#23
「ミシェル!?」
扉の向こうにいた彼女の存在に、マリエルが驚きの声を顕にする。
いや、驚いているのはマリエルだけではない。同様に、アルベール様も声にこそ出していないものの、表情からその感情は明白だった。
しかし、その驚きも妥当と言わざるを得ない。
マリエルも、アルベール様も。そして、イザベラ自身も少し前までは。まさかミシェルがこの事件に関わっているだなんて、思ってもみなかったから。
彼女のような性格の子が、アルベール様の殺害だなんてものを企てただなんて、予想だにしなかったから。
「……さて、ミシェル。弁明があるならば聞きますが」
「あ、あの。えっと……」
明らかな動揺が見て取れるミシェル。ひとまず、逆上して襲いかかってくる、ということはないらしい。
とはいえ、ミシェル本人も、もはや思考が追いついておらず、所在不明な声を漏らすのみ。
このままでは埒が明かない。かつ、あまりこの状況を誰頭に見られるわけにはいかないので、ひとまず彼女に部屋の中に入ってもらう。
マリエルがパタパタッと少し慌ただしくしながらにお茶の用意をして、ミシェルに渡す。
彼女はお茶に口をつけてひと息ついて。いくらか落ち着いた様子を見せる。
「話せそうですか?」
「……は、はい。イザベラお姉様」
どこかバツの悪そうな表情をしながらに、ミシェルはそう言う。
「えと、その。……イザベラお姉様の言っていることがあまりよくわかっていないのですが。アルベール様は、銃の暴発で怪我をされたのではないんですか?」
「それは事を大きくしないためについた嘘です。実際には、他者からの害意によって追った手傷になります」
「そっ、そうなん、ですね」
ミシェルの声は震えていて。視線も明確に揺らいでいる。
発言の内容的にはシラを切ろうとしているのだろうが。態度から、明らかに無理をしているのが透けて見える。
もとより、ミシェルもマリエルと同じくで嘘をつくのが苦手なタチだった。まあ、マリエルが嘘をつけないのはあまりにも真っ直ぐな性格をしているから、というのに対して、ミシェルは嘘をつくには胆力が弱く、わかりやすくオドオドとしてしまうからなのだが。
「……でも、イザベラお姉様。私が、その、犯人だなんてそんな証拠、あるんですか?」
「残念ながら、犯人である、という確定的な証拠があるわけではありません」
マリエルがアルベール様を襲ったときとは違い、現行犯ではなく、罠による襲撃。
なので、現状ではミシェルが犯人だという証拠があるわけではなく。強いて言うなれば、これから罠に使われた銃の方を調べていけばなんらかの手がかりが掴めるかもしれないが、そのあたりはイザベラがどうこうできる行動の範疇ではないし、結局現在で物的な証拠がないことには変わりがない。
だが、状況証拠では、ミシェルが犯人である。……少なくとも、関わってはいる、と。そう言い切れるものが揃っている。
「では、ひとつずつ明らかにしていきましょう」
まず、ミシェルが少なくとも関与をしている、とそうイザベラが考える、その理由。
最後に狙撃があった、ということを加味して考えると。今回の事件は、やはりアルベール様をピンポイントで狙ってきている。
だからこそ、無差別に誰かを狙った、ということではないのは間違いがない。
だがしかし、罠という性質上、予め仕掛けて置かなければならないそれを。森の割り当てを後から決めることになっている狩猟において、ピンポイントで当てるというのは本来不可能。
だからこそ、可能性があるとするならば、あのときくじに触っていた誰かが細工をしたということになる。
「くじではセルジュ候爵がまず引いて、その後に父……エリックが引きました。そして、最後にアルベール様が引かれて、西の森である、ということになりました」
セルジュでは、くじの持ち主故に細工自体は可能だろう。だが、最初に引いてしまっているために、細工をしたとしてもその後に誤ってエリックが引いてしまう可能性が十二分にある。
西と北、その両方の森に仕掛ければ、ある種確実にアルベール様に当てることはできるが、エリックやサーシャが北の森を移動していたというのに罠にぶつかっていないことを考えると、その可能性はないものとしてみていいだろう。
次にくじを引いたのはエリック。彼がなにかしらの細工をすることが可能なのであれば、ここで西の森をアルベール様へと押し付けることが可能、という順番ではあるものの。結局ここでもセルジュが誤って先に西の森を引いてしまう可能性もあり。なんならそもそもエリックがこのくじに対してなんらかの細工をするというのが困難でもある。
このふたりのどちらかが犯人であるとするならば、ふたりして共謀して、全て西の森だと書かれているくじを使って、セルジュもエリックも、ふたりともが西の森を引かなかったとそう宣言した、と。その可能性しか残らない。
「しかし、実際にはもうひとり。くじに触っていた人物がいます」
「…………」
「そうですよね。ミシェル」
イザベラの声に、ミシェルは黙り込んでしまう。
そう。くじを配っていた張本人、ミシェルこそが、最も容易に、くじを与える相手をコントロールできる。
どこの森に、誰を該当させるか、ということを最も容易にやり通せる。
「さすがにここにあのくじの現物があるわけでもなく、また、私はあのくじを実際に触っていたわけではないので、細かいところまではわかりませんが」
例えば、と。イザベラはひとつの方法を示す。
あらかじめ、箱の側面や天面裏側にくじをひとつ、落ちてこない程度に軽めにくっつけておいて、その状態で残りふたつのくじを投入。
そしてくじがふたつとも取り出されたあとに、箱自体に衝撃を与えて、くじを箱の中に落とす。
この状態でアルベール様へと箱を差し出せば、意図した場所へとアルベール様を誘導することができる。
「あのとき、ちょうどミシェルはアルベール様に渡す直前に転んでいます。……いえ、転んだふりをした、という方が正しいのでしょうか」
あれが意図されたものなのか、それとも不意に起こしてしまったものなのか。それについてはわからないが。しかし、あの一瞬を使って今言ったような細工をすることも可能だろう。
あるいは、もっと単純にあの瞬間に箱の中にくじを追加で投入したか。それならば、なんらかの衝撃で誤ってくじが落ちてしまい、セルジュやエリックに西の森が割り当てられるという事故もなくなる。
「……でも、それだけでミシェルが犯人っていうのは難しいんじゃないの?」
イザベラの説明に対して、首を傾げつつ横槍を入れてきたのはマリエルだった。
「ええ、たしかにこれだけでは、あくまでミシェルが一番犯行がやりやすかった、という程度でしかありません」
それこそ、可能性の一因として挙げていたようにセルジュとエリックが共謀していれば、可能である。逆にいうと、ミシェルが犯人、あるいは犯行に関与しているという可能性以外では、それしかあり得ていない、という状況でもあるのだが。
しかし、可能性として薄いとしても可能性は可能性。それがあるのに、ただ一番やりやすいからとミシェルが犯人と決め撃つのは暴論すぎる。
だが、そんなことをイザベラが承知していないわけもなく。イザベラが、ミシェルが犯人だと思っている理由は、他にもある。
「……そもそも、これについては一番証拠を把握しているのはマリエルでしょう?」
「えっ、私……?」
なんで? と。そんな表情をこちらに向ける彼女に、イザベラは小さく息をつく。
あれほど強くに主張してくれていたのに、それを忘れてしまってはどうするのだ、と。
「見たんでしょう? 西の森方面へと向かっているミシェルの姿を」
「そうそう! ちょうど狩猟が始まるしばらく前くらいに、私とイザベラと。それからルイーズの3人でいるときに、外で西の森の方に歩いていくミシェルのことを見て――あっ!」
そう。あれほどにルイーズに見間違いではないのか、と。そう言われたとしても、それでもなお見た、と。本人が主張するほどに、自信を持っていた、その目撃。
ミシェルは、西の森へと事前に向かっている姿を見られている。その上で、ミシェルは西の森へとアルベール様を誘導する手段を持ち合わせている。
「無論、ここまでやったとしても、確定する証拠があるわけではありません。ですが、目撃と、犯行方法の両方があなたには揃っています。物的な証拠は、たしかに現状ありませんが、アルベール様の部下の方が罠に使用された物品を回収しています。それらを調べていくうちに、なんらか確定するものが出てくる可能性はあります」
そういった事情がある上で、なにか弁明があるならば、と。イザベラはミシェルに発言を求める。
イザベラの言葉に対して、ミシェルはしばらくなにも言わず俯いて。そして、ゆっくりと首を横に振り、否の返事をする。
弁明は、無し。
犯行を、認めた。
「……ね、ねえ。ミシェル。なんで、なんでそんなことしたの?」
動揺の入り混じった声で、マリエルがそう尋ねる。
彼女のその疑問は妥当なものだ。なにせ、マリエルはイザベラと同じく、よく彼女のことを知っている。
知っているからこそ、マリエルがそんな凶行に走ったというその事実が信じられないのだ。
「理由については、おそらくですが、あなたと同じですよ、マリエル。立場は別々ですけど」
「私と、同じ?」
そう。マリエルは以前、アルベール様を害そうとして、襲撃をした。
そして、ミシェルについても同じなのだろうと、そう思える。
「ただし、立場として違うのは、想う相手が私ではなくルイーズでしょうが」
「えと、その。……あの」
イザベラの放った言葉に、なにか否定しかけるようにしてミシェルが口を開く。
「信じて、貰えるかはわからないんですが」
「大丈夫です。話してください」
自身の犯行についてを弁明しなかった彼女が、ここに来てなんらか否定をしようとしたのだ。わざわざ、それを信じない道理はない。
「ルイーズ様も、理由ではあるんですが。……同時に、イザベラお姉様も、理由ではあるんです」
「……ほう」
イザベラとしては、これは想定外だった。動機が違う、と言われる可能性は十分に考えていたが、ここで自分の名前が出てくるとは。
「その、イザベラお姉様がアルベール様のせいで苦しんでいる、ということを聞いていまして」
そのミシェルの言葉に、私とアルベール様の視線が当時にマリエルに向く。
突然のそのことに、マリエルは大きく慌てながら「私じゃないよ!?」と、そう言い。ミシェルも「マリエルさんじゃないです!」と、そう付け加える。
まあ、さすがにマリエルとはいえど、この件についてを安易に外に漏らす、ということはしていないようだった。少し、安心する。
「それに加えて、ルイーズ様も、きっと喜んでくれるだろうから、と。そう、言われて」
弱々しい声でそう言うミシェルに、イザベラはやはり、と合点する。
そう。ミシェルは今回の犯行を、自発的に行ったわけでは、ない。それについては、イザベラやマリエルが把握している彼女の性格からも納得ができることだった。
だからこそ、イザベラはずっと疑問に思っていたのだ。そんなミシェルが、犯行に及ぶまでに至った、その理由を。
そして、その理由について。ひとつの可能性を見出していた。それが――、
「誰かから、犯行への協力を持ちかけられた、のですね?」
「……信じて、くれるのですか?」
ミシェルは、そんなことを言っても信じてもらえるだなんて、と。そう思っていたようだが。しかし、これについてはイザベラの推理でもあった。
くじのことやマリエルの視認情報もあり、ミシェルが、最大の犯人候補であったにもかかわらず。しかし、彼女がこれほどの凶行に至る理由がわからなかった中で起きた、アルベール様への狙撃。
これによって、イザベラたちの中に生まれた可能性、それが外部犯がいることと、外部犯と内部犯とでなんらかの情報共有があった、ということ。
そうした可能性を加味したとき。浮かび上がった可能性が、ミシェルが反抗を唆された、というものだった。
とはいえ、まさかその理由としてイザベラ自身が浮かび上がってくる、というのは予想外だったが。
「最初は、冗談だと思っていたんです。……でも、たしかに言われてみれば、以前のお茶会でのイザベラお姉様はどこか様子がおかしかったですし」
「……否定は、できませんね」
当時はマリエルの襲撃関連でいろいろと考えることが多くて、たしかに普段とは様相が大きく違っていたことだろう。
「けれど、そうした疑念たちが確信に至ったのは、アルベール様が本当にこの屋敷に来たときでした」
そう言いながら、ミシェルは1枚の紙を懐から取り出した。




