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法呪解仙~下っ端官吏のはずが、死刑囚の監視人になりました!?~  作者: 瀬川香夜子
一章 下っ端官吏のはずが、死刑囚の監視人になりました!?
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七話


 沙蓬国の東の外れにある三蕗からは、国境となる凌祇(りょうし)山脈の連なりがよく見える。その山あいから朝陽が差し込む。雲一つない空を、三蕗の街を、瞬く間に陽光が明るく照らし出す。

 そんな陽差しに誘われて、燈霞はむくりと身体を起こして窓の向こうへと視線を投げた。

 春らしい天候に恵まれた日だ。しかし日中には柔らかく降り注ぐ陽差しは、日の出とあってかいくらか鮮烈なものに感じる。

 目の奥から訴えてくる鈍い痛みを耐えながら薄目になる。目に刺す陽光はじんとしみるようだった。


「……全然寝られなかった」


 呟く声も掠れて濁っていた。

 それもこれもろくな睡眠がとれなかったせいだろう。

 夢見の悪さから始まり、嫌な記憶のぶり返し……頭の中をぐるぐるとろくでもないことがずっと回っていてちっとも休めた気がしない。

 少しでも身体を休めなくてはと目を閉じてはいたが、休息にはほど遠かったらしい。


(当たり前よね……眠りかけて起きての繰り返しだったし)


 こんなに朝までの時間を長く思えたのは久方ぶりだ。

 寝台の上に座りこんでぼうっとしていると、大きな欠伸とともに隣の寝台から颯天が起き上がった。


「ふあ~あ。もう朝かあ……よく寝た――って、な、なんだよそんな怖い顔してっ!」


 寝ぼけ(まなこ)が燈霞を見た途端に見開かれた。小柄な身体はズザッと後じさって壁に背中をくっつけた。なるほど。今の燈霞はよほどひどい顔をしているらしい。


「むしろあなたはなんでそんなにスッキリしてんのよ」


 昨夜魘されていた人物だとは到底思えない。まじまじと見てくる颯天に疲労の色は見えなかった。

 燈霞のように隈があるわけでも、げっそりとしているわけでもない。燈霞は釈然としない気持ちになる。


「なんだ寝られなかったのか? 枕変わったからとか言わないよな?」


 そんなに繊細な顔してないもんな、と一人頷く颯天に鷲掴んだ枕を投げつけた。当然のように颯天は避けたが、「きゃっ」とわざとらしい声を立てるものだから余計に腹立たしい。


「はあ……目が覚めたなら支度をして食堂に行きましょう」


 一晩中起きていたから腹が減って仕方がない。


「あんたあんなに食べたのにもう腹が減ったのか……?」

「寝起きはお腹が減ってるものでしょ」


 当然の顔で言ってさっさと身支度を始める。そんな燈霞の姿を颯天は信じられない顔で見ていた。




「ここの宿、一泊しか部屋をとってないけどどうするの?」


 食後の温かいお茶を手に訊ねる。昨日と同じように燈霞の傍らには空の器の山が。そして、目の前の颯天はまだ食事中だ。

 しかもその器に入っているのは粥だ。燈霞にとっては腹の足しにもならないが、小食らしい颯天の朝餉には粥がちょうど良いのだという。

 ちびちびと粥をすする颯天は、こくりと飲み込んでから首を捻った。


「どうするってなにが?」

「今後の見通しも立ってないのに三蕗を出るつもり? 当てもなく彷徨っても無駄に時間も体力も使うでしょう」

「んぐ。じゃあ俺に心当たりが浮かぶまで三蕗で足踏みしてるって?」

「……そうは言ってないけど」


 全く情報がないというのが痛い。無意識に憂鬱なため息が出てしまう。

 と、小さな口で粥を食べ終えた颯天がふいに言ったのだ。


「そういや思い出したんだけど、功篤のじいさんが西のほうに悪い気を見るって言ってたんだよな」

「はっ……?」

「悪い気ってもしかして呪いのことかなあ?」


 温かい茶器を片手に颯天が首を傾げる。こてんと可愛らしい仕草も、今の燈霞からするとずいぶん憎たらしく見えた。


「あ、あなた……」

「ん? どうした? ……でも、街についてすぐ言おうと思ってたんだけど、ガキ共のことがあってすっかり忘れてたわ!」


 思い出せて良かったあ、なんて笑う颯天に、とうとう我慢ならず燈霞は激しく音を立てて立ち上がる。


「それを早く言いなさいよーー!!」



 


 沙蓬国は大陸の南に位置する国である。

 国の南側は大きく海に面しており、燈霞がやってきた梧澄も数多ある岬の一つだ。

 東は凌祇山脈を隔てて獅惺国と、北西は大きな河川である(こう)川を隔てて榛篠(しんしょう)国と並ぶ。

 獅惺国と榛篠国を繋ぐように伸びる(まく)街道が沙蓬国を横断し、都である胡毘もその街道の近くにあった。中央寄りの北西地域――それも莫街道と、鴻川に次ぐ流域を誇る(さく)川が交差する地点だ。そして三蕗から見てちょうど西の方角なのだ。


「西に向かうとして……やっぱり都に行くのがいいのかな」


 予定通り宿を一泊で退室した二人は、ひとまず旅支度を調えるべく目抜き通りに再びやって来ていた。

 颯天が言っていた功篤の言葉からみるに、悪い気というのは十中八九颯天の呪いに関するなにかだろう。そうでなければわざわざ颯天に告げるはずがない。しかし、西というのもまたひどく大雑把な情報だ。


(都は人が集まっているし、たしかに呪師がいる可能性も高い……)


 しかし問題なのは、颯天が胡毘に行ったことがないというのだ。

 ということは、呪いをかけた人物も胡毘に住む者ではない。颯天とは違う場所で出会い、その後都の方面に移動したのだろうか。それともたまたま外出先で颯天に出会って胡毘に戻った……?


(いやそもそも胡毘だと決めつけるのも危険だわ……西の方角にどれだけの街があると思ってるの。まさか国境を越えるなんて言わないわよね)


 歩きながら考え込む。張本人であるはずの颯天は他人事のようにケロリとした顔をしていた。


「ねえ、ここから西であなたが行ったことのある場所は? というか、あなたどこの出身でどこで生活してたの?」

「出身は知らないな。両親が誰かも知らないし、子どものころはもっと北の方で街を彷徨ってたよ」

「北ってどのあたり」


 ちらりと横目に燈霞を見た。すぐに前に向き直った瞳は静かに告げる。


柳芳(りゅうほう)の当たりでぶらぶらしてて親切な人に拾われた」

「柳芳か……」


 獅惺国との国境ほど大きなものではないが、北にも山脈がある。その手前には深い森が広がり大きな湖もある自然に溢れた――有り体に言えばあまり人の手の入っていない整備されていない地域だ。

 柳芳はその森近くの奥まった地域にある街のことだ。

 だが、柳芳だと獄舎からみて西とは言わないだろう。


「ほかによく出入りしてた場所は?」

「ほかに~? そんなこと言っても、柳芳を出てからは点々としてたし……」


 不意に「あっ」と颯天が声を上げた。


娃昌(あいしょう)ならほかに比べて長く滞在してたかも」

「娃昌……?」


 あまり聞き覚えがない地名だ。

 訊き返した燈霞に、颯天は座り込むと小石を拾って地面に簡易地図を書いた。


「ここから西に向かって、街道のすぐ近くにある小さな街だよ」


 三蕗と胡毘とのちょうど中間地点にぐるりと丸を描いて言う。


「まあ、女のあんたには関係ない街かもな」

「それってどういう意味」

「行ってみたら分かるさ」


 ぽいと小石を捨てて颯天は立ち上がった。燈霞は今一度地図を見下ろした。


(娃昌か……ちょうど梧澄の真北にあるのね。ここからなら西という条件にも合う)


 西へ向かうしかないのだから、どうせなら颯天と縁のある場所へ向かったほうが希望はあるだろう。


「とりあえず娃昌へ向かってみましょう」

「はいはーい」


 なんとも気の抜けた返事だ。

 娃昌であればゆっくり歩いても五日もあれば着くだろう。途中村や街で休憩をとってもそう長くはかからない。

 それなら善は急げとばかりに三蕗を出ようかと目抜き通りを抜けようとしたときだ。


「待ちやがれ! このガキ!」


 見覚えのある男がバタバタと通りを駆け抜けて行った。しかも男に追いかけられるように素早く走って行った小さな影もつい昨日見たばかりのものだ。


「大人しくしとけって言ったのに昨日の今日で見つかるなんてなにやってんだか」


 大袈裟なため息とともに颯天は嘆いたがそれだけだ。追いかけるわけでも、大変だと青ざめることもない。


「ちょっとまずいんじゃないの? あれって絶対昨日の抜き取ったお金のことでしょ」

「そりゃそうだろうけど。だからってまた助けてやるのか? 今回俺らが追い返したってまたやられるぜ。あんたずっとここにいて助けてやれるわけでもないだろ」

「そうだけど……」


 思わず二人が走って行った路地を見る。少しばかり土埃がたっているだけの静かな路地だ。どこまで走って行ったのか惟次も男ももういない。


「あいつらは子ども二人で生きてかなきゃいけないんだ。昨日は助けてくれって頼まれたから助けた。でも毎回となると話は変わってくるだろ」


 颯天の言うことは正しい。なにも住む場所や庇護者のいない子どもというのは彼らだけではない。ああやって苦労して生きている子どもが、何十何百、それ以上にいるのだ。

 そしてその全てを救えるわけでもなく、また彼らの最後まで責任を持てないのであれば昨日のことは一度だけの関わりと割りきって今日は助けるべきではないのだろう。

 だが――。


(昨日手当てしてあげた手前、どうにも割り切りにくいわ)


 しかも今しがた逃げていくところを目の前で見てしまった。阿是の姿はなかったから、彼はどこかで身体を休めていることだろう。

 惟次の青ざめた顔で必死に走る姿を思い返してしまう。子どもの足じゃ、きっといつかは追いつかれる。阿是よりもうんと小さい惟次が、あの太い男の腕で殴られたら最悪死んでしまうかもしれない。

 そうなったら、一人残された阿是はどうなるだろう。


 ――お母さん?


 幼い自分の声が思い出され、燈霞は足を止めた。


「ちょっと行ってくるわ」

「はあ? おい、今俺が言ったこと――」

「ちゃんと今後も面倒見ればいいんでしょう!」


 分かってるわとばかりに叫び、燈霞は走り出した。

 一人残された颯天は、きょとりとしばたたいた目で遠く消えゆく燈霞を眺めていた。


「なんだよあいつ……引き取りでもすんのか? あんな若い身空で?」


 ほとほと呆れるような心情で、けれど形振り構わず駆けていく女の姿にはどこか爽快な思いがした。


「なあ! 俺たちが離れられないって忘れてないかー?」


 燈霞の背中に向かって叫びながら颯天もあとに続いた。




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