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#26

 イザベラは、夢を見た。


「――――ッ!」


 周囲の様子や放たれている言葉。それらがどうしてだか、うまく認識できない。

 まるで雲やら霧やらであるかのように、ハッキリとした形を成していない。


 ただひとつだけ理解できたのは。誰かが、糾弾されている夢であろうということだった。


 誰へのものなのかなどはわからなかったため、しばらく様子を見送っていると。どうやらその糾弾の声を聞き続けていた結果、それらがイザベラへのものであることを理解した。


 なれば、あの夢だろうか。


 イザベラが、アルベール様より婚約破棄を言い渡される夢。今回の騒動、一連の夢を見るようになったきっかけともいえる、夢。


 だがしかし、どうにも様子が違う。

 件の夢では、アルベール様が私に向けて罪状を叩きつけてきていたはずである。

 けれども、現在イザベラに対して糾弾をしているのは、おそらく女性の声である。


 聞き覚えがあるはずなのだが、どうにも視界や聴覚に靄がかかっているようなノイズが振りかかっており、うまく認識ができない。


 可能性のひとつとしてあり得るのは、未来が変わったというものである。


 毒殺と、二度の傷害。アルベール様の身に降りかかったその三つの辿り得たはずの未来については、なんとか回避をすることができた。

 ならば、件の夢が示す未来についても、回避……つまりは未来が変わる可能性もあるのだ。

 と、するならば。この夢の内容が変わった未来だと考えることもできる。

 その場合、どうやら糾弾される未来自体は回避できていない様子なのだが。


(……あとは、この夢自体が別個であるという可能性もありますね)


 つまるところが、件の夢とは全く別件として。

 なんらかの理由で、イザベラが糾弾されているという、その可能性。


「――――ッ!」


 せめて、なにについて糾弾されているのか。誰にろって糾弾されているのか。

 それらを理解することができれば、ある程度の推測ができそうなものではあるのだが。


 しかし、現状の夢の状態では、それらを知り得ることはできなさそうであった。


(致し方ありませんね……)


 イザベラの意識が、なにものかによってグイッと引っ張られていくような、そんな感覚を覚える。

 どうやら、時間切れといった様子だ。


 はたしてこの夢はイザベラに対してなにを伝えてこようとしたのだろうか。


 その真意を探りながら、イザベラの意識はゆっくりと夢から現へと移り変わっていった。






 イザベラが目を覚ますと、慣れない天井が視界の先にはあった。


「……そういえば、王都に来ていたんでしたね」


 夢のことで少し思考が混乱していたが、部屋の様子を見てすぐさま理解をする。


 現在、イザベラは自領にある本邸ではなく、王都での仕事がある際に利用するための別邸に来ていた。


「しかし、今回の夢はどうしたものでしょうか」


 夢で、なんらか見ることがあれば報告するように、と。アルベール様よりそうことづかっている身ではあるものの。しかし、それらはアルベール様の身になんらかの危機が訪れているから、という意味合いでもあった。


 今の夢は、少なくともアルベール様の身に、というよりかはイザベラの身になんらかのイレギュラーが起きている、という方が正しいだろう。


「婚約破棄の夢についても、アルベール様に報告したわけではありませんし。これについても、報告するべき事柄ではない、でしょうか」


 少し、不安に感じる。イザベラがそう感じてしまうなによりの理由は、今回の夢が、あまりにも形を成していなかったからである。


 件の婚約破棄の夢では、いつか訪れるであろう夜会にて、アルベール様がイザベラに向けて婚約破棄を言い渡す。その事由として、イザベラが起こしたであろう罪の毒殺未遂、傷害、詐欺などが挙げられていた。


 そう。アルベール様が少なくとも無事である、というそのことは。夢の中では担保されていたのだった。


 だがしかし、今回の夢の中では、そのあたりの確証が全くもってない。

 あまりにもぼんやりとした視界にハッキリと聞き取れない言葉。

 それらによって正確に情報を汲みとれていない以上、いくらでも憶測を立てることができる。


 たとえば、あの場の見えていなかった箇所にアルベール様が倒れていて。そしてイザベラがそのことについてを糾弾されている、であるとか。


「……いえ、この手のことは考えても仕方がありませんね」


 いくらでも憶測を立てられる、ということは。考えれは考えるほどに際限なく可能性ばかりが生み出されるということで。

 無論、懸念に対して事前の対策を講じること自体は大切ではあるのだが。しかし、このまま考えていたとしても、必要以上の心配ばかりを生み出してしまう結果にしかならないだろう。


 ミシェルの一件のときは、アルベール様への被害が確定ではなかったものの、銃声という懸案すべき事柄が明白であった。それに対して、今回はそのあたりについても不明なことが多すぎる。

 はたしてアルベール様へと報告しておくべきであるかどうか、その判断にかなり悩んでしまう。


「せめてもう少し、夢の内容をハッキリと知ることができれば――」


 そのあたりの線引きもできるのだけれども、と。


 イザベラがそうひとり言葉を紡ごうとしていたとき。コンコンコン、と。ドアがノックされる。

 イザベラがそれに対して返事をすると、ガチャリ、と。ドアが丁寧に開かれる。


「お嬢様、おはようございます」


「ええ、おはよう。サーシャ」


 支度を手伝いに来てくれたサーシャにイザベラがそう返すと。彼女はテキパキと朝の準備を整えてくれる。


 彼女に手伝ってもらいつつ、先程のひとりごとがはたして聞かれていないだろうか、と。少しだけ考える。

 直接的なことは口にはしていないし、万が一に聞かれても大丈夫だとは思うが。サーシャからはどうにも以前から少し動向について疑問を抱かれている様子で。……実際、彼女のその指摘については間違っていないのだが。下手な心配は与えないに越したことはないだろう。


「お嬢様、どうかされまさたか?」


「……えっ? ああ、大丈夫です。少し、考え事をしていただけなので」


 どうやらイザベラが考え込んでいたことによって止まっていた動きに、サーシャが心配をしてきたようだった。

 こういったことの積み重ねでサーシャに心配をかけてしまっているのだろう。イザベラは少しばかり自身の行動を反省しつつ、ひとまずは支度を整えてしまう。


「差し出がましいようですが。私でお力になれることがあれば仰ってくださいね」


「ええ、頼りにしていますよ、サーシャ」


「……はい」


 どうやら、相変わらずサーシャは私の様子について懸念をしているようである。その疑問について当たっているのだから、正しい意味で本当によくできた侍女である。

 ただ、はたして彼女を巻き込んでいいものなのだろうか、という。今回のことが大きすぎる現在の状況では、ある意味よく出来すぎているとも言える。


 そうして、ひととおり身支度を整えたあたりで、サーシャは朝食の準備のために一旦退室をする。

 彼女が退いたのを確認してから、イザベラはもう少しだけ、考えを進めておくことにした。


 あの夢の内容が、はたして件の婚約破棄の夢が変貌したものなのか。あるいは、それとはまた別件なのか。

 現状の夢の情報では、そのどちらかはわかりはしないが。なれば、その両方について考慮をしておく必要はあるだろう。


 婚約破棄の方であれば、まだ対策を講じやすくはある。なにせ、なにが起こるのかはわかっているのだ。

 ……無論、現状では、ならどうすれば回避できるのか、ということはわかっていないのだが。


 しかし、そうでない場合のほうが。さらに対策が難しくある。

 なぜならば、現状情報が全くと言っていいほどにないのだ。


 夢の中から汲みとれたのは、イザベラがなんらかの理由でひどく糾弾されているという、たったそれだけ。

 そこから、なぜイザベラが糾弾されるようなことになったのか。それに対してどのように対策を講じていけばいいのか、なんて。

 下手なことをしないように気をつける、以上のことが正直思いつきそうにないレベルである。


「あと、考慮できることがあるとするならば――」


 仮にこの夢で警告してきている事柄の犯人。あるいは黒幕が、ミシェルのとき。そして最初の毒殺未遂のときと同じであるかどうか、ということ。


 情報について、全く増えていない都合。このあたりについても結局推測の域を超えない。なれば、両方についていちおう考えておくべきだろう。

 ……と言っても、別の者による事件、だとすると。全くの考察要素がなくなるので。結局考えることができるのは、犯人が同じ場合のみになるのだけれども。


「……仮に、そうだとすると」


 毒殺未遂と傷害のふたつと関連性があるとするならば、やはり考慮すべきは、婚約破棄の夢での一幕であろう。

 あのとき、イザベラはこのふたつの他に、詐欺という罪状を突きつけられた上で沙汰を言い渡されていた。


 現状、その手の話については全く以て心当たりがないために、可能性とするならばこれから起こる事柄であろう。


 つまり、可能性としては今回の夢での件であると仮定することもできる。……いちおう、糾弾を受けているという状況も合致はする。


「それから、他に考えられることとするならば……」


 イザベラは、エルフェ邸にてアルベール様と話していたときのことを思い出す。

 誰か、犯人の候補として心当たりがないか、と。


 あのとき、イザベラはなにも言わなかったが。しかし、全くもって心当たりがないわけではなかった。


 今回の件に関わることが可能であり。そして、いちおう動機を考察できなくはない、そんな存在。


「しかし、彼女がそんなことをするとは……」


 脳裏に浮かんだその人物を思い浮かべて。やはり、思考の中で否定をする。


 ルイーズ・エルフェ侯爵令嬢。そう。彼女であれば、関わることは可能だろうし。

 非常に考えにくいが、婚約が成立しなかった、というような動機の類についてもいちおうの考察が可能である。


 しかし、そうした状況としての可能性こそ、考察できるものの。


 どうしてだか。イザベラには、彼女がそういった行動をとっている姿を想像することができなかった。


 イザベラが思案をしていると、コンコンコン、と。再びサーシャがやってくる。


「ええ、今行きます」


 考えすぎて、あまりに彼女に心配かけすぎないように、と。イザベラはスッと立ち上がってサーシャの案内に従いながら、部屋を移動する。






     * * *






 ルイーズは、私室にて手紙の封を切っていた。


「……ふむ」


 封筒の中から便箋を取り出し、書かれている文章を読み取る。

 そうして最後まで読み切ったルイーズは「はっ」と、その内容を鼻で笑い飛ばした。


「舐めたことをしてくれますわね。私のことをみくびらないでくださるかしら」


 そうしてルイーズは、手紙をゴミ箱の中に捨てる。


 ちょうど、その頃合いで。コンコンコン、と。扉がノックされる。


「お嬢様、失礼します」


 ルイーズがいらえを返すと、扉が静かに開けられて、自身の側仕えであるセルザがやってくる。

 ルイーズはセルザに対して部屋の片付けを頼むと、そのまま彼女に任せて、部屋から出る。


 ……件の手紙を、できるだけ部屋に置いておきたくないという気持ちも、たしかにそこにはあった。


 手紙の内容についてを思い出すと。その中で進言されているような事柄のことを思い出すと、いらだちが湧き上がってくる。


 ほんとうに、気に食わない。


 だが、しかしなるほど。

 ルイーズの仮にこの推測が正しいとすると、自身の中でもいくつか合点がいくつことがある。

 たしかに、最近のイザベラのことを考えてみれば、都合よくアルベール様の近くにいることが多いように感じる。

 それが、アルベール様のことをイザベラが守ろうとした結果起きていることだとするならば。ここまでの推測の、全ての道理が成り立つ。


 なるほど、たしかにアルベール様よりも先にイザベラを排除する。あるいはアルベール様から引き剥がす、というのは順当な手順となるのだろう。


「……そういえば、今はイザベラも王都にいるんでしたわね」


 そして、ルイーズ自身も同じく王都にいる。


 時期が揃っているのは偶然のようにも思えるが、お互いの仕事内容に以前の鉱山資源関連の事柄もあるため、ある種タイミングが一致しているのは必然とも言える。


 なれば、ルイーズが自らイザベラについて対処をしていってもいいのかもしれない。


「全く、厄介なことになっていますわね……」

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