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#42

 アルベールがリリアーヌと話していたのとほぼ同時刻。


「わーい、みんなでお泊まりだー!」


「わっ、私たちも一緒でいいのでしょうか……」


 王都、ブランシャール家の別邸にて。マリエルが諸手を上げて騒ぎ、その隣ではミシェルが少しばかりぷるぷると震えながらにそう言っていた。


「一緒でいいもなにも、全員がいなければ始まりませんからね」


 呆れた様子でそういうのはルイーズ。

 四人全員がネグリジェに着替えた上でイザベラの部屋に集合していた。


「しかし、こうして揃って話すというタイミングが直近だけでこんなにも多くなるとは思いませんでしたね」


「たしかにそうね。寄宿学校にいた頃に私とイザベラで言葉を交わすこと自体は日常ではあったけれども、面と向かい合わせる場をセッティングして、ということの頻度は少なかったし」


 もちろん、当時もしていなかったわけではないが。しかし、ここ最近はブランシャール家の邸宅でのお茶会に始まり、エルフェ毛の邸宅での商談及び狩猟時。

 そして、今回もこうして場を整えて合っているということを加味すると。短期間での頻度がかなり高いと言える。


「それも、まさかルイーズやミシェルと一緒に泊まることになるとは。少し驚きましたが」


「あら、私やミシェルと一緒に、は嫌?」


「いえ、全く」


 どちらかというと。寮でもない環境下で同じ屋根の下で眠るという経験がマリエル以外で初めてであったので。新鮮である、という感情が沸いてくる。

 そもそも、貴族という立場の人間が気軽に誰かの家に泊まる、ということが簡単にできる環境下にいないという大前提がそもそもあったりはするが。


「まあ、嫌と言われても今回ばかりは上がり込むつもりでしたが」


「……いちおう、現在ここで一番裁量権を持っているのは私なんですが」


 家格だの爵位だのの話をし始めると、いちおうはルイーズのほうが上ではあるのだが。しかし、曲がりなりにもブランシャールの邸宅の中なのだから、他にブランシャールの者がいない都合、主の立場になるのはイザベラではある。


「そもそも、集まった目的の都合、必要なことなことですし」


「それは、たしかにそうですが」


「……それに、なんだかんだで、こうして気軽な交流ができる機会も、そう多くないとは思いますしね」


 憂うように、やや目を細めながらにルイーズがそう言う。

 その言葉にマリエルは驚いたかのようにピンと背筋を伸ばしながら、そっとイザベラの方へと視線を向けた。隣にいたミシェルも、マリエルほど大きくは反応していないものの、その表情にはどこか寂しさが伺える。


 この手の交流自体、先述の通り貴族間ではまず珍しいことではある。

 それに加えて、イザベラは将来的に立場が大きく変わることがほぼ確実である。あくまで、現状の公表内容としては、ではあるが。


 ともかく、このまま順当に事が進んでいけば、イザベラの身の振りは今まで以上に良くも悪くも不自由なものになる。


「だからこそ、私としても今のうちに、一度は強引にでもイザベラと楽しんでおきたかったのでね」


「ルイーズ……」


「どこぞのうるさい男爵令嬢が、イザベラのところで泊まっただのなんだの自慢することが多かったですからね!」


 わざとらしくに、ルイーズがそう言ってみせる。

 具体的な名前としては出されていないものの、どうやら自身のことを言われていると自覚したらしいマリエルは「えへへ……」と。嬉しそうに誇らしげに頭を少し掻きながらにそう言ってみせる。

 ……嫌味である、というところには気づけていないあたり、やはりマリエルらしいというか、なんというか。


「まあ、とにもかくにも。そうなる未来を現実のものにするためにも。今日はわざわざ集まって話そう、ということなのですから」


 ルイーズはそう言いながらに、全員の顔をひと通り見て回る。

 そして、誰かに声をかけるのかと思えば、そのまま誰かの方を向くのかと思えば、そのままなにもない空間を見つめて。

 そして、やや声を張り上げ気味に、言い放つ。


「まさか、婚前の貴族令嬢が四人集まって談話を行おうかという場に。花園を荒らそうというような不埒な虫けらなど、混じってはおりませんわよね?」


「――ッ」


 ルイーズのその声に、少々驚いたような様子を見せながらに、どこからともなくギルスが姿を表す。

 彼の様子を見たルイーズは、小さくため息を付きながらにバッとその右腕を挙げる。

 すると、控えていたであろうセルザが彼女の斜め後ろに立つ。


「……セルザ、どうやら彼が貴女と話したい様子です」


「了解しました」


 セルザはルイーズに対してお辞儀をすると。流麗な振る舞いでギルスの方に向き直り、こちらにも一礼をする。


 ギルスは少し困ったような、同時に心配である、というような表情を浮かべていた。


「……私たちの警護については、サーシャが付いてくれています。心配かもしれませんが、彼女が強いことは貴方も知っているとおりかと」


 もちろん、ギルスの本来の仕事としてなイザベラの監視もあるのだろうが。しかし、この場においてはそちらについては諦めてもらいたい。……もちろん、こちらについては暗黙の範囲なので、口には出さないが。


「わかりました。それでは、セルザ嬢、お付き合いいただいてもいいだろうか?」


「もちろん。それではこちらに」


 セルザに案内されるようにして、ギルスが退室をする。


「……ルイーズ、気づいていたんですか?」


「彼のことです? 気づいているわけ無いでしょう? 音も視線も気配も、なにひとつ感じ取ってはいませんでしたわよ?」


 イザベラのその質問に、ルイーズはあっけらかんとそう言ってみせた。


「ただ、いるだろうな、という。その確信はありましたから。……私がアルベール様であれば、同じく付けると思いますし」


「それは、たしかに」


「まあ、いずれにせよ。言うだけ言って居なければそれで良し、ではあるので」


 バッサリとそう言い切るルイーズ。こういう思い切りの良さと判断力の強さは、ルイーズの性格だろう。


「あ、あの。……ルイーズお姉さまがあの男の人……たぶん、アルベール様のお付きの方だとは思うんですけど、その人を追い出したっていうのは」


「私が、あの人のことを疑ってる可能性があるのか、という話ですわね? ……具体的な名前で呼べないのは、絶妙にやりにくいですわね」


 ルイーズがイザベラに対してなにか名前を知らないのか? と、そう尋ねてくるので、ギルスという名前を共有しておく。無論、偽名だろうが。


「なるほど。では、暫定的にギルス、と。……それで、彼のことを疑っているのか、という話ですが。正確に言うならば、疑っていないわけじゃないから、ここに置けない、という程度ではあります」


 極論的な意味合いとしては同一ではあるものの、ルイーズはニュアンスを変えながらにそう言う。

 なるほど、と。解釈したイザベラの対面ではミシェルがコテンと首を傾げる。


「ええっと、つまり……?」


「簡単に言えば、ギルスの立場なんかも加味したり。これまでの行動なんかを鑑みるのであれば、可能性は低い、という話ですわ」


 ルイーズにも諸々の事情を話した都合、これまでのギルスの行動についても共通の認識として持っている。


「それこそ、今回の事件……私とセルザが引き起こしてしまった一連の騒動については、イザベラを狙ってのもの」


 そして、それはアルベール様の殺害を阻害するイザベラのことを排除し、自身の計画の邪魔となる存在を取り除くためであろう、という判断をイザベラたちはしている。


「つまり、返して言うのであれば。ギルスが黒幕……あるいはそれに通ずる存在であるのならば。イザベラのことを助ける理由はない」


 それこそ、先日のイザベラへの襲撃事件。あのときはサーシャも対処にあたってくれていたが、それと同時にギルスも守備にあたってくれていた。


 ギルスがすぐそばにいる、ということを把握している人間は少ないのだからそもそも違和感を覚えられにくいし。もし、アルベール様のような彼の携わっている仕事についてを把握している人間相手でも、そもそもの奇襲相手で反応が遅れた、とも言われてしまっては、証拠もないために追及の余地がない。


 イザベラを排する目的であるならば、あのときは防御に当たらないのが正解であった。……それが、最も可能性の高い筋道。


「……もちろん、それすらも織り込み済みで、という可能性は否定できませんけどね。アルベール様が、イザベラのことを信用しきれていないのと同様に」


「えっ!? アルベール様、イザベラのことを信じてないの!?」


 バッ、と。勢いよく立ち上がりながらにマリエルがそう言う。

 やや興奮気味なのか、少々息が荒い。


「落ち着きなさい、マリエル。気持ちはわかりますが、それが道理です」


 そんなマリエルのことをルイーズが諌める。


「そもそも考えてもみなさい。もし私が未来を予知できるとしていきなりマリエルになにか指示しに来たらどう思うのですか?」


「えっ、そりゃあいきなりルイーズが変なこと言ってて、どうしたのかなって――あっ」


「ええ、そうです。マリエルがイザベラのそれを信じられているのは長い期間という前提があってのもの。正直、私個人としては未だに驚きのほうが強いんですよ」


 ふふ、と。苦笑い気味にルイーズはそう言う。


「しかし、それで言うならよくルイーズやミシェルは私の言葉を信じてくれましたね」


 マリエルのそれが時間という信頼からくるもの、とするならば。もちろん、ルイーズやミシェルとの付き合いが短いとは言わないが。彼女たちにとってもあまり信用しにくい事柄でもあるだろう。


「まあ、私については。好敵手であるイザベラのことを信じているから、ではあります。そんな面白くもない冗談を言う人間ではないだろう、と」


「……そう、評してもらえるのは。嬉しくもありますが、同時に少し、恥ずかしいですね」


「胸を張りなさいな。……全く」


 呆れた様子でルイーズはそう言う。


「では、ミシェルは?」


「ふぇ!? わ、私ですか!? 私は、ええっと……」


「この子は単純よ。ただひたすらにあなたのことを尊敬して信じている、それだけね。ある意味、信奉とかそういうものに近いものを持っているから」


「ルイーズお姉さま!?」


 勝手に胸のうちを暴露され、ミシェルは顔を真っ赤にさせながらにルイーズに抗議をする。

 そんな様子を見ながらにイザベラとルイーズが笑っていると、マリエルが首を傾げる。


「あれ? でもそれならアルベール様もイザベラの婚約者だよね? それなら信じても良さそうなものだけど――」


「信じたい気持ちはあるのでしょう。ですが、それ以前にアルベール様は王子です。立場がある以上、そう簡単に信じることは難しいのでしょう」


「……ややこしい」


 眉をひそめ、目を回しながらにマリエルがそう言う。


「まあ、ひとまず話を戻しましょう。少なくとも、私はギルス、でしたね。彼のことを現状、信用しきってはいない。それゆえに、ここからの話を聞かせるわけにはいかない」


 ルイーズは、ハッキリとそう言い切る。


「同時に。……少しはイザベラも、アルベール様の耳がない環境下で話したいこともあったでしょうし」


「…………」


 それは、否定はしない。

 ギルスは実質的にアルベール様の耳目として役割を担っている。それゆえに、彼に聞かれるということは、すなわちアルベール様に聞かれることと同義ではあった。


 もちろん、アルベール様に聞かれて困るようなことをそもそも話そうとするわけじゃあないが。しかし、常に色々と気を張りながらに諸言動を行う必要があるという環境は、中々に考えることが多い。


「今はセルザが彼と話しているので。少なくとも今は確実にギルスはいません」


「……そこまで気を配ってもらえて、感謝します」


「構いません。先述の通り、私個人の感情としてこの会話を彼に聞かせたくないと感じていたという理由もありますからね」


 ふふ、と。そう自信ありげに笑ってみせるルイーズ。


「それでは、本題に入っていきます……が、その前に。もう一度だけ確認をしますが、イザベラ。もう、隠していることはありませんね?」


「ええ、あのときに話したことで全てです。婚約破棄の話についての、現状わかっている、全て」


 そして、それ以外の予知夢について、解決していないものがない、ということも。


「ならば、改めて。話していきましょう。イザベラを助けるために、どうしていくべきなのか、ということについてを」

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