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#32

「これ、嘘だと、思いませんか?」


 冷静なルイーズのその言葉に、部屋がシンと静まり返る。


 表情を崩さないようにはしているものの、じわりと汗が滲み出ている感覚がする。

 ほんの少しではあるが。これがルイーズに気づかれなければいいが。


「……なぜ、そう思ったのか。その理由を聞かせてもらってもいいだろうか」


「理由、ですか」


 アルベールの言葉を聞いたルイーズが、ジッとこちらを見つめながらにそうつぶやく。

 その表情は、まるでこちらの様子を見定めようとしているようで。あるいは、こちらの態度を伺いながら、なんと答えるかを考えているような、そんな様子で。


 そうしてしばらく考えた後に、ルイーズは小さく息をついて、答える。


「……まあ、大きいところで言えば、勘、ですわね」


「ほう。……思ったよりも、ふんわりとした回答だな」


「もちろん、一切の根拠なしに、というほどではありませんけれど。ただ、判断の大部分を占めるのは勘かと」


 彼女は苦そうに笑いながらそう言う。


「てっきり、なんらかの調べがあって、それに基づいているのかと思ったが」


「あら。事件が起きたのは昨晩。話題になり始めたのは今朝ですのよ? いくらなんでも、それで調べがついているのは早いと思いませんの? 曲がりなりにもイザベラの家は伯爵家ですのよ?」


「それは、たしかにそうだな」


 ルイーズもそうだが、イザベラも上流貴族の出である。それゆえにお互いのこと、もとい、なにか起こったときにその事柄を調べることは不可能ではないだろうが、その難易度は他の比ではない。

 それこそルイーズが言っているように、一朝一夕に調べることなどできないくらいである。


「だからこそ、手掛かりを掴んでいる可能性があるアルベール様にお尋ねしたのですけれども……」


 ルイーズが付け加えるようにして、そう伝える。

 そんな彼女の言葉に、アルベールは思わず苦い顔をしてしまう。


 上流貴族同士では互いを調べ合うのには時間がかかってしまうが。返して言えば、それは互いの持つ諜報力と情報の統制力が拮抗するからである。

 つまるところが、それ以上の諜報力を以てすれば、その時間の制限を突破して情報をかき集めることができる……可能性もある。

 もちろん、このあたりについては運に依るところもあるのでどうとも言い難いところはあるが。しかし、可能性が高いのは間違いなくそちらであろう。


 そして、では。この国に於いてトップクラスに諜報力があるところはどこかといえば。まず間違いなく、アルベールたち王族になる。


(……まあ、例外はあり得るが)


 腹心(かげ)からの報告を鑑みるに、イザベラの側付きをしている侍女。……たしか、サーシャと言ったか。

 王族の影をしているような存在に対して察知をして。あまつさえ、彼から「このまま放置していればそのうちにこちらにたどり着かれる」と判断されるほどの存在も例外的に存在はする。彼女であれば、アルベールたちの諜報力に匹敵しうると考えてもいいだろう。

 とはいえ。そんな存在が諜報員ではなく侍女、であるあたり。諜報力として数えていいのかは微妙ではあるが。


 そういう意味では、アルベールに対してこのことを尋ねてきたというのは自然な事柄ではあるのだが。

 全くの別事由として、これが正解であったというのがなんともルイーズの直感の鋭いところである。たしかに、アルベールはイザベラのその件についての詳細を知っているから。……ただし、話せないだけで。


「……まあ、致し方ないようですわね。思ったよりも、アルベール様がイザベラに対して執心なさっていないようだったのは意外でしたが」


「私が、それほど彼女に執着しているように見えていたのか?」


「……いえ、そういうわけでは……ないとも言い切れませんが。ただ、どちらかというと。……なんというべきでしょうね」


 どうにも歯切れの悪い様子でルイーズが暫く考える。


「最近の、アルベール様は。イザベラに対して強い関心を抱いていた、というか。ずっと気になさっていたような、そんな感じがしたので」


「なるほど。それで、私が今回の件についてあまり気にしていないことに違和を感じたというわけか」


「そうなりますわね」


 コクリと頷きながら、ルイーズはそう言う。


 彼女のその指摘については、正当なものだろう。事実、アルベールもそれほど自覚的に行っているわけではなかったが、イザベラのことをかなり気にしているというのは確かなことではあった。

 それこそ、彼女の予知夢によって現状生かされているという事実と、そんな彼女のことを信用して良いのかという、信頼の天秤。

 そして、彼女自身にも災厄が降りかかる可能性があり得るというその事実などもあって、アルベール自身、イザベラのことをかなり気にしていた。

 なんだかんだとこれまでの事柄が起こる際にはルイーズもその現場付近にいたこともあって、アルベールのその動向が彼女の印象の中にあったのだろう。


「お言葉ですが、申し上げても良いでしょうか?」


「ああ、構わない。この場については正式なものではないしな」


「ありがとうございます。では――」


 アルベールの前で、ルイーズはそう前置いてから、口を開く。


「イザベラの立場を、しっかりと踏まえてくださいね」


「……ああ、無論だ」


「現在のイザベラには、いくつかの立場があります。それぞれが彼女の強みになり、そして、弱みになり得る。特に、最大の諸刃は、アルベール様の婚約者ということでしょう」


 ピッ、と。人差し指を立てながらに、ルイーズは語りを伸ばしていく。


「それ自身は強力な立場ではありますが、逆に言えば、狙われる理由にもなり得ます。そして、強力ではあるものの、まだ、という側面も持ち合わせています」


「ああ、肝に銘じておく」


 イザベラは、たしかにアルベールの婚約者である。

 それゆえに他の者から公に攻撃を受けることは少ないだろう。なにせ、それをしてしまうとニアリイコールで王族に対して喧嘩をふっかけている、ということになりかねない。


 しかし、それゆえに。裏からの攻撃が十二分にありえてしまう。

 事実、今回がそうであったように。


 特に今のイザベラは、あくまで婚約者でしかない。


 つまるところが。今、イザベラがなんらかの理由で失脚するなり、退くなりすれば。その席は空くことになるし、それまでの攻撃についても、無論ないことにはならないものの、王族への攻撃と言うような認識は薄れてしまう。

 ついでに。今のイザベラが退けば都合のいい人物は、かなり存在しうる。


 だからこそ、今のイザベラは、最も不安定な立ち位置だと言える。


「しかし。それを君に指摘されるとは思わなかったな」


「あら。()()の心配をすることのなにが不思議なのでしょうか?」


 アルベールからの指摘に、ルイーズはその言葉は予見していたとでも言いたげに、ニヤリと笑いながらに受け答える。


 彼女のその表情の裏にある感情を読もうとしてみるが、さすがは、というところか。しっかりとそういうところは隠してきている。


「まあ、そういうところも。私が今回の噂に対して、先述のような勘を働かせた、その一因ではありますわね」


「なるほど、な」


 たしかに、道理は通っている。ルイーズのその発言は、たしかに真っ当だ。

 ただ、その裏には。イザベラが退いて、ルイーズ自身にかなりの利がある、という。事実もある。

 無論、これに関してはアルベールからみた場合の評価ではあるものの。イザベラとルイーズが最後まで婚約者の立場のために争っていた、という事実を鑑みると。イザベラが退けば、彼女に利が発生するのもまた事実。

 実際、そういう言葉によって、ミシェルが動いてしまったように。


「……ともかく。これを女性側の言葉として言うのは少々不服ではありますが。イザベラのことを自身のものだと、そう思うのでしたら。しっかりと守ることをオススメ致しますわ」


 ルイーズはそう言うと、少しだけ視線を下に逸らして。


「もちろん、そうでないのならば、とやかくはいいませんが。それならば、早々にお互いの立ち位置と振る舞いを決めるほうがよろしいかと」


「ああ、しっかりと覚えておく」






 ルイーズとの談話を終え。アルベールはひとり、室内で考えを逡巡させていた。


「……はたして、ルイーズのあの言葉を、どう捉えるべきだろうな」


 思考に巡らせるのは、無論。イザベラのことをしっかり守れ、というその言葉。


 当然、アルベールとしてもそのつもりではあるし。だからこそ、自身の腹心(かげ)を護衛として遣わせている。……無論、これについては別な目的もあるが。


「だが、それをルイーズから言われるとは思っても見なかったな」


 アルベール自身、イザベラのことを守らねばならないと自覚しているとおり。それ自体は当然の事実ではある。だから、誰から指摘されても不自然というようなことではないのだが。

 しかし、ことルイーズから、というところでは、少しだけ驚きを抱えてしまうというのがアルベールの個人的な感情ではあった。


 ルイーズは、イザベラと最後までしのぎを削っていた、というのが事実であり。

 ……そう。それにより、現状、見目としての盤面で、イザベラの失脚により最も利が生まれやすいのがルイーズという立場である。


 世情からしてみれば、ルイーズには負けというレッテルが貼られることもしばしばある。特に婚約が決まった時分には激しかった記憶がある。

 だがしかし、どうだろうか。そんなイザベラがなんらかの事由で失脚。それも自身の不正の類いが明らかになって、ともなれば、形成が逆転する。


 直接の関与の有無に拘らず、イザベラがアルベールの婚約者になったというその事実についても、同様の噂が立つこととなり。そして、そういった噂が流れれば、ルイーズが負けたという事実についても、評価がねじ曲がる。


 つまるところが、イザベラが失脚すれば、ルイーズはその立場を取り戻すどころか、むしろより評価されることとなり。さらには、あわよくば空くであろうアルベールの婚約者の席も奪い取ることができる。


「もちろん、そこまですべて都合よくことが進むか、ということは判断の難しいところではあるが。しかし、可能であるというのもまた事実」


 それこそ、ルイーズが侯爵家の出であるということと。その名声の回復が侯爵家の実益にもなるということを加味すれば、家のチカラを使って無理矢理に盤面を動かしにかかることもできなくもないというのが事実であった。


「だが、そうだとすると。私に対してあの忠告をしてきたその理由がわからないな」


 そう。仮にルイーズがイザベラの地位を狙っている、とするならば。それを守るようにとアルベールに対して忠告をするような意味が全くにない。

 なにせ、それをしたところでアルベールがどう動くかといえば。目的を阻害する方面に動くことはあれど、自身に味方するように動くことはあり得ない

 あの発言のみを取り上げて考えるならば、まるでイザベラの味方をしているかのような、そんな発言であるかのように見える。


「……どうにも理解が追いつかないな。あり得る可能性としては、なんだろうか」


 いくつか思いつかなくもない。それこそ、本当にイザベラの味方である、という可能性も十二分にありえる。

 なにかとイザベラとルイーズで争うことはあったと聞いているが、しかしながら、完成性自体はよい友人であった、とも聞いている。そういう意味であれば、マリエルやミシェルがそうであったように、ルイーズもイザベラに対して守るために動いている、と。そう判断できなくもない。


 あるいは――、


「ルイーズが、宣戦布告をしてきた、という可能性か」


 それこそ、先程に考えたように。自身の動きを阻害するような、自分に対して不利になりうる行動、ではある。


 だがしかし。イザベラとルイーズは仲の良い友人であったと同時に、お互いがお互いのことを好敵手として認めあっていたとも聞いている。

 なれば、不公平な争いについてを彼女が嫌い。そそに公平性を生み出すために、アルベールを介して忠告をしてきた、というようにも考えられる。


「……判断が難しいな、不確定なことが多すぎる」


 イザベラのことも、ルイーズのことも。どこまでいっても確定しないことばかりで。それゆえに、想像以上に論を積み上げられない。

 だんだんと思考の坩堝に飲まれている感覚をおぼえ、一旦、思索を切り離す。


「しかし、イザベラのことを守れ、か」


 自分では、守っているつもりではあったが。しかし、改めてルイーズから指摘され。加えて、現実に被害が起きかけたことから。自身のそれが甘かったやもしれないと自覚した。

 先述のとおり、アルベールがルイーズに開示できている情報には制限がある、という都合ももちろんあるのだが。それを踏まえても、彼女からそれを指摘されるくらいには、おそらくはアルベールの考えが浅かった。


「私にできること、か」


 ふむ、と。アルベールは顎に指を添えながらに、ゆっくりと考えを広げていった。

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