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#22

 音を聞いたとき。最初、罠の解除を失敗したのだと思った。


 だがしかし、そうではないことを嫌でも自覚させられる。


 音が、もっと遠くから聞こえている、というのももちろんその原因ではあるのだが。しかし、それよりももっと、明白に。そして、残酷に。

 その事実は、眼前に押し付けられる。


「ぐっ……」


 吹き出る鮮血、苦悶の表情を浮かべるアルベール様。


「は……えっ……?」


「アルベール様ッ!」


 理解が遅れた私の反対側で、焦った表情のマリエルが即座にアルベール様へと駆け寄る。

 数拍子遅れてから、私もなにが起こったのかを把握して。慌てて近づく。


 アルベール様が、撃たれた。


 予想外の。いや、躱したはずのその未来に、焦燥から、心拍が大きく上昇する。


 地面に膝をつき、アルベール様は左肩を右手で抑える。


 危機が、去っていなかった? でも、たしかに夢の中ではアルベール様は罠にかかって――、


 そこまで考えかけて、理解する。

 ――違う。そもそも、根本から考えが間違っている。


 夢での予知では、知り得なかったこと。だが、たしかに可能性としてはない話ではなかった。

 そもそも夢の中では、イザベラは一度たりともアルベール様を救えていなかった。

 だからこそ、アルベール様を殺害し損ねたとき。罠を回避したときに起こること、は予知では未だ見ることができていなかった。


 その先、を考慮しなかったのは。完全なイザベラのミスだ。


「とっ、とにかく手当をしないと!」


 マリエルはあわあわと落ち着かない様子を見せながらも。しかし、的確に判断、発言を伴いながら動いていく。

 おかげさまで、思考が混乱している私も、同様に動くことができた。……普段とは立場が逆転している。


 私やマリエルの手持ちに治療用の道具などはなかったが、アルベール様は狩猟中ということもあり、最低限の救護用品を持っていた。とはいえ、精々狩猟中に発生した少々の怪我に対処するのが前提の品目なので、それでは心許ない。

 すぐさま駆け寄ってきたアルベール様の腹心(かげ)の方から追加で治療用の物資を得て、処置を続ける。


 腹心(かげ)の方は、私たちに物資を渡すと、そのまま森の方へと向かった。おそらく、原因の特定。及び、こちらへの追撃の対策のためだろう。


 アルベール様の処置も、ひとまず最低限。出血がこれ以上しないようになるくらいには済んで。とはいえ、未だ痛むのだろう。アルベール様の表情はいまだ歪んだままだった。


 とりあえず、緊急の状態から脱したところで、少しだけ頭が落ち着いて、考えが回るようになってくる。


 今の銃撃は、罠などによるものではない。私やアルベール様、あるいはマリエルが罠にかかったわけではないし、腹心(かげ)の人が解除をしくじったとしても、別の位置の罠を解除しているのだから、それがこちらに飛んでくる可能性は低い。仮に罠の解除失敗が原因だとしても、その場合は腹心(かげ)の人がもっとすぐに反応していたことだろう。

 今回、誰よりも早く反応したのは、マリエルだ。


 ならば、罠によるものではない――なにものかの手によって、人為的に発生させられたものだということになる。

 つまり、これは誰かの手によって引き起こされた狙撃だということだ。


 幸い、という表現が正しいのかはわからないが。今回銃弾が当たったの肩。あと少しズレていたら致命的な箇所に当たるところではあったが、偶然にもそれは免れていたようだった。

 それこそ、アルベール様が私に話しかけるために振り返っていなければ、あるいは。と、そんな恐ろしい可能性も十二分にあり得ていた。


「イザベラか、マリエルか。どちらでもいいから、銃弾を回収しておいてくれるか?」


「ふぇ? は、はい! わかりました!」


 アルベール様のその言葉に、マリエルはピンと腕を上げて、そのまま飛来した銃弾を探す。

 私も、彼女と同様に探すが。さすがにこのあたりはマリエルの得意分野。しばらくと時間がたたないうちに銃弾を見つけて、素手で拾い上げようとする。

 私はそれを慌てて引き止めて、ハンカチでそれを拾い上げる。


「……銃弾が、細い」


 拾い上げたそれを見て、ふと、そう感じる。

 そんな言葉とともに私は銃弾をアルベール様に渡すと、たしかに彼も同じように感じていたようだった。


 罠として仕掛けられていた銃についてをまざまざと見ていたわけではないから、その感覚が正しいのかはわからないが。しかし、口径が合わないような、そんな気がする。


 思案している私とアルベール様の傍らで、ぴょこんっとマリエルが立ち上がりながら、くるりとこちらを向く。


「アルベール様がいたのがそこで、銃弾がここにあるってことは。じゃあ、向こう側が飛んできたんだね」


 そう言いながらマリエルが指で指し示す。

 それは、先程まで解除していた罠の銃が仕掛けられていた方角とは全くの別であり。そして、イザベラ自身完璧に、正確に方角を記憶できているわけではないものの、大雑把には森の西側となる方角であった。


 西側。……つまり、現在狩猟を行っているふたりがいる方角とは、真逆になる。


(と、なると。罠を仕掛けていた犯人がアルベール様の殺害の失敗時に備えて、張り込んでいたということ? いや、でもそれならば――)


 あくまで、イザベラの推測のうちにはなるが。現在、罠を仕掛けていたであろう犯人は、ここに来ることはできないはず。

 その予想が外れていたら、そもそもこの推論自体誤りになってくるのだが。


 じゃあ、誰が。罠を仕掛けた犯人が狙撃をした犯人でないとするならば。狙撃をしたのは、いったい。


 候補となる人物を、頭の中に数え上げていく。

 だがしかし、誰ひとりとして合致しない。


 条件の満たされる人物が、いない。


 ならば、外部犯か? いや、それもない。……というか、罠を仕掛けた犯人を考えたときもそうではあるが。そもそも、その可能性についてはいの一番に頭から抜いている。


 だって、罠を仕掛けるには、アルベール様が森のどこに行くかを知らなければいけず。それを事前に把握することができたのは――、


「……ああ、本当に。私は頭が固いようですね」


 ギリと、歯ぎしりをする。なぜ、今の今までそれを失念していたのか。

 特大の違和感であっただろうに。


 私がそんなことをひとりごちていると、森の中からアルベール様の腹心(かげ)が戻ってくる。


「申し訳ありません、痕跡を見つけることはできたのですが、取り逃がしてしまいました」


 狙撃である都合、たしかに距離はあったとはいえ理しかしなかまら、曲がりなりにも王族の影をしている人物からの追跡を逃れるとは、どうやら相手も相当な手練ぇあるようだった。

 アルベール様は少し難しい顔をしてから。小さく頷いて。


「わかった。だが、向こうも退いたということはすぐさまの攻撃の可能性も低いだろう。とにもかくにも、この森の中にいるほうが危険だ」


 と、仰る。


「私も、この状態で狩猟の続き、というわけには行かないしね。……まあ、怪我の有無に関わらず、有事となってしまったから、どのみち退避するつもりではあったが」


 実際、アルベール様の怪我の手当なんかについても、ここでできたのはあくまで応急処置であるために、屋敷の方に戻る、というのは妥当な判断だろう。


「それに、どうやらイザベラも。大まかな検討がついたようだしね」


 アルベール様はそう言いながら、柔らかな笑みをこちらに投げかけてくる。

 私はそれに、静かにコクリと頷いて、肯定を以て答えた。






 アルベール様の怪我のこともあり、狩猟は途中で中断されることとなった。


 とはいえ、実情としてエリックの向かった北の森にはサーシャと。それから体裁上としてはイザベラとマリエルが鈴を鳴らしながらに向かっており。その都合で動物や鳥が逃げてしまっていたし、問題なく狩猟が進行していたのはセルジュいた東の森だけで、そういう意味でもやるにしても改めて仕切り直したほうがいいだろう、ということになった。


 アルベール様の怪我の理由としては、狙撃を受けたと言ってしまうと下手な騒ぎになってしまう可能性を考慮して、あくまで今回のことについては狩猟中に起きた事故ということで表向きは処理することとなった。

 その際、原因として銃の暴発という理由をでっち上げることとなり。イザベラとしては自身が森の中に侵入するための口実と関連するものがあったために少しヒヤリとしたが。これに関してはアルベール様が自身で持ち込んだ銃弾に不良があった、とハッキリと言ってくださったためになにごともなく過ぎ去ってくれた。


 なお、ヒヤリとする理由になってしまった森に入るための口実についてだが。キチンとルイーズやミシェルへの体裁を保つ、という目的から、森の途中でアルベール様と別れて、サーシャと合流するという形で森から出てきた。

 正直、そのあたりの体裁がなければ補助をしながら外まで来たかったところではあるのだが。腹心(かげ)の方もいたこともあり、彼に任せるのが無難だろうということになった。


 そうして現在、アルベール様は客間のひとつで静養なされている。

 そして、私やマリエルは看病という建前でその部屋の中にいた。

 おそらく、気配は感じ取れないが。どこかしらに腹心(かげ)の彼もいることだろう。


「……それで、イザベラ。今回の襲撃についての犯人がわかった、ということで大丈夫なんだな?」


「はい。ほぼ、間違いないかと。……ただ、半分だけですが」


「半分?」


 私が追記するようにして言ったその言葉に、アルベール様は首を傾げる。

 その隣にいたマリエルも同じくで、どういうことだかわかっていないという様子だった。


「今回起こったことについては、大まかにふたつに分けることができます。そして、それぞれ別の犯人に依るものです」


 ひとつは、イザベラの予知の中にもあった、罠による襲撃。そしてもうひとつは、予知では知り得ることのなかった、狙撃。

 それらは関連こそしているものの別種の事件であり、犯人の考察に於いてはある程度切り分けて進めていかなければいけない。


 イザベラのその発言に、アルベール様はしばらく考えてから「少しいいだろうか」と、口火を切る。


「たしかに、あのときマリエルに回収してもらった銃弾については、罠に仕掛けられていた銃のものとは口径が違った。だから、使用された銃が別種だというのはそのとおりだろう。だが、それだけで犯人までもが別人だと断定していいのか?」


 アルベール様の指摘は正しい。実際、罠としてバレないようにある程度は距離を取るとはいえ、比較的近距離からの使途と、遠方からの狙撃という、完全なる長距離での使徒では、使うべき銃も弾丸も変わってくる。

 だから、同一の人物が銃を使い分けている、という説を辿ることも可能だ。


 だが、アルベール様の視点からでは十二分に見えていない範囲の情報で、そう決め打てる要素が存在する。


「……あの位置からの狙撃が可能な人がいないんです」


 そう。誰も、西の森の西側に向かえない。

 東の森にいたセルジュでは、エリックのいる北の森を突っ切るか、森を迂回するという手段でしか西の森に辿り着けない。

 エリックはアルベール様にバレないように多少迂回するだけで辿り着けるが、当該時刻と大差無いタイミングで北の森内部にてサーシャと話している。

 ルイーズとミシェルは相互監視の状態にあった他、使用人たちからの視認もある。

 無論、使用人たちについても、ルイーズとミシェルや他の使用人たちの視線をかいくぐった上で森にたどり着かなければいけず。更にはそれを、先行して森の中に入っていたイザベラやマリエルなどよりも移動した位置にたどり着き、そこから狙撃態勢までを整える、という工程を踏まなければいけない。


 そう。そこまで行き着くための時間が圧倒的に足りない。

 今回の関係者全員が、狙撃について関与するのがほぼ不可能である。


腹心(かげ)の方の発言からも、狙撃をしてきた人はかなり腕が立つ方だと見受けられます。そういう観点も含めて、おそらくは」


「外部犯、と。イザベラはそう言いたいのだな」


 アルベール様のその言葉に、イザベラはコクリと頷く。

 そう、外部犯。だからこそ、こちらの把握しうる視認範囲外からの侵入、ポイントへの移動が可能だし。当時に、犯人については今のイザベラたちでは推測のやりようが無い。


「だが、イザベラ。それは無理な話だ。こと私を狙っての狙撃だとする場合、その外部犯が西の森にピンポイントで待機しておく必要がある。しかし私が西の森だと決まったのは狩猟の直前だ。外部犯には知りようがない」


「ええ。森のどこにアルベール様が割り当てられるのかは、通常知りようがない。だって、本来ならば未来のことなのだから。ですが、いるではありませんか。ひとりだけ、それを予知してみせた人物が」


「……そうか。狩猟が始まるその前から、()()()()()()()()()()


「そのとおりです。犯人のみ、どこにアルベール様が割り当てられるのかを把握していたことになります」


 そう。今回の事件。別種の事件ではあるものの、完全に切り分けてはいけない。

 犯人同士で、あるいは一方通行で、情報がやり取りされている。


「ここに来るように呼びつけておいて、出迎えも応対もせず、すみませんでした」


 イザベラは少しだけわざとらしく声を張り上げ、スッと席から立ち上がる。

 突然の言動に驚いた様子を見せるアルベール様とマリエルだったが。それとほぼ同時、入り口の扉の向こうで、ガタリ、という物音がした。


「今回の事件のその犯人。あるいは、少なくとも加担者は、アルベール様が西の森に割り当てられることを知っていた」


 イザベラは、ひとつひとつを確認するように言いながら、ゆっくりと扉へと歩いていく。

 

「いえ、もう少し正確に言いましょう。アルベール様のことを西の森に()()()()()


 入り口へとたどり着いたイザベラは、ドアノブに手をかけ、そのまま扉を開く。


 そうして開け放たれた扉の向こう側には、ひとつの人影。彼女は、尻もちをついて、ガタガタと体を震わせていた。


「そうですよね。ミシェル」


 イザベラの、問い詰めるようなその言葉に。顔を真っ青にしたミシェルは、弱々しい声音で言葉にならない声を漏らしていた。

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