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法呪解仙~下っ端官吏のはずが、死刑囚の監視人になりました!?~  作者: 瀬川香夜子


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二十八話


 

 鴛鴦に出入りする商人の男にとって、妓楼内で開く市というのは半ば慈善事業のようなものであった。

 自由に外へ行けない妓女たちの気晴らしにと楼主から頼まれ、こうして金をもらって小さな店を広げる。どうせ客なんて借金の形に売られたような女ばかりなので、売り上げなんて見込めたものではない。ただの小遣い稼ぎだ。それでもここへ来るだけで楼主からは贔屓にしてもらえるのだから安いものである。

 笑みを絶やさぬようにしながら、商人はしめしめと思った。


「わあ、本当に綺麗なものばっかりあるのね」


 一際はしゃいだ声が聞こえて思わず見ると、見ない顔の少女がいた。

 長い黒髪を後ろで結い上げるのはほかの女と変わらないが、その金の虹彩の煌めきはつい目を惹きつけられる。


「お嬢ちゃん見習いかい?」

「はい。まだここに入ったばかりで……見習いなんです」


 なるほど。だから見たことがなかったのだ。

 鴛鴦に入れるだけあって器量の良い娘だ。十代の半ばごろだろうか。

 幼さの残る愛らしい顔立ちだが、身体は意外に育っている。愛嬌もあるようだし客を取る日は遠くないかも知れない。


「綺麗なものがいっぱいあるって聞いたんですけど本当ですねえ」


 弾んだ声を聞くに、彼女もほかの娘たちと同じくこうした装身具や宝石に目がないのだろう。女はみんなこうしたキラキラした物が好きなのだ。

 宝石のように輝かせた目で見渡していた少女は、ふと顔色を曇らせた。


「でも私まだお給金もらってないから買えないんだった……」

「私は毎週来てるから、給金をもらったらぜひ買いに来ておくれよ。それまでにいいものをたくさん用意しておこう」

「本当ですか? じゃあ、そのときの楽しみにしておうかなあ」


 容姿も愛嬌もあるというのなら上手く行けば売れっ子になるやもしれない。そうなったらぜひとも自分の店で金を使ってほしいものだ。

 そんな計算高さからゆえではあったが、世辞とも思わぬ様子で娘は頬を緩めて喜んだ。

 昼餉の時間だからほかの娘たちはいつの間にか店を後にしていた。男もそろそろ空腹を覚えた。

 今買う金はないようだし、ひとまずこの娘を追い払って自分の昼餉にしよう。

 そう思った男に、ふと声を潜めて言うのだ。


「あの商人さんはこうして売るだけじゃなくて買い取ってもくれるんですか?」

「買い取りかい?」


 それはまた珍しい。男は驚いて瞬いた。

 普通妓楼にいる女は借金もあるばっかりに売る物を持ち合わせている人間は少ない。大体が妓楼に来る前にまず手持ちの品を売って金に換えるからだ。その金すら尽きて女たちは自分を売る。または他人に売られて来るのだが、売る人間に物を持たせるやつはいはしない。

 そのため妓女から買い取りを頼まれるのはひどく珍しい。


「私の家、地元じゃそれなりに大きい家だったんです。ほとんどは売り尽くしてしまったんですが、一つだけ残っていて」


 そう言って娘は衣の上からそっと胸元を握りしめた。そこに売りたい物があるらしい。


「最後まで残してたんだ。大事なものじゃないのかい?」

「いえ。もうここまで来たら少しでも借金を早く返せるようにお金に換えてしまおう思って」


 本当はこの娘に借金などないのだが、男には知らぬことである。

 話を聞いて男はふと考える振りをした。

 どうせ大した価値なんてないだろうが、見てから決めても遅くはない。万が一高値になりそうならば、相場より安い価格で買い取って高く売りつけてしまえば儲けも出る。

 しめしめと思って「見せてごらん」と優しく言うと、ここで娘は少し渋った。


「あの、大事なものですし……そのほかの人にバレたくないから……」


 なるほど。人目のないところがいいようだ。

 ちょうど昼餉のために部屋に戻るつもりだった。ならばそのついでに見るのもいいだろう。


「いいよ。じゃあちょっとここを片付けるから待っておいで」


 言いながらそそくさと片付けを終え、娘を伴って部屋へ向かった。

 そして部屋に戻ってそうそう、男は目にもとまらぬ速さで足を払われたのだ。


「な、な、なにをするんだ!」


 完全に油断していた男は板の間に顎を強打し、痛みに耐えながら叫んだ。背中を足で押さえつけられたせいで、男は起き上がることも出来ずに俯せのままどうにか首を伸ばして見上げる。

 そこにはさっきまでの愛らしい顔をした少女などどこにもなく、表情の抜け落ちた人形染みた女が冷めた眼で見ろしていたのだ。

 その目があまり昏く、冷たいものだから反射的に恐怖が背筋を駆け巡った。


「あんた、白木をどこで手に入れたんだ?」

「は、白木!?」


 なぜそんなことを訊く!? 男は混乱していた。小柄な少女相手に力で勝てぬし、しかも当の娘は見当もつかないことを訊ねてくる。


「そ、それがどうしたというんだ。なぜそんなことを訊く」

「いいから答えろ。あの白木はどこで手に入れたんだ」


 訊くだけで身の毛のよだつような凍り付いた声だ。まるで首元に刃でも当てられたような気になって男の歯の根が震え始める。それを叱りつけるように、娘は男を踏んづける足に力をこめた。


「俺はただ訊いてるだけだ。自分のところで扱った商品なんだからもちろん分かるだろ? あの白木はどうやって手に入れた? どこに生えていたんだ?」

「し、知らない。本当だ! ただ知り合いの商人に引き取らないかと言われて……持ち主だった商人が死んだとか、なんとか」

「じゃあお前はその前の持ち主がどうやってその白木を手に入れたか知らないのか?」

「ひ、秘密の群生地を見つけたんだって」

「そんな都合の良いことあるわけないだろ!?」

「ひいっ!!!」


 もう一方の足が男の鼻先を掠めるように床を踏み抜いた。あまり簡単に開いた穴に男は呆然とした。そうしてぎこちなく首を上げれば、あれだけ冷め切っていた瞳が今は煮えたぎる怒りを宿したように強く男を見ていた。


「ほ、本当に詳しいことは知らないんだ。ただ、そうだな……なにか後ろ暗い方法で見つけたと、そんなことは聞いたが……で、でも本当にそれだけだ」


 脂汗を滴らせて言い募る男を、娘は見定めるようにじろりと見た。

 ひくりと喉が震え「信じてくれ!」と男の悲鳴が響く。そのとき――。

 勢いよく扉が開き、男と娘双方の視線が振り向いた。そこにはすらりとした赤い髪の娘が息も絶え絶えな様子で二人を――正確には娘のほうを見ていた。


「颯天。ようやく見つけた……!」

「……なんで、ここに」


 真っ直ぐ射抜かれた娘が零した言葉は、男にさえ届かないほど小さく、そして寄る辺ない子どものようであった。




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