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#48

「リリアーヌ様は一部聞き落としてしまっているかもしれませんし。改めて、状況を確かめておきましょうか」


 ほんの少しわざとらしく言い放ってみせるイザベラに。ギリッ、と歯を食いしばってみせるリリアーヌ様。

 無論、建前上はリリアーヌ様に対しての再確認と言う名目で発言しているが、どう考えても彼女は先の内容を聞き逃してはいない。

 こうしてイザベラが改めて発言をし直しているのは、ひとえに、衆目に対して今一度状況を把握し直してもらうためである。


「ルイーズが作製した、暫定状態でしかなく、世に出回ることのなかった帳簿を。なぜか、リリアーヌ様が所持していた」


 イザベラがゆっくりとリリアーヌ様の方へと近づく。


「そして、その帳簿はたった一度のみ、不明な理由で消失しており。その際には、なぜか不明な存在から送られてきた封筒とともに消失している」


 ルイーズが、その傍らに並び立ち。揃って、彼女へと視線を送る。


「リリアーヌ様は、たしかに自らの伝手で、この帳簿を手に入れたとおっしゃいましたね。……なれば、考えられる可能性はふたつ。貴女が、なんらかの事情があり、ルイーズのことを執拗に調べまわっていたか。あるいは――この、手紙の差出人か」


 無論、後者についてはそれに関与する人物、という可能性も否定はできないが。しかし、どちらにせよ、リリアーヌにとっては醜聞である。

 更には、前者であったとしても。明白な理由もなくやっていたともなれば、リリアーヌ様にとってはあまり立場の好い話ではないだろう。……まあ、後者を選べない以上、こちらを選ぶ他ないのだが。しかし、はたしてそんな都合のいい言い訳が即座に浮かぶか。


「あなたたち、共謀して、嵌めたのねッ! こんな、姑息な手を使って――」


「まあ、姑息な手を使ったことは否定いたしませんわ」


 恨み言ともとれるリリアーヌ様のその言葉に、ルイーズは堂々とした様子で真っ直ぐに言い返す。


 ルイーズは、二重に内通を行っていた。……とはいっても、精密に言えば、ルイーズが下手な連絡をイザベラにしてしまうと、警戒心の高いリリアーヌ様から疑われてしまう可能性があったために、こちら側ではほとんど情報の共有がなされていなかったが。


 だから、ルイーズがやっていたことは、偽の情報の提供。

 具体的には、先日のデータ改ざん云々における後始末に係る報告の詐称だった。


 ルイーズは、件の事件が解決したのち。セルザが持っていた通信用の便箋と封筒を受け取り、そこに事の顛末を一部偽って記載した。


 隠しサロンにてイザベラの糾弾を行おうとしたところ、しかし、イザベラからカウンターを喰らい、失敗してしまったこと。

 しかし、罪状の酌量の如何を与えられたイザベラが甘々な人間であったがゆえに、ほぼ罰せられることなく、こうして戻ってくることができたこと。


 大枠の真実の中に、嘘を散りばめながら。あくまで、まだ自分は味方として動ける立場である、と。


 だがしかし、発言の信用性は落ちてしまっているがゆえに。自身にできるのは、諸々の証拠品の捏造と提供くらいのものなので、それを使って代わりに糾弾してほしい。と、いうように。


 最初でこそ芳しくない反応を見せていた相手方ではあったが。しかし、ルイーズの発言の信用性が落ちてしまっている、というのも事実。

 そうして、しぶしぶ彼女自身が動くこととなったのだ。


 まあ、実際のところは。アルベール様にイザベラのことを糾弾させ、証拠の提示役として呼び出されるまでは表に出ないようにしているあたり、やはり自分で行動する、ということは可能な限り避けようとしていたようだったが。


「で、でも! あんな圧倒的なブランシャール家有利の取引! いくらイザベラが王妃になる見込みであったからといって、エルフェ侯爵が呑むとは――」


「呑ませたのですわ。なにせ、当家はブランシャール家に対して、不義理を働いたのですから」


 ……厳密には、セルザが、ではあるが。

 だがしかし、エルフェ家がブランシャール家に被害を出しかけた、というのは事実。

 結果的な話をすれば、実害が出たわけでもなければ、内々で処理ができたために、イザベラや、もといブランシャール家の総意としては特になにも要求するつもりはなかったのだが。


 しかし、そこにルイーズが待ったをかけた。


 ブランシャール家が有利に、エルフェ家が不利になるように。かつ、そのまま受理されれば脱税の類が発生するように数値の齟齬が出るように、両家の書類を改ざん――もとい、正式に改変。

 この状態でルイーズが両家の帳簿などを証拠として提示。

 その後、再度ブランシャール家の帳簿と帳尻が合うように、エルフェ家の書類を改変。


 ブランシャール家有利の取引は、今回の迷惑料としてとっておいてくださいまし、と。


 これで、見た目上では。ブランシャール家が自家の利益を多くするために改ざん、かつ脱税したように見えるだけの書類の完成である。


 これまで、あくまで作戦の概要だけがやり取りされており、自分は現場には原則赴かなかったがゆえに、細かな数値までもが黒幕……リリアーヌ様には伝わっていなかったからこそ、成り立つ作戦ではあった。


 なにごとにつけても真正面から対処をしようとするルイーズにしては珍しく相手の不意をつく、姑息な手とはいえるだろう。

 だが――、


「そもそも、先に卑劣な手を使ったのはそちらでは?」


 正々堂々と相手が正面からぶつかってくるのならば、ルイーズはそれに応えるし。

 卑怯な手立てを使ってくるのならば。それ相応のやり方をとる。


 ルイーズは、ただ、そうしただけではある。


「こんな! 談合ありきの証拠なぞ、捏造されているに違いありませんわ!」


 リリアーヌ様は、そう吠え叫ぶ。

 事実、半分は捏造したようなものなので、間違ってはいない。だが、その一方で。どれほど否定しようとも、リリアーヌ様自身の疑いが晴れることもない。


 ――膠着、現状の手札だけでは、ここが限界。


 リリアーヌ様がなにやら不穏な手紙を出したのではないか、という疑いがあるだけ。それ以外の事件については、イザベラ自身にも追及がされなかったように、リリアーヌ様についても、同様で。


「そもそも、私がやったという証拠がないでしょう!」


 リリアーヌ様の立場はたしかに悪くなるだろうが。しかし、大元が第二王女というだけはあり、この程度であれば、逃げ切られてしまう。


 せっかく、ルイーズがここまで繋いでくれたのだ。それを、無駄にするわけにはいかない。

 ルイーズの提示した証拠のおかげで、大衆からの疑惑度は高い。リリアーヌ様は間違いなく焦っている。

 詰めきれるとしたら、今しかない。


 だからこそ。イザベラも。


「実は、全てとは言いませんが。証拠ならば、ひとつ」


 準備してきたものを、開示する。


「…………は?」


「随分と苦労しましたよ。本当に、足取りがほとんどつかめませんでしたからね。ですが、たったひとつだけ。私の侍女のサーシャと、それからアルベール様から借り受けていたギルスさんが頑張ってくれたおかげで。ね」


 小さく笑いながらに、イザベラはそう言ってみせる。

 リリアーヌは、まさかそんなはずは、とでも言いたげな表情をその顔面に貼り付けていて。


 イザベラがスッと腕を上げると、どこからともなく、サーシャが姿を表す。会場は一瞬のどよめきが起こるが、彼女のその姿が侍女のそれであることを見て、話の流れもあり、彼女が件のサーシャである、ということを察する。


「少し前のことです。夜も更けた、その頃合い。突然に、襲撃が起こりました」


 アルベール様の事件とは、少しズレることではあるが。関連しているであろうと、イザベラたちはほぼ確信している、その事件。


「突然に寝台に向かおうとした私が射撃され。咄嗟でサーシャやギルスさんが反応して庇ってくださったから、なんとか命は取り留めましたが。本当に、危ないところでした」


 ところで、と。イザベラは話を切り替える。


「射撃であるがゆえに、現場にはとあるものが残されることになりました。……そう、なにせ、遠距離武器ですからね」


 飛来する凶器は、必然的に現場に残されることになる。

 無論、近づけば回収することもできなくはないが。しかし、そんなことをしようものならば、犯人がわざわざ自分が襲撃犯ですと名乗りに来ているようなものである。

 もちろん当該の事件でも犯人は逃走をした。凶器を、その場に残して。


「おかげさまで、その凶器を元手に様々と捜索することができました」


「……はっ、なにかと思えば。たかが矢の一本程度で、誰が犯人かなんて判断できるわけないでしょう!」


 似た意匠の矢なんてごまんとある。もちろん、狩猟なんかで使われる矢で、誰が仕留めたのかを判別するために識別できるような特徴をつけたような矢もあるが、これから暗殺をしようかという犯人がそんなものをつけているわけもない。


 そもそも、そういう実行動に移す人員は、間違いなく手下であろう。で、あれば。最悪尻尾切りをすれば逃げられる。


 それなのに、どうやって自分が犯人であることを証明するのか、と。リリアーヌ様は嘲笑うようにしながら、言う。


 そんなリリアーヌ様に向けて、イザベラはつとめて冷静に、答える。


「ええ、証拠などありません」


「はあ?」


 先程の啖呵はどこへやら、言葉を一瞬で翻すイザベラ。

 これには、リリアーヌ様はもちろん。観衆たちも素っ頓狂な声を出す。


 イザベラが合図をしたそのタイミングで、サーシャはその懐から、矢を取り出す。丁度今の話にあった、矢である。

 彼女はそれをイザベラに差し出すと、手巾越しにイザベラが受け取った。


「ここにあるのは、現場に残された矢です。この矢には誰のものなのかが判別できるようななにかがあるわけでもない、ただの普通の、ありふれた矢です。リリアーヌ様の仰るとおり、これが証拠になるだなんてことはあり得ません」


「そ、そうでしょう? 全く、驚かせてくれ――」


「ですが。リリアーヌ様。御自身の発言には、十分気をつけたほうがよろしいかと」


「…………えっ?」


 間の抜けた声。そして、おそらくは自身の発言を振り返っているのだろう。

 視線を少し上にあげながらに諳んじていたリリアーヌ様は、だんだんと、その表情を青くする。


「よく、得物が弓矢である、と。そう判断できましたね」


 そう、イザベラはあくまで射撃をされた、としか言っていない。そして、その凶器を回収した、としか。


 凶器の具体的な種別については話していない。アルベール様が狙われたときがそうだったように、銃の可能性だってあるはずだった。


 イザベラのこの件については、完全に極少数の人間のうちで秘匿していた。アルベール様の件に関わる可能性があり、下手な混乱を招くのがよくないと思っていたからだ。


 正直、いくらかは賭けな部分はあった。リリアーヌ様がこちらの挑発に乗ってくるか。あてつけとしか思えない、言いがかりまがいの証拠を突きつけられて、弁解してくるか、など。


 だがしかし、ある程度の確度があった。

 先程までのリリアーヌ様の立ち回りを見ている限り、自身が優勢と見るやいなや、彼女は食い気味に、自身の有利を主張する。


 現状、圧倒的に劣勢なのはリリアーヌ様。そこに、イザベラが――敵陣営の大将が追撃を仕掛けてきた。

 だがしかし、その追撃には隙があった。これを突けば、多少は巻き返せる。

 少なくとも、一旦この場の空気は味方につけられる。そうなれば、あとはどうとでもやりようがあると思ったのだろう。


 だから、確実に彼女は乗ってくると思った。


 あとは、イザベラが発言に気をつけながら、彼女から自発的に「矢」という言葉を引き出せばいいだけ。


 ……思ったよりも早くに言ってくれたが。まあ、助かったといえば、助かった。


「そういうわけだ。我々としても身内である上に確定的な証拠がないだけに、どうにも動けなかったが。これで、確実だろう」


 そう言いながら、アルベール様がリリアーヌ様に寄っていく。

 いつの間にか、その後ろには衛兵がふたり付き従っていた。騒ぎが始まってから、しばらくたっているとはいえ。あまりにも、用意がいい。

 まさか、と。リリアーヌ様は、顔を上げる。


「ああ、そのまさかだ。全て、茶番だ」


 今宵の夜会の、婚約破棄。それらは、リリアーヌ様を……今回の事件を引き起こそうとしていた彼女を誘導するため。

 イザベラたちが、彼女の思惑に気づいていない、あるいは気づいていても対処ができていない。

 自身の作戦は、順調に進行している、と。そう思わせるためだけの、仕込み。夢で見た、イザベラの破滅への道筋の道程を。一挙手一投足、発言のひとつまで正確に書き起こした、筋書き通りに行っていただけの、演技。


 イザベラとルイーズで談合をしている? それは、半分正解で、半分間違いだ。

 談合は、アルベール様も含めて、行われている。


「ぃ、嫌ッ!」


「おいたが過ぎたな、リリアーヌ」


 冷たく淡々とした声音で、アルベール様がそう言う。


「どうして、こんなずじゃなかったのに!」


 叫ぶ、リリアーヌ様がイザベラに向けて。


「全部全部全部、あんたのせいだ! イザベラ!」


 一方的な恨み言、とも言えないのかもしれないが。


「あんたがいなければ、お兄様は……クソ兄貴はもう死んでいて、私の平穏が待っていたはずなのに――」


 もやは逃げようがなくなって、自棄になっているのだろう。自供とも取れる発言を、して。


 そして、リリアーヌ様は、懐中から。

 ギラリと鈍く光るものを、取り出した。

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