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フラグメーカー  作者: 夏野ゲン
ある合コンの話
21/35

解答(上)

名推理には、明確な解答、簡潔なオチがモットーですから、お答えします。斉藤さん、あなたの想像は大筋で当たっています。


まずどこからお話ししましょうか?…斉藤さんと同じく時系列順にお話しするのがいいかもしれませんね。


まず第一に、あなた方と初めてお会いした合コン。あの日の私の目的は、確かに『橘健太郎に会う』ことでした。ですが、正確に言うと、私は彼に会いに行った、というよりも、『彼を観察に行った』という表現が正しいかと思います。


橘君は、フラグメーカーを、『運命の赤い糸が見える道具』を持っています。そして、私はそれを知っていました。なぜなら…




彼に、フラグメーカーを売ったのは、『この私』だからです。




私がどのようにしてフラグメーカーを手に入れたか、その入手経路は…残念ながらお教えできません。


ミステリーには謎が付き物。

一つぐらい明らかにならない謎があったほうが面白いとは思いませんか?




続けます。彼にフラグメーカーを譲ったのは、私です。

私はフラグメーカーを手に入れたのち、偽の販売ホームページを作り、フラグメーカーを売り出しました。


フラグメーカーを渡す相手は、なるべく無作為に選びたかったのです。

なぜなら、これは、『実験』であり、『実験』を行うからには、実験対象の選択に私の恣意が入ってはいけないですから。


しかし、恣意が入らないようにとはいっても、実験するからには、『実験サンプル』に一定の基準を設けなければなりませんでした。


今回私は、製品購入前にアンケートを取りました。

今回の実験サンプルに求められた基準は1つ。


まず、今現在女性と恋愛状態にない人。理想的には、『恋人いない歴=年齢』、そんな方。


橘君はぴったり当てはまりました。




それでは、なぜ、そんな人物を対象にして、『実験』を行おうと思ったのか。


…答えは、たくさんの愛憎劇、それが見たかったからです。




私は、本気でミステリー書きになりたいと思っています。


ミステリーは、もっとも精神描写が重要な小説だと思っています。

精神描写の美しくないミステリーなど、ミステリーではありません。


『愛が憎しみに変わる瞬間』


これが、ミステリーで最も美しい瞬間だと、私は思っています。

愛が憎しみに変わった瞬間の、爆発的な感情の発露。

その激情に飲みこまれ、もみくちゃにされ、消えていく命…。

美しい…実に美しい光景です。


私は、虚構の小説であるからこそ、これらの美しい心の動きを、実際に観察し、その観察をもとに、誰もが感嘆するような、美しく、生々しい感情の発露が記された、小説を書きたいと思ったのです。


そのためには『実験』を設計する必要があり、観察対象を絞る必要がありました。

私は考えました。どんな人物なら、フラグメーカーを使って、たくさんの愛憎をまき散らしてくれるだろうかと。


そして思いついたのが先ほどの実験条件です。




恐らく、『恋人いない歴=年齢』そんな人物がこんな怪しい商品を買うのは、自分自身『愛情』や『恋愛』に飢えているからでしょう。


そんな人物は期待するはずです。

『自分に思いを寄せる人物はどんな人なんだろう』と。

しかし、フラグメーカーは意地悪ですので、自分自身に思いを寄せてくれている人を特定することはできません。


かわりに、周りには幸せそうなつながりを持った、男女ばかりが見える。

フラグメーカーの持ち主は妬むはずです。憎むはずです。孤独を味わうはずです。


…なぜ自分につながりはないのか、と。


その先に、実験対象がどんな動きをしても私は面白いと思いました。


幸せそうなカップルのつながりを、片っ端からぶった切って、愛憎劇を演出して回って、己の孤独を紛らわすところを見るのも、面白いと思いました。


自分が好きな人物とつながる人物を、憎み、殺害に発展するのも面白いと思いました。


ただ、孤独の中に鬱鬱とし、立ち上がることのできない泥沼に沈んでいく様を見るのも面白いと思いました。




私は見たかったのです。実験対象がフラグメーカーというひとつの道具をきっかけに、どのように崩れていくのか、あるいは、周囲はどのように崩されていくのか。




私はわくわくしました。

合コン。男女の思惑が交錯するスポット。フラグメーカーの機能を生かすには、もってこいの場所です。

そんな場所で、愛憎劇を無限に生み出すことができる、絶好のスポットで、『実験対象』がフラグメーカーをどんなふうに悪用するのかを観察できることは、実に楽しみなことでした。


しかし、合コンが始まってみると、橘君は、まるで、私の思惑とは違う動きをしました。

再三にわたって意識し合う男女を引き合わせようと手伝ってみたり、大暴れして合コンの邪魔者となっていた伊藤さんの面倒を見てみたり、


あまつさえ…観察者の私と石川君を引き合わせてみたり。


私には理解できませんでした。

善人すぎる橘健太郎という人格が理解できませんでした。

彼の周りが結ばれれば結ばれるほど、彼は孤独になるのに、彼の周りが幸せになっても、彼自身には何の利益もないのに。


私は彼が理解できませんでした。

複数回の実験の中でも、今回のようなケースは初めてで…まったく理解できませんでした。




私は、実験がうまくいかなかったことにいら立ちました。

私が見たかったのは愛憎です。こんな生ぬるいごまかしの幸せではありません。




私はその瞬間、橘健太郎という実験サンプルの観察をあきらめました。

私には彼のことは理解できないと、あきらめました。


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