#46
幾度となく繰り返した夢の中。イザベラは、ただひとりを視線で追っていた。
思い返せば今までの夢でも、その人はアルベール様のすぐそばにいた。
だが、それ自体が不自然なことではなかった。自然な流れとして、彼に近づき。そしてそのまま、その位置を維持し続けた。
私を確実に排すために。その際の妨害を赦さないために。
「言われなければ、違和など感じないでしょうね」
当然ながらに、周りの人間からしてみれば疑う余地もなく。こうして意識的に注意していたイザベラでやっと、立ち回りに気づけた程度である。
それほどに、そこにいるのが当然であるかのように。その人は立ち居振る舞いを行っていた。
夜会は進む。イザベラが普段と違う行動をしようとも、依然として。
もうまもなく、アルベール様が宣言を始める。
呼び出されるイザベラとしては、向かわざるを得ない。
その際も、可能な限りその人から視線を反らさない。
「こちらのことを、ずっと伺っていますね」
壇上に連れ出されたイザベラに視線が移るのは、他の貴族たちも同じではある。
だが、その人だけは。最初にアルベール様が大きく言葉を宣言した、その瞬間にも。ジッとイザベラのことを睨みつけていた。
まだ、イザベラの名前が呼ばれていないというのに。
これからイザベラが断罪の壇上に登ることになるというのは、誰も彼もが知らないはず。
知る者がいるとするならば、それはイザベラ側の協力者か、あるいは――、
「……黒幕」
自身の持っていた予想が、確定ではないにせよ、想像どおりであったことに。少しばかりの安心を抱くと同時に、少々の戦慄をする。
手がかりを得た、ということについては大きな前進ではあった。
だが、それと同時に。その予測が間違いであってほしい、と。そう思う気持ちもどこか存在はしていた。
それは、推定で据えていた黒幕候補が、非常に厄介な人物である、ということからくる感情であり。
黒幕候補が、やはり、イザベラの予想のとおりであった、ということは。
「この状況を、はたしてどう打ち崩していくのか。それが、課題ですね」
イザベラに要求されているのは、信用勝負。
だが、手持ちの情報は、ことごとくが夢に依るものであり。証拠としての性質に欠く。
「……さて、どうしたものでしょうか」
だんだんと夢の終わりが差し迫ってきて、段々と微睡んてくる意識の中でも。
少しでも、長く考えるべく。イザベラは、最後まで思考を回した。
「……あまり、こういう派手なものに身を包んだことは無かったけれど」
「お嬢様、とてもお似合いです」
「そう。ありがとう、サーシャ」
褒めの言葉を送ってくれた侍女に、イザベラは感謝を返す。
しかし、そんなサーシャの表情はどこかパッとしない様子で複雑そうな感情をその面にあらわにしていた。
似合っていないのに世辞として褒め言葉を口にしたため、ではないだろう。彼女はそういう場合でも表情に浮かべないか、あるいは、そもそも素直に進言をしてくる。
私がそうしていいと言っているし。サーシャ自身、私がそういう素直な意見を求めているということを認識しているからだ。
だが、そんな彼女が称賛の声を出しつつもその表情が明るくないのは。この服の持つ意味を彼女が認識してしまっているから。
イザベラが現在腕を通しているドレスは、白地に赤の装飾を施したもの。
夢の中で見ていた、イザベラが断罪をされる際の、衣装である。
すなわち、もうまもなくというところまで、その刻が差し迫ってきている、という意味であり。
サーシャもそれを理解しているからこそ、その心境が穏やかなものではないのだろう。
「お嬢様。たしか、夢で視た未来については、意図的な干渉を起こして改変することができた、のですよね?」
「ええ、そうね」
だからこそ、これまでの危機についての対処を行い、回避をすることができてきたわけである。
「でしたら、このドレスを着なければ――」
「未来が変わる、と。そう言いたいのですよね」
サーシャの言葉に重ねるようにして、イザベラはそう言う。
そのとおりだと言わんばかりに彼女はスッと頭を下げる。
「それについては、たしかにそうでしょう。ですが、そうするわけにはいかないのです」
「それは、なぜ」
「私も、ここまで準備に猶予があり、様々な手を尽くせていることが初めてなので確実にそうなる、とは言えないのですが」
今まで、予知夢の中で見たことについては。その進行のとおりにイザベラが振る舞っている限りは同じことが起こるし。そして、それらは現実でも同じように振る舞った。
だからこそ、危機が訪れるすんでのところでイザベラによるイレギュラーな行動が挟まることで未来が大きく変わった、のだけれども。
「たとえば、弓で狙われた人間がいたとして。その人に矢が当たる直前で突き飛ばして助けたならば、未来は大きく分岐します」
そのままならば矢が突き刺さり大怪我を負っていたところが、突き飛ばされたことによりそれを回避することができる、というように未来が変わる可能性が生まれる。
たとえ話ではあるものの、今までイザベラが行ってきたようなことはこれと同じようなことになる。
……が、サーシャの提言は、これと似通ったようで、少し性格が変わる。
「では弓で狙われていることがわかっているから、と。その人を事前に突き飛ばしておけば、どうなるでしょうか。サーシャが狙っている側なら、どうしますか」
「……まだ矢を放っていないタイミングなので、そのままもう一度狙い直せばいいだけの話」
サーシャの言葉に、イザベラはコクリと首肯する。
無論、たった少し、僅かな違いが未来を大きく変えることはある。
だが、今回のように他の意識が介入していて、目的遂行のために任意で動ける余地があるのならば、状況は少し変われども、ほとんど元々の未来へと修正されてしまう。
「そうでなくとも。ほんの少しの違いが引き起こした大きな未来の誤差があると、私が知りうる夜会の状況と大きく変わるやもしれません」
それによりイザベラの婚約破棄が回避されたとしても、結局のところ黒幕の解明には至らず、根本的な問題の解決には至らない。
それどころか、イザベラの把握外のことが起こることにより、更に悪い状況が引き起こる可能性までありえてしまう。
良くも悪くも、イザベラの知りうる未来……婚約破棄が巻き起こる未来であるほうが都合がいい。
そのためにも、下手に未来に干渉するわけにはいかない。
「サーシャの気持ちもわかるのですが、こればっかりは理解をしてください」
「いえ、私こそ出過ぎた真似を」
申し訳なさそうな様子で、サーシャがそう言う。
彼女の進言内容については、従者としては真っ当なものだしそこまで構うものでもないのだが、どうにも彼女としては気になってしまうのだろう。
「それよりも、サーシャ。頼んでいたことについては、どうだったのでしょうか」
「それについては、申し訳ありません。なんとかしてみようとは思ったのですが」
「……いえ、仕方がありません。気づかれないようにすることが最優先である以上、無茶な調査はできませんから」
黒幕候補にある程度の確信を得てから、イザベラはサーシャにその人を調べるように頼んでいた。
だが、彼女の実力を以てしてもそれは容易なことではなかったらしく。結果の方は芳しくなかったようだった。
まあ、これまでの過程を考えるならば、その情報や追跡に対するセキュリティをしっかりとしていた傾向の強い黒幕であっただけに、こちらについても万全だろうという見込みはあったので、ダメで元々という要領ではあった。……ただ、これで少しでも情報を掴めれば、かなり大きく前進はできたのだが。とはいえ、無理ができない以上仕方がないだろう。
「もう一方については、どうですか?」
「そちらについては、つつがなく」
サーシャから大まかな報告を受け、情報を整理しつつ、必要な書面や書類に目を通していく。
……間違いない、欲しかったものである。
「ありがとうございます。私たちでは動けない範囲でしたので、助かりました」
イザベラが感謝を述べると、サーシャはうやうやしく頭を下げる。
ひとしきりの試着、もといサイズ合わせが終わり。元の服装に着替え直したイザベラの元からサーシャが退室する。
そうして、ひとりになった部屋の中で。先程の報告を頭に浮かべながらに、イザベラはひとりごちる。
「しかし、驚いたものですね。まさか、こんなことをするだなんて」
意外も意外、ではあるものの。手段を選んでいられなかった、という意味でもあるのだろう。
ならば、こちらもそれに応えていくしかないだろう。
サーシャから受け取った書類――ブランシャール家とエルフェ家の商談における改竄された資料を、確実に仕舞う。
「……もうすぐ、ですね」
夜会の日取りは、既に決まっている。
決戦の刻は、着々と近づいている。
「私はただ、私のやれることを」
できる限りで、できる範囲で。
――高らかに宣言された、婚約破棄。
「イザベラ・ブランシャール。今ここで、お前との婚約を破棄する!
その言葉は、沸き上がっていたはずの会場の温度を一気に下げ、人々を凍りつかせんかという圧を放っていた。
そんな中で、イザベラは怯むことなく、言葉を放った張本人、アルベール様へと顔を向け続ける。
同じく怯まない人物もちらほら見受けられる。マリエルやミシェル、ルイーズといった事情を知っている人物などが主だ。
「婚約破棄、と申されましたが。その理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、当然だ」
夢の中で幾度となく聞いた言葉。
台本をなぞるようにして、会話が流れていく。
「イザベラ、貴様には現在、いくつもの容疑がかけられている」
そうして最愛の人の口から語られる、イザベラが犯したという罪。
毒殺未遂、傷害、詐欺。そのどれもが紛うことなき大罪であり、それを王太子の婚約者が行った、というその告発。
観衆たちは突如として投げ込まれたその情報に、大きくどよめき、騒ぎ出す。
「もし、なにか言い分があるというのならば、ここで聞こう」
「もちろん」
当然ながらに、イザベラにはそれらの罪状について、身に覚えなど微塵もない。なぜか、聞き覚えならありはするが。
「言い分もなにも、そもそも私はそのようなことを行っておりません」
「犯人であっても同じことを言うだろう。真に犯人でないというのであれば、それを示してみせろ」
決められた言葉を演ずるように、淡々とアルベール様とイザベラは会話を交わす。
「無いことを示すことは非常に困難なことです。そもそも、行動の逐一を誰かに監視でもされていない限りは、不可能でしょうし。そんな証明が可能なのであれば、却って怪しいとは思いませんか?」
そんな、犯罪が起こるかどうかもわかりもしないのに、非効率としか言えない証拠が提出できる時点でなんらかの企みがそこにあるように見えてしまう。
「むしろ。こちらからひとつ、よろしいでしょうか」
イザベラはアルベール様に向かって、そう、言葉を告げる。
彼は面白そうに、ほんの少しだけ口角を上げながらに「ほう」とつぶやくと「構わない、言ってみよ」と。
「そもそも、こうして婚約破棄を突きつけるまでいくということは、私が犯人であろうという確信があってのものだと思われます」
「ああ、そうでもなければ、こうはなっていない」
「無いことの証明は困難でも、あることの証明ならば容易でしょう。私が犯人であるというその証拠を、見せてくださいませ」
ある意味、自分自身を追い詰めかねない選択肢ではある。決定的な証拠が突きつけられれば、イザベラは対抗する手段を失うことになる。
だが、存在している証拠がそれしかない以上。議論の余地がそこにしかないのも事実。
「残念ながら、毒殺未遂と傷害については可能であった、という程度の嫌疑でしかない。ただ詐欺については、たしかに証拠があり、かつ、先の二件との関与が推測されている」
「なるほど、では、その証拠とやらを見せてください」
「わかった。……リリアーヌ」
アルベール様がその名前を呼ぶと、彼のそのすぐそばからひとりの女性が姿を表す。
リリアーヌ第二王女、紛うことなき、アルベール様の妹君である。
「イザベラ。まさか貴女がこんなことをするだなんて。信じられませんでしたの」
彼女はそんな言葉を重ねながらにイザベラとアルベール様の間に割り込んでくる。
「でも、悲しいことにこれが証拠ですわ!」
そして、自信の孕んだ声高に宣言とともに。イザベラに向けて、証拠だという紙を突きつけた。




