#43
「まず、大前提として。アルベール様からの信用は必要でしょうね」
ピッ、と。人差し指を立てに構えながら、ルイーズはそう言う。
彼女が先述しているように。イザベラの、アルベール様からの信用については確実なものというわけではない。
「これまでの予知夢を前提で考えるならば、私がアルベール様から婚約破棄を突き付けられるというものは回避すべき未来だということになります」
「……傾向もなにもなく、それは回避するべきことだとは思うよ?」
困惑した様子を見せながらにマリエルがそうつぶやく。
「当然ながらに、婚約破棄を回避するには、イザベラへの現状の不安定な信用を確実なものにしていく必要がありますが。……まあ、これについては、現在私の方で一手打っている状況ではあります」
「ルイーズ、いつの間にそんなことを」
「まあ、確実なものではありませんし。いろいろとこちらの意図に気づかれてしまっては意味がないものなので。イザベラにもきちんと行動してもらう必要はありますが。……けれど、イザベラ自身、気づいてはいるのでしょう? 自分の行動リソースを割くべきは、そちらではない、と」
言い放つルイーズに、イザベラは口を閉じ、目を伏せる。
そう。アルベール様からの信用は必須項目ではあるものの、決して最終目標ではない。
彼からの信用を勝ち取り、婚約破棄を回避したところで。根本はが――アルベール様が命を狙われている、という現状が変わることはない。
「ええっと、要するに? 婚約破棄の目的がイザベラをアルベール様から引き剥がすものだとするならば、婚約破棄を回避したところで、依然としてアルベール様自身が狙われる要因は残っているままだし、犯人にとってイザベラが邪魔な存在だってことには変わりはないから、そのまま狙われ続けるってこと?」
「ええ、そういうことです、マリエル」
ルイーズの言葉に頭をぐるぐると回しながらにマリエルがそう確認して。イザベラは、それに肯定をする。
「だからこそ、私たちが行うべきなのは、そもそもの根本である犯人の特定と、無力化」
「でも、イザベラお姉さま。……そんなこと、できるんですか?」
イザベラの言葉に、不安そうな様子でミシェルが尋ねてくる。
彼女のその疑問は、ある意味当然のものではある。
けれども――、
「できるかできないか、ではなく。やるしか、ないのです」
ルイーズが、そう、きっぱりと。
イザベラの思っていたことを代弁してくれる。
無論、根性論であるとか精神論であるとか。そういう理屈で言っているわけではなく。そうする以外に、本当に無いのだ。
「もちろん、それが簡単にできることでないということは理解しています。現状でも、足取りを徹底して残そうとしていない犯人を探る、というのは極めて難しい。同時に、犯人の持つ情報収集能力も相当なものだということもあるため、通常の手段では対処は困難でしょう」
これまでの過程で、一番顕著であったのはミシェルの一件であろう。
臆病である一面の裏返しとして警戒心の強い彼女に対して発言を信用させる目的もあったのだろうが。犯人がミシェルに対して提供した情報には、ピタリと言い当てられたブランシャール家とエルフェ家による会談、もといそれに伴って開催される狩猟会があった。
当然ながら、この手の話についてはある程度両家にとっての機密でもあるために。ブランシャール家もエルフェ家も、まだ話が固まりきっていない段階で不用意に外に漏らすだなんてことはしない。
特に、関係者であるミシェルよりも先に知るだなんてことは、通常は不可能である。
だというのに、犯人はミシェルがそのことを知るよりも先に。ピタリと言い当ててみせたのだ。
「異常、と。そう称していい情報収集能力でしょう」
少し前、サーシャに対して。このような情報を抜き取ってくることが可能かどうかを尋ねたことがある。
彼女曰く。可能か不可能かのみの回答であれば可能ではある、と。ただし、それは現実的に遂行可能かどうかで言えば話が変わることでもある、とも。
探りたい事柄や対称が明白な状態で探るのであれば、諜報員の腕次第ではあるものの。それこそ、ある程度情報が秘匿されている会談の日程などであれば難易度は高くとも探ること自体は可能であろう。
だがしかし。ここで出てくる難易度については、その前提が違う。
ミシェルにルイーズからの話が来るよりも先に、となると、本当に会談の日取りが決まった初期の初期というタイミングになるだろうが。
そんなタイミングで会談を行うだなんてことは周囲には公開されていないわけで。つまり、存在するかということが不明瞭な情報であった、ということになる。
情報を抜き取ること自体の難易度は可能な程度であったとしても、それをこれほどに早いタイミングでとなってくると、性質の違う難易度が出迎えてくることになる。
「だからこそ。一度マリエルが言っていたように、犯人が会談の関係者であるという可能性も考えられたわけでもあって」
「……あら、もしかして。私のことも一度犯人の線上に浮かび上がったりしていたのかしら?」
いたずらっぽく笑いながら、ルイーズはそう言ってくる。
「否定はしません。……とてつもなく考えにくいとは思っていましたが」
「まあ、状況的に最有力候補ではあったでしょうし。仕方はありませんよ。とはいえ、その直後に今回の私の事件があったともなれば、中々な心境ではあったんでしょうが」
イザベラとルイーズが互いに苦笑を浮かべながらに、そう言う。
「コホン。……ひとまず、話を元に戻しましょうか」
脱線話は楽しくはあるものの。本旨の話をしないわけにもいかない。
「それほどの情報収集能力を持っているのであれば、当然防御面についても強いはず。……まあ、実際、アルベール様の情報網で引っかかっていないあたりも、それが伺えることではあるでしょう」
「つまり、通常の手段での捜索は困難。むしろ、下手に手を出せば、こちらが疑って探していることを察知されて、余計に警戒されかねない」
イザベラの言葉に、ルイーズが肯定しつつ、補足をする。
「そんなの、じゃあ、どうやって調べるって――」
「通常の手段では、と。そう言ったではありませんか」
マリエルの、その後ろ向きな言葉を遮るように。ルイーズがそう声を重ねる。
「現実で探ることはできない、直接に調べることはできない。……ならば、現実ではないところから、遠回りだろうと調べるしかないでしょう?」
ですよね? と、確認をするように、ルイーズが話しかけてくる。
イザベラはそれに首肯すると。姿勢を真っ直ぐに保ちながら、答える。
「これまでが、そうであったように。使えるものは、なんだって使うべきでしょう。たとえ、それが夢であろうとも」
全ての事情を無視して、事件に対してアプローチする、理外の手段。
予知夢の中ならば、それができる。
「もちろん、夢の中で犯人が直接に表に出てくるとは限りませんが。しかし、事件の詳細を考えるならば。出てきている可能性はあるでしょう」
王太子と伯爵令嬢の婚約破棄、となると。犯人が引き起こしている事件の概要としては、これまでのものとは段違い。
無論、直接の殺害を企てているとかそういう方向性ではないものの。しかし、なにより事件の根幹にアルベール様が必要であるという性質がある。
立場上も性格上も疑り深いアルベール様を信用させるとなると相当な信用を確保する必要がある。それこそ、現状のイザベラの信用を上回らなければならないわけで。
それには、生半可な信用材料では不可能だろう。
「なれば、私の信用に打ち勝つために、実際に対面でアルベール様に接触している可能性はあるでしょうし。指示や補佐をするために、会場にいる可能性は高い」
「これまでイザベラに妨害され続けたこともあるわ。邪魔立てが入らないようにという目的もあるかもしれませんわね。特に、夜会の一幕となれば、その場にいること自体は極めて自然なことになりますし」
まあ、これらがやや希望的な観測であるということは否定しない。今までの事件での傾向を考えると、かなり警戒している黒幕がそうやすやすと表に出てくるとは考えにくい。
だが、それでもなお、表に出てくる可能性を否定できないくらいには。婚約破棄という事象の規模は大きい。それを、アルベール様に成ささせるということは。
「ひとりの戦いを強いることにはなりますが。イザベラには夢での情報収集、もとい立ち回りを頼むことになります。残念ながら、こちらについては私やミシェルでサポートすることはできませんが――」
「私は! できる限り、起きている間のイザベラのお手伝いするよ!」
ピンと腕を真っ直ぐに上げて、マリエルがそう言ってくれる。ありがたい申し出だ。
ルイーズの事件のときもそうではあったが、本来ならば心身の休養の場であるはずな夢の中で活動をし、あまつさえ精神に負担のかかる言葉を投げかけられる可能性がある環境な都合。睡眠によるケアが困難になる。
そういう局面において、起きている間にいかに休めるか、ということはかなり大きな要素として出てくるだろう。
「そういうわけなので。アルベール様への信用勝負については、ある程度は私とミシェルに任せておいてください。一方の黒幕の詳細を探ることについては――」
「ええ、私の方でなんとかやってみます。いえ、やってみせます」
イザベラがそう答えると。ルイーズはその回答に満足そうに、笑ってみせる。
ひとしきり、様々なことを話し終えて。
夜も更け、それぞれやるべきこともあることだしと。そろそろ眠ろうかという、そのタイミングで。
「あの、ちょっと思ったんだけどさ」
と、マリエルがそう切り出した。
「どうかしましたか? マリエル」
「いやあ、あくまで可能性でしなないというか。あんまり考えたくはないことなんだけどさ……」
どこか言いにくそうな表情をしながらに、マリエルは頬をぽりぽりと掻きながら、黒幕に関するひとつの可能性を提示する。
その言葉に、イザベラはもちろん。ルイーズもミシェルも、目を丸めて、驚く。
傍から見れば、世迷言としか思えないような、その言葉に。しかし、
誰ひとりとして、マリエルの言葉を、否定することはなかった。
「たしかに、可能性としては、あり得るわね。……現にイザベラという理外の存在がいるわけだし」
「諸々の辻褄も合います。むしろ、そうだと言われたほうが、状況としては納得できてしまうほどに」
だが、今の今まで思考に入れていなかった。……いや、思い浮かびはしたのかもしれない。けれど、あまり、考えたくないことであり。無意識に思考から外していた、のだろう。
「でも、それって。そうだとすると……」
ミシェルが、青い顔をしながらにそうつぶやく。
「ええ。これまで考えてきた、どの可能性よりも。最悪の展開だということになりますね」
彼女の想像を肯定するようにして、イザベラはそう答える。
その言葉に、全員が押し黙る。
「……とはいえ、向き合わない、という選択肢はあり得ません。ここまで来た以上、なにがなんでも犯人に対抗していく必要があります」
「ええ、それはそうね。ならば、最悪を想定していく必要はあるでしょうし。それに――」
やや遅れながらに賛同をしてきたルイーズは、小さく息を付きながらに言葉を続ける。
「いずれにせよ、黒幕に対して対抗できる存在がイザベラしかいない、ということになるわけで。良くも悪くも、当初の予定とは一切変わりはないわけで」
どのみちやるべきことに変わりがないのであれば、警戒ができるだけいいことであると、そう捉えておくべきだろう。
「ご、ごめんね!? 寝る前だってのに、変なことを言っちゃって」
「いえ、むしろきちんと向き合う機会になったので、ありがたい限りではあります」
そう言うイザベラの対面で、同意するようにルイーズが首肯する。
「まあ、少し話は逸れましたが。今日はこのあたりにしておきましょうか。イザベラは、ここからが戦場なわけですし」
ルイーズが、そう、言葉を送ってくれる。
そう。睡眠……悪夢の中こそが、イザベラにとっての前線である。
「イザベラにとっては、休みなどではないでしょうが。おやすみなさい。そして、頑張ってください」
「おやすみなさい、イザベラお姉さま」
「おやすみ、イザベラ!」
三者三様に、一日の締めの挨拶をして。そして、各自客間へと戻っていく。
さて。……送り出されたからには、自らの責務を果たさなければ。
イザベラは覚悟を決め、ゆっくりと寝台へと向かった。




