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#33

 朝。目を覚ましたイザベラは、ゆっくりと頭に手を当てながら、大きく息をついた。


「大丈夫ですか? お嬢様」


「サーシャ。ええ、大丈夫です。ただの悪夢ですから」


 以前の襲撃以来、事情を把握したサーシャが、イザベラの就寝中はこうして傍にいてくれることになった。

 イザベラ自身は彼女にそこまでさせようとしたわけではないのだが。しかし、何者かから狙われているという現状が否定できないこともあり、サーシャから押し切られてしまった。


「悪夢、というと。件の予知夢ですか?」


「ええ。……まあ、本当にこれが予知なのかどうかはわからないのだけれども」


 なにより、今回の夢は以前までと比べて、本当に状況がふんわりとしていて、全くもって鮮明にならない。

 イザベラが何者かに糾弾されている。ひたすらに、その様相が繰り返されている。ただし、糾弾のその内容については全くわからない、という。そんな夢。


 それもあって、これが果たして予知なのか、ということを判断しあぐねている。

 それこそ、最初の予知や三つ目の予知。夜会での毒殺未遂や狩猟中の狙撃などは特にわかり易かった。

 なんせ、場所や状況が限定的であったがために。また、それが起こるであろう日程等についても心当たりがあったがゆえに、それらが予知である、と。そう推測することができた。


 だがしかし。今回の夢はそのあたりが全くわからない状況。それ故に、はたして本当に今回の夢は予知なのか、という疑問が生まれてくる。


「ともかく、今日のやることをしていきましょうか」


「……イザベラお嬢様、顔色があまり良くないですが」


 イザベラの言葉に、言いにくそうにしながらサーシャがそう進言してくる。

 イザベラは小さく息をついてから、ええ、と。肯定して。


「自覚はあります。ですが、仕方のことないことですし」


 厄介なことに。

 ずっと詰め寄られているというそんな状況がひたすらに繰り返されているという夢なだけに、イザベラ自身の精神面のほうが少々疲弊してきている。

 身体と精神を休めるためであるはずの休眠でこうなってしまっているのだから、辛い話ではある。


 そこに、先日の襲撃事件とまで来てしまえば、より疲弊をしてきてしまうのも必然。


「そういえば、今お嬢様が見ていらっしゃる夢については、殿下に報告しなくてよいのですか?」


「……正直、悩んでいるんですよね」


 予知夢を見た際には報告をするように、と。アルベール様からは仰せつかっている。

 だが、その言葉をどこまで広く捉えるか、というところではあり。

 元々のそれがアルベール様への暗殺を未然に防ぐ目的であったということなどから考えてみると、今回の夢についてははたしてどう扱うべきなのかということを決めかねていた。


「夢の内容がはっきりしていないこともありますし。しかし、なにより糾弾されているのが私ではありますから」


 無論、イザベラが糾弾されてしまうということがアルベール様にとって不利益をもたらしかねない状況ではあるので未然に防ごうとはイザベラ自身考えてはいるものの。しかし、アルベール様の命に直接に関わるようなことではない、というのがなによりも引っ掛かっていることにはなる。


「お嬢様。ひとつよいでしょうか?」


「ええ、なんですかサーシャ」


「先日の襲撃については、アルベール様に報告をしている、のですよね?」


 イザベラは、サーシャから尋ねられたその言葉に対してコクリと頷く。


 実際、その件については報告をしている。

 理由としては、主にふたつ。ひとつは、そもそもこの事件自体にアルベール様の腹心である彼。たしか、サーシャから聞いた話、ひとまずの呼び名としてギルスという彼が関わっている、ということ。

 サーシャとギルスのふたりでイザベラのことを守ってくれた、という実情がある以上、なにをしなくともアルベール様へとギルスを伝って報告が行ったであろうという予測ができるから。

 そして、なにより、


「あの襲撃自体が、一連の事件に関わっている可能性が高いと、そう感じたので」


「そういえば、そう言っていましたね」


 そう。先日の襲撃は、あの後でギルスやサーシャに調べてもらったものの、痕跡という痕跡が全く見つからず。案の定、足取りが全く掴めなかった。

 このあたりも、やはり、件の事件の犯人の、慎重性と一致してくる。


「しかし。なぜ、殿下の命を狙っているはずの犯人が、お嬢様へとそのターゲットを変えたのでしょうか?」


「それは、まあ、単純に鬱陶しかったのでしょうね」


「鬱陶しい?」


 首を傾げたサーシャに、イザベラはコクリと頷く。


 本当に単純な話である。

 毒殺と狙撃と。その両方が、イザベラの手によって防がれた。

 どちらの事件についてもイザベラもアルベール様も公的に事件としては処理していないので、一般人からしてみればなにかが起こってるということすら、全くもって知らない、という状況ではある。


 だがしかし、こと犯人からしてみるとその真逆。

 起こしたはずの事件が未達成などころか、それが事件にすらなっていない。


 そして、その現場に。共通してイザベラという存在がいて。


「特に、ひとつ目の事件。毒殺未遂については、私が大体的にアルベール様が葡萄酒に口をつけるのを止めています。私が、その妨害しているのは犯人の目から見ても明らかだったことでしょう」


 そして、それが一度ならず二度までも。となると、犯人からしてみれば鬱陶しいことこの上ないだろう。


「ならば、確実にアルベール様を害するためには。先にどうしておくべきか、という話でしょう?」


「それで、お嬢様を先に狙った、と」


 イザベラがアルベール様のことを守っているのならば、先にその盾となる存在を潰してしまえばいい、という。ただ、そんな単純な話。


 だからこそ、イザベラ自身狙われるということに対しては自覚があるし。それに、今回の襲撃と、これまでのアルベール様に関する事件との犯人に共通点が見いだせたことについては、納得がいく。


「なるほど」


 イザベラの説明に、納得した様子のサーシャはそうつぶやくと。じっと考え込みながら、ゆっくりと顎に指を当てて。

 そして、それならば、と。そう切り出して。


「やはり、一度殿下に夢の内容についての連絡を入れたほうがよいかと」


「理由を聞かせてもらっても?」


「……それこそ、単純な話です。お嬢様を殿下のもとから引き剥がす方法は、なにも、殺すだけではない」


 ピッ、と。サーシャは人差し指を真っ直ぐに立てながら、言う。


「たとえば、なにかしら。不祥事をなすりつけて。そして――」


 婚約者の座から、引きずり下ろす、とか。


 どこか、聞き覚えのある、その言葉に。

 イザベラは、小さく眉を顰めた。






 サーシャの指摘は、たしかに尤もなことではあろう。


「……この糾弾をキッカケとして、私が今の立場を喪えば。あるいは、アルベール様からの信用を喪ってしまえば」


 そう。今までの事件を防ぐことができたのは、もちろんイザベラが動いていたから、という事情ももちろんあるものの。

 それと同時に、アルベール様からその発言の内容を信じてもらえて。そして、協力をしてもらえていたから、ということが非常に大きい。


 そして、それを喪ってしまったときは――、


「たしかに、今回の糾弾を回避するのは、必ず必要なことであり。アルベール様にも直接に関わりかねないこと、となるかもしれませんね」


 つまりは、アルベール様を狙った事件や、先日のイザベラを狙った襲撃といった、一連の事件の犯人と、この糾弾に関わってくる犯人とが同一である可能性が出てきているのである。


「そして、それに加えて……」


 もっと最初から見ている、イザベラに対しての、婚約破棄。

 その夢を引き起こそうとしている、その犯人についても。


「なおのこと、対処方法を考えていかないといけません。……が、どうしたものでしょうか」


 婚約破棄の方は、全くもってやりようが思いついていない。ただ、こちらについては少なくとも直感に起こること、というわけではないので、まだいいだろう。


 問題なのは、今直面しようとしている。と考えられる、イザベラが糾弾されている事象についてである。


 だが、これについてもわからないことが多すぎる。それこそ、今までの事件とは違って具体的なことがわかっていないので、たとえばいつに起こるのか、ということも全くの不明である。


「それに、事件の内容が糾弾、となると。できる対処らしき対処について、こちらからやれることがない、というか」


 それこそ、下手に点かれかねない弱みを作らないように誠実に立ち回るとか。下手な手を打たないように、しっかりと必要なことは透明性を持ちながらにことを動かしていくとか。

 そういうことが、やれること、となるであろう。


 逆にそれ以上に、となると。ぱっと対策らしき対策が思いつかないし。


「強いて言うならば、夢の中でもう少し情報を得られれば、ではありますね」


 エルフェ家の邸宅での、狩猟時に起きた事件。あのときであれば、森の中の道筋を覚える、などの夢の中からできる対策が存在していた。

 だからこそ、アルベール様の元へと辿り着き、間に合うことができたのだけれども。

 しかし、今回の夢はそのあたりの情報が今のところ得られていない。


 誰が言ってきているのか、ということがわかれば。その人の集めているであろう情報を知ることでなんらかの対策を立てられるだろうが。

 あるいは、糾弾の内容を知ることができれば、それこそ、そこを点かれかねないように対策をして回ればいい話になるわけで。


 しかしながら、それがわかっていない現状では。対策らしい対策は全くできない。


「……今回の夢については、少々、見るのが鬱になりつつあるのですが」


 言葉はわからずとも、叱責されているということは明白であり。

 そんな声色をずっと浴びせられ続けていれば、精神的にも苦しいものがある。


「けれど、ここで立ち止まっているわけには行かない、ということですね」


 少々億劫ではあるものの、この夢に対して、しっかりと向き合っていかないといけない。


 前回の事件で、夢の中でのイザベラの足が地面と同化して動けなくなったことがあった。

 それらの経験から、夢の中での体験については、イザベラ自身の精神面が反映されているという可能性が十二分にある。


 夢に対して、知りたい、という意欲を持つからこそ、それに対して開示されていく情報は増えていくし。逆に、動きたくない、動く理由があるのか、という感情を。表の意識としては持たなくとも、裏の意識として持ってしまうと、以前のように足を取られて、動けなくなってしまう。


 で、あるならば。今回の糾弾について。これも、イザベラがずっと叱責されているというその状況から、聞きたくない、という心理がどこかしらに働いていて。

 だからこそ、その内容が鮮明になっていかない、という。そう考えることもできるだろう。


 事実。今のイザベラの心理として、億劫、というものが浮かんでいるように。


「気乗りしない、という気持ちがあるのは事実でも。それを乗り越えなければ、前には進めませんからね」


 疲弊した精神で迎えるのは、いくばくか不安こそあるものの。しかし、ここで止まってしまってはそれこそなにも得られない。


 特に、今回はただでさえ情報がないのだから、と。イザベラはそう考える。


「……まあ、ひとまずはサーシャが言っていたように、アルベール様への報告、ですよね」


 彼女に言われて、納得したが。たしかに、今回の夢がアルベール様の事件と関連している可能性が考えられる以上、連絡はしておくべきだろう。


 無論、サーシャの心情としては別な思惑が。おそらくは、イザベラ自身のみが負担している現状を、少しでもアルベール様の協力が得られることにより軽くできないだろうか、という、そういう意図はあるのだろうが。


「けれど、サーシャのおかげで進んだこともありますしね」


 今の現状が楽観視できないということも、だからこそ、動く手立てを考えなければいけないということも。理解はしていたものの、それに対して足踏みしかできていなかったということを、サーシャのおかげで理解することができた。


 従者に後押しをされているようでは、主人として不甲斐ない話ではあるものの。しかし、おかげさまで、しっかりと前を向くことができた。


「……特に、今回は時間制限がわからない。ならば、急ぐ必要はあるでしょうね」


 擦り減っている精神など、不安要素もあるものの。しかし、泣き言を言っている暇はない。


 ぐっ、と。気を引き締めながら、イザベラは今、自分にできることを、と。再び動き始めた。

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