#35
翌日。ついに、ルイーズが訪問してくる日取りとなった。
イザベラは支度を済ませつつ、ルイーズの訪問を待つ。
「……お嬢様、本当に無理はなさらないでくださいね」
相変わらず、サーシャが複雑そうな面持ちでイザベラのことを心配してくる。
……サーシャに、イザベラの現状のことを伝えてから、ずっとこうなような気もする。いや、それ以前からもそのような傾向自体はありはしたか。
「もし、体調が優れないのであれば、今からでもルイーズ様に連絡をして――」
「ルイーズの方も予定の都合をつけて来てくれているのです。今からそのあたりをひっくり返して、というのはあまり良くないでしょう」
「それは、そうですが」
血色があまりよくないことや目の下についている隈などについては化粧で誤魔化しつつ。見目だけであれば、平時のイザベラを振る舞う。
(それに。今一度、ルイーズという人間についてを確かめておきたい、という気持ちもありますし)
彼女が依然としてイザベラのよく知るルイーズであるのか。あるいは、全くの別人の側面があるのか。
それを、識りたい。そういった気持ちが、たしかにそこにはあった。
まもなくして、使用人のひとりがやってきて、ルイーズの到着が知らされる。
イザベラは彼女を迎えるために、立ち上がり。そして、玄関へと向かおうとした。そのとき――、
ぐらり、と。視界が揺れる。
「イザベラお嬢様ッ!」
隣から、サーシャの悲痛な叫びが聞こえてくる。
だがしかし、イザベラはその意識を保つことができずに、その場に崩れ落ち。
そして、その意識を微睡ませる。
絢爛とした、豪奢な調度品に包まれた部屋。
明るい証明に照らされた部屋には。イザベラを含めて、どうやら三人ほどの人間がいるらしかった。
イザベラ以外には、女性がひとり。男性がひとり。
聞き覚えのある女性の声が、こちらに向けてなにやら言葉を叫び、投げかけてきている。
男性はその女性の後ろに控えながら、こちらを見つめつつに、なにやらようすを伺っている。
そのふたりの見た目には、イザベラにも見覚えがある。
だが、その詳細が掴めない。
痛む頭を抑えながらに、イザベラは周りを観察する。
この部屋の様子にも、どこか、覚えがある。
ここに、イザベラは、来たことがある。それも、何度も来ている。
いつだったか。少し、前に行っているはずで。
「どうして! イザベラともあろう人間が! こんなことを!」
叫ぶ声が、今までで一番、はっきりと聞こえた。
(私ともあろう人間が?)
たしかに、イザベラには立場がある。ブランシャール家の長姉であるという立場に加えて、アルベール様の。つまるところが、王太子の婚約者という立場もある。
それゆえに、その一挙手一投足は値踏みされ、善し悪しの判断をつけられかねない立場ではある。
だが、その叫ぶ声は、怒気を含みつつもどこか悲しげで。まるで、
(私が、そんなことをするだなんて、と。そう、訴えかけるかのよう)
それは。例えば、イザベラが現在ルイーズのことを疑っている際にずっと抱えている、その疑問。
ルイーズが、そんなことをするだなんて思えない、と。そう感じているその感覚そのままで。
だからこそ、疑いたくはないし。疑ってしまっている自分が信じられない。
自分と相手。その両方に対して怒りを感じるし、同時に、悲しみも感じる。
二律背反であるはずの感情が綯い交ぜになって。よく、わからなくなっている。
目の前の彼女のその言葉からは、そんな感情が伝わってくる。
(そんなことを感じる、ということは。目の前の彼女は、私のことをよく知る人物だということ?)
そこまで考えて。私は、ぐっと手を伸ばしてみる。
前に進むのは、怖いけれど。けれど、逃げられない。
逃げれば。すなわち、その先にあるのは破滅であろうから。
そうして伸ばした手が、彼女の周りを包んでいた靄を取り払う。
「どうして――」
そう、叫んでいる彼女の声に、顔に、姿に。
「……えっ」
私は、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「答えてください、イザベラ。どうして、どうしてこんなことを――」
イザベラのことを問い詰めていた、その姿は。
イザベラ自身、信じたくはなかった。けれど、可能性としては十二分にあって。なんならむしろ、圧倒的に高くはあって。
けれど、違うと。そう、思いたかった。
「……ルイーズ?」
かつての、好敵手であった。
* * *
「イザベラが、倒れた?」
ブランシャール家の別邸、イザベラの元を訪ねたルイーズにまず最初に知らされたのは、そんなことであった。
ルイーズの伴をしていたセルザも驚いた様子を見せていた。
「……申し訳ありません。つい先程、突然体調が悪くなってしまったようで」
そう謝ってくるのはイザベラの側付きの侍女。
その後ろではこちらの目がつくためにできるだけ落ち着きつつも、かなり急ぎながらに駆けずり回っている使用人たちの姿が見える。本当に、急に倒れた、というのは事実らしい。
「……まあ、イザベラのことですし。いろいろと仕事が積み重なっているところに無理をしたとか、そのあたりでしょうし」
ルイーズの指摘に、侍女は罰の悪そうな表情をする。どうやら、言ったそのとおりでなあるらしい。
イザベラの許容量がパンクするとなると相当な量ではあるが。しかし、ルイーズ自身最近は諸般の事情で同様に忙しくなっているので。おそらくは彼女も同じようなことになっていたのかもしれない。
「仕方がありませんね。イザベラと直接にやり取りが必要な事柄については別日に改めるとして。それ以外のことで少し対応をしてもらっても大丈夫かしら?」
「私に与えられている裁量の範囲でしたら」
「それで十分よ」
できるならば見舞いのひとつでもしておいたほうがいいのかもしれないが、直後の出来事であるということで現状も使用人が駆けずり回っているし、今行っては迷惑になるやもしれない。
なれば、そちらについても同様に別日に改めておいたほうがいいだろう。
そんなことを考えながらに、私は侍女にいくつかの注文をする。エルフェ家とブランシャール家との業務提携に関することについての資料の確認などが主ではある。
玄関での立ち話も、ということで。一度応接間に通されて。主人はいないものの、お茶を頂きながらに資料などを確認せてもらうことになった。
「……やはり、事前に貰っていた、というよりかは当初のものから変わりはない、ですわね」
「ええ。そのままに纏めた上で提出をしていますので」
侍女のその発言に、ルイーズはふむ、と。顎に指を当てる。
どの数値を見ても、ルイーズの知るものと相違はない。
だからこそ、疑問符が浮かぶ。
「…………」
「ルイーズ様?」
しばらく考え込んでいたルイーズに対して、侍女がそう声をかけてくる。
ルイーズは彼女になんでもないわ、と。そう言うと、借り受けた資料を返す。
「ありがとう。イザベラの体調が悪い影響もあってからあなたたちも忙しいでしょうし。今日はこのあたりで帰らせてもらうわね」
「本日はわざわざご足労いただいたのに、申し訳ありません」
「いいのよ。……ただまあ、イザベラに休憩くらいしっかりとりなさい、と。そう伝えておいてくれるかしら」
侍女にそう言うと、彼女は頭を下げた姿勢のままで肯定の応えを返す。
「それじゃあ、よろしく伝えておいてね」
「はい。ルイーズ様も、お気をつけて」
イザベラの侍女から見送られて、ルイーズは別邸を後にする。
そうして、しばらく歩いて。隣には、ついてきてくれていた侍女のセルザ。
「……どうだったかしら?」
「しっかりと、恙無く」
ルイーズのその質問に対して、セルザはうやうやしく頭を下げながらに、返事をする。
「そう。詳しい話は戻ってから聞くわね」
「はい。お嬢様」
やや盲信的なところがなくはないセルザではあるが、その仕事についての実力は申し分ない。
短い時間ではあったが、十二分に調べてきてくれた様子だった。
「……ねえ、セルザ」
「なんでしょう、ルイーズお嬢様」
「私は今、少し、自分が信じられない」
今まで、考えたこともなかった可能性についてを考え続けている。その状況に、ルイーズは不安が溢れてきている。
「セルザ、あなたのことを信じて、いいのね?」
「はい、もちろんです」
* * *
「イザベラ! 大丈夫!?」
「イザベラお姉様! 大丈夫ですか!?」
寝台の上で療養をしていたイザベラのもとに、慌てた様子の女性がふたりなだれ込んでくる。
イザベラの世話をしてくれていたサーシャに、静かにするように窘められたふたりは、マリエルとミシェルであった。
「見てもらってわかるとおり、大丈夫ですよ。マリエル、ミシェル」
「いや、その様子を見せられてどこに大丈夫な要素があるの?」
信じられないとでも言いたげな表情でマリエルがそう言ってくる。しかし、その隣ではミシェルもコクコクと頷いていて。
イザベラはちらりとサーシャの方を見てみるが、彼女も呆れた様子でため息をついていた。なるほど、つまりイザベラがこの場におけるマイノリティらしい。
食事も取れているし、意識もはっきりしている。体力回復のために寝台の上で療養はしているが、大丈夫ではあるのだけれども。
「それにしても、サーシャ。わざわざふたりのことを呼んでくれたのですね」
「いえ、それについては私は呼んでいませんが」
「……そうなのですか?」
イザベラは疑問符を頭に浮かべながらに視線をふたりの方にやると、コクリと頷いて肯定をする。
「私はイザベラが忙しくて体調を崩したから手伝ってあげたらいいじゃないか? ってルイーズ言われて」
「私はルイーズ様の手伝いを頼まれて王都に来たんですが、ルイーズ様からイザベラお姉様のことを聞いて。それで」
「……へえ、ルイーズが」
正直、少し意外だった。
以前、ちょうどルイーズとの面会の約束をしていたその日にイザベラが体調を崩して会えなくなってしまって。それゆえに彼女がイザベラの体調云々のことを知っているのは把握しているのだが。
しかし、ちょうどそのとき。イザベラは気絶という名の元に夢の中に引きずり込まれ。そして、身体の限界値が来てきたという都合もあって、起きることが、夢から逃げることができないという偶然の産物も機能した結果、件の予知夢についての手がかりがひとつ進んだ。
それは、イザベラに対して追い詰めてきていた存在の正体がルイーズである、ということであった。
それらを加味するならば、今回、イザベラの信用の失墜を狙ってきているのがルイーズ、ということにはなるのだけれども。それにしては、彼女の対応がコチラにとって利がありすぎる。
ミシェルについては、特に彼女が前回のエルフェ邸での一件以来、イザベラの協力者であるということについてはルイーズ自身知りようがないことではあるのでまだしも。マリエルについては元よりイザベラと仲がいいということもあって、その存在はイザベラにとってプラスに働くことが想像に容易い。
であるのに、わざわざそんなマリエルをイザベラに差し向けてきた、というその行動の真意はなんなのか。
(本当に、ここまでの夢のほうがなにかの間違いで。純粋に心配な気持ちから送ってきたのか。……あるいは)
ルイーズの方がなにかしら見られたくない後ろめたさがそこにあって。そこから視線をそらすために。自身は敵ではない、ということを主張するために、敢えて利敵になると把握しつつに送ってきたのか。
「とりあえず、イザベラ! 私たちでやれることはそんなに多くはないと思うけど。できる限りは手伝うから!」
「私も、やれる範囲でしっかりお手伝いしますので!」
マリエルとミシェルが、そう息を巻きながらに伝えてくれる。
……いや、ミシェルはルイーズの手伝いをするべきなのではなかろうか、と。そう思いはするが。どうやら、いちおうそのあたりの許可はちゃんととってきているらしい。
マリエルほどずっとこちらに協力する、というわけには行かないが、ときおりこちらで手伝ってくれるようだった。
「ふたりとも、ありがとうございます」
なんだかんだで身近に味方がいる、ということがわかるだけで、精神的な安定度が大きく変わってくる。
どうしても家のことではあるためになんでもかんでも手伝ってもらう、ということはできないが。しかし、これでいくらかイザベラの手も空く。余裕ができる。
なれば、夢の方の対策も、少しずつ立てていくことができるだろう。
(……なにはともあれ、振り返っておきましょう)
ルイーズから、なんらかの糾弾を受けている、というその夢。
もし、彼女からなんらかの糾弾を受ける可能性があるとするならば――、




