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法呪解仙~下っ端官吏のはずが、死刑囚の監視人になりました!?~  作者: 瀬川香夜子


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二十七話



 昼餉の時間よりも少し前のことだ。

 担当の仕事を終えた颯天は一足早く厨房へ向かおうと回廊を歩いていた。


(どうせだったら燈霞の分も持って行ってやるか)


 どうせそう経たずにあっちも仕事を終えるだろう。


(毎晩付き合わせてるわけだしな……少しぐらい俺の分も分けてやるか)


 サブとしての本能はずいぶん厄介なものらしく、颯天はままならない衝動に悩まされている。

 昼間は仕事があるし離れているからいいが、夜も更けると部屋に二人きりだし外も静かだからかどうにも理性が弱る。そのために顔を出した本能のまま燈霞に強請って付き合ってもらっていた。

 それなのに朝になって正気に戻ると顔が見られず避けるようでは、彼女が立腹したってしょうがないことだ。


(さっきすれ違ったときずいぶん視線が痛かったからな。ここらで機嫌を取っておかないとあとが怖い)


 それに颯天は小食だから問題ないが、大食漢の燈霞にはここで用意される食事では十分ではない。いつも空になった盆を残念そうに見ているのだ。きっと分けてやれば多少腹の足しになるだろう。


(……喜ぶかな。あいつ)


 おかしなものだ。官吏の監視役が来るときいて警戒していたのに、今じゃ颯天はその隣にいることを心地よいと思っている。

 これがサブとしての本能であったならまだ良かった。

 プレイの果てに本能の安寧故の勘違いであれば、理性や感情でもって制限がかけられる。

 しかし、プレイをするよりも前からの地続きな感情であるとなると、もう応えなど一つしかない。

 杏颯天は、本心からして汐燈霞に好感を持ち得ているのだ。


(本当に困ったことになったな。……それもこれもの燈霞のせいだ)


 颯天は拗ねたように思った。

 だってどんな荒事専門の男が来るかと思っていたら、いざ会ってみると意外なことに若い女で。冷めた表情で物事、他人全てを面倒そうに見ているくせに、その心の内まで凍りきっているわけではない。

 啖呵を切って惟次を追いかけに行ったときは胸がすいたものだし、ちゃんと責任をとるところもいい。それが兄弟の心情にまで慮ったものであればあるほど。


(それにドムのくせに変だし)


 ドムに会ったこともプレイをしたこともないが、どういうものかは颯天だって知っている。街中で遠目に見たこともある。

 本来サブとドムは従属的関係を結ぶものだ。ドムはいつだってサブを見下して命令を与え、サブはそれになにがあろうと応える。そうして従順な姿を見せてドムに悦楽を与えることが、正しきサブの姿だ。――そのはずなのだ。


(なのに、手を繋いで呼び寄せて、それで抱きしめる?)


 幼い子どもだってもうちょっといろいろ出来るだろう。それなのに、燈霞は年端もいかない子どもにだって言わないようなことを、わざわざ命令してくる。

 それでいて颯天がコマンドに従うと、本当に嬉しそうに微笑んでみせるのだ。

 悦に浸ってるようなものではなく、少女が嬉しくてはにかむような……そんな堪えきれない感情が滲んでいる。

 深紅の瞳が細く笑む姿に、余計颯天の心臓が甘く疼いていることなどあの女は知らないだろうな、と内心で悪態をついた。


 颯天の前には同じように早く仕事を終えただろう少女たちがいた。しかし、彼女らは厨房へは行かず、渡り廊下から外へと出た。どこへ行くのかと目で追うと、広い中庭の一角に陽差しよけの天幕が張られていた。

 地面には布を敷き、そこには雑多になにかが並べられている。きらきらと光っているあれは装身具だろうか。宝石たちと同じように輝いた目で目移り少女たちの前には中年の男がいた。

 楼主とは違って無駄な肉のない身体だ。背もそれなりに高い。

 人が良さそうに笑っている様は客の前だからかそれとも元来の性根なのか。


(あれが、白木を持ってきた商人……)


 ざわりと心が瞬く間に暗雲に埋め尽くされた。心臓を逆なでする遠い日の怒りを押し殺し、颯天は厨房へ向かうはずだった足を外へと向けた。


 ――どうしてそんなに毛嫌いするんだ? それは颯天が愛されるために生まれて来た証だろうに。


 宥めるような少年の声がふと蘇る。ずっと昔――十年もなかった短い期間だったが、もう絶対に手の届かない颯天からすれば果てしなく遠い安らかだったあの頃。聞いたときはそんなことあるわけないと鼻で嗤った与太話だ。

 でも、最近じゃ燈霞のせいで馬鹿にも出来なくなった。

 深紅の髪を翻した姿が頭に浮かび、刹那柔らかくなった心を颯天は嗤い飛ばした。

 アロンが言うように、もし本当にこのサブ性が颯天が愛されるための証拠だったとして……しかしその愛情を享受するわけにはいかないのだ。


(……俺の手は、もう引き返せないほど汚れてるからな)


 一歩ずつ踏みしめるように商人の元に向かう颯天の金の眼差しは、底冷えするように凍り付いていた。



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