#39
「誓って、私は不正はしていません」
真っ直ぐに立ち、凛とした様相のままに。イザベラはそう言い放ち、ルイーズのことをしっかりと見据えた。
イザベラのとったその様相に、ルイーズは思わず一瞬怯む。
そうしてルイーズが言葉を詰まらせていると。彼女の後ろから、声が飛んでくる。
「なるほど。しかし、ルイーズ側の提示している根拠もある程度の筋の通ったものではある。それを踏まえた上でそこまで言うのであれば、それなりの根拠を示してくれるんだろうな?」
おそらくはルイーズも同様に思っているであろうことを、アルベール様が言った。
理由の提示は必須、ただし、弁明の余地は用意する。あくまで、両者の意見を聞いた上で、その上で判断をする、と。
アルベール様は、両方に対して公平である、というスタンツをしっかりと見せる。
「それでは、私の話をする――そのまえに」
バッ、と。イザベラが背後を振り返る。そうして、自身の入ってきた扉へとゆっくりと近づく。
扉越しには「これ、入っていいのかな」とか「ど、どうなんでしょう?」なんていう声が小さく聞こえてくる。
いつもの貴女ならばそんなことを気にせず突撃してくるだろうに、と。小さくため息をつきながらに、イザベラは扉を開け放つ。
「なにを迷ってるのですか、ふたりとも、出番ですよ」
扉の向こう側にいたのは、マリエルとミシェル。突然に開かれた扉に、ミシェルはヒエッと怯えて震え上がっていた。
「ほえー、ここが隠しサロンかあ。こんなところなんだねぇ」
「ま、マリエルさん。その、その! たぶん今それじゃない……!」
さっきまで入っていいのか不安がっていたのが嘘であるかのように、マリエルは周囲の観察をし始め、そんな脳天気な彼女にミシェルは大慌ててあわあわとしていた。
「ミシェル? どうしてこんなところに……?」
「あと、えと、その。私は――」
「私が呼んだんです。証人として、必要になるだろう、と」
「……まるで、今日起こることがわかっていた、とでも言いたげな言い回しですわね」
ルイーズから、疑いの目と言葉とを差し向けられる。
実際、彼女の目からすればそうではあるだろう。
ルイーズの立場としては、イザベラに証拠の隠蔽などをされないようにと、やや不意打ち気味に今日の日取りを用意した。というはずではあるだろう。
そんなところに、用意周到にしてきた告発相手がいれば、疑ってかかるのも仕方のないことではあるだろう。
「……私の方も、少々事情があって。いくつか、気になることがありましたから」
イザベラは、いくらか濁しながらにそう言って誤魔化す。
無論、この場にいるルイーズ以外は、イザベラの現況を把握しているので、彼女の語る事情というものがいかなるものなのかを知っているのだけれども。
「……それで、マリエルとミシェルを呼んでなにを証言してもらうと言うのですか? まさか、自身がやっていないことを証明してもらう、とでも?」
「それもいいかもしれませんが、こちらが呼んだ証人にそれをしてもらったところで説得力がないでしょう。だから、私の方から提示させてもらうのは、これです」
イザベラがふたりに指示をすると、マリエルとミシェルは同時にひとつずつ、紙束を取り出す。
そうして机の上に拡げられた紙束たちは、そのほとんどが同一で。しかし、その最上位にある箇所のみが、全くの真逆を示していた。
「これは、数日前に私がふたりに頼んで提出してもらってきた資料です。ですが、見てもらえばわかるとおり、内容については全くの同一となっています」
当然ではあろう。なんせ、どちらも同じものを参考にしながら、同時に書いていったものなのだから。
特に今回の場合は、なんらかのミスがあれば、その時点で作戦として失敗になる。だからこそ、細心の注意を払って、ミスの内容に作り上げた。
確認についてもイザベラがチェックしたのち、サーシャが同様に確認をとってから、再びイザベラが確認をする、と。三段階で行っているために、今回に限っては絶対に資料に差異がない、と。そう自信を持って言える。
そうして、そんな自信を持って、胸を張って、全く同じだと言える、それらの資料。
違いがあるのは、提出者の欄がマリエルとミシェルである、ということ。それから、受理を行った事務員の名前も別ではある。
「……提出の時間帯も、ほぼ同一、か。つまり、同じ日時に、マリエルとミシェルによって、全く同じ資料が提出された、というわけだな」
アルベール様がそうつぶやく。
現在の、忙しい事務所に対して全く同じ資料を提出する、というのはいささか憚られる気持ちはありはしたが。しかし、これをしなければ証拠にはならなかった。
そして、しっかりと、刻まれているその証拠こそ。
マリエルが提出したものに関しては、問題なく受理された、ということであり。
もう一方のミシェルが提出したものに関しては、問答無用で拒否されてしまっていた、という事実であった。
「時間によってなにかの変更があったために、一方が受理されて一方が拒否された、と。そう言われてしまっては意味がないので、同時に、全く同じ資料を提出してもらいました」
受理に際してはしっかりと事務員が捺した印も残っていることもあり、真実であろうことは確実。それこそ、必要とあれば、それを捺した人物の名前も書かれているため、本人に聞けばいい。
「一度、ミシェルに頼んだ提出資料が突っぱねられる、ということがありました」
そのときは、理由がデータエラーだということもあり、間違っているのだろう、と。そう思いながら、再び目を通した。
けれども、どこにも間違いは見当たらなくて。頭を悩ませているところに、マリエルがやってきて。
「一切変更を加えていない資料を、マリエルが持っていったそのとき。ミシェルが持っていったときはダメだったにも関わらず、問題なく、受理されました」
きっかけは、そこだった。
「理由については、様々考えられました。それこそ、単純なヒューマンエラーである可能性なども十二分にありましたし。事務員の方が人で選んで態度を買えた、なんてことも可能性としては挙げられました」
もちろん、それについてはその時は即座に却下をした。
「まあ、だって事務員のひとが舐めるとしたら、ミシェルじゃなくって私の方だもんね!」
「以前も言いましたが、それを自分で言うんですね……」
呆れた素振りをしながらに、マリエルの言葉にイザベラが返す。
しかし、その背景は事実ではあって。ミシェルもマリエルも、どちらも男爵令嬢であり。そういう意味合いでは、対応としては原則同様ではあるだろう。
そうでないところから判断するとするならば、男爵令嬢おいうことではない側面から。たとえば、普段の動向であるとか、からではあるだろう。そして、そういう意味合いでは、マリエルのほうが問題児扱いされている、ということも候補には入るだろうし。
あるいは、マリエルの背後には仲のいい立場としてイザベラがいる。ミシェルの背後には、マリエルがいる。
そういうことを考えるならば、やはり、舐められるとするならば、ミシェルではなく、マリエルだろう、と。
そう、思っていた。だからこそ、人で選んでいたわけではない、と。そう思っていた。
「……しかし、ミシェルから話を聞いて。そのときに、ルイーズのところでも、同様に突っぱねられた、と。そんな話を聞かされたときに。もしかして、本当に人で判断しているのではないだろうか、と。そう思ったんです」
全く同じタイミングで、全く同じ資料を、別の人が持っていって。
それで、突っぱねられた、となれば。人、と判断するのが妥当ではあるだろう。
ふと、ルイーズが顔を上げる。その表情は、どこか驚いているようで。あるいは、なんらか、気づいたのか。目を、丸めていて。
「今回の案件について、マリエルとミシェルは、あまり関わりは強くありません。それに、聞けばルイーズのところの資料は、その多くが――ミシェルが持っていっていないものについても突っぱねられた、と聞きます。それならば」
「突っぱねられたのは、私の――ルイーズに関わる名前があったから、と。そう、言うのですか?」
「おそらくは」
震えた声で尋ねてくるルイーズに、イザベラははっきりと肯定をした。
「もちろん、これに関しては状況証拠しかないのでこの場で絶対、ということはできませんが。しかし、名前についてはここにあるわけです。必要であれば、彼ら彼女らに直接に問い正せばいいでしょう。もちろん、それこそ素直には答えないでしょうが」
文書の改ざん等こそ行ってはいないものの、恣意による意図的な不受理を行っていた、ともなれば。それはまさしく不正である。
一介の事務員に対してその実情を追い立てるというのは少々心苦しいところがなくはないが。しかし、その際には――、
「ああ、必要であれば私の名前から行おう」
王族を前にして。嘘をついても大罪、嘘をつかなくとも、それは既に行った不正を供述することと同義である。
まあ、厳密には。おそらく、事務員の当人たちは素直に答えるだろうが。
なんせ、彼ら彼女らにとっては、不正に加担したという自覚はないし。なんなら、本来ならば、真っ当に仕事をした、と。そう思っているのだから。
ルイーズの顔が、明らかに青くなっていく。
しかし、それでもなお、ルイーズは歯を食いしばりながらに、立ち続けた。
「それならば、私の持っている、この資料はどういうことになるのでしょうか?」
そうして、先んじて提出していたその資料。ルイーズは、それを指し示す。
そう。これがある限りは、やはり、イザベラの嫌疑は晴れない。
ならば、これを崩していこう。
「そもそも、ルイーズはこれを、私の別邸から見つけたものだ、と。そう言いましたね」
「ええ、厳密には私の従者が探し出してくれたものではありますが」
「もちろんながらに、私はこんなもの、見覚えなど全くありません。ですが――」
「先に言ったように、それは犯人でも同様に言う言葉ですわ」
「そのとおり。なので、別の証拠を提示しようと思います」
そう言いながら、イザベラが手を上げると。
どこからともなく、サーシャが姿を現す。
「見つかりましたか?」
「ええ、ギルスの手伝いもあり、どうにか間に合いました」
マリエルとミシェルによる証拠はすぐに集まっていたのだが、どうにも、こちらについては確定的なものがあまり掴めず。結果として、サーシャにはギリギリまで探し回ってもらうことになってしまった。
が、どうやらギルスの手伝いもあって、しっかりと見つけ出してくれたらしい。
そのことに、少しの安堵をしつつ。受け取った紙をふたりに手渡す。
そこにあったのは、先程ルイーズが提示した資料と同様のデータが記入された資料であり。
そして同時に――、
「エルフェ家側の、データ、だと?」
アルベール様が眉をひそめる。ルイーズも、その顔から血の気が引き、「こんなもの、知らない……」と。
「ええ、誰だってそう言うと思います。犯人であろうと、なかろうと」
先程、イザベラが言われた言葉をそっくりそのまま返す。
「ですが、そちらに関しては間違いなく、本物です。なにせ――」
「事務員の処理の印が、入っている。つまり、正当に受理されたものだということだな」
アルベール様の確認に、イザベラがコクリと頷く。
これらは、イザベラがサーシャに頼んで探し出してもらった資料。
最初は開示を真正面から交渉をしたものの、当然不受理ではあり。仕方なく、サーシャと。それから彼女伝いでどうやらギルスにも手伝ってもらって探し出してきてもらった、エルフェ家側の、データの変更履歴。
「自明なことではありますが、自身の家のデータでもないものを、私たちの側から変更することはできません。しようものなら、当然に突っぱねられることでしょう。……それに、履歴ということは当然、その欄には名前が記入されています」
そこを見れば、誰がそれを行ったのか、ということは明白であろう。
そう。ミシェルが何度も資料を持っていっても、どれだけ正しくても受理がされなかったその背景には。たしかに、人を見られて判断された、というところはある。
だがそれは、ミシェルがルイーズと仲がいいために、おそらくはエルフェ家の資料であろう、と。そう判断されたがゆえのことが、半分の理由。
そしてもう半分は、エルフェ家のデータが、そもそも違っていた、というのが理由である。
「もう一度聞きます。ルイーズ。本当に、そのデータは、私の家から見つけたものなのでしょうか」
ルイーズが見つけた、というのは、イザベラが倒れているとき。
しかし、変更履歴を見る限り、それよりもずっと前の時点で、全く同一のデータをもってして変更を行っている。
「この状況を、同判断されるかは。おそらくこの場で最もフラットであろう、アルベール様にお任せします」
ぷるぷると震えながらに、俯くルイーズを前にしながら。
イザベラは、つとめて落ち着いた声音で、そう告げた。




