#31
「……随分と忙しそうだな」
アルベールが王都の行政に顔を出してみると、ドタバタと忙しなく駆け回っている職員たちの姿が目に入る。
今の時期はこれほどになにかが忙しくなるようなことがあるような頃でもないだろうし。なにか、トラブルでも起こったのだろうか。
そう思いながらに。しかし、ひとまず自分がここに出向いた理由を思い出して、先にそれを確かめてみる。
(……いないか)
あたりを見回してみたものの、そこにイザベラの姿はない。
彼女は現在仕事をするために王都にいる。それゆえに、書類の提出等でここにやってくる可能性はあると思ったが。まあ、お互いに時間の兼ね合いなどもあることだし、さすがにそれほどまでに都合がいいことはないか。
早朝。アルベールの腹心がイザベラのもとから帰ってきて。
彼がこのタイミングで訪れるということは、いつものイザベラの予知夢になにやら進展があったのだろうかと、そう思ったのだが。どうにも、そういうわけではないらしくて。
そんな彼から聞かされたのは、二点。
一点目は、イザベラの側付きであるサーシャという侍女に存在がバレてしまい、ひととおりの事情を説明したということ。
これに関しては、どうしても仕方がない状況でもあった、ということと。それから、どちらにせよイザベラの管理下で統制が効く人物でもあることから、大丈夫であろう、とのことだったが。
しかし、問題となったのはもうひとつの点。
そもそもの、彼の存在がサーシャにバレてしまうことになった、そのきっかけ。
イザベラが、夜間に襲撃に遭った、と。
彼とサーシャのふたりによる護衛もあり、イザベラの身は大丈夫ではあったものの、彼女の部屋にはたしかに矢が撃ち込まれており。間違いなく、襲撃があったことは確実。
加えて、もうひとつ。
『……あれは、本当にイザベラ嬢を狙っていたものだと思われます』
報告の過程で、渋面を浮かべながらに彼はそう言った。
曰く、間違いなくあの矢はイザベラのことを狙っていたということ。
サーシャの手も届いていた、というのは事実ではあるが。あと少しズレていたならば、本当に凶手になっていた、という事実。
この事件についても。当の彼女からしてみれば酷い話とも取れるだろうが、アルベールやその腹心である彼からしてみれば、自演の可能性ということについては考慮をしておかなければならない。
だが、仮に自演として見るならば、それをするには確実に殺しに来ているのが不自然である。
矢という武器の都合、距離や使い手にも依るが、多少狙いが逸れるということは普通にあり得る。それこそ、風の影響なども銃弾などにくらべて大きく受けるし、速度も劣る都合で射撃時と着弾時で標的の場所がズレたりするからだ。
無論、好い使い手であればあるほどにそういった事柄までもを加味しながら攻撃を行うために、そのあたりは露骨に腕が出るところではあるのだが。それはともかくとして、
弓矢という武器種の性質上、多少狙いがそれたところで、それほどまでに不自然というわけではない。
なれば、演技のために行うのならば。それこそ、標的から少し外せばいい。そのほうが、確実である。
万が一に矢止めが間に合わなかった場合の保険にもなるし、そもそも先述のとおりで狙った場所からズレてしまう可能性がありうる都合、急所を外すつもりで射撃したとしても、急所に至る可能性がある。
だから、演技や牽制のためならばある程度外すほうが合理ではある。
だけれども、間違いなくその矢は、イザベラの急所を的確に狙っていた。
(まあ、そこまで込みの演技を行った、と。そうまで推測し始めるとどこまでも疑わしくなってくるのだが)
とはいえ、ひとまずは考慮から弾いていいとは思う。
『サーシャの、あの焦りようなども。……少なくとも私の目からは嘘のようには見えませんでしたし』
珍しく、他人に対してそう評している彼の姿を見て、思わず「ほう」と思ってしまった。
……ともかく、昨晩に襲撃を受けた彼女であったので。ひとまず、そんなイザベラと話をしたいと思っていたのだが、さすがにそんな都合がよくことは進まないらしかった。
やはり、確実であろうことは彼女のことを直接に呼び出すか、アルベール自身が彼女のもとに出向くことであろうが。しかし、そういうことを直接に行ってしまうと、どうしても目についてしまう。
特にアルベールもイザベラも、なんだかんだと噂の渦中になりやすい人物である上に。加えて言うなれば、イザベラの方は昨晩に「なにかがあった」ということが知れ渡っている立場に在る。
今回の襲撃について、公的な処理については偶然にガラスに飛び込んできてしまった鳥によるもの、ということになっている。
それが間違いであるということを知っているのは、ごく僅か。
腹心からの報告で識っているアルベールもそのひとりではあるが。
しかし、よくも悪くも伯爵家の邸宅の中で起きたこと。不都合なことのもみ消し、というだけであれば、それなりに都合がよく行える。更には、夜間であり目撃者のたぐいもなかったことも幸いし、情報の統制だけであれば然程難しくなく行える。
なれば、多少疑う人間はいたとしても、いちおうの民衆の認識としては、阿呆な鳥がいたものだ、というくらいになっている。
……だがしかし、そんなタイミングでイザベラのもとにアルベールが訪れたり、その逆で彼女のことをアルベールが呼び出したりすれば、下手をすればなにかしらの噂が立つこともあるかもしれない。
わざわざ彼女が、アルベール自身の現状に足をつけないために、様々なリスクを背負ってまでかけてくれた嘘なのだから、それをあえて掘り返すような真似はしないほうが懸命であろう。
「とはいえ、話ができないというのはなかなかに不都合なものだな」
リリアーヌが以前ここでたまたまに出会っていた、ということを聞いたからやって来たが。まあ、さすがに、か。
しかし、このままなにもせずに事務所に居続けてイザベラを待つというわけにも行かない。
そもそもアルベール自身、自分のすべきことの時間の合間を縫ってここを訪れてみただけなので、長居をするわけにも行かないし。あんまりここにいては、職員たちに見つかって、ただでさえ忙しそうな彼らにより不必要な負担を背負わせかねない。
なぜこんなに忙しそうなのか、ということについては少し気になるところではあるのだけれども。ひとまずは、退散を――、
「あら」
ふと、そんな甲高い声が聞こえて。顔を上げる。
そこそこに聞き慣れた声。……が、イザベラのものではなく。
「申し訳ありません、アルベール様。思わず、声をかけてしまい」
「いや、いい。ルイーズ」
そこにいたのは、ルイーズ。ちょうどイザベラと同様の理由で現在王都に滞在している。最後の最後まで、イザベラとともにアルベールの婚約者の座を争っていた人物。
その傍らには、彼女の侍女が付き従っていた。
(…………可能性は、あるんだよな)
ルイーズの立場は、いろいろとややこしい。寄宿学校時代はイザベラとしのぎを削りつつも、お互いに好いライバルとしての関係を築いていたと聞いている。
そこから卒業をしてから、イザベラとはアルベールの婚約者の座をかけて争って。それ以降、少しの間はイザベラとの関係性が少し疎遠になっていたものの。最近になって、そのあたりの交流もどうやら復帰したようで。
「せっかくだ。時間の都合がつくならば、少し話していかないか?」
「ええ、それはぜひ。私も、少しアルベール様と話しておきたいことがありましたので」
「……ほう。それならば、よかった」
ただの偶然か。あるいは――、
そのあたりの相関については不明瞭なところが多いが。しかし、ひとつ確実なことがあるとすれば。
(……ここまでの事件が起きたとき。ルイーズも、その場にはいた、ということ)
最初の毒殺未遂。次に起きたマリエルによる傷害未遂。ミシェルによる襲撃。
その全ての場所に、たしかにルイーズはいた。
そして、今回のイザベラへの襲撃についても。同じ場所にいた、とするには少し範囲が広すぎるように感じないでもないが、彼女も同じく王都にいて。
(イザベラとルイーズが交流を再開したのも、この一連の事件が置き始めた頃合い、ではあるな)
それがただの偶然の一致なのか。それとも、なんらかの意志による介在があるのか。
その真偽はわからないが。しかし、ひとまずは、
「……それでは行こうか」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
彼女と、少し話をしてみて、考えることにしよう。
ルイーズは連れてきていた侍女に、ちょうど多忙になっている事務の手伝いをしてくるように命じてから、アルベールの後ろをついてきていた。
彼女からは「そちらのほうが都合がいいのでしょう?」と。そういう視線を向けられる。イザベラと同様に、こういうところの察しと気配りはよくできる人間である。
彼女と比べていくらか我が強い側面もあるが。それも、捉え方によってはしっかりとした自分を確立できているという見方もできるわけで。
さすがは、最後までイザベラとしのぎを削っていたルイーズではある。
「……さて、この部屋で大丈夫だろう」
王城にある談話用の部屋までやってきて。ルイーズを中に案内する。
彼女は丁寧な所作でそれに従うと、アルベールの対面に座る。
「飲み物については、今用意をさせている。待たせて済まないな」
「いえ。つい先程に決まったことなので、お気になさらず」
嫌味の一切ない、真っ直ぐな声色でルイーズはそう言う。おそらく、本心からそう思っているのであろうことがわかる。
「さて、アルベール様。それで、お話とはなんでしょう?」
「……まあ、大まかには世間話、というところではあるが」
半分正しく、半分間違っている。そんな言葉で、アルベールははぐらかしてみる。たしかに世間話的に話をしようというのは間違っていない。ただ、それを通じてアルベールがルイーズのことを確かめようとしていたり、イザベラの云々についてを調べようとしている外も事実。
ふうん、と。そういう、確かめるような表情を浮かべながらにルイーズはこちらの様子をうかがう。
「それよりも、ルイーズの方はなにやら話したいことがあったようだが。それについてを先に聞かせてもらってもいいだろうか?」
「ええ、もちろんですわ」
ルイーズはそう言うと、コホン、と。ひとつ咳払いをしてから、ゆっくりと顔を上げる。
「アルベール様は、つい昨晩に起きたという事件をご存知ですか?」
「……イザベラの別邸で起こったというものか?」
「ええ、そちらです」
知っているもなにも、それについてを先程まで考えてのだから。……まあ、それを直接に彼女に伝えることはないが。
「どうにも、夜間にイザベラの部屋に鳥が飛び込んできてしまった、とのことらしいんですけれども。……アルベール様はなにかこれについてご存知ではありませんか? たとえば、イザベラが今どうしているか、とか」
「なにか、とは言われても。私もそれ以上のことについては現状知りはしていないが」
嘘である。知っている。それが、嘘であるということも。実際にはなにが起きたのか、ということも。
だが、それを彼女に伝えるわけにはいかないので。知らない、というようなテイをとる。
「そう、ですのね。……いえ、私の方もこれ以上を調べられていないので、同じようなものなのですが」
ルイーズは、そこまで言葉をつなげてから、ジッ、と。アルベールの顔を伺いながらに、言う。
「イザベラの安否など、そういうこともまだなのですね?」
彼女から向けられている、明らかな疑いの視線に。ああ、しまったか、と。そう判断する。
たしかに、先程の情報にはイザベラの現状についての説明なども含まれていなかったし。ルイーズから尋ねられた内容には、露骨にイザベラについての内容が含まれていた。
しかし、アルベールは下手な情報を開かないようにと考えて過ぎていた都合で、思わず、あまりにも不自然に情報の開示をしなかった。
それゆえに、現状のアルベールの見え方が。婚約者の安否すらをも気にしていない人間、と映っている。
「……いや、それについてはひとまず無事である、とは聞いている」
「そうですか。……それはよかった」
遅れつつも、アルベールはそう訂正しつつに答えて。それに、少しだけ時間を開けてから、ルイーズがそう言い、納得をする。
疑いの目は、どうやら続いている様子ではあるが。まあ、これに関しては仕方のないことであろう。
「まあ、ひとまず。本題なのですが」
ルイーズは、ひとつ、息をついてから。そして、こちらをしっかりと見つめながらに、言う。
「イザベラの部屋の窓に、鳥がぶつかった、という。この、事件ですけれど」
その視線に、ヒヤリと、背筋が冷えるような、そんな感覚がする。
表情は努めて崩さないようにしながら。アルベールはルイーズの言葉を受け取る。
「これ、嘘だと、思いませんか?」
その、まさしくピタリと真実を言い当てている、その言葉を。




