#25
イザベラがマリエルとミシェルのふたりを伴って出ていったのを確認して。アルベールは虚空に向けて声を発する。
「今回の件、どう思う?」
「どう、とは?」
誰もいなかったはずの空間から、突如として人影が現れ、質問を返してくる。
「わざとらしく聞き返してくる必要はない。お前の思っているそれだ」
自身の腹心に対してそう伝えると。彼は少し黙り込む。
彼には、イザベラの監視と警護を頼んでいる。だからこそ、アルベールの持っている視点以上に、状況の把握ができる。
「……どちらとも、言い難いかと」
「ほう、どういうわけでそう思ったかを聞こうか」
アルベールは、彼のその反応に対して。少し興味深い様子を見せながらに尋ねる。
少し待ってください、と。そう前置いた彼は、しばらくの間考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「やはり、イザベラ嬢が全てを仕組んでいて。マリエル嬢やミシェル嬢がそれらに協力している。――全て、狂言である、という可能性は依然として否定できません。ですが、そうだするには、いくつか考えにくい点もあるのです」
「例えば?」
「今回、罠での襲撃のあとに追撃が加えられました。……イザベラ嬢が全てを仕組んでいるとするならば、この追撃は不要だったように思います」
「ああ、この怪我の原因となったものだな」
「……わかっていて、見せているのでしょう」
アルベールが治療を施された左肩を少し見せると、彼は苦い顔をしながらにそう言う。
事前の襲撃の護衛ができなかったどころか、今回は実害まで出てしまっているということに、どうやら随分と責任を感じているらしい。
ただ、たしかにこの怪我の原因となった追撃については、彼の言うとおりであろう。
イザベラが、例えばアルベールからの信頼を得るためなどの理由で襲撃を企てて、それを自身で解決する方向性に向かわせているとするならば、罠での襲撃だけで十分だったはずだ。
そこにさらなる追撃が加えられ、なおかつ、実際に被弾。怪我が発生してしまっている以上、信頼の創造を主目的とするならば、本旨からズレる。
「特に、件の射撃は遠方から狙撃であり、被弾箇所は肩です。これが脚や……せめて腕であれば怪我を狙っての射撃だと解釈できますが、肩となると殿下の動きが少しズレていれば致命となりえました」
実際、今回アルベールが振り返り、身体を捻らせていなければ、頭や胸に被弾していた可能性は十分にある。
「殺害が目的であれば、イザベラが私を罠から救助する理由が無い。なんなら、最初の毒殺の時点で止めに来なければよかった。しかし、追撃へ明確に私への殺害意思があった、ということだな」
「はい」
事実として毒殺未遂犯が見つかっていない以上、イザベラが本当に殺す気があったのならアレを止める道理がない。
それほどに緻密に組まれた犯行計画だったということであり。だからこそ、イザベラがそれに気づけたことが特異ではあるのだが。
「なるほど。…いやはや、しかし。お前も随分とイザベラのことを信用するようになったのだな」
アルベールはニコリと笑いかけながらにそう言うと、彼は少し眉をひそめながらに、どういうことですか、と。
「なに、単純な話だよ。それこそ最初の頃はあのような言葉を信じるのかと進言してきたお前が、イザベラのことを疑いつつも信用している素振りを見せていたものだからね」
「……私は、合理的に判断をしているだけです」
「まあ、それもそうなのだろう」
どこか不満げな彼に対して、アルベールは依然として表情を保ったままでそう言う。
それに、からかわれているのだろうということを認識した彼は、更に難色を示す。
「まあ、先程の犯行を仕組む上での矛盾点についてもそうではあるが。以前のお前ならば、私が怪我を負ったときに、襲撃犯を追いかけに行かなかっただろう」
「それ、は…………」
どうやら図星の様子だった。
無論、彼の役目として可能ならば追いかけなければならない、ということはそのとおりではあるものの。もちろんながらに、可能ならば、である。
仕事としての最優先事項はアルベールの身の安全であり、怪我を負っている以上、簡単に回避等ができないため。例えば周囲に人がいない状況であれば、彼は襲撃犯の捕縛よりもアルベールの警護を優先する。
だが、彼はそうせず、襲撃犯の捜索にあたった。結果として捕まえることはできなかったものの、今はそれはどうでもよく。
彼が、アルベールを置いて捜索をしに離れた、ということが重要である。
可能ならば追いかけなければならない、という彼の仕事の都合を考えるならば。あのときの彼は、あの場の状況を、追いかけても大丈夫な状況である、と把握したということになる。
そしてその場にいたのはアルベールの他に、イザベラとマリエル。
特にマリエルについては、以前アルベールに対して、ナイフをもってして襲いかかってきた人物である。
「もちろん、現在のマリエルは誤解が解けている上、現在は事実上イザベラの管理下にある。だから、そういうことをする可能性は低いだろう。が、それはあくまでイザベラが黒幕でない、という前提での話だ」
「…………」
アルベールの指摘に、彼は視線を反らしながらに黙ってしまう。
そう。イザベラを全ての黒幕として置いておくならば。その可能性を置いておくならば、あの場面でのアルベールには命の危険があったと言える。
まあ、ここまで入念にことを起こしてきたはずの犯人がバレバレの状態で犯行を起こすことになるわけだし。この議論自体はかなりの暴論ではあるが。
「とはいえ、それであっても私をイザベラとマリエルに任せて犯人を追いかけた、とは。随分と信用できるようになったのだな、と。そう思ってな」
「…………先述の通り、イザベラ嬢には現状、殿下を傷つける理由がありません。殺害ともなれば、更に。なので、その可能系はないと判断しただけです」
「ああ、そういうことにしておこう」
答えるまでに時間がかかっていたあたり、今それっぽい理由を並べたのだろうが。
……個人的には、彼がイザベラのことを信用できる人物だと判断できるのはいいことではあると思う。無論、彼の役目を考えるのならば完全に信用してもらっては困るのだが。しかし、逆に全く信用していない、ともなればそれはそれで困る。
なにせ、彼の役目はイザベラの監視と、それから護衛だ。
信用があれば、守る理由にも繋がる。
守る理由があれば、咄嗟の判断として動きが速まる可能性が高くなる。
「現状、私の身に降りかかってくる害意に対して、最優先に、そして、最も情報が多い形で汲み取れている……という判断ができるのはイザベラなのだ」
そこには、もちろんイザベラが嘘をついていなければ、という前提はあるが。
「そういう意味でも、お前には彼女のことを守ってもらわなければならないからね」
「もちろん、把握しています」
彼はそう言いながら、アルベールに向けて頭を下げる。
「そういえば、ひとつ、報告なのですが」
「ほう、なんだ?」
「……もしかしたら、なのですが。私の存在が察知されてしまったかもしれません」
その言葉に、アルベールは思わず目を丸める。
いや、存在自体がバレること自体はどちらかというと好ましくはないのだが、そもそも王族が影を携えていないという方が考えにくいということもあり、余程の相手でなければ存在が察知されること自体は、通常ならばあまり問題というわけではない。
そもそも、存在を察知されようがされまいが、大抵の場合「たぶんいるのだろう」と、それとなく思われているだろうから。
だがしかし、ここで驚くべきこととしておくならば、存在を察知できるほどの人物がいた、ということである。
長く慣れ親しんでいるアルベールからしても、彼の存在に気づくことはほぼ出来ない。それくらいに彼の隠密能力は高いし。むしろだからこそ、王族の影としての任を請け負っているのだが。
「お前の気配を感じ取られた、ということか」
「……申し訳ありません」
「ちなみに、相手は誰だ?」
アルベールはそう尋ねる。
普通ならば、彼の存在が気取られたところでそこまで問題はない。そう、普通ならば。
現在は通常の状態ではなく、彼がイザベラに対して監視と護衛をしている状態だ。
アルベールの側には代わりの人物が別についてくれているため、こちらの警備が手薄になるということはないのだが。しかし、知られる相手次第では「なぜ王族の影がイザベラについているのか」ということになりかねない。
だから、今回については。気づかれた相手次第では、少し都合が悪い。
「イザベラ嬢の専属侍女です。たしか、サーシャという名前だったかと」
「……なるほど。なら、大丈夫か」
他の人物の関係者なら少々厄介だが、イザベラの関係者。特に彼女の侍女であれば問題ないだろう。
家付きの侍女であれば報告が直接にブランシャール家に行ってしまう可能性があって少々厄介だが、イザベラの専属となれば先に彼女を介する可能性が高い。
そうなればイザベラがうまくとりなしてくれるだろう。
「しかし、そのサーシャという侍女。随分と腕が立つようだな」
正直、彼の存在を気取る人物がいるとは思えなかった。無論、気づいた人物がイザベラの侍女ということを考えると、他の人物よりも気づくための機会が多かったこともあるだろうが。
そこまで考えて、アルベールはチラと腹心の様子を見る。
かなり複雑そうな面持ちをしている彼に。少し、しまったな、と。
アルベールとしてはただの純粋な興味本位での発言だったのだが。彼からしてみれば怪我のこともあり、かなり気負っていたところに、半ば追撃のような形になってしまっていた。
前半については、アルベール自身がからかい半分で行っていたことではあるが、後者は完全な失念である。
あとで少しフォローしておこうか。いや、それはそれで下手なプレッシャーになりかねないか。
少し、自身の過失を食いながらも、一旦話を引き戻す。
「それで、今回の事件のことなのだが。ひとつ、重要な視点が残っている」
アルベールはそう言いながら、ピッと人差し指を立てる。
どうやら、イザベラの考慮から抜け落ちてしまっていた様子だが。……まあ、この視点についてはアルベールの視点が最も近い都合、それも仕方ないだろうという、情報。
「今回、私がブランシャール家とエルフェ家の商談の立ち会い人となったことについて、だ」
ミシェルの手紙を見る限りでは、どうやらアルベールがこの会談の場にやって来ることが既に知られていた様子だった。
しかし、このことについては、アルベールですらかなり直近になってから知らされたような事柄である。具体的に言うならば、アルベールがイザベラからの警告を受けてからの時期になる。
ついでにいうなれば、誰が今回の商談の立ち会い人となって向かうかということは一般には公開されておらず。むしろアルベールの立場を考えれば、彼が向かうという方がかなりのレアケースである。
たしかにブランシャール家は伯爵家、エルフェ家は侯爵家であるので、その立ち会いとなるとなかなかなものではあるが。だからといってその場にわざわざ王太子がやって来るか、という話である。
しかし、ミシェルに送られてきた手紙の差出人は、あたかもそれを知っていたかのように、その内容として書き認めていた。
だからこそ、ミシェルもあの手紙の内容を信じざるを得なくなったのだが。
「つまり、差出人本人、あるいはその関係者の中に、殿下のスケジュールを把握できる立場の人間がいる、と」
「その可能性は高いな。……あるいは、もうひとつ可能性がある」
「もうひとつ?」
「身近な存在としているじゃないか。なにが起こるのかを察知してきた人間が」
「――ッ!」
「そう。予知夢……未来のことを察知できるのであれば、私が今日この場に来てきたことについても、把握できたことだろう」
もちろん、これを理由にイザベラが、ということを言いたいわけではない。
だが、可能か不可能か、という話で言えば。やはり可能な立場にいるのが、イザベラなのだ。
「ただ、結局のところお前が言うとおり、イザベラを犯人だと仮定するならば、動機の側面での矛盾が多すぎる。だから、この話は暫定でしかない」
しかしながら、と。アルベールはそう言いながらに言葉を続ける。
「それと同時に、イザベラの予知能力については、いずれにせよ真実の可能性が濃厚だということになる」
彼女が嘘をついていないのなら、元より真実であり。
嘘をついているのだとしても、今回の件の察知方法として、予知夢が使われている可能性が非常に高い。
「イザベラ嬢が嘘をついているとしても、予知能力は持っている……」
「仮に彼女が私たちの敵だとすると、かなり厄介なことになるな」
アルベールがやや苦くに笑って言うと、彼は渋面を浮かべる。
だが、ここまでの事件。特に毒殺未遂の件について、未だに尻尾どころか痕跡の一端すら掴めていないことを考慮するならば、アルベールたちが対峙している相手は通常ではない。
それこそ、理外の力を持っていても不思議ではない。
そして、イザベラはその理外の力を持っている、かもしれない。
もしも未来視などという無法な力が敵に回ったとしたら、それこそアルベールの独力ではたして太刀打ちできるだろうかか。
どれだけ自在に扱えるのかにも依るとは思うが。そんな力に対抗できるとしたらわそれこそ未来視を扱える別な人物くらいなものなのではないだろうか、と。
そんなふうに思えてしまう。
……つまり、アルベールでは不可能に近いだろうし。同時に、それは目の前の彼についても同じく言えることだった。
「……まあ、打つ手がないわけではないのだが」
仮に理外の力に狙われているのだとしても。少なくとも今日まで、怪我こそあれど命は無事ではある。
これがイザベラに守られての命か、はたまた狙われての命か。そのどちらかはわからないが。
無事なのであれば、それなりの理由がそこに在るはずではあり。
同時に。アルベールには、少しだけ心当たりがあった。
(……少し、賭けであるが。さて、どうしたものか)




