気持ち
私はぼーっとしながら家に帰った。
私がぼーっとしている時には2種類あると真弓は言っていた。
本当に何も考えていなくてぼーっとしているときと、
…感情がいっぱいいっぱいで、何も顔に現れないときの2種類があると。
たぶん今日のは後者だ。
刺された先輩が心配で、
先輩と白川さんの関係が気になって仕方がなくて、
先輩の体の心配をしたいのに、そんな自分勝手な気持ちがわきあがってくる自分が嫌で、
頭のどこかで、「私が刺されそうになったら、先輩はかばってくれるかな?」なんて思っている自分がいるのに気がついて、余計に嫌いになって!!
たぶん感情のキャパシティーを超えていた。
…ガチャン。
部屋の扉が開く音がして、誰かが入ってくる。
視線の先には、小野真弓という大事な友達が立っていた。
「…飲みに行くよ。おごる。今のあんたに必要なのは、とりあえず吐きだすこと」
真弓は男顔負けの男前さで、高らかに宣言した。
『広川』のバーカウンター席に私たちは座っていた。
「悪酔いするからいい…」
と断った私を、
「今のあんたは悪酔いしてでも吐きだしとくべきだ。溜めこんどくほうがよっぽど悪い!!」
と怒られて、ほとんど無理やりに連れてこられた。
もともと、お酒に強くはない。カクテル3杯で、今日の私はクルンクルンになっていた。
「んで、何があったわけ?」
真弓の問いかけに、私はクルンクルンしながら、支離滅裂に話し始める。
…橘先輩が刺された。夕方のニュースにもなってた。
あんまり心配でお見舞いに行こうと思ったら、面会時間外で会えなかった。
斉藤先輩が出てきて、橘先輩が刺された理由を聞いた。
女の人をかばって刺されたらしい。
私は、それが気に入らないらしい。
そして、先輩を心配しているはずなのに、そんな風な気持ちが出てくる自分が嫌だ!
もう、せきららどころではなく、心情の吐露であって、独白であって、もう何が何だか分からなくなっていた。
真弓は私の話を聞いて、そして、たった一言ぶつけてくる。
「…それで?肝心なところが抜けている気がするけど?」
「…えっ?」
ぐちゃぐちゃになった私の頭の中を、真弓の言葉が鎮めた。
「あんたは、なんでそんな風に思うの?なんで、橘さんのことがどうしようもなく心配になったり、その女の先輩をかばってケガしたってことを気にするの?」
「…えっ?それは…」
私は答えに窮していた。なんで、だろう…?
真弓は「ああっ!もうっ!!」とじれったそうに頭をガリガリ掻く。
「あんたはそう。いつだってそう!!はっきりしなくて優柔不断で、はたから見ててイライラしてくるわ!!そんなだからよくわかんないうちにふられんだよ!!」
「…なっ!!その話は今関係ない!!なんで、今そんなこと言うの!?」
「いや、関係なくないね!!あんたはいっつもそうだ。自分の気持ちもよくわからなくて、それでなし崩し的に動いて、そのせいでいっつも勝手に傷ついて痛い思いをする!!たまにははっきりしたらどうなんだ!!この優柔不断女!!」
「だから何のことだって…」
「あんたは橘さんに惚れてるんだろ!!いい加減自覚しろ!!」
「…えっ?」
真弓は深く深くため息をつく。
「なんで、私にこんなこと言わすのかね、あんたは…。私も自分のおせっかいな性格が嫌になるわ」
私は呆けたまま、それでも言葉を返す。
「…違う。そんなんじゃなくて。だって、先輩とあって、まだ1月もたってないし、よく知らないし、それなのに好きとか、違う…」
「違わないよ。好いた惚れたに出会ってからの期間なんて関係あるかっての…世の中にあふれる一目ぼれ全否定してんじゃないか」
「だって、先輩は私に優しくしてくれてるのに、私は何も返せてなくて…」
「優しくしてもらえるなら、それを受け取るだけで、返さなくたっていいじゃないか。なのに、なんでそれを無理に返す必要があるんだよ?それは口実だよ。あんたの口実。先輩との糸を切らさないための、ね」
…否定する言葉が見つからない。
「かえではさ、見てくれいいから、いっつも迫られる側でさ、その上優柔不断だから、ろくに自分の気持ちを見てこなかったんだろ。流れに任せて、押されるまま流されて、なんだかよくわからないままふられて。あんたそんなんでよかったの?」
「…よくない」
「自分の気持ち否定して、なんだかよくわからないけど、体張って女の子助けた先輩の行動にむかむかして、悶々した気持ちを抱えて、これまでみたいによくわかんないまま流れに任せて終わって、そのままでいいわけ?」
「…よくない!!」
「なら、いい加減、自分の気持ちぐらい、自分で整理しろ!!」
そういったきり、真弓は私に背を向けて、ただ黙々とお酒を飲んでいた。
私は、先輩が好き?
…よくわからない。
でも、なんとなく先輩の笑顔を見ていると、安心する。
先輩が痛い思いをしているなら、それを取り除いて笑っていてもらいたいと、そう思う。
それは「恋」なのだろうか?
それは「好き」なのだろうか?
……よくわからない。
「………よくわからない」
思いがそのまま口に出た。
真弓が深々とため息をつく。何か口を開きかけるが、その前に私は言う。
「…でもっ!先輩は、何か違う…。何か特別、なんだ…」
真弓がさらに深い深いため息をつく。
「…まぁあんたにしてはよく頑張ったんじゃない?」
続けて彼女は言う。
「それならあんたは気に病む必要はないよ。自分にとって特別な人間なら、自分のことを見ていてほしいって思うもんだよ。きっと誰か別の人間をみてる、ましてや別の人間を命を張って助けた、なんて話に反応しないほうが無理な話さ。だから、あんたは気に病む必要なんかない。明日にでも見舞いに行ってきな。そしたら自分の気持ちも少しはかたまるんじゃない?」
「…ありがとう。いつも気にかけてくれて」
真弓が今日最大のため息をつく。
「ほんとにしんどいっての。何か事あるごとにドツボにはまる親友の面倒見てやるなんてさ」
「もし…」
「…うん?」
「もし真弓が男だったら、きっと速攻で惚れてるよ!!」
真弓はもう苦笑を通り越してあきれていた。
「あんたみたいな、めんどくさい女、こっちから願い下げだわ!!」
真弓はグラスに残った赤いカクテルを、グイッと一気に飲み干した。