#27
「リリアーヌはいるか?」
「リリアーヌ様でしたら、なにやら用事があると言ってお出かけされていますが」
「……そうか」
アルベールがリリアーヌ付きの侍女にそう尋ねると、彼女からはそう返される。
リリアーヌが用事で外出することは珍しい。父からの信頼が篤いということもあってか、彼女は自身になにかしら仕事が割り振られそうになったとき、その仕事をうまく他の人間に割り振られるように誘導する。
だから、彼女自身が受け持つ仕事は、彼女がやりたいと思った仕事か。あるいは、自発的になにかしらを引き起こそうとするときの何某かであることが多い。
前者であれば、仕事の内容自体は問題ないので然程問題にはならないのだが。後者であったときは後始末にアルベールが駆り出されるハメになることもあるので、正直困る。
(あるいは、俺がここに来ることを察知して逃げたか)
なんだかんだでアルベールから小言を言われることが多いので、それを察知して逃げたのかもしれない。
実際、リリアーヌからしてみれば。今回、アルベールから小言を言われる原因となる事柄を持っている、と。そう自覚していても不思議ではない。
なにせ、アルベールが仕事で出向いた先にて、不幸にも怪我を負ってしまったのである。
その仕事を割り振った人物自体は父ではあるものの、そのことについて進言し、実質的な采配を行った人物はリリアーヌなのだ。
そのことについて、当人であるリリアーヌはもちろん、アルベールも経緯をある程度父から聞かされている以上、把握はしている。
だから、それについての小言を言われると思って逃げた、と考えれば道理は通る。
まあ、実際のところはというと。アルベールがリリアーヌのことを尋ねてきた理由は、また別の理由だったりするのだが。
とはいえ、居ないものは仕方がないだろう。探しに行くことができないわけではないが、あてもなく探していては時間だけを無為に消費してしまうし、アルベールにもやるべき仕事があるため、それに差し障るようなことにはできればしたくない。
ここは、うまくリリアーヌにとりなされたと思うしかないだろう、と。そう思いしかないだろうと。アルベールはそのまま来た道を引き返していく。
(……そういえば、ちょうどイザベラが王都に来ているんだったか)
それから、同時にルイーズも。
それぞれ他の用事も抱えているが、先日の商談に関わる仕事についても持っているために、同時期に来たのだという。
それぞれ、なぜ当主ではなくその娘である令嬢のふたりが代表として王都に来ているのかというと、なにやらそのほうが都合がいいため、国側から指名をしたのだという。
まあ、イザベラの方についてはある程度理解ができる。それこそ、彼女の現在の立場――アルベールの婚約者であることを考えてみれば、そちらのほうが諸々の手続きを同時に取りなせるだろうし、たしかに都合はいいだろう。
だが、そういう理由として言うならばルイーズの方はそういった関係性はない。……まあ、ある程度推測がつかないわけでもない。大方、ブランシャール家に対して令嬢を呼び出しておいて、同じ件を抱えているエルフェ家から別な立場の人物を呼び出すのはいかがなものだろうかということもあるのだろう。
「とりあえず、今のところはイザベラからの手紙の類はないし。今のうちにやれることをやってしまいたいところだが」
イザベラから手紙を受け取ると、どうしても護身の方面にある程度のリソースを割かねばならない都合、アルベール自身が使うことのできる手足や耳目の数が減る。文字通りの意味として。
ただでさえ最も信用の置ける腹心についてはイザベラの監視、もとい警護としてつかせてしまっている以上、そのあたりの手札が減ってしまっている状態ではどうにも動きにくい。
それでいて。アルベールたちが動いている事件自体がおおやけにできない事柄である以上、体裁上はいつもどおりに振る舞わなければならず、アルベールの本来の仕事については通常通りに、問題なく処理しなければならないために、アルベールの殺害や傷害が懸念されている状態では、どうしても諸々の行動が取りにくくなる。
そういう意味では、いろいろと調べたりしていく上で、今が好機といえる。
アルベールとて、個人的な感情としてはイザベラのことは信頼している。
だが、事態が事態であるために。自身の立場も相まって完全に信用することができないでいるのが現状なのだ。
だからこそ、そのあたりの信用を担保できるなにかしらが、どこかにないだろうか、と。
「アルベール様」
いつの間にやら、気配を表していた腹心が、そう声をかけてくる。
だが、普段の様子から比べてみると。どうにも緊急の連絡を持ち込んできた様子で、あまり普段と変わっていないように見えて、少々肩の上下が見える。
考えていた矢先に予知が来たのだろうか、と。そう思ったが、どうにもそうではないらしい。
見たところ、彼の所持物の中に手紙がない。いつもであれば、戻ってきて即座に差し出してきているのに。
「どうした?」
「その、急ぎ報告を」
「ああ、頼む」
イザベラの監視を行っているはずの彼が、手紙の運搬というような別件を抜きにして、その任を一時的にとはいえ離れているということは、かなりのことが起きている可能性がある。
アルベールは多少の心構えをしながら、彼の話を待つと。思っていた方向性とはかなり違うものの。しかし、相当に驚くべきことを告げられる。
「リリアーヌ様が、イザベラ嬢にお会いされに来ました」
「……ほう」
ちょうどというべきか、なんというべきか。今、アルベールが考えていた、ふたりである。
つまり、リリアーヌの用事というものが、イザベラに会いに行くというものだったことになる。
「しかし、リリアーヌがイザベラに、か」
「どう、されますか?」
「……いちおう、イザベラについておいてくれ。どういう目的でリリアーヌが接触しに来ているのかを把握できるならそれが理想だが。ただ、無理はしなくていい」
リリアーヌの行動の理由についてはたしかに知りたいところではあるのだが。しかし、リリアーヌもアルベールと同じく王族である。
つまり、アルベールが腹心を付き従えているのと同様に、リリアーヌも同じくであるということ。
これだけならばお互いに把握しあっていることなので、仮にその場に腹心が控えているということを察知されたところで問題はないのだが。しかし、本来アルベールのところにいるはずの彼がなぜかイザベラの近くにいると察知されてしまっては不都合がある。
リリアーヌについている影もかなり腕が立つ都合上、そのあたりは十二分に警戒が必要であろう。
特にあの妹には、こちら側に対して変につけ込めるような点を与えるべきではない。
「頼んだぞ」
「はっ」
感じ取れていた気配が、まるでそこに元からなかったかのように、スッと消え失せる。
「さて、どうしたものかな」
わからないことが多い現状。どうしても、行動に制限が出る。
この中でできることはなんだろうか。と、廊下を歩きながらに、思案を巡らせていた。
* * *
テーブルを挟んで反対側には、リリアーヌ様。
どうしてか。私は現在、彼女に誘われてお茶を共にしていた。
「イザベラ、あなたとはぜひとも仲良くしたいと思っていたのよ」
「それは、光栄なことにございます」
ニコリと笑いかけてくるリリアーヌ様に、イザベラは表情を崩さぬよう、丁寧にそう返す。
正直、驚いていた。というのも、こうしてリリアーヌ様からお茶の招待を受けたことももちろんだが、このようなことを言われる、ということについても。
事の発端は、イザベラが仕事をこなすために王城に訪れていた際。
いくつかの資料を提出してから。今日の分の仕事が片付いたためにそろそろ帰ろうかというタイミングでどうしてかリリアーヌ様が突然に現れて場は騒然。
彼女から名指しでイザベラがお茶の招待を受け。その場の混乱を収めるという目的もあり、それに応じることとなった。
まあ、それが無くとも。王族からわざわざお茶の招待を受けたのだから、それを理由もなく断ることもするつもりはなかったが。
だがしかし、イザベラはかなり驚いていた。それは、まさかリリアーヌ様からお茶のお誘いをされるとは思っていなかったこと。そして、こうして歓談することになるとは思っていなかったから。
理由は単純。イザベラ自身、リリアーヌ様から嫌われていると思っていたからだ。
無論、仲良くしたくないとかそういうわけではないが。しかし、それこそ社交界の場で会ったりする際には、目の敵というほどではないもののかなり警戒心を持たれているような印象はあった。
噂などで聞くリリアーヌ様の性格なんかを加味すると、どちらかというとイザベラとは真逆であろうということも推測ができる。
だからこそ、嫌われこそしていたとしても。まさかこうして「仲良くなりたい」などと言われるとは思っていなかった。
無論、この言葉自体を世辞と捉えることはできなくはないが。それならば、わざわざイザベラに会いに来た理由があるということになる。
どちらにせよ、なにかしら。イザベラがリリアーヌ様について知らないことがあるということになるだろう。
「こうしてイザベラと話すのは、いつかの夜会以来ですわね」
「そう、ですね」
ふふふ、と笑ってみせるリリアーヌ様。イザベラはそれに、少し苦い笑いを浮かべる。
いつかの夜会。つまり、イザベラがアルベール様に対して体調不良の指摘をした、あの夜会である。
笑って見せているリリアーヌ様だが、正直イザベラからしてみればあまりいい思い出のあるものではない。
というか、それはリリアーヌ様からしても同じだと思うのだけれども。
あの夜会では、イザベラの指摘に対してリリアーヌ様がどこを見てそれを判断しているのか、と。そう言い返したというものである。
その場についてはアルベール様がイザベラの意図を汲んで体調が悪かった、と。そう嘘をついてくださったことにより収まりはしたものの。しかし、リリアーヌ様からしてみれば、多少なりとも恥を得てしまって、よい体験ではなかったはずである。
相変わらずの笑みを浮かべながらにリリアーヌ様が「そういえば、お兄様と婚約なされたのだから、お姉様と呼んだほうがいいのかしら?」と、そう言ってくる。
まだ成婚しているわけではないので、少々その呼ばれ方は荷が重い。慎んで断らせてもらった。
「それで、あの夜会では貴女がお兄様の体調不良を指摘したでしょう?」
「そうですね」
「それで、すごく興味を持ったんです。よく見抜けましたね、と」
リリアーヌ様はそう言うと、目を伏せながら首を横に振り。私は全く気づきませんでした、と。そう言っていた。
……まあ、気づかなくて当然というか。そもそも体調不良でもなんでもない、ただの嘘なのだけれども。
「それで、さすがはイザベラ。よく観察しているんですね、と。そう感心したと同時に。どうやって気づいたのかな、と。それを聞きたくって。ほら、私も曲がりなりにもお兄様の妹ですし、お兄様はアレで完璧人間を演じるところはありますから、そういった面は隠しがちでしょう? 家族の身からしてみれば、少し心配なところもありまして」
それについては、たしかに気持ちがとてもわかる。
なかなか弱みを見せない人間ほど、それを単純にすごいと感じてしまう一方で、近くにいる人間としては本当に大丈夫なのかと思ってしまうことがある。
「ほら、あのときも体調が悪いながらに、けれど主催側だということもあって無理を押して立っていたわけでしょう? あのまま葡萄酒に口をつけて体調を悪くしていたら、なんてそう思ったりもするわけなんです」
「それは、そうですね」
「ええ。それこそ、倒れて吐血なんてしようものなら、どうしたものかと」
体調不良時に酒を飲むのはたしかに良くはないだろうが、そこまでになることもないだろう、と。
少し考え過ぎなリリアーヌ様の心配にイザベラは苦笑いを浮かべる。
……まあ、気になる点はそこだけではないのだが。
しかし、問題なのは彼女から興味を示されている事柄。
どうやってアルベール様の体調不良を見抜いたのか、ということについて。
正直なところ、これについては話せる余地がない。
アルベール様に対しては当事者だということもあったり、件の葡萄酒から毒薬が既に検出された後での話だということもあって、素直に話したものの。しかし、夢で見たから、なんて。そんな話は突拍子もなさ過ぎて信じられないだろう。
だからこそ、
「気持ちはとてもわかるのですが、すみません。私もあのとき、なんとなくそんな気がする、くらいでしか思えておらず。どうやって気づいたのか、というところまでは自分でもしっかりとはわかっていないんです」
「そう、なんですね」
スッと目を細めながらに、リリアーヌ様はそう言う。
しかしすぐに目をパッと見開いて、パチン、と手を叩く。
「そういえば、イザベラはしばらく王都にいるんですよね。それなら、またこうして話しましょう! せっかくなら仲良くなりたいですし、それになにか気づいたときには、教えてくれると嬉しいですから」
そう言って彼女はイザベラの手を取る。
そんな彼女の手を握り返して。イザベラは「はい」と、そう返した。




