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#34

「…………ふう」


「イザベラお嬢様、大丈夫ですか? いえ、大丈夫なわけがありませんよね」


 起き抜けのイザベラの世話をしながら、サーシャがそう声をかけてくれる。

 彼女が心配してくれているのは、イザベラの疲弊に対するものであろう。

 サーシャは昨晩もイザベラの傍で警護をしてくれていた様子で。それを言うなれば彼女も同様にひどく疲れているはずなのであるが、曰く、自身は昼間に別の侍女と交代してもらって休息を取っているから大丈夫、とのことだが。

 ……その割には、先日イザベラがサーシャに用事があって訪問したときにはすぐに対応していたように思うが。


「まあ、大丈夫ではない、という指摘はそのとおりですが。私にできることは、これなので」


 事情を把握しているサーシャに、暗にそう伝える。


 イザベラにできること。夢の中で、手掛かりを探すこと。

 いつもに増して精神への負担が大きいそれへと、なんとか向き合いながら、情報を探していく。

 ……とはいえ、想像以上に自身の深層での心理は厄介なもので。向き合いたくないという心理が、夢にフィルターをかけていく。


 自分でも理解はしている。こうして夢を遠ざけようとすればするほどに時間がかかり、そのためにどんどんと精神を擦り減らす原因になるということは。


 だが。やはり、どうしても人の精神というものは、今の安息を求めようとしてしまうようで。だからこそ、心の底で夢を拒もうとしてしまう。


「……けれど、少しずつ、近づけているはずです」


 そう感じている理由としては、どうにもふんわりとしているものなのだが。以前よりも、夢の形がはっきりしてきている、というものだった。

 相も変わらず声の主が誰なのか、であるとか。夢の中で言われている言葉の内容がなんなのか、であるとか。そういった核に触れる部分についてはまだまだわからないことが多いのだけれども。

 しかしながら、その周辺についての要素。つまるところが、たとえば周りにある調度品であるとか、カーペットであるとか。今、どこにいるのか、に関わってくるようなものの情報が少しずつ形を持ち始めている。


 逆に言えば、今まではそのあたりにも靄がかかっていたわけで。どれほど自分自身がこの夢から離れたかったのか、ということがよくわかるのだけれども。


「とりあえずサーシャ。今日にやるべきことを教えてくれるかしら」


「本音を言えば、休んでください、と。そう進言したいところではあるのですが」


「気持ちはありがたく頂いておくわ。けれど、そういうわけにもいかないでしょう?」


 イザベラは与えられた仕事をこなすためにこうして王都に訪れている。それをやらなければいけない。

 もちろん、一部の仕事についてはサーシャのような侍女に振り分けて手伝って貰うことも可能ではあるものの。そうでないものも多いわけで。そういうものについてはイザベラ自身が行わなければならないわけで。


 そういった仕事についてをサーシャが大まかにまとめたものを伝えてくれる。

 イザベラは彼女から伝えられたその内容を受けて、わかったわ、と。了承をする。


「それから、イザベラお嬢様。ひとつ」


「なにかあったの?」


「なにかあった、というよりは。ひとつ、お話が来ている、と言いますか。ルイーズ様から、少し話をしたいので時間が取れないか、と。そういう連絡を頂いています」


「ルイーズから。……そう。わかったわ、できるだけ早いタイミングで都合をつけてもらえるかしら」


「伝えておいてなんですが、無理はなさらないでくださいね?」


「ええ、もちろん」


 心配そうにこちらを見つめてくるサーシャにイザベラはニコリと笑ってみせる。

 それでも不安そうにしている彼女を見ると、どうにもやはり自分はまだ力不足なのだろう、と。そう感ぜられる。


 しかし、ルイーズからこのタイミングで訪問か、と。

 状況としては全くもって不自然ではない。なにせ、イザベラとルイーズが現在抱えている案件は、お互いの家に関わってくることであり。それゆえ、なにかあったときにそれぞれを訪ねる、ということ自体は道理であろう。

 だが、タイミングとして。もうひとつ、可能性がある。

 イザベラの部屋に鳥が突っ込んできて、窓が割れた。という、そういうニュースが王都では数日前に広まった。

 そのことについてを気にしてか。あるいは、


(ルイーズであれば、可能性はあるでしょうね)


 そのニュースについての嘘を見抜いて、なにかを探りに来た、であるか。

 もし仮にルイーズが気づいていたとしても気づいていなかったとしても、彼女の視野の広さを考えるならば、しっかりと痕跡などが残っていないかは確かめておくべきだろう。


 そういう旨をサーシャに伝えると、彼女はわかりました、と。そう頭を下げた。


(しかし、ルイーズ、ですか)


 脳裏に浮かべた、イザベラの識る友人の像に。少し、考え込む。

 無論、考えるのは、今回の事件に関わっているか、ということである。


 関わる動機、というべくか。そういうものであれば、たしかにあるだろう。

 関われるかどうか、で言えば。十二分に関われる立場でもある。

 更には、ピンポイントなこのタイミングで、イザベラを訪ねてくる、というのもありはする。


 ――けれど、どうにも。彼女の姿が、うまく犯人の像に合致しない。


「どう、なんでしょうね」


 はたしてこのイザベラが抱えている違和感が事実なのか。それとも、イザベラがルイーズの別な側面を知らないだけなのか。






 ルイーズの方からの提案であったということもあり、会談についてはすぐに予定が決まり。そして、その前日。


「明日はルイーズとの予定がありますし。今日のうちにやれるだけのことはやってしまいましょう」


「それは、そうですが」


 イザベラのことを手伝ってくれていたサーシャが、

どうにも歯切れが悪い様子でそう言う。

 おそらくは、イザベラが無理を押して仕事をしていることに対して思うところがあるのだろう。

 しかし、スケジュールの都合そうなってしまうのも仕方がないことで、なんとも言葉にしにくい、というのが現在のサーシャの心情であった。


「ひとまず、私はこれを提出してきますので」


「お嬢様。それであれば、私が代理できますが」


「……いえ、私が行きます。もしかしたら、があるので」


 もしかしたら、というのは。この資料の提出先が国であるから、である。

 つまるところが、イザベラが直接に王城の事務室へと訪れる、ということであり。すなわち、あくまでただの可能性、というだけではあるが。アルベール様と遭遇する可能性がある、ということであった。


 もちろん、確証などのある話ではないし。むしろ、可能性としては非常に少ない。アルベール様もイザベラやルイーズと同様に。いや、むしろより忙しい立場の方なので、偶然に遭遇できる、という可能性のほうが少ないだろう。

 だがしかし、現状の手紙による一方通行のやり取りだけではやはり限界があるし。お互いの意見などの交換のためにも、可能ならば一度会っておきたいところではある。


 だからこそ、その万が一が起こったら、ということについてを考えれば。いちおうはイザベラが出向いたほうがよいだろう、という話ではあった。


「そうですね。……お嬢様、お気をつけて」


「ええ。サーシャも、きちんと休憩を取りなさいね」


「もちろんですが。そのまま、お嬢様にも言葉を返させていただきます」


「……きちんと受け取っておくわね」


 事実、いろいろと限界値が近い、というのも正しくはあった。

 夢の中での物事が形を強く持つようになっていく、ということは。それだけ自身の精神に対して与えてくるダメージも増えてくるわけで。

 加えて、ルイーズとの予定を組むために現実の方でもやや詰め込み気味のスケジュールを組んだりしていて。その都合もあって、かなり体力を消耗している。


(まあ、明日のルイーズとの会話の内容次第では、その時間自体がある意味の休憩にはなるでしょうが)


 もちろん、ただひたすらな休みとは別個ではあるものの、会談の内容次第では休憩のように振る舞うことができる。

 なんだかんだでルイーズとは気心の知れた仲ではある。正式な場でもなければ、彼女とであればそこまで肩肘を張る必要もない。


「とはいえ、彼女に弱っている、ということを感じ取られるのはあまり良くないでしょうが」


 そこを発端に追求されてしまえば、下手な回避が難しくなる。

 持っている案件が重大なだけに、そのあたりはどうにかして回避をすべきであろう。


「まあ、なにはともあれ、ひとまずやるべきことをやりましょうか」


 提出するべきものを提出してこなければならない。

 そこから先のことについては、運がよければ、という話だし。ルイーズとのことについては、明日のことではある。

 まあ、たしかに万全でない状態で会うのは少々失礼ではあるかもしれないが。






     * * *






「……さて、どうしたものか」


 アルベールは、自身の時間の都合を見つつ、気分転換で歩いている、と称しながら、事務所の方に顔を時折見せに行っていた。

 その目的としては、もちろん、イザベラのことであった。


 資料等の提出に即して、イザベラが自ら出てきている、という話は聞いている。だからこそ、時折こうして足を運んでいた。

 もちろん、それで都合良く会えるほうが稀有ではあろう、ということはわかっていたものの。しかし、事実としてアルベールは以前にルイーズと同様の事情で出会っていたし。そして、アルベールの妹であるリリアーヌは、イザベラと出会っている。


「……手紙の内容を鑑みるに、今回狙われているのは私ではなくイザベラ、ということなのだろう」


 先日のイザベラへの襲撃事件もあるし。その判断で大きく間違いはないだろう。

 だが、困ったことにイザベラの夢があまり鮮明ではないらしく、情報が無い。


腹心(やつ)からの報告では、かなり体力面でも精神面でも無理をしている、とのことらしいが」


 以前、ルイーズから言われたことを思い出す。イザベラのことを、しっかりと守れ、という。その言葉。

 今になって、その言葉が痛く突き刺さってくる。


 ……理解をしていないわけではなかった。予知夢を使ってこれまで守ってきてもらっていたアルベールではあったが、その行動と気持ちにも事実としてあったように、可能ならば事件を早急に解決して、その夢から解き放ってやりたい、というその気持ちはありはした。

 夢という安息の場が、悪夢に侵食され続けている、というその現状を理解していたからだ。


 だが、それによる影響がここまで色濃く出ていると考えるならば。やはり、自信の認識が甘かったと考えるべきだろう。


「だが、私自身の状況やイザベラの現状を考えるなら、やめていいと言える状況でもなければ。そもそも、任意で見ているものではない現状、イザベラが自発的に見ない、という選択ができるものでもない」


 強いて言うなれば、眠らない、という選択肢を取れば見ないことはできるだろうが。それは結局のところ、本末転倒だろう、と。


 なれば、できることといえばアルベールの側から可能な限りの支援をしてやること。だからこそ、一度直接に会ってから、ある程度の話をしたい、と。そう思っているのだが。


「……どうにも、都合がつかない」


 そもそもイザベラが事務所に来るかどうか、ということ自体がその日による事象である上に、アルベール自身の時間都合がつくタイミングと合致するかといえば、難しい話であろう。


 それに、どうしてだかわからないが、最近の事務所はどうにもかなり忙しい様子で、イザベラと偶然に会えたとしてもそちらの処理に手間取ってしまう可能性もある。


(……だが、それはある意味ではチャンスでもある、か)


 事務所での拘束時間が長ければ、偶然に遭遇できる可能性があがる。遅くなった事務処理のあとに話すことになるために、お互いのうち、どちらか、あるいは双方の時間を大きく削る必要が出てくるかもしれないが、必要な時間ではあるから、そこは捻出すればいい。


 そう思って、アルベールは事務所の方に向かおうとすると。その正面から、見知った顔がやってくる。


「あら、お兄様。どうかされましたの?」


 リリアーヌが、そこにはいた。


「ああ、少し散歩を、と思ってな」


「そうなのですね」


「リリアーヌこそ、こんなところでどうしたんだ?」


 アルベールの質問にリリアーヌはうーん、と。少し考えてから、いたずらっぽく笑いかけながら、


「私もお兄様とだいたい同じですわ。ただ、少し違うとすれば、ここに来れば、お兄様に会えるのでは? と、そう思ったくらいで」


「……そうか」


 たしかに、最近よくここを訪れてはいるので、ここにあたりをつけるのは道理の通った考え方ではある。

 ただ、わざわざリリアーヌがアルベールのことを探していたのか、と。そこを少し不思議に感じた。


「つまるところが、私になにか用事がある、ということだな?」


「ええ。……とはいっても、どちらかというとこの要件については、私よりもお兄様の方が気になっていたのでは?」


 彼女はそう言うと、こちらに向けてニコリと笑いかけながらに、言う。


「以前に聞かれていた話について」


 なるほど。……たしかに、それはアルベールの方が識りたい話ではあった。

 イザベラのことを気にしたい気持ちもあるが、これについてはまた別ベクトルとして重要な話ではあった。

 特に、気分屋なリリアーヌが自分から話しに来てくれていることを考えれば、今のうちに聞いておくほうが吉であろう。後で再び聞いても、適当にはぐらかされる可能性がある。


「……そうか。なら、聞かせてもらってもいいか?」


「もちろん。そのためにお兄様を探していたので」

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