして、私は斉藤さんに問い詰められたことをきっかけに、知られてはならない絶望の箱をあけることになった」


「そういう意味では、あなたたちの関係を崩壊させたのは、私であり、あなたたち全員だったということですかね?面白いです。実に興味深い」




「違う」


石川が口を開く。

白川は「何のことでしょうか?」とばかりに首をかしげる。


「違う。何も崩壊してないし、何も始まってない」

「どういうことでしょうか?」

「斉藤は苦しんできた。その葛藤の末、ゆがんできた。これは罪だ。橘はそんな斉藤の姿に鈍くて気がつかない。やつの鈍さは罪だ。そしてオレはそんな二人を知りながら何もすることができなかった。これがもっとも大きな…罪だ」


白川は理解に苦しむ、というような顔をしていた。

同じだ。オレも石川が何を言いたいのか理解できない。


「何も、変わってはいない。斉藤はゆがんだ罪を背負ったままだ。橘は気づかぬという罪を背負ったまま、オレは何もできぬという罪を背負ったままだ。何も変わってはいない」


「でも、逆に言えば、罪を放棄していない以上、結末をあきらめていない以上、まだ、終わっていない。何も崩壊していない!!まだ何とでもやり直しがきく!!斉藤、お前には罪を償うチャンスがある!橘にだって罪を償うチャンスがある!もちろんオレにだって、罪を償うチャンスはある!!」


石川の意図は…通じた。


「オレはお前に失望なんてしていない。オレも、同じ罪びとなのだから、失望などしない。同じ罪びととして、橘にすべてを告白し、罪を償おう。今の関係はぶっ壊れてしまうかもしれないが、それでも今のままよりはずっといい。」


…つまりは、そういう意味だろう?

強いな、石川は強くてまっすぐだな。そう思った。


でも、オレは、罪とか、償いとか、想いとか、もうどうでもいいんだ。

なんか、どうでもいい。






「石川」


オレのほうを振り向いた石川は、強い決意をたたえているようだった。

しかし、オレの顔を見ると息をのみ、黙り込んだ。


「石川。ゲームセットにしないか。こんな不毛なゲームは終わらせてしまわないか。このゲームが終わったら、オレはこれまでどおり、軽い役柄の橘の友人に戻る。お前は頭の固い、生真面目なあいつの友人に戻る。ゆがんだところなんか隠して、つらいことなんてなかったことにして、ゲームは終わらせてしまう。そして、伊藤ちゃんとあいつがうまくいくことを祈る」


なぜだか涙がこぼれそうになる。


「なぁ、それで終わりってことにしないか。それで償ったってことにしてくれないか。オレはいつものあいつの友人でいるように努力して、いっぱい傷つくから、それで償ったってことにしてくれないか?」




………ゲームセット。




そんな言葉が頭に浮かんだ。

リセットとは違う。この気持ちは、隠すことはできても、なかったことには…できない。


今のオレを正しく表現するなら、


「戦わずして負けた」ということになる。


でも、それでも、戦って、今ぎりぎりで保っているこの関係を全部ぶっ壊してしまうのは避けたかった。


今の関係をぶっ壊せば、あいつは伊藤ちゃんと今のままではいられないだろう。

あいつの性格的にきっとそうなる。オレのことを気にして、幸せをつかみかけている二人関係を壊してしまう。


それは…ダメだ。


それなら、あいつには笑っていてほしい。

石川の言葉を借りれば、あいつと彼女が一緒に笑っている姿を見て、オレが傷つくのがオレにとって最大の償いになる。

そして、傷つくオレを見て苦しむのが、石川の償いになる。




そして、橘は知らずに罪を背負い続けてもらうことになる。

苦しみを伴う償いか、無意識の罪か。


エゴと知りながら、オレは橘に後者を渡すことにした。




オレの言葉に、石川は無言だった。

しかし、それはおそらく無言の肯定。






………ゲームセット。


長く続いたゆがんだゲームが、あっけなく終わった。


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