二人(下)
私、伊藤かえでは、お見舞いに来ていた。
手には花束を持って。
なんとなくあまり派手でごてごてした花束を先輩が好まないような気がしたので、カスミソウみたいな、地味だけど、私が好きな花をお花屋さんで束ねてもらった。
病室に入ると、先輩はお昼寝真っ最中だった。
ベッドの背もたれが少しだけ起こしてあって、机の上に本と外した眼鏡が置いてある。
脇腹はぐるぐると包帯が巻かれていて、痛々しかったが、顔色もよくて、思ったほどの心配はなさそうでほっとする。
なんだか安心して涙が出そうになる。
…やっぱりこの気持ちは特別だ。
眠っている先輩の顔は穏やかそのものだった。
眼鏡の先輩も優しい感じがして好きだが、眼鏡をはずして眠っている姿は、普段よりもっとふんわりした雰囲気で、まるで縁側でお昼寝してる猫を見ているような、そんなほんわかした気持ちにさせられる。
そして何より…ちょっとかっこいい…。
私がそんな風に先輩にみとれていると、病室のドアが開く音がした。
振り返ると…白川先輩が立っていた。
「あれ…?あなた、確か…」
「…こんにちは」
お互いの間に流れる、微妙な空気。
私には白川先輩が恐らくお見舞いに来ていることが、斉藤先輩の話から分かっていた。
しかし、白川先輩からしてみたら、「なんであなたがここにいるの?」といった感じだろう。
「…ああ、お見舞いに来てくれたの?ありがとう。花束まで用意してもらって…今花瓶に活けるから渡して?」
私は白川先輩の見舞いに来たわけじゃないから、先輩にお礼を言われるのは筋違いだ。
ついでに花瓶に花を活けるぐらい私にだってできる!
なぜだか、そんな子供っぽい気持ちが出てきてしまい、
「大丈夫です。私が活けます」
なんていってしまう。
なるべく口調は違和感がないように穏やかに言ったつもりだ。
でも、ピリッと電気が流れたみたいに、部屋の空気が緊迫した。
花瓶をとって、花を活ける。
派手ではないがシンプルできれいだと思う。
「…伊藤さん、でしたよね?あれから橘さんと、その…」
白川先輩からは、「どういう関係なのか」聞きたいという空気がバンバン伝わってくる。
私は、
「先輩にはいろいろと助けてもらったので、そのお礼がしたいんです」
と正直に答えた。
『付き合っています!!』ぐらいのことを言ってみて、けん制するのもいいのかもしれない。
…でも、それは私にはできない。
「恋愛はド直球で挑んで、うまくいけば喜ぶ、うまくいかなかったら砕け散る、そのぐらいのほうがいいんだよ!!臆病になんな。卑屈になんな。小細工すんな。ただでさえかえでは不器用なんだから」
昨日一緒に飲んでいた真弓が、だいぶ酔っぱらってきたころにそんなことを言っていた。
私は臆病だから、いつも逃げ腰になってしまうけど、今回は…この気持ちが本当に『恋』なのか確信が持てないけど、それを確かめるためにも、ウソをつかないで直球で挑んでみようと思う。
私の答えを聞いて、白川先輩は「ふ~ん」というような反応。
納得しているような、納得していないような…。
「橘さんが刺されたのは、私のせいなんです。だから、私が責任を持って退院するまで、お見舞いに来ますから、橘さんの身の回りの世話の心配を伊藤さんがする必要はないですよ」
…白川先輩からのあからさまなけん制。でも、今回は…負けない。
「私が先輩のお見舞いにきたいから来るんです。お見舞いに来るのにそれ以上の理由、いりますか?」
私の返答を聞くと、白川先輩は女の私が見ても魅力的な頬笑みをたたえながら答えた。
「…いいえ。お見舞いにきたいから来る。当然のことですよね」
ここで、「ふふっ…」と小さく声に出して笑う。今度は、本当にとろけそうな、うっとりしてしまうような笑顔だった。
「…それにしても、伊藤さん、あなた、橘さんのこと、大好きなんですね」
「…へにゅっ!?」
予想外の言葉に、我ながら意味のわからない言葉ともいえない何かが飛び出してしまう。
「なっ、何を言ってるんですかぁ…!?」
「いえいえ。隠すことはありませんよ。隠してもわかっちゃいます。だって、恋する乙女のことは、恋する乙女が一番よくわかりますから」
白川先輩のその言葉はぐさりと刺さった。
その言葉の意味は…そのままの意味だ。
白川先輩は…恋する乙女だと自分を名乗った。その相手は…十中八九、今すぐ横で眠っている人、その人だろう。
白川先輩は優しく、しかし堂々と「さぁどうするの?」とでもいうような笑顔を浮かべている。
これは、事実上の宣戦布告だ。
私は、目の前に立っている、清純そうで、美人で、度胸のある先輩相手に勝てるのだろうか?
弱気な私が顔を出しそうになる。
でも、今日の私は一味違った。
負けたっていい。今は引き下がらないことが大切だ。ここで逃げたらこれまでとおんなじだ。
「当たって砕けろ!!」
真弓の酔った勢いに任せた激励がふつふつと胸に巻き起こってくる。
昨日真弓に叱咤されなければ、こんな気持ちにはならなかっただろう。私は心の中で親友に感謝した。
「…好き、かはわかりません」
私はいったん切って言葉を探す。
「でも、特別で、大切です。だから、お見舞いに来ます。毎日でも。白川先輩に、『必要ない』って言われてもきます!…そう決めてましたから」
私の全力での宣戦布告である。
白川先輩はどうこたえるだろうか…?
先輩はほほ笑んでいた。
まるで、「よくできました」と、同じ土俵に上がってきたことをほめているような顔だ。
私は恐怖した。こんな底の知れない相手との勝負に私は勝てるのだろうか?