表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
法呪解仙~下っ端官吏のはずが、死刑囚の監視人になりました!?~  作者: 瀬川香夜子
一章 下っ端官吏のはずが、死刑囚の監視人になりました!?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/37

十一話


「私たちが妓楼に行ってどうするのよ」

「燈霞、俺がこの街で宿に泊まって寝過ごしてたとでも思ってんのか? 俺は毎日妓楼に通ってたんだぜ」


 だったら手がかりを探して行くっきゃないだろう。

 当然の顔で言われ、燈霞は頭痛を覚えた。

 ずるずると裏の通りまで来てしまったが、やはりあの人混みと喧噪に飛びこむ勇気はない。

 もうあと数メートル歩くと路地を抜けて通りに出られる。けれど、二人はすでに十数分ここで押し問答を繰り返していた。


「そもそも、その……そういうお店って女の人でも行けるの?」

「たまーにいるぜ。滅多にいないけど」

「ほら! やっぱり滅多にいないんじゃない!」

「でもお断りされてるわけじゃないんだ。ほら、諦めろ。呪い解くんだろ」


 手首を掴まれて引きずられてしまう。颯天の細い身体のいったいどこにこんな力があるというのか。

 三蕗で男相手に向けられていた怪力が、今は燈霞相手に牙を剥いている。

 致し方なく通りに出たが、二人が妓女ではないことなどその服装を見れば一瞬で分かる。かといってこんなところに遊びに来る裕福で趣味の悪い女とも違う、いわゆる町娘二人――というには容姿が良すぎるが――に、男たちの視線はすぐに集まった。

 じろじろともの珍しげな視線から、訝る者、身体をなめるように見てくる者など様々だ。

 そんな視線を一つも気にせず、むしろ道を開けろとばかりに進む颯天の背中を、燈霞は観念して追いかけていた。


「うーん。どこの店に行こうかなあ」

「あなたが行ったことのある店は?」

「だから悩んでるんだよ」

 ――は?


 この男、まさかそんなに色んな店を渡り歩いたのだろうか。迷うというのはそういうことだろう。

 少しばかり縮まったと思っていた心の距離が急速に開いていく。いや、これは燈霞にとってはいいことだろう。


「というか、なんだってこんなに色んな店があるの? どこもやってることは一緒でしょ?」

「燈霞、あんた一つの街に八百屋が一つしかないと思ってるのか?」


 そう言われてはなにも言えなくなる。


「それに売りにしてるものが違うんだよ」


 不意に颯天は近くにあった一つの店を指さした。


「あそこは若い女じゃなくて中年の女しかいない。あっちは逆に小柄で子どもっぽい女ばっかり集めた店。店の営業形態にも差がある。寝所に入ることを目的にした店も、女侍らせて食事や酒飲みなんかの接待だけって店もある」

「はあ……頭が痛くなってきた」


 目の前の煌びやかすぎる世界から目を逸らして顔を上げる。夜空とともに赤い光が目につき、宿からも見えたあの光だと気づいた。

 どうやら提灯(ちょうちん)だったらしい。丸い提灯が紐に通されているのだ。

 といっても燈霞が知っている提灯とは違ってずいぶん質の良く派手な見かけをしている。真っ白な火袋は質の良い絹だし、そこには繊細な花の細工が描かれている。しかも火が真っ赤なのだ。自然な赤ではない。あまりに異彩な、染料を使ったような人工的な赤みだ。


(これ、呪法だ)


 遠くから見たときは気づかなかったが、明らかな呪法の気配がする。きっとつけた火の色彩を変える呪法が、提灯の一つ一つ……この通りにずらりと並ぶ明かり全てにかけられているのだ。

 なるほど。沙蓬国きっての花街とはよく言ったものだ。ずいぶんと国からの支援も手厚いらしい。

 法術とは、基礎さえ学び、あとは儀式手順を覚えてしまえば比較的誰にでも行使できる分、その手順を記した書物――指南書の扱いは非常に厳重だ。それは朝廷が保管するほか、法術の開祖と言われる二つの家門のみが所有を許されている。


 (ちょう)家、(おう)家がその法術二大名家であり、法術を学ぶにはその二家に縁を持つ貴族か、もしくは二家が開く学舎にたっぷりの持参金を持って入学するしかない。

 必然的に法術を使えるということは、貴族の出であると証明するようなものだ。そして、そういった者たちの大半はそのまま法術科挙を経て役人となっている。

 つまり、法術が使える者と国の役人であることはほぼ結びつく。

 街の装飾に呪法が使われていると言うことは、役人がわざわざ手を貸しているということなのだ。

 大きな街道沿いにあるのも、意図してのことなのだと今なら分かる。


(もっとほかに金の使いどころがあるでしょうに)


 脳裏には幼い阿是や惟次の姿、孤児だと語った颯天の姿が浮かぶ。

 前を向いていても、上を見ても気分が悪い。

 燈霞の険しい眉間の皺にも気づかず、颯天は見るともなしに見渡してから最後につけ加えた。


「そういや最近じゃDomSub(ドムサブ)の店が流行ってるんだぜ」


 たちまち燈霞の喉が絞められたように息を止めた。背筋に冷たい汗が垂れる。


「ドムサブですって……?」

「そうだよ。まあ実際にドムやサブがやってるわけじゃないけどな。客と店の女で性別を決めてごっこ遊びをしてるんだ」


 趣味が悪いだろ、と颯天は顔をしかめるように嗤った。花街関連の話の中で、初めて嫌悪を顔にのせている。そんな変わりように疑問を抱くことはなかった。そんな余裕がなかったのだ。


「ほんとうに悪趣味ね」


 心の底から……それはもう純然たる本音として吐き捨てた。

 ドムとサブとは、人類における性別の一種である。女や男のように生態を区分したものだが、なにも万人が持ち得るわけではない。その性質故に第二の性別と呼ばれることもある。

 沙蓬国より海を渡った遠い南方の国の者が第一人者で、そこの言葉からとって『ドム』と『サブ』と呼ばれる。燈霞たちからするといささか聞き慣れない言葉だ。

 その生態への知識は少しずつであるが沙蓬国内にも広がりを見せている。ここ二十年ほどで一般市民にまで届くようになったと聞くが、こういった店はその弊害だろうか。


 基本的にドムとサブは共存関係にあり、ドムはサブを服従させたり庇護下に置くことで安寧を覚えるのに対し、サブはドムの命令をこなして褒められ、従属することで安寧を覚える。

 服従させることに悦を覚える性別と、服従することで悦を覚える性別。

 身体を合わせることを目的とした店でのドムサブごっこだなんて、想像することも嫌だ。

 激しい嫌悪が燈霞の身体の中で蠢いていた。


「んー……なんか視線を感じるなあ」

「そりゃこんだけ悪目立ちしてたらそうでしょ」

「いや、そういうのじゃなくて、なんかもっとこうヒリヒリするような嫌なやつ」

「ヒリヒリ?」


 颯天は急に忙しなく辺りを見渡し始めた。燈霞も倣ってみるが、依然として大勢の男が行き過ぎ際に目をくれてくるが、彼の言う「ヒリヒリ」というやつにはピンと来ない。

 ヒリヒリとはどういうことか。颯天に向き直りかけたとき。


「燈霞! あぶねえ!」


 鋭い声とともに颯天が燈霞を抱えてその場から飛び上がった。地表では低く短い音がいくつか響く。着地して見てみると、黒々と光る細長い暗器がいくつも地面に突き刺さっていた。


「――は? なにこれ」


 今しがた自分を狙われて放たれた武器を前に、さすがに動揺してしまう。異変に気づいた周囲の者も、燈霞たちから距離をとって足早に逃げ始めた。


「チッ」

「え、ひゃあ!?」


 再び殺気を感じた颯天が燈霞の膝をすくい上げた。ひょいひょいと後ろ手に跳ねて武器を避けていく。が、相手はいくつ隠し持っているのか全く攻撃をゆるめることをしない。しまいには逃げていく群衆に追いついて逃げ場をなくし、颯天は燈霞を抱えたまま屋根に飛び乗った。


「ねえ、あれがあなたの呪いの相手!?」


 それならどうして襲いかかってくるのかと、目の前の男に悪態をつけば、颯天も颯天で焦りを見せながら答えた。


「知らねえよ! むしろあんたが恨み買ってんじゃないか!? あいつらが狙ってるのあんただぞ!」

「私だって知らないわ! それよりどうするつもり」


 懐から出した札を手に臨戦態勢の燈霞が問う。いくつもの建物を経由して逃げてみたところで、相手も変わらず追ってきているらしい。

 颯天はちらりと背後を見た。燈霞も彼の肩越しに見るが、ぼんやりと暗い影が三つ、同じように屋根の上を走って来るのが見えた。

 しかし夜の暗がりとこの距離ではハッキリ視認することも難しい。


「男が三人。全員口布で顔を覆ってるからわかんねえな」


 どうすると颯天が訊ねる。


「一応逃げ切るのは出来る。それとも応戦するか?」


 人一人抱えているとは思えない俊足ぶりだ。逃げ切れるというのも嘘はないだろう。――しかし。


「せっかく向こうから接触してくれたんだから応戦するわよ」


 手詰まりの状況での好機。今はなににおいても情報が欲しいところだ。

 なにより狙われておいて逃げるのは燈霞の性には合わない。


「いいね。俺も逃げるよりやり返すほうが得意だぜ」

「ええ。せめて顔ぐらい拝んでおこうじゃない。――颯天、あなた口布外せる?」

「三人は無理だ。一人ならいける」

「じゃあ、あの先頭を走ってるひときわ体格のいい男にして」


 あの男が手振りでほかの二人に指示を出している。きっとまとめ役なのだ。

 ちらと視線をやって確認した颯天は不敵に笑って頷いて見せた。


「じゃあもうちょっと店から離れたところで――とその前に」

「わあっ!」


 急に身体を回転されて、今度は肩に担がれるような姿勢になる。華奢な颯天の肩が腹にめり込んで痛い。

「ちょっと、なんでこの体勢なの」

「さっきのままだと俺の両手が塞がってるから困る。これなら片手は自由だ。あんたが頑張ってしがみついてくれれば両手とも離せるけど」

「離したりなんかしたら絶対に呪い殺してやる!」


 目の前に広がる少女の背中にしがみついて毒を吐く。そんなことされたら間違いなく燈霞は死ぬ。法術には自信があっても腕力にはとんと縁がないのだ。


「はいはい。分かった。分かったから、準備しとけよ」

「もう出来てるわよ」

「りょーかい」


 途端、颯天は通りを飛び越えて隣の家の屋根に飛んだ。そのまま逆走して男たちと距離を縮めていく。

 驚いたのは男たちだ。まさか逃げていく獲物が戻ってくるとは思うまい。

 意図を図りかねて動揺するうちに颯天はすでに通りを挟んで男たちと相対していた。

 じっと男たちと睨み合いながらそっと屋根の上に燈霞をおろす。すると、目にもとまらぬ速さで男たちと距離をつめた。


「がっ!」

「ぐうっ!」


 控えていた二人が瞬時に足蹴を喰らって屋根から落ちていく。大きな音とともに妓女や男の悲鳴が聞こえたが、颯天はすぐにまとめ役の男に殴りかかっていた。速さは颯天のほうが上だ。しかし、男も男で体格のわりに素早く動く。

 なにより颯天の小柄さでは拳も足も男には有効打にならない。

 自分の劣勢に颯天は顔をしかめて舌を打った。と同時に男は男で自身の勝ち筋が見えて薄く嗤う。その一瞬の隙を颯天は見逃さない。

 拳を振りかぶると見せてその手中から素早くなにかを放った。散々体術のみを見せられていた男は武器はないものと思っていたばかりにすっかり油断していた。


 実際男の判断に間違いはなかった。燈霞も颯天も武器は所持していなかった。ただ颯天の手癖が人並み以上に悪かっただけだ。

 まさか攻撃されて逃げている最中に暗器を懐にしまい込んでいるとは夢にも思わないだろう。

 躱しきれなかった暗器は颯天の思惑通り男の頬を裂き、口布も役割をなくした。

 だが、この暗がりでは見えない。そう思った男が颯天から距離を取った。――しかし。

 娃昌の街の一角を目映い閃光が照らし出した。燈霞の呪法だ。


「ぐっ、目がっ!」


 近距離でまともに受けた男は衝撃で目も開けられない。その隙に颯天は男の懐に潜り込むと大きく足を振り回して男の胴へと叩き込んだ。

 まともにくらった男はほか二人と同様に屋根から落ち、どうやら近くの店に突っ込んだようだ。瓦の砕ける音とともに幾人もの焦燥と悲鳴が届く。

 それを屋根から覗き込んでいた燈霞は、さすがに派手にやりすぎたかと少しばかり顔色を悪くさせた。


「おい、さっさと離れるぞ」

「ええ――って、また抱えられるの!?」

「だって燈霞はここから降りられないだろ」

「いや私だって法術を使えば――きゃあっ!」


 肩に担ぎ上げられたと思えば颯天は前触れなく隣の家屋に飛び移った。そのままひょいひょいと建物を経由して賑やかな通りから離れ、宿の方向へ向かっていく。


「そういえば手がかり見つけたぜ」

「やっぱり知った顔だったのね……うぐっ」


 吉報に思わず声を上げたが、着地の衝撃で声が詰まった。

 浮遊感と着地の衝撃とが交互に訪れ、燈霞は目が回る。しかも自分より小柄な少女に担がれているのだ。

 収まりの良くない場所でガクガクと頭は揺れるし、視界は逆さまで颯天の背中しか見えないから次になにが来るか衝撃に備えることも出来ない。

 横抱きにしてくれと願いたくても上手く言葉が出てこなかった。


「ここまでくれば大丈夫だろ」


 やっと宿の近くで颯天が足を止めて降ろしてくれたときには瀕死状態だった。

 膝に両手をつき、身体を丸めて荒く息をつく。颯天はそんな燈霞を見てようやく状況を把握したらしい。


「お、おい。どうしたんだ?」


 驚きと焦りを混ぜた顔で肩を揺さぶられた。それがとどめとなったのだろう。

「き……」

「燈霞?」

「きもちわるい」


 呻きとともに燈霞は我慢ならず嘔吐した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ