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#45

「そういえば、進展があったってことをルイーズたちに言わないとね!」


「マリエル、その必要はありませんよ。……というか、するな、と。ルイーズから言われていたでしょう?」


「……あっ、そういえば、そうだったね」


 すっかり忘れていたのだろう。ぽんと手を打ちながらにマリエルがそう言う。

 ルイーズからは、件の話し合いの際に「お互いの事件を円滑に進めるために」という理由で、原則連絡を取らないようにと言われた。

 イザベラの側の立場としては、そこまで気にするような要件ではない……もちろん、細かい諸々の立場等を考えるならば気にするべきではあるが、そこまで厳格に、というほどでない。

 ということは、ルイーズ側の事情として、なにかしらの不都合が発生しうるのだろう。


「彼女が行っている事柄について、詳細なところはわかりませんが。……とはいえ、ルイーズがそう言うのであれば、私たちはひとまずそれを信じておくべきでしょう」


「ううん、そういうもの、なのかなあ……」


 マリエルが、どこか微妙とでも言いたげな反応を見せる。

 まあ、彼女のその気持ちもわからなくはない。


 ルイーズがここから裏切ることは十二分に可能なことではある。そもそも、今回の分担について、仕方がないということはあれども、現在アルベール様への信用を確保しに行く担当をしているのはルイーズと付添のミシェルのふたりである。

 そして。どうあがいてもアルベール様からの信頼が得られるかどうかが婚約破棄回避の成否を決める、直接的な要因となりかねない以上、ルイーズの担当している範囲がとてつもなく重要な工程であり、同時に、ここで裏切りを見せてしまえば一発で形成が逆転しかねない。


 そんな重要な箇所を任せているルイーズに、イザベラとマリエルは現在、連絡を断っている状態。それも、向こう側からの申し出で。

 かなり危険な状態ではあるだろう。ここでルイーズに裏切られてしまっては、もはやあの夢が現実になるのが必至でしかない。


「……とはいえ。ルイーズからの裏切りの可能性については、考えないことにしましたから」


 そこを考慮するのならば、そもそも、件の事件が解決した際にそのまま彼女にも罰を与えるべきであっただろう。

 それをしていない時点で、イザベラとしては彼女に対して信頼を置くことを決めた。

 元より、彼女が敵に回っていては、どのみち立ち回りとして苦しいものを強いられるということは明白であった。


「……これでルイーズに裏切られれば、私の見る目がなかった、ということですね」


「ううーん……」


 イザベラのその言葉に、マリエルはどうにも、納得半分不服半分というような様子を見せる。


「なにか、マリエルの視点からルイーズについて気になることでもあるんですか?」


「いや、そういうのは別にないんだけどさあ……」


 どうにも煮えきらない反応を見せるマリエル。

 イザベラとしては、彼女の観察眼については信頼を置いているところがあるので、少しのことであっても気づいたことがあるのなら、知って起きたい。

 じいっ、と。イザベラがマリエルのことを見返すので、観念した様子で彼女は小さく息をついて、答える。


「その、ね? めちゃくちゃにどうしようもない話でしかないんだけどね」


「それでも構いませんから」


「ルイーズが、信頼されてるのを見てると。ちょっと妬いちゃうなあ、って」


「…………」


 想定外、というか。思っていたものと、真逆の事柄を言われて。思わずしばらく放心してしまう。

 だが、よくよく考えてみれば、多少納得の行く事柄でもある。なんだかんだでマリエルは以前、イザベラがアルベール様に取られてしまうから、という理由で感情を募らせていたことがあったほどである。

 実際には、イザベラが予知夢によって心身に負担が現れていたところを、アルベール様からの負担によりそれが起こっているとマリエルが勘違いしたから、というのが事の流れではあるのだが。しかし、マリエルにはイザベラのこととなるとそういう性格が現れる、というのもまた事実ではあって。


 ……まあ、さすがにもう、大丈夫ではあるだろうが。


「それに。たしかにルイーズのことも頼りにしていますが、ミシェルも。そしてなにより、マリエルのことも、しっかりと頼りにしていますから。そうでなければ、こうして隣で手伝ってもらっていませんよ」


「えへへ、それも、そうだね!」


 顔を赤らめながらに、マリエルはちょっぴり頭を掻いてみせる。


「さて。……あちらのことはルイーズに任せるとして。こちらもやれることはやっていきましょう」


「うん! ……っていっても、なにをすればいいかあんまりわかってないんだけどね。特にこっちでやることって夢からのアプローチだけど、夢を見れるのはイザベラだけでしょ?」


 コテン、と首を傾げながらにマリエルがそう言う。


「夢が見れずとも、やれることはありますよ。それこそ、夜には夢を見る都合で私は昼間に休めなければなりませんからね」


 夢の中で気を張り詰めなければならないため、心身を休められるのは昼。だがしかし、そんなことを知らない人たちからすると、そんなことは知るわけもなく、全く関係ないわけで。

 つまるところが、平時と同じく、イザベラにはやるべきことが降りかかってくる。


「だからこそ、私の仕事を手伝ってくれるのが、間接的に協力することに繋がるのですよ」


「なるほど! ……うん? ということは」


「ええ、書類仕事です」


 ぴぇ、と。マリエルが声にならない声を出していた。






     * * *






「まさか、この短期間で二度も、ルイーズから呼び出されるとは思わなかったよ」


「ふふふ、たしかに。私が婚約者であった期間であっても、こんなことはまずありませんでしたわね」


 ルイーズはそう言いながらにいたずらっぽく人差し指で自身の唇をなぞる。

 ここは件の隠しサロン。アルベールが密談を行う場合に使用する場所であり。つい先日、彼女がイザベラを断罪しようとして。しかしながら、逆に裁かれてしまった際に使われた場所。

 ルイーズとしては、間違いなく自身の立場を脅かされた場所ではあり、そういう経緯もあってあまり好い感情を抱いていない場所なのではないかと、アルベール個人としては感じていたのだが。しかし、どうやらそういうわけでもないらしい。

 なにせ、場所についての希望を聞いたとき、ルイーズの方から是非にと申し出てきた場所がここだった。


「それで、今日はどういう用事で呼び出したんだ?」


「あら、既に大枠については理解されていると思っていたのですけれど」


「そうであっても、確認は重要だろう」


 アルベールのその指摘に、ルイーズは小さく笑いながら「それはそうですね」と。


「そういえば、今日は一人なのだな。私の想定している話題なのであれば、他の誰かがいてもよかったとは思うが」


 イザベラについての案件であれば、それこそイザベラ当人が立ち会ってもいい事柄ではあるし。イザベラ自身が忙しいから立ち会えない、ということであっても、たとえばルイーズが仲の良いミシェルを臨席させるという手もありはした。

 それを行っていないあたり、なにやらルイーズとしても思うところのあるお話なのだろう。……あくまで、現状では推定でしかないが。


「現在、諸事情があってイザベラとの交流を断っていますの。同時に、ミシェルにも多少手伝ってもらってはいますが、彼女はイザベラに親しい立場でもあるので。同じくな理由で下手に教えるわけにはいかないのです。特に、今回の話については、なおのこと」


 加えて、ミシェルは露骨に態度に出る。おそらくは、そのあたりについても警戒しているのだろう。


「……念の為に、私の聞ける範囲で、その諸事情の内訳を聞いてもいいだろうか」


「そうですわね。アルベール様がこちらのことを完全に信用していらっしゃらない、というのが大前提で理解しておりますからね。そうやすやすと全部は教えられません」


 けれど、と。ルイーズはそう付け加えながらに、


「アルベール様がおっしゃるとおりに、お伝えできる範囲で、伝えるとするならば」


 ルイーズはそう前置くと、少しばかり考える。おそらくは、どのくらいまで話せるのか、を考えているんだろう。

 そうして、ルイーズはしばらく考え込んだ後に。ニヤリ、と。不敵な笑みを浮かべながら。


「私は、私の為すべき仕事をなせるように、と。そのために動いております。そして、それを円滑に進めるために、イザベラとの交流を断っておりますの」


 まるで、イザベラとの交流によって、なにか不都合なことが伝わってしまう、とでも。そんな含みがあるような言い方をしながら、ルイーズはそう言った。


「なるほど」


「ひとまず、私が現状でお伝えできるのはこの範囲ですわね。……もし、アルベール様が私のことを……いえ、せめて発言を信用する、と仰るのであれば、今すぐにでも」


 さすがはルイーズ、といったところだろうか。的確に対等かそれ以上になれるように、と。うまく交渉内容を入れ込んでいる。

 だが、残念ながらそれに答えるわけにはいかない。無論、言葉と表情でそう言ってしまうことだけならばさほど難しくはないのだが、見抜かれてしまう可能性を勘定すると、それ以外の情報についても滞る可能性があり、割に合わない。


「今の話についての詮索はこのあたりにしておく」


「それがよろしいかと。……それでは、本題の話をば」


 ルイーズは目を伏せながらに軽く頭を下げて。

 ゆっくりと顔を上げながらに、こちらを見つめて。


「アルベール様のご想像どおり、イザベラの信用について。私の持ちうる情報の範囲でのお話を」






 ひとしきり、ルイーズからの話を聞き終えて。


「……それらの話を、私に信じろ、と。そう言うのだな」


「まあ、包み隠さずに言うのであればそうなりますわ。もちろん、立場都合、そんな簡単なものではない、とは思うのですけれど」


 ですけれど。と、ルイーズはニヤリと確信めいた笑いを浮かべながらに、言葉を続ける。


「アルベール様も、いくらか納得できる程度には、思うところがあったのではないかと、私は思っているのですが」


「…………」


 ルイーズの言うとおり、納得の行くところはかなり多かったし、いくらか心当たりがあることもあった。


「これで、なんらかの物証があれば、確実だったんだがな」


 だが、あくまでそれらは感情ベースでの話。


 ルイーズからは、あくまで彼女の持ちうる情報や行動の開示と、それに伴う仮説などの説明をされた。

 そう、あくまで最大でも仮説。根幹に触れるところについて、確証に至るところまで、行かない。


「まあ、物証などがない、という話ならばいくらでもあるでしょう? それこそ、イザベラの夢の話なんて、その最たる例ではあるでしょう」


「それは。……そうだな」


 物証どころか、まっとうに考えるならば参考にすらするべきではない内容ではある。

 だが、それを参考にしてきたという前例が、たしかに存在している。


「ただ、そうですわね。どうあがいても、物証などというものはは用意できませんが。その代わりに、今回の発言については、ルイーズ・エルフェという名前を賭けましょう」


「……ほう」


 ルイーズのその言葉に、アルベールは声を漏らす。

 貴族にとって、その言葉はとてつもなく重い。貴族としての身分を全て担保にする、と。そう言っているに等しい。


「誰をどのように信じるのか。それは、アルベール様個人に任せます」


 スッ、と。ルイーズは立ち上がり、真っ直ぐな視線を向けながらにそう言ってくる。


「ただ、私はそれくらいの覚悟を持っている、と。そう認識していただければ」


「なるほど。覚えておこう」


 ルイーズはアルベールの言葉を受け取ると。そのままカーテシーを取って、退室をする。


「誰をどのように信じるのか……か」


 現在、アルベールの周りには情報が錯綜している。

 方面の違う、主張の違う意見が大量に溢れていて。そして、その全てに証拠がない。


 どれも真っ当に聞こえるといえばそうだし、同時に、疑わしく聞こえるといえば、そのとおりである。


 まさしく、信用勝負。これまでの経歴、それぞれの立ち居振る舞い。交渉における論理(ロジック)熱情(パッション)


 それらを天秤にかけて、計るしかない。


「全く、難しい話だ」


 厄介なのは、これによりアルベール自身の命の如何が決まりかねない、ということ。

 判断を誤ること――不正解への代償は、自身の命であるということ。


「……イザベラ。君のことを、信用していいのか、どうなのか」


 アルベールの手持ちの中でも、もっとも証拠の不確かな情報を持っている。そして同時に、不確かな情報でなお実績を確かに作り上げている、自身の婚約者。

 はたして彼女のことが信用できるのか、否か。その実績が真なのか、あるいは作り上げられた虚偽なのか。


 解答は、見つからず。見つかるわけもなく。

 アルベールはただ、ため息をつくしかなかった。

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