不安
私、伊藤かえでは、市立病院の前に立っていた。
橘先輩が病院に運ばれたという話を教えてくれたのは、連絡先を教えてくれた斉藤先輩だった。
「一応連絡しておこうかと思って。あいつ女友達少ないから、いってやったら喜ぶよ。きっと」
斉藤先輩はそんな軽いテンションで言っていた。
だから、先輩の容体はそこまで悪くないのだろうと思っていた。
でも、その日の夕方のニュースで、橘先輩が病院に送られた理由を知った。
脇腹を刺されて重傷………。
重傷ってどれぐらいひどいの!?
私はいてもたってもいられず、そのまま家を飛び出した。
病院に入る。面会時間は過ぎているそうだ。
無理を言って中に入れさせてもらおうとしたが、許しは得られなかった。
私、先輩によくしてもらったのに、何の恩返しもできてない…。
私は涙をいっぱいに溜めて、病院を出た。
「やぁっ!」
声が聞こえる。見あげると、斉藤先輩が笑っていた。
斉藤先輩は、泣いている私を公園のベンチまで連れてきて、ぽつぽつと語りかけてくる。
「橘のやつは大丈夫だよ。あいつ幸薄いけど、体は頑丈だから。実際、今回の怪我も深かったわりに、内臓とかやばいところは全部避けてたらしくて、2,3週間で松葉づえつきで歩けるぐらいにはなるってさ」
先輩はここで一区切り。「コーヒーでも飲む?」なんて軽く聞いてくるが、私は「…いりません」とだけ答える。
「いやぁ、焦ったよ。なんかアイツ、講義終わったら血相変えてかけ出していくんだもんな。アイツお人よしだからさ、たまにあほみたいなことに首突っ込んで、ひどい目に会うんだよ」
斉藤さんは苦笑を隠しきれていない様子だ。
「んで、なんかやばそうだなぁ…と思って探しに行ってみたら、案の定血まみれで男ともみ合ってやがんの…。まったく…無茶も対外にしろってんだ」
「…誰が刺したんですか?」
「…うん?」
「……誰が先輩を刺したんですか?」
斉藤先輩はやれやれ、と首を振る。
「伊藤ちゃんはさ、それを知ってどうすんの?」
「そいつに橘先輩が味わった分だけ痛いおもいをしてもらいます」
「あのさ、知ってると思うけどさ、アイツいい奴で、その上バカなんだよ。あいつは多分、刺した奴を恨んですらいない。多分、『あ~あ、また無茶して心配かけちまった。おふくろ怒ってんだろうな…。なんて言ってごまかそう』とか、『しばらく講義出れないなぁ…。出席足りるかなぁ…』とか、そんなことしか考えてない。そんな奴が復讐、望んでると思う?ていうか、そんな奴のためにかわりに復讐するとか馬鹿らしくない?」
斉藤先輩は、橘先輩のことを、激しくバカにする。
そして、その思いはきっと本心だ。
でも、斉藤先輩は、橘先輩のことをバカにしながらも大事に思っている。そうでなかったら、きっとこんな風に言えないし、こんな信じきってる顔できない…。
私は、斉藤先輩のかっこよさがようやくわかった。この人は、人のいいところが見えている人なんだ。そして、そのいいところを認めて、うまく付き合って行ける、そんな人なんだ。
そして、私は思う。こんなにステキな人に認められる橘先輩は、やっぱり凄い人なんだと。
「しかしねぇ…」
斉藤先輩は困ったように言う。
「橘のやつ、ほんと隅におけないわ。女の子心配させて2人も泣かせて…」
「…2人?」
先輩のことを心配しながら、そんな言葉に反応してしまう私が嫌だった。
斉藤先輩は「…あっ、マズった」みたいな顔をしたが、教えてくれた。
「この前の合コンで、白川さんっていたっしょ。白川真琴さん。あの清純そうな人。今回さ、あいつが刺されたのって、あの人がタチ悪いのに絡まれてるのを助けたからっぽいんだよね…」
私は言葉を失った。