#24
ミシェルが懐から取り出した紙は、まさしく犯行に関する指示書、といったところだった。
残念ながら書籍や冊子といったものから切り抜かれたであろう紙で文章が作り上げられており、筆跡等から差出人を推測できないようにされている。
また、同様にこの手紙が封入されていた封筒などを見る限りでも、これが正規の手順で配達されてきたものでないこともわかる。それこそ、例えばイザベラの夢の内容についてをアルベール様の元へと直接配送するような、そのような手順を踏んでいると類推される、
そういったところからもこの手紙をミシェルへと送ってきた人物は、徹底して足取りを残さないようにしていることが伺える。……が、驚くべきことは、そこではない。
「……今日の日取り、執り行われる場所、内容。すべてが、筒抜けですね」
そもそも、今日この場にイザベラたちが集まっているのは、ブランシャール家とエルフェ家での商談のため。
もちろん、内容については完全に隠して行っているわけではないが。無論、一部内容としては両家の事情等もあるために、細やかなところについては公開せず、ある程度は秘密裏に行われている。
それこそ、日程等についてもわざわざ公開するようなものでもないし、なんなら、この場に於いて狩猟が行われる、ということについても同様。
例外としては、今回の商談自体が鉱山資源を伴うものであったがゆえに、王家、もとい行政の方にはある程度連絡が行っていて。実際、その関係でアルベール様がいらしていたりするのだが。
しかし、それら全ての情報が。いわば筒抜け状態として、この犯人には見えていたことになる。
なにせ、手紙の中には。
今日、商談が行われることも。
商談の余興として、狩猟が行われることも。
その商談の立会人として、アルベール様が参加されることも。
行われる狩猟に、アルベール様も誘われ、断れず参加することも。
全てが、記載されていた。
誰が出してきたかも不明で、支持されている内容としては、国家反逆罪。
そんな怪しすぎる手紙、普通なら信用できない。
だが、言い当てることが限りなく不可能に近い、不確定すぎた未来の話を、ひとつと外すことなく、ピタリと言い当ててみせた、その事実に。
ミシェルは、疑わないということが徐々にできなくなってしまった。
「イザベラお姉様が苦しんでいて、ルイーズ様が喜んで。そして、この国も救われる。……うまく行けば、私が疑われることもない」
そう記されていたそんな手紙の内容に。ミシェルは迷いながらも、手を伸ばしてしまった。
「ごめん、なさい。……今になって、冷静になって。いかに愚かなことを、恐ろしいことをしてしまったのか、と」
ぽつりぽつりと、ミシェルは涙を零しながら、言葉を漏らす。
たしかに、ミシェルはやってはいけないことを行った。それは、たしかに間違いはない。
「…………」
だが、この場にいた全員が、複雑な面持ちで、彼女のそんな姿を見つめるしかできなかった。
そんな中で、アルベール様もしばらくは考え込んでいたものの。「ミシェル・クロワゼ」と名前を呼び、口を開く。
「ひとまず、顔を上げなさい。……君に処遇を言い渡す前に、いくつか聞きたいことがある」
「はい、なんなりと」
「まず、この手紙について。君は、この手紙の差出人について、心当たりはないのかい?」
そんな問いかけに対して、ミシェルは首を横に振り否定をする。
まあ、これに関してはイザベラからしても想定内。正規の配送手段は利用せず、ミシェル個人に対して送られてきた、手紙。更にはその文面も筆跡が類察できないように文字の切り抜きで行われている。
ここまで徹底して当人が察知されないようにしているので、ミシェルがその人物についてを把握しているとは思えなかった。
「次に、君からこの差出人に対してなんらかのアクションを取ることはできたのかい?」
「いえ、私はなにも……」
「私を西の森に割り当てたのは?」
「犯行の指示書の方に、書かれていたので」
たしかに、手紙の中の文面には、どのようにすれば罠に誘導ができるのか、どのように罠を配置すればいいのか、どこに罠を仕掛ければいいか。
そこにアルベール様を西の森に割り当てることができるのか、ということが懇切丁寧に記されていた。
「……なるほど」
おそらく、アルベール様はどこまでをミシェルの責任とするかについてを考えているのだろう。
例えば、罠を仕掛けてそこにアルベール様を誘導した、というのは。たしかに指示こそあったとはいえ、最終的に決断をして実行したのはミシェルなのだ。
だからこそ、これらについては罪の所在が間違いなくミシェルにある。
だが、西の森に誘導したその事実については、あくまでこの指示書を見る限りでは「罠に嵌めるため」の指示であり、それ以外の文面についてをこの文書から読み取ることは難しいように思える。
元より切り抜き文字での文章なので、紙の量に対して、文章料が少ないこともあり、必要な要素以外についてはかなりゴッソリと削られている。それこそ、「そこに罠を仕掛ける理由」であるとか、そういったことは。
冷静であれば疑ってかかることができる取っ掛かりになりうるのだが、あまりにも現実と合致した未来予知の文面に、ミシェルはしっかりとした思考をすることはできず。またそれと同時に、彼女自身の真面目な性格までもが災いして、手紙に書かれている内容についてを疑問に持つこともなく、素直に従ってしまった。
おそらく、というよりかはむしろ、間違いなく。この手紙の差出人としては、西の森に罠を仕掛け、アルベール様を誘導していたのは、罠での襲撃が失敗した際に、追撃を加えるためであろう。
事実、罠がイザベラとマリエルの活躍もあり、失敗に終わったその直後、別な存在――推定外部犯からの銃撃が飛来した。
ミシェルが手紙の差出人とのやり取りが可能なのであれば、その過程で彼女が場所の理由などを知ることができたかもしれないが。それが不可能なのであれば、これらのやり取りについては一方的なものであり、ミシェルは疑問を抱くことはあっても、開示されていない以上、それらを解消することはできなかったということになる。
つまり、本当にミシェルは「書かれていたから西の森に誘導した」ということになる。
これを、罪とするか。……つまり、外部犯からの襲撃についてまでを、ミシェルの関連する罪とするべきなのか、というと。たしかに難しい。
「……本来ならば、私が怪我を負っている時点で、関連する人物は関与しているというだけで罪状を与えられかねないのだが」
アルベール様のその切り出しに、ミシェルはヒッと顔を引つらせる。
ただ、アルベール様の言うことも正しい。これが一介の貴族等であれば、まだなんとかならなくもない。ミシェルも男爵令嬢であり、かなり立場のある人物であるがゆえに、それこそ汚い話がお金が動くことはあれども、それ以上にならないこともある。
よくも悪くも、怪我をしただけ、と捉えられなくもないからだ。
だから、貴族同士のじゃれ合いの過程で不幸な「事故」が起こっただけだ、と。
しかし、よりによって今回ばかりは怪我をさせた相手が、貴族なんて比ではない王族。それも、王太子だ。王位継承順位一位が、襲撃され怪我をするきっかけを作ったともなれば、罪に問われる可能性が十二分すぎるほどにある。
だが、それはアルベール様の前置きにもあるように、本来ならば、と言う話でもある。
なにせ。アルベール様が現在身を置いている状況は、かなり厄介なものである。
「私が怪我をしたということについて、場をうまく取りまとめるためにも、これについては銃の暴発によるものだということに、なっている」
つまり、現状では。アルベール様の怪我の原因はただの不慮の事故であり、そもそも犯人なんて言う人はいない、というとが現状での公式な発表である。
ここでもし、ミシェルがなんらか方法でこの作戦についてを介入できていたのならば、西の森に誘導したというのが、明白に狙撃を狙ってのものだったと言い切れるのではあるが、そうではないことがわかった。
それならば、下手に情報を錯綜させてまで、この罪をミシェルに与えるのは非効率であろう。
「さて。ミシェル・クロワゼ。君に、処遇を言い渡す」
「…………」
場に、冷たい空気が張りつめる。当然だ。
この一言によって、ミシェルの運命が左右される。どう動くまでもはわからないものの、なにも起きない、ということだけはありえない。
「ミシェル。君には、私に対して罠を仕掛け、命を狙ったことについてを罪として、罰を与える。……ただ、私や、それからイザベラの立場が諸事情で厄介であることを含めて、罰の内容については、イザベラ。君に任せる」
「私、ですか?」
イザベラは、少し驚きながらに言い渡された内容についてを確かめる。
「ああ、君が決めるんだ。ただし、最低ラインはマリエルに与えたところが底にするように」
つまり、現状の事情を彼女に伝えた上で、事実上でのイザベラの指揮下におく、という前提で、公的には不問とする、が最低限度。
それ以下の罰は認めず。逆に、指揮監督をイザベラが取れないと判断するのならば、罪を与えろ、ということだろう。
もっと返して言うならば、この件について。これ以上ミシェルがやらかさないと判断できるのであれば、イザベラの立場を担保として、ミシェルの罪を見逃してくれる、ということでもある。
ただ、その如何についてを、前回とは違って今回はアルベール様が直接下しているのではなく、裁量権をイザベラに与えているのは、マリエルのときとは違い、少なくとも事業の範囲で判断するならば、ミシェルの行動が自身のためではないとはいえ、イザベラだけのためでなかったこと。そして、彼女の背後にいるやもしれない存在がある、ということ。
また、判断材料が自供によるものしかないということ。
それらを含めた上で、ミシェルのことを信用していいのかどうか、ということをイザベラに問うているのだ。
「ミシェル、確認です」
「は、はい。イザベラお姉様」
「今回のことのようなことは、二度としでかさない。件の差出人から、追加の指示等があった場合、すぐに私たちに連絡をする。そして、これから話すことについてを秘密にして、それに関連することで可能な限り協力をする。これらのことを、守れますか?」
「も、もちろんです!」
ミシェルは、真っ直ぐにイザベラの瞳を見つめながら、そう宣言する。
ミシェルは気弱で、オロオロとしがちな性格ではあるが。
生真面目で、真っ直ぐな少女でもあるのだ。
……そこをつけ込むようにして利用してきた犯人には、吐き気を催すが。だが、今はそこはどうでもいい。
ミシェルが、守れるというのであれば、今一度、信じよう。
「では、ここから先の話については、誰であっても話さないように」
そうして、イザベラはマリエルにしたのと同じように、現状についてを話す。
それについてを話していくたびに、彼女の表情がサアッと青褪めていき。そして、ひたすらに彼女は謝り続けた。
結局、今回についても結果論としての話ではあるものの、ミシェルが気に病んでいたイザベラの体調不良についての原因になっていたのは、なにを隠そうミシェル自身であったということを彼女が自覚したからである。
そうして、ひとしきり事情を理解した彼女は、改めて、協力についてを快く承諾してくれた。
幸い、彼女についてはミシェル側からの差出人への連絡手段がないために、再度犯行の指示があったときに擬似的にそれについての密偵役をこなせる。
……まあ、ここまで足取りを掴まれることを恐れている犯人が、一度失敗した手駒を再度利用しようとするかというと、怪しいが。
「……とはいえ、いつまでもこうして事件に対しての対応ばかりをしていても、埒が明かないというのも事実だな」
アルベール様が、そう切り出す。
たしかに、現状行えているのは危機に瀕したアルベール様を救い出す、というただそれだけ。その場しのぎの対処でしかなく、根本的にはなにひとつ解決していない。
「そういえばさ、今回の事件。ミシェルが言ってたみたいに、他の人では知りようのないことをたくさん知ってたって言ってたけどさ」
ピン、と。マリエルが指を立てながらに、ひとつ、切り出す。
「全部までを知りようはなくとも、一部分だけなら、知ってる人もいたんじゃない? 例えば、ほら。私でも、商談の日程と場所、それから、その日に狩猟があることは知っていたんだし」
「……つまり、今回のこの商談に関わっていた人物の中に、犯人がいる、と?」
「うぇ!? あ、えーっと、あくまで可能性のひとつとして、だけどね?」
イザベラが確認するようにしてそう聞き返すと、マリエルは慌てたようにしてそう言う。
だが、たしかにその可能性は、十分にありえるだろう。
ただの外部犯とするよりかは、計画したのが関係者であり、狙撃自体の実行犯は外部である、としたほうが筋は通る。
「イザベラ、仮にそうだとすると、誰が可能性の高い人物はいるか?」
「…………どう、でしょうね」
ひとつ、心当たりがないわけではない。……動機を持ちうる人物が、ひとりだけ、考え当たる。
だが、それ以外の要素があまりにも、見えている状況から真逆すぎて。イザベラは、ジッと考え込んでしまった。




