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#6

 その日、お父様から伝えられた言葉の内容に、私は思わず耳を疑った。


「へ? ……アルベール様が、いらっしゃる?」


 なぜ、というそんな思考が真っ先に生まれる。

 いや、ただそれだけであれば、理由は明白だ。いくつか理由の候補を上げることはできるものの、大きなところでいえば私やアルベール様の外聞などに依るところだろう。


 だがしかし、タイミングがよくない。

 なにせ、アルベール様の身になにかが起こるということがわかっているものの、いつ、どこで、どうやってそれが起こるのかがわかっていない状況なのだ。

 強いて言うならば、凶器の種類のみ。逆に言うと、それしかわかっていない。


 だからこそ、なにか掴めるまでの時間稼ぎとして。アルベール様に宛てて手紙を書いたのだけれど。


(手紙が届かなかった? いや、それはないだろう。もちろん、届くところをこの目で確認したわけではないから、絶対ではないものの)


 しかし、あの手紙はおそらく、アルベール様に届いているはずである。

 彼の腹心であるような人間が、まさかその任務を果たさないことはないだろうし。仮にそれがあり得るとすれば、誰かに襲われたとかであろうが、アルベール様の直属の腹心である人間が、はたしてそんな弱いようには思えない。


「思っていたよりも反応が微妙そうだが、なにか不都合なことでもあったか?」


「えっ? ああ、そんなことはありません。それは、大丈夫です」


 私が考え込んでいるその姿を見て、お父様がそんなことを尋ねてきた。

 親の心理としては、婚約者が訪ねてくる、というそれに対して娘が考え込んでいる姿を見たのであれば、少し気になるところもあるのだろう。ましてや、相手が王子であるのだから、なおのこと。

 だがしかし、イザベラの抱えている心配事は、少し別ベクトルで。そして、相談するにもあまりにもバカらしすぎる。グッとそれを飲み込みながら、心配させまいと、顔に笑顔を貼り付ける。


「それで、いつにいらっしゃる、と?」


「それが、少し困ったことに、次にマリエル嬢が訪ねてくる予定の日と希望の日が被ってしまっていて」


 むむ、と。顔をしかめるお父様。

 いちおう、先客的にはマリエルなのだが、アルベール様を蔑ろにするわけにもいかない。

 しかし、こうして既に私へと話が回ってきてしまっている以上、おそらくはその日以外での予定組が難しそうだ、という。そういう判断なのだろう。

 アルベール様もかなり忙しいお方だ。だから、予定の調整が難しい、というそれは理解できる。


 だがしかし、


「よりによって、次、ですか」


「ああ。私もそれについてなんとタイミングの悪い、と。そう思っていたところだ」


 先に約束をしていたところを破棄する、というのはあまり褒められた行為ではないものの。しかし、マリエル、もといラングレー家とは親交が深いこともあり、事情を話せば延期は可能だった。


 だがしかし、今回はそれができない。

 その理由は単純。来るのが、マリエルだけではないのだ。


 以前のバラ園でのやり取りにあったことそのままに、マリエルがルイーズとミシェルにその時のことを手紙で伝えたのだという。

 思い出補正で随分と話を盛ってくれたようで、特に興味を示したルイーズが「私にも見せてください」と。

 それを聞いたミシェルも、それならば自分もと手を上げて。そして、予定を見たところ、ちょうど次にマリエルと茶会を行うタイミングで全員の予定が合わせられそうだったために、また、時期を遅くしてしまっては花の見頃が過ぎ去ってしまうということもあり。では、その日で、と。そう話が進んでいたのだった。


 マリエルだけならば、延期が可能ではあった。だがしかし、そこにルイーズとミシェルがいるとなれば、これが難しくなる。

 マリエルは隣の領地だからこそ、多少予定が狂ったとしても「では代わりの予定を」という話がすぐに詰められる。

 だがしかし、ルイーズとミシェルはめちゃくちゃに遠いというわけではないものの、それぞれの領地までそれなりに距離があり、予定を崩してしまうと相手方にかなり大きな負担を生まれさせてしまうことになる。

 更にいえば、比較的フットワークの軽いマリエルがどちらかというと稀有なだけであり、ルイーズやミシェルも、そこそこには予定があるはずである。今回の予定がうまく噛み合っただけで、再び全員の予定を、と擦り合わせ始めると時期が遅くなりかねない。

 目的がバラ園である都合、あまり遅くなってしまうと本題が頓挫してしまう。

 ついでに、ルイーズはエルフェ家の令嬢。エルフェ家は公爵家であるために、家格がイザベラたちより上である。そして、家同士の付き合いでいえば、あまり盛んではない。

 そんな相手に対して、理由はあるとはいえ、その約束を破棄する。というのは、あまりよい印象を与えないだろう。


「もちろん、殿下にはそのことを伝えた上で、別の日に予定を変更できないかは確認したが、どうにも難しいらしく」


 それは、まあ予想はできる。それほどに忙しいのだろう。

 だがしかし、それでもなお予定が進んでいて。そして、お父様がマリエルたちとの約束についてを悩んでいる、ということは。


「殿下は、その日は先約がある、というその話に対して。もし、他の参加者が大丈夫ならば、同じ日でも構わない、と」


 ……酷い頭痛がする。

 双方予定がずらせないのならば、仕方なくブッキングさせるしかない、という。そういう理屈自体はわからなくもない。

 かなりの力技だし、あまり好ましい手段とは言えないが。しかし、それしかやりようがないし、それが外面上は一番丸く収まるというのも理解はできる。


 だがしかし、


(……夢でのことが、そのときに起こる、とは限らない)


 限らないのだけれども。だがしかし、起こる可能性は間違いなく存在している。

 マリエルたちのことを疑っているとか、そういうわけではない。だがしかし、人が増えればそれだけ、考えなければいけないことが増える。警戒しないといけない項目が増える。


「では、マリエルたちにアルベール様が参加することに対して、問題がないか、の確認を取ればいいのですね」


 痛む胃に。表情で変な勘繰りをされないように、平静をなんとか保ちつつ、私がそう確認をする。


「ああ、すまないが頼む。私からよりもイザベラからのほうがお互いに話の都合もつけやすいだろうし。……ああ、そうだ。殿下からは、こちらが後からの約束の取り付けであることや、あくまで私的な、非公式な場だから、諸々の事柄については不問で大丈夫だ、と。そうも言付かっている」


 お父様から伝えられたその言葉が、はたして主に誰のために伝えられたものなのか、は。考えなくてもすぐにわかる。

 アルベール様は今回の茶会の場にマリエルがいることを知っているわけで。そして、マリエルは過去にアルベール様に対して粗相をしでかしかけていて。

 それをわかっているからの、そのひとことなのだろう。


「わかりました。それも併せて、皆さんに連絡しておきます」


 ひとつ、気を揉む原因がなくなった。それは、とてもありがたい話なのだけれども。

 一番大きな案件が解決していない、というか。懸念の最大のところが、未だ残ったままである、ということに。

 頭痛はまだまだ収まりそうにはなかった。






「イザベラ。久しぶりですわね」


「ルイーズ様も、お元気そうで」


 ついに、件の日になった。……夢の内容には、未だ進展はない。

 いいや、無い、訳ではない。はずだ。なにか、なにかを夢の中で「見た」という記憶はあるのだけれども。しかし、そのなにかを記憶の中から引き出せずにいた。


「今日は公式な場ではないでしょう? 敬称は不要よ。学校のときの頃のように話してくれて大丈夫よ」


「そうですか。では、ルイーズ」


「ええ」


 最近では彼女と面を合わせる機会は、そのほとんどが夜会などであったために、こうしてお互いに楽に話すのは久しぶりである。

 そういうこともあってか、ルイーズの表情も少し柔らかなように見える。


「そういえば、ミシェルは一緒に来ていないのですか?」


「えっ? ミシェルなら私の後ろに――ああ、イザベラ。ちょっと待っていてくださいね」


 ルイーズは振り返りつつそう言うと、ひとつ小さくため息を付きながらにカツカツと玄関扉まで歩いていく。……よく見ると、扉の陰に、人影がひとつ見える。

 そしてその物陰にいた人物の首根っこを引っ掴むと、そのまま自身の前へと差し出してくる。


「ほら、なにをそんなところで恥ずかしがってるの? 別に初めて訪れるってわけでもないでしょう?」


「あうう、ルイーズ様、その……」


 消え入りそうな声で、ミシェルは俯きながらにつぶやく。

 そんな彼女の様子に、痺れを切らしたルイーズは大きく息を漏らしながら。全く、と。


 なんだかんだでルイーズもミシェルのことを気にかけている側面がある。今回、ふたりが一緒に来ているように、ルイーズとミシェルは隣り合った領地の令嬢で。そういう都合もあってか、私とマリエルの関係性と近いものがあるのだろう。


「久しぶりですね、ミシェル」


「お、お久しぶりです。イザベラお姉様……」


 相変わらず、お姉様と慕ってくれているようで。少しむず痒いものはなくはないが、嬉しくも感じる。

 とにもかくにも、ひとまずの挨拶が済んで。ルイーズがほっとひと息付きながら。そういえば、と。


「マリエルと。そして、アルベール様は既にいらっしゃっているのかしら?」


「――ッ!」


 ルイーズのその言葉に、ミシェルは大きく身体をビクつかせる。突然にどうしたのだろうか、と。そう思っていると、呆れた様子のルイーズが説明してくれる。


「ミシェルは、アルベール様の前で粗相をしでかしてイザベラに迷惑をかけないか、と。そういうことに気を小さくしているのよ」


「る、ルイーズ様……」


 それは言わない約束だったのに、と。弱り目に追撃を食らわされたミシェルが、やや潤んだ瞳で抗議を行っていた。

 そんな彼女を気にしない様子で、ルイーズは「大丈夫ですの」と、そう言いながら。


「イザベラ。アルベール様は、今日の事柄について、万が一なにかがあっても不問、と。そう仰られているのですよね?」


「ええ、そうです」


「で、でも。それはあくまで建前の話で――」


 実際、王族に無礼講、と。そう言われたとして。多少は緩めることがあったとしても、完全に礼節を解くことはあり得ないだろう。

 建前上は無礼講であったとしても、ある程度、は残るのが暗黙の了解だ。


 だが、しかし、


「なら、少なくともこの場の、アルベール様の発言に於いては、言葉の額面そのとおりで受け取って大丈夫ですよ、ミシェル」


 ルイーズのその言葉に、イザベラも肯定の頷きを返す。

 どうやら、ルイーズはだいたいの事情を察しているらしかった。

 ミシェルが疑問符を頭の上に浮かべながらに、戸惑っていると。


「うう、イザベラ。……ちょっとお花摘みにいってくるね」


 体調が悪いです、と。そう顔に貼り付けていそうな表情のマリエルが、廊下の奥からやってきて。玄関にいたルイーズとミシェルの姿を見ると、挨拶だけして、そのまま所用を済ませに行ってしまう。


「……ああ、ルイーズ。そういえば、質問に答えていませんでしたね。マリエルは既に来ています。そして、アルベール様はまだですね。予定では、昼頃にいらっしゃるはずです」


 私がルイーズに向けてそう言うと、そのまま視線をミシェルへとずらして。


「いちおうマリエルにも、ミシェルに言ったようには伝えたんですけどね」


 彼女の抱えているその疑問への答えとして、やや迂遠な言い方ではあるが、そう答えてあげる。

 ミシェルも、マリエルが過去にやらかしかけたということは知っている。それで、彼女はだいたい察してくれたらしい。


「マリエルは、相変わらずな様子ですね。……いや、今回の事柄にひどく緊張しているだけ、成長とも言えるのかしら」


 マリエルの具合の悪そうな表情は、決して体調が悪いから、というわけではない。

 理由としては、先程までのミシェルと同じ。それが、当の本人であるという事情を加味して、より強く、のしかかっている、という話だった。


「しかし、あんな様子で大丈夫かしら。たぶん下手なことはしないように、と。自分でも自制はするでしょうけど、それが原因で変に空回りしたりしないかしら」


「大丈夫、だと信じましょう。……それに、万が一があっても、いちおうの保険はありますし」


 早めに到着していたマリエルに対して、大丈夫だから、普段の様子でいなさい、と。先程までのそう諭していたのだけれども。まあ、そう簡単に切り替えられるような話でもないだろう。特に、不器用なマリエルのことだ。そのあたりの空回りは想像に難くない。

 ただ、不器用であると同時に、単純でもある。お菓子なんかを食べて。いつものとおりに戻ってくれたらいいのだけれども。……マリエル機嫌が悪い時はこれでなんとかなることが多いが、はたして緊張に関しても同じくなんとかなるのだろうか。


 しかし、改めてこうして口に出されてしまうと、どうにも嫌な予感が働いてしまいそうで。

 嫌な汗の感覚をほんの少し感じながらも。とりあえず、ふたりを連れて部屋の方へと案内をすることにした。

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