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オーギュは父に剣を向けた  作者: NICE☆GUY
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序幕 第四章「怒りと、嘆きと、失望と」

 ベルカナの瞳は深い青色をしていたが、確かに赤い炎を宿していた。華奢で、色は白く、目元や鼻頭にはまだそばかすが残っている。

 一心不乱に走ったせいか、彼女の淡い金色の髪は乱れていた。それを意に介す素振りを少しも見せないのは、自分が他人にどう見られているかという事より、王にどのようにして煮え湯を飲ませるかという事の方に意識が向いているからだろう。

 彼女は、自らが望んで身を置いた立場について、王の感想を待っていた。自分がブラックモアの側に立ち、王を正面から睨みつけるに至った経緯と動機を、王に尋ねさせたいと思っていた。

 王は依然として冷笑していたが、彼女の意図を察し、彼女がもっとも望まぬ第一声とは何か、ひとしきり考えた。

 「お前はもう無実だ」

 彼女の瞳には一瞬にして涙が溢れ、頬を伝った。そして、歯を強く強く食い縛った。まさに唇が横に引き裂かれ、歯が歯を噛み砕こうとしていた。


Augment - 怒りと、嘆きと、失望と


 ブラックモアは、ベルカナの怒りを強く感じ取った。そして今の彼女の中に、数秒前の自分の姿を見て、少しばかり平静を取り戻した。しかし、確かに彼の怒りは鞘にしまわれたが、それで全く消えてしまったわけではない。ひとたび振り抜けば、人の首など用意に刎ね落とす事ができる、恐ろしい刃である事には変わりない。

 「下がっていなさい」

 その言葉を口で伝え、そして「私を信じなさい」という言葉を目で伝え、ブラックモアは前に出た。

 「王よ、驕れる王よ、過去の所業を顧みるがいい。赤い纏は人々の血で、黄金の剣は人々の骨。それを忘れた驕れる王よ、過去の所業をしばし顧みるがいい」

 ブラックモアの鞘にしまわれた怒りは、啖呵となって、王に投げつけられた。しかし王は、依然として頬杖をついたまま、眉一つ動かさず、冷笑を浮かべていた。ブラックモアの言葉に、ベルカナは続ける。

 「私があなたに奪われたもの……それが単なる物であったなら、まだ私は、あなたの事を許せた」

 ブラックモアはベルカナに、心からの同情の視線を送った。

 「生き甲斐、名誉、尊厳、命……貴様が王座に在ったが為に、貴様と出会ってしまったが為に、全て狂わされてしまった者が、一体どれほどいることか!」


 「酒だ」

 「何だと?」

 王が静かに放った一声に、ブラックモアが、ベルカナが、その場にいた誰もが耳を疑った。

 「酒だよ。貴様は今まで、何杯の酒を嗜んだ?」

 王は頬杖をついた反対側の手で、掌を上に向け、指を軽く畳むと、ゆっくり回す仕草を見せた。その場にいた全ての者は、すぐさま、返答の意図を理解した。ブラックモアとその後ろに並ぶ者達は、より一層怒りを強くし、両脇に立ち並ぶ人形達は、拳を握り込み、ただ静かに震えていた。

 「知己よ、背徳の知己よ、己が所業を悔いるがいい。酒と共に酌み交わした理想……それが叶った今も、忘れてはおるまい」

 王の表情は一転し、不敵な笑みが消えた。眉間と鼻頭には皺が寄り、宵闇よりも深い、侮蔑の感情が見て取れた。王は更に続ける。

 「よもや忘れたと言うのであれば、所詮はその程度の理想、所詮はその程度の友情であったという事だ。ゆえに知己よ、己が所業を悔いるがいい」


 王の言葉は妄言ではない。かつて王がただのベネディクトという男だった時、ブラックモアとベネディクトは杯を酌み交わし、理想を語り合っていた。またその事は、今は賊と呼ばれる、ブラックモアの背中に立つ者達もよく知っていた。

 このヘルムホルツという、勃興二十年にも満たない小国も、二人が中心となって創り上げたものだった。ならず者達がそれぞれの縄張りを持ち、暴力のみで支配されていた地域をことごとく制圧し、最終的に一つの国に統一したのは、他ならぬ彼らである。その意味では、皮肉な話ではあるが、王は国の平和にもっとも大きく貢献した者とも言えた。

 しかしその過程において、確かに多大な犠牲を払った。その国は、言うなれば多くの人々の屍を積み上げて造られた城であり、城の床には多くの人々の血で染められた絨毯が敷き詰められているとも言える。そして当然ながら、自ら進んで城の一部となる者もいなければ、自らの血の全てを以って絨毯を染め上げようと考える者など、いる筈もなかった。

 王に叛旗を翻す者が現れるのは必然だったが、王はいずれそうなる事を充分に承知していた。覚悟ではない。承知していたのだ。


 彼は国を統一し、平和を手に入れる為、ブラックモアと共に剣を取っていた。

 しかし人間というものは、誰もが必ずと言っていいほど、不可解かつ理不尽な二面性を持っている。強さと弱さ、温かさと冷たさ、理知と情動、その人を愛する一方で傷つける事に喜びを感じ……王もまた、平和の為に争う一方で、心のどこかで争いそのものを楽しんでいたのだ。

 かつて親友であり、仲間であった二人の男が睨み合う。その舞台となる石造りの空間を、張り詰めた空気が支配していた。


 しかし、その支配というものも長くは続かなかった。一人の青年が、緊張と硬直という支配者を駆逐したのだ。

 青年は賊が打ちつけていった黒点を辿り、謁見の間の入り口を固める兵の壁を掻き分け、舞台へと躍り出た。

 「やはり、来てしまったか……」

 ブラックモアはため息混じりにつぶやくと、青年は目を丸くした。青年の知るところによれば、ブラックモアは確かに、もっとも王座に近い位置の人間だ。しかしその彼が、今まさに、もっとも王座を侮辱する所業に出ているという事が、彼には信じられなかった。

 「オーギュ、私を許してくれとは言わない。だが……」

 青年は叫んだ。怒りと、嘆きと、失望と、さまざまな感情の発露が、石造りの空間をビリビリと痺れさせた。


 そして、オーギュは父に剣を向けた。

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