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『解任請負人』  作者: 二交代の看護師
第二部 介護施設編
45/108

第45話 【消された夜】


午後七時。


小さな喫茶店。


榊は窓際の席に座っていた。


約束の時間は過ぎている。


十分。


十五分。


二十分。


来ない。


やはり警戒している。


そう思った時だった。


店のドアが開く。


四十代後半の女性。


短い髪。


化粧は薄い。


だが目だけは周囲を警戒していた。


山下明美。


榊はすぐに分かった。


介護士だった頃の写真と変わっていない。


少し老けただけだ。


山下は席に着くなり言った。


「録音してませんよね。」


「していません。」


「施設の人間ですか。」


「違います。」


半分嘘だった。


山下はコーヒーを頼んだ。


しかし手は震えている。


「なごみで何かありましたか。」


榊は答えない。沈黙を貫き


まずは相手に話させる。


「田中義雄さん。」


その名前を出した瞬間。


山下の顔色が変わった。


「亡くなったんですか。」


榊は頷く。


山下は目を閉じた。


「またか・・・」


その言葉に榊の目が細くなる。


また。


「どういう意味ですか。」


山下はすぐに口を閉じる。


しまった。


そんな顔だった。


「私はもう関係ありません。」


「本当に?」


沈黙。


榊は話題を変える。


「五年前。」


「転倒死亡事故。」


山下の指が止まる。


「・・・。」


「何があったんですか。」


長い沈黙。


そして山下はゆっくり口を開いた。


「事故じゃありませんでした。」


榊は反応しない。


「転倒は事故でした。」


「でも。」


「事故の後が違った。」


五年前。


利用者の佐々木和子。


八十六歳。


夜間転倒。


頭部打撲。


発見時。


意識あり。


会話可能。


山下はその場にいた。


「救急車を呼びましょう。」


そう言った。


しかし。


「様子を見よう。」


そう言った人がいた。


「施設長ですか。」


山下は首を振った。


「違います。」


「じゃあ誰です。」


山下は答えなかった。


代わりに聞いた。


「大森恵子はまだいますか。」


榊は一瞬止まる。


「います。」


山下の顔から血の気が引く。


「そう・・・」


そして。


初めて恐怖の表情を見せた。


「じゃあまだ終わってない。」


榊は黙る。


「何が。」


山下は小さく呟いた。


「記録です。」


「・・・。」


「記録が人を殺すんです。」


榊の中で何かが繋がり始める。


田中義雄。


転倒死亡事故。


内部通報。


消えた報告書。


共通しているもの。


記録。


その時。


山下がバッグから一枚の紙を出した。


コピーだった。


古い夜勤記録。


五年前のもの。


そしてそこには、


美月が見つけた記録とは違う内容が書かれていた。


【02:15 転倒発見】


【頭部打撲あり】


【救急要請提案】


その下。


赤ペンで大きく線が引かれている。


そして横に書かれた文字。


【修正済】


榊は静かに紙を見つめる。


事故が隠蔽されたのではない。


もっと厄介だ。


事故後に、


現実そのものが書き換えられていた。


そしてその頃。


グリーンヒルズなごみ。


夜勤中の美月は、


田中義雄の死亡当日の記録を見ていた。


そこで気付く。


田中死亡時刻。


午前0時47分。


しかし巡視記録。


【01:00 訪室 異常なし】


美月の手が止まる。


死後に書かれた記録。


誰かが。


記録を書き換えている。


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