表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フラグメーカー  作者: 夏野ゲン
序章
1/35

フラグメーカー

私こと橘健太郎には、「運命の赤い糸」を見ることができる能力がある。


…いや、「能力がある」という言い方には語弊があるかもしれない。

正確には、運命の赤い糸を見ることができる「眼鏡」を持っている。




短期バイトが終わって、収入が入った次の日、仲間たちと飲みに行った。

気分がよかったので、なんとなく私のおごりである。

そして、おごる側で、本日はお代官様なはずの私に向かって、酔っぱらった友人は言ったのである。


「お前目立たないよな。まるでセルフで存在感ステルス機能がついてるみたいだ。きっとそのいつの時代のかわからない地味眼鏡のせいだぜ!!」


私は顔には出さず、心でさめざめと泣いた。

確かに私が存在感が薄いのは知っている。しかし、「存在感ステルス」とまで言われるほどひどいとは…。


私は心の中で誓った。

「よっしゃ!おしゃれ眼鏡デビューして存在感アップだぜ!!」と。




そして、この魔法の能力を持つ、謎の眼鏡と出会った。

出会ったのは怪しいメガネ店でも、街角の老婆がくれたのでもなく、いまどきのネットショッピングであった。


酔っ払い、クランクランした頭でパソコンの前に座り、検索エンジンで、何事か検索ワードを入れ、リンク先をたどった末に、この眼鏡に出会った。


その眼鏡の名称は「フラグメーカー」

商品説明を見る。確か、「気になるあの人の恋のつながり、みてみませんか」とかなんとかそんな感じだった。


まぁ普段の私なら、こんな怪しい商品購入しない。

しかしながら、この眼鏡は、この手の怪しい商品に似合わないリーズナブルな価格と、なかなかおしゃれな太いふちのデザインをしていたのである。何と1万4800円。お安い!


私は酔っぱらった頭のまま、よくわからずカードで眼鏡を購入していた。

そして、酔っていたので、注文したことなど忘れていた。






注文の2日後、「フラグメーカー」なる眼鏡が過剰包装に入って到着した。

この時になって、ようやく私はその注文した眼鏡の存在を思い出す。


ああ、そんなもの頼んだな…。


しかし、この時の私は酔っぱらっていなかったので、冷静に判断した。

通販の眼鏡なんていらんわな…。


私は冷静に判断して、クーリングオフを利用して返品しようと思った。

しかし、過剰包装された箱には、送ってきた相手が書かれておらず、連絡先がわからない。

さて、仕方ないのでパソコンで再び「フラグメーカー」を注文したサイトを探すが、どう頑張ってみても注文先にたどり着けない。


…やれやれ、やっちまった。


返品できないのだから、開けるしかないだろう。

私はため息をつきながら、「フラグメーカー」の箱を開ける。


過剰包装のその先に、こじゃれた眼鏡ケースに入っていた。

その眼鏡ケースを開けると、確かにサイトの写真で見たのと瓜二つの、それなりにおしゃれな太ぶち眼鏡が入っていた。


今かけていた眼鏡をはずし、「フラグメーカー」をつけてみる。


……なぜか、はっきり見えた。


おかしい…視力検査もしてないのに、乱視も入っている私の目にあった眼鏡が提供されるなんて…。


私はその太ぶち眼鏡をかけたまま、過剰包装の中をまさぐる。

すると、取り扱い説明書なるものが出てきた。

それを広げてみてみると、その名のとおり、取扱説明書であった。

しかし、途中までは一般的な眼鏡の取り扱い文であったのに、最後のほうにはだんだんとおかしな説明文が現れ出した。




○フラグメーカーの応用的活用法


本製品には、他者と他者との間にある、『好意』と『強い嫌悪感』を視覚化できる機能を搭載しております。ここから先はそれらの機能の利用法について説明を行います。


1.「フラグメーカー」の電源を入れる。

 フラグメーカーの左フレーム上部にある、ボタンを指で3秒間抑えると、フラグメーカーが起動します。


2.「フラグメーカー」を利用する。

 フラグメーカー起動直後は、多くの「好意」が行き交い、非常に視界が悪くなることが予測されます。そこで、初めて利用される方は、初心者用の「シンプルモード」をご利用ください。シンプルモードは右フレーム上部にあるボタンを3秒間抑えることで利用できます。シンプルモードに設定すると、自分の半径30m以内の生物(※1)間でのつながりに限定してラインを見ることが可能となります。


3.ラインの意味するところについて。

 対象とする生物から赤いラインが伸びている場合、その生物は「何者かに対して、好意を向けている」もしくは「何者かから好意を受けている」ことを示します。

 好意の方向は矢印によって示され、その人から矢印が出ている場合には、矢印の向かう対象に対して「好意を持っている」、その人に向かって矢印が向いている場合には、「好意を向けられている」ということになります。


 同様に、「強力な嫌悪感は黒色」で示され、特に強い感情も抱いていないときはラインが示されないようになっています。


4.「ロック機能」について。

 シンプルモード時の一つの機能として、「ロック機能」が存在します。「ロック機能」とは、多数ある「つながり」の線の中から、「対象とする相手から発せられるつながりの線」と「対象の相手に向けられるつながりの線」のみを見ることができます。つまり、「一つの対象から伸びるライン、また対象に向かって伸びるラインのみを見ることができる」ということになります。


 ロック対象は最大で10まで指定でき、自由に入れ替えが可能です。


5.「ロック機能」を利用するには。

 ロック機能を利用するには、ロックしたい対象を見つめながら、右上のボタンを素早く一度プッシュします。すると、対象のラインのみを表示できます。


 ロックする対象を追加するには同様の手順を繰り返します。ロック対象数が10を超えると、自動的に上書きがなされ、古いロック対象から順にロックが外れます。


6.「ロック機能」を解除するには。

 ロック機能を解除するには、目を閉じて右ボタンを押します。それにより、脳内に今ロックしている人物の顔が浮かびますので、ロックを解除したい人物の顔を思い浮かべてください。ロックを全解除したい場合は、「全解除する」と思い浮かべてください。ロックがすべて解除され、シンプルモードに戻ります。


7.「シンプルモード」を終了する。

 「シンプルモード」起動時と同様に、右ボタンを3秒間押すことでシンプルモードを終了します。


8.電源を切る。

 起動時と同様に、左ボタンを3秒長押しすると、電源が切れ、ラインが表示されなくなります。(ロックした履歴は残ります)






えらくめんどくさい取説である。その上ウソ臭い…。


…まぁそれでも眉唾なりに使うだけ使ってみようか。


私はフレーム左上に手をやり、ごく小さなボタンの存在を確認する。

そしてその小さなボタンをポチリと押し、3秒間待ってみる。…すると。






………世界が線につつまれた。






………線線線。もはや線が多すぎて、線なのかどうかすら認識できない。

世界の多くは赤い線と黒い線に支配される。


ああ、もはや頭が狂いそうな線の嵐!!


そして私は思いだす。

シンプルモードだ!!!


私は線の海に溺れながら、今度は眼鏡左の小さなボタンを長押しする。

すると、視界から線は一気に消えてなくなり、普通の7畳の部屋に戻った。




…今のは夢か?




私は自分の正気を疑った。

線の海に溺れる世界。まともではない。


しかしながら、私は部屋の外を見ることで、先ほど見たのは白昼夢ではないことを悟る。


窓の外をひらひらと飛ぶ1匹の蝶。

そしてその蝶から伸びる一本の赤い糸。

その糸は両方向に矢印を指し示し、そして、その糸の先にもう1匹が現れた。


ああ、青春。ああ、恋。


いかなる生き物も、等しく恋をするのだなぁと思い知った瞬間であった。






かくして私は魔法の眼鏡を手に入れた。

信じろとは言わない。ともかく手に入れたのである。









しかして、当初の目的である、「存在感アップ」の方はというと…。

誰も私の眼鏡が変わったことに気がついてくれないという散々なありさまであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ