表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
法呪解仙~下っ端官吏のはずが、死刑囚の監視人になりました!?~  作者: 瀬川香夜子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/37

二十九話



 どうしてと問う瞳は、燈霞には怯えているように見えた。

 その目を見た途端、胸を掴まれたようにたまらない気持ちになった。

 てっきり監視人としての責任からここまで走ってきたんだと思っていたが、自分は颯天のことが心配だっただけなのだとそのときに思い知った。


「颯天」


 びくりと少女の肩が震える。商人に向けられていた鋭い眼光の気配は残っていない。悪戯がバレた子どものように白くなって立ち竦んでいる。

 怖がらせたいわけではなかった。燈霞がゆっくり距離を詰めようというとき、不意に足元で伸びていた男が動いた。

 燈霞に気をとられていた颯天の隙をついたのだ。

 弱まった足を男は渾身の力で退けて起き上がるやいなや颯天に襲いかかった。


「颯天――!!」


 慌てた燈霞の術が届くよりも発動するより早く、颯天は体勢を崩しつつも足を振り上げて性格に男の顎を捉えた。

 もろにくらった男は白目を剥いてそのまま倒れ込んだ。今度こそ意識を失ったようだ。

 覗き込んで確認をとる。綺麗に昏倒していた。

 顔を上げると、居心地悪そうな颯天が言葉を探していた。びくびくしているのは燈霞のせいだろう。颯天が危ないと思って反射的にグレアをだしてしまったから。

 努めて深く息をしながら近づき、燈霞は男の頭に手をかざした。


「……なにしてるんだ?」

「この人の記憶をいじってるの。この部屋でのことを覚えてたら面倒になるでしょ」

「記憶って……呪法ってそんなことも出来るのか?」


 困惑の強い顔で言われる。術を終えた燈霞は今度は疲労の息を一つ吐き出した。


「……これは呪法じゃなくて仙法。呪法は出来ることに制約が多いけど、仙法は基本なんでもありだからね」


 それこそ本人の力量次第では地形を変えることだって、他人の生死を簡単に左右することだってできる。


「燈霞……あんた仙師なのか?」

「仙師、ではないわ。ほかの呪師に比べれば法術の扱いは上手いだろうし、仙法だってある程度使えるけど……半端者ってところかな」

「半端?」

「そう」


 世間では呪法解法を極めた者がその資格を得るという曖昧な言い方をされているが、実際には仙法を扱えるようになる明確な基準――資格というものが存在するのだ。そして燈霞は意図せずその領域に片足だけ踏み込んだ。


「昔、お母さんに首を絞められて殺されかけて……実際私は一度死んだの」


 なんてことないように燈霞が言う。

 自らが魂魄となって身体から抜け出る瞬間を、燈霞はぼんやりとだが覚えている。それなのになんの因果か生き返ってしまったのだ。

 ただ事実を述べるだけの、感情の入らない機械的な言葉は、颯天を驚かせるには十分なものだ。

 覚束ない足取りで近づいてきたと思うと、伸びた手が燈霞の手首を掴んだ。内側に添えるような指の動きで脈をとっているのだと察する。

 青ざめた不安がる顔つきについ苦笑が漏れた。


「……ねえ、颯天。話をしましょう」


 いい加減まどろっこしいことはやめよう。燈霞はそう思った。


「話……?」

「そう。私とあなたの話よ」

 



 この状況で逃げるとも思っていなかったが、燈霞は颯天の手をとって部屋に戻った。

 部屋の中にちょこんと並んだ二人分の食事に、颯天が居心地悪そうに瞳を揺らす。

 けれど、燈霞はそれを端に追いやり空腹を置いて向き合うように腰を下ろしたのだ。それとなく防音の術をかけることも忘れない。


「……話って?」


 耐えきれなくなった颯天の問いに燈霞はケロリとした顔だ。


「だからあなたと私の話よ。――颯天、私はあなたの罪状を知ってるわ」

「はっ。そりゃ監視人なんだから知ってて当然だろうな。……なんださっきの見て罰でも与えようって言うのか? 俺が人殺しの悪人だってことは前から知ってただろ」


 鼻で嗤う姿は虚勢だと、燈霞はすぐに見抜いた。身構えるように固まった身体は怯えているから。なにに? 自惚れでなければ颯天は燈霞から失望されることを恐れている。

 それがサブとしての本能なのか、別の心情あってのことなのかは分からない。


「言っておくけど、私はあなたの名前と死刑囚だってことしか知らなかったわよ。知ったのは、つい最近」


 上司に訊いたのだと言うと、「なんで」と間髪入れずに返ってくる。


「あなたのことが知りたかったから」


 燈霞はどこまでも冷静に、真剣に答えた。面食らったのは颯天のほうだ。


「……そこまで知ってて、なんの話をするんだよ」

「私が知ってるのは事実だけ。どうして白木にたいして過剰な反応を見せるのか。なぜ商人たちを全員殺すに至ったのか。あなたの口から訊きたいのよ」


 返ってきたのは沈黙だった。見たこともない難しい顔で、颯天は固く口を閉じていた。しばらくして、むっつりと言ったのだ。


「だったらコマンドでも使えば話は早いだろ。あんたはドムで俺はサブなんだから」


 あざ笑うような投げやりな口調に、束の間ムッとしかけて慌てて冷静になる。こうした口調はわざとで、颯天は自分を守るように露悪的に振る舞っているだけだ。ここで燈霞が怒りでも見せれば、その瞬間今まで築いてきた関係はなくなりそうな気がしたのだ。


「そういうことに使いたくない。私はサブの気持ちを蹂躙するような……無理矢理従わせるようなことはしたくないの」

「はっ。本当に変わってるな、燈霞は」


 あくまで嘲笑をやめない颯天だが、燈霞はもう毛ほども気にしていなかった。むしろ、そういえば言っていなかったかと平然と思ったものだ。


「お母さんがサブだったのよ」


 そこで初めて颯天がまともに燈霞のことを見た。虚を突かれた顔でじわじわと目を見開いている。そうしてふとか細く微笑んだのだ。


「そっか……だからか。納得だ。だって燈霞の命令って『命令』って言うより、なんか、お願いみたいな……子どもの戯れみたいなものばっかだったし」

「なに。悪い?」

「ううん。……なんで、俺のしてほしいことが分かるんだろうって不思議だった。そっか。あれは家族への態度だったんだな」


 俺はずっと家族が欲しかったから、だからすごく嬉しかったんだと語った。

 叶わない夢を刹那見せられたような切ない顔で笑うから、燈霞まで胸が苦しくなる。


「……それなら、拾ってくれた人の元でずっと暮らしていれば良かったじゃない」


 なにがどうして商人一家を皆殺しにするようなことになるのか。燈霞にはそれが分からない。歯噛みする気持ちでぶつければ、今度は颯天が吠える番だ。


「俺だってそうしたかったよっ! でも、あいつらのせいでなにもかもなくなったんだ!」

「……それは白木と関係があるの?」


 訊くと、疲れたような笑いと頷きが返ってくる。


「燈霞は白神(びゃくしん)族って知ってるか?」

「聞きかじった程度だけど……白木を神の依り代として尊ぶ一族よね?」


 彼らはその容姿も特徴的で、白木のように真っ白な髪と褐色の肌を併せ持つという。そして、白木の守り神という異名もなるほど彼らと白木は強い繋がりを持ち、白木あるところには白神ありとまで言われるほどだ。

 だが、どうして急に白神族の話を……とそこで燈霞は気づいた。

 さっき彼が商人を脅していたのは白木についてだろう。商品について訊ねることと言えば大体が想像がつく。可能性が高いのはどこで入手したか。どうやって手に入れたのか。

 白木のあるところには、ほぼ確実に白神族の村があったはずだ。それなら殺された商人一家やさきの商人が入手した白木のそばにも彼らはいたはず。尊び崇める白木がみすみす伐採されるのを、彼らはのほほんと見ているだろうか。


「颯天……もしかして、あなたのことを拾ったっていう親切な人は……」


 喘ぐような言葉に、今度は生真面目な顔で颯天は頷いて答えた。


「そうだよ。俺を拾ってくれたのは白神族だった。俺はあの人たちの村に一緒に住んでた。一人だけよそ者だという疎外感も淋しさもあったけど……でも、幸せだった」


 幸せだったんだ、と噛みしめるように繰り返す。

 そうして今度はぎりっと強く奥歯を噛みしめて唸るように怒りを表したのだ。


「あの日、白木欲しさに商人たち(あいつら)がみんなを呪い殺すまではな……!」


 金の輝きが昏く、強くなる。メラメラと燃える炎のような輝きは、今も燈霞の胸で燻る復讐と同じ気配がした。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ