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#21

 マリエルとサーシャを伴って、北の森の中へ。


「サーシャは、お父様を探して確認をするフリをしてください」


「……わかりました」


 森の中をしばらく走り続けた頃合いで、サーシャに向けて私はそう言う。

 サーシャは一瞬考えはしたものの、そう素直に引き受けてくれる。


 いちおう、ルイーズへの体裁としてはお父様の所持していた弾の不良で、ということになっている。実際には雷管不良などではなく、入るためだけについた嘘なため、伝えることができなくても最悪問題はないのだけれども。ただ、ルイーズからの疑いを持たれかねないのは、できれば回避しておきたい。


「それでは、私は少し用事を果たしに行きます。マリエル、ついてきてください」


「う、うん! 任せて!」


 私が彼女の名前を呼ぶと、マリエルは少し戸惑いながらも元気よく返事をする。

 サーシャがいる手前、なにをするつもりなのかはマリエルには伝えられていない。だが、状況が状況なだけに、大まかな方向性だけはきっと伝わっていることだろう。


「それでは、サーシャ。よろしくお願いしますね」


「はい、お嬢様」


 本来ならば、当主に対して虚偽の報告を行うというのは赦されない行為なのだが。しかしながら、私になんらか事情があることを察したサーシャは、それをこうして引き受けてくれている。

 そんな忠義を見せているサーシャに、事情を説明できない現状を少し悔やみながら。しかし、だからこそ目的をしっかりと果たさなければならないと決心して、西側に向けて走り始める。

 マリエルもそれに続いて走り始めて。サーシャだけがその場に取り残される。


「……やはり、そちらに向かわれるのですね」


 そんな、ひとりの侍女のつぶやきは。森の中で、誰に聞かれることもなく。風に呑まれて消えていった。






 狩猟地が混同しないように区分するための境界線へと到着する。

 露骨にわかりやすく木々が途切れていて、たしかにこれならば誤って他の人が入っている狩猟地に入るということはないだろう。


「やはり、可能性があるとするならば故意的な事件、だけですよね」


 ここまで、アルベール様を害するための動機が、エリックにもセルジュにも無いとなると、事故的に、という可能性も考えなけれいけなかったが。やはり、その先は潰しておいていいだろう。


 間違いなく、アルベール様は。誰かに意図的に、殺意を持って狙われている。


 なおのこと、急がなければと。私はそのまま西の森に移る。


「待って! イザベラ。そろそろどうすればいいのかを教えてくれない!?」


「ああ、すみませんマリエル。まだ、詳しくは伝えていなかったですね」


 元よりイザベラよりも体力の多いマリエルだから、息切れをしているとかそういうわけではないのだけれども。しかし、具体的なことまではわかっていないマリエルが不安そうにそう訪ねてくる。


 とはいえ、夢の中では私の手は届かなかった。だから、時間的な躊躇をしている余裕はない。

 だから、走りながら話を続ける。


「このあと、おそらくアルベール様が銃弾に撃ち抜かれます」


「うん、それは知ってる! 夢の中で見たって内容だよね」


「なので、いち早くアルベール様に合流して守る必要があります!」


 走りながらに、私はそう言葉を吐き続ける。

 息切れしかかっている呼吸器を、無理やりに動かし続ける。


 次第に、見たことのある木々の様子が見えてくる。見覚えのあるはずもない場所なのに。


 夢の中の、場所だ。


 ならば、道はわかる。


 真っ直ぐに、アルベール様がいるはずの方向へと駆け続ける。

 リンリン、と。鈴が大きな音を立てる。マリエル曰く、この音にアルベール様が気づけば狩猟を中断して近づいてきてくれるはず。


 お願い。気づいて――、


「でも、イザベラ。早く合流しても、狙撃をされるのなら意味がないんじゃない?」


「いえ、意味はあります」


「……そうなの? まあ、イザベラが言うのならそうなんだろうけど」


 たしかに、狙撃手が狙っているのなら、早く合流したところで結局狙われているのだから。ではイザベラたちになにができるのだろうかといえば、なにもできないだろう。

 どこから狙ってきているのかがわからない以上、対策はできないし。仮にできたとしても、せいぜい盾として身を呈して守る程度だろう。私もマリエルも、ロクな武装も持っていないし。


 だが、必ずしも狙撃であるとは限らない。


 最初は弾いていた可能性だった。だが、少しだけ。……たったひとりだけ、それを実現できる可能性のある人物に心当たりがあった。


 だからこそ。


「ねえ、イザベラ。なにか、聞こえない?」


「私には、なにも聞こえませんが」


 今聞こえているのは、私たちが身に着けている鈴の音と、駆けている足音。それからせいぜい風の音がするくらい。これと言って、イザベラの耳にはなにか聞こえてきてはいない、ように感じられるのだが。だが、しかし。


「聴覚は、私よりもマリエルのほうが信頼できます」


 もしかしたら、マリエルにはアルベール様の足音なんかが聞こえているのかもしれない。それならば、そのほうが方角としてはより正確だろうし、それに頼るべきだろう。


 しかし、マリエルから返ってきた答えは、少し想像していたものとは違って。


「その、ね? 私の聞き間違いだったらあれなんだけど。鈴の音がしてるの」


「鈴の、音? それなら、私たちのつけている鈴も鳴っていますが」


「それはそうなんだけど。どこか遠くで、別の鈴が鳴っているというか」


 どういうことだろうか。……可能性としては、森の中で反響した鈴の音が返ってきている、というものも考えられる。

 はやる気持ちもあるが、この違和感は逃してはいけない気がして。イザベラは一度立ち止まる。

 マリエルも同じく立ち止まって、鈴の音が止む。


「どうですか? マリエル」


「……まだ、聞こえる」


 反響した音には多少ラグがあるとはいえ、未だ聞こえてくるということは、私たちの鈴の音ではないはずだ。

 ということは、この森の中に他の鈴がある、ということになる。


「どちらの方角から聞こえてきていますか?」


「えっとね。ちょっとわかりにくいんだけど。……たぶん、私たちがさっき向かってた方向と、そう変わらないとは思う」


 つまり、推定アルベール様がいる方角で。

 そして、更に言うならば。森の入り口とは、反対側になる方向だった。


 違和感が加速する。私が森の中に入る前、この森の中には誰も入っていないはず。

 サーシャと少し話すために一時離席していたが、そのときでも森の前でマリエルは待っていたわけで。それならば彼女がそれを把握しているはずである。


 ならば、誰かが来ているならイザベラたちの後に入ってきたということになる。

 しかし、イザベラたちがたとえカモフラージュのために少し遠回りをしていたとしても、たったそれだけの時間差で、ふたりよりもずっと森の奥地に入っている、というのは考えにくい。


 だが、鈴の音は森の奥。音がマリエルにだけ聞こえているということを考えれば、かなり先にあるはず。


 ならば、この鈴の正体は――、


「マズい。マリエル、急ぎますよ!」


「えっ!? わ、わかった!」


 狩猟を安全に、円滑に行うためのルール。緊急連絡時に持たなければいけないという、鈴。

 イザベラたちも持っているその鈴が、もし、他にこの森にあって。そして、鳴っているとするならば。


「……私にも、聞こえてきました」


「でしょ! だって、私嘘ついてないもん!」


「わかってます。なにも、疑ってなどいません」


 見覚えのある景色を駆け抜けて。


 そして、だんだんと夢での結末。最後の場所まで近づいてくる。


 足が重たい。だが、疲れたとか、そういうことを言っている場合ではない。

 だから、前へ。前へ――、


(だけれども、夢の中では届かなかった。あと、一歩)


 歯痒い記憶が、脳裏に走る。

 たしかに、私の手は届かなくて。


 そして、たしかにあのときのアルベール様は、どこかに近づこうとしていた。

 こちらから、離れるようにして。


 どうすれば、届くのか。この手が。

 私の足では、夢の中では届かなった。それを、どうすれば――、


「ねえ、イザベラ。私、なにをすればいい!?」


「マリエル……」


 そうだ。夢の中では、マリエルはいなかった。

 いや、一度だけいた。初めてこの夢を見たとき。動けなくなった私を彼女は引っ張ってくれた。


 そう。あの夢には、私だけでなく。マリエルも関わっていた。

 マリエルも関わらなれけば、あの夢は成立しなかった。


 なにも、夢の中だからマリエルを勝手に呼び出せたわけではない。


 現に、ここにマリエルがいる。


 ならば、


「この先、真っ直ぐ進んだところ。鈴の音がしている方向にアルベール様がいます! だから、アルベール様を、なんとしてでも止めてください。押さえつけてでも、地面に押し倒してでも構いません!」


「えっ!? それ、いいの!?」


「大丈夫です! もしも怒られたときは、私に指示されたとそう言ってください!」


 戸惑うマリエルに、私はそう伝える。

 後で頭ならいくらでも下げる。責任なら、私がいくらでも被る。


 だから、


「今は、私より足の速いマリエルが、いち早くアルベール様の元へたどり着くことが先決です!」


 ここからなら直進だから、道は難しくない。

 幸か不幸か、鈴の音という、道標までそこにある。

 ならば、迷子になりがちなマリエルひとりでも、たどり着けるはず。


「わ、わかった!」


 マリエルはコクリと頷いて、真っ直ぐに走り始める。


 イザベラもそれを追うようにして、可能な限り全力で足を回し続ける。


 それから、どれくらい経っただろうか。

 正直、ほとんど経っていないのだろうが。しかし、体感ではとてつもなく長い時間が経ったような、そんな時間が経って。


「アルベール様、ごめんなさい!」


 そんな、マリエルの声が少し遠くでした気がして。

 それとほぼ同時。パーンッ、という破裂音――銃声が聞こえる。


 急いで、アルベール様とマリエルのいる場所へと向かう。


 そうして、夢で何度かみた場所。いつも、アルベール様が撃たれてしまっていた、その現場。


 硝煙の匂いがする森の中。アルベール様に覆い被さるようにして倒れているマリエルと、それを見て止めにかかろうとしている服心(かげ)の人の姿。


「すまない、マリエル。……おそらく、助けてくれたということはわかっているのだが。とりあえず離れてもらってもいいだろうか?」


「わあああっ!? ごめんなさい!?」


 慌てて、アルベール様の上から離れるマリエル。

 そうして平謝りしている彼女に、アルベール様が立ち上がりながら、大丈夫だ、と。

 服についた土を払っているアルベール様の姿を見て、安堵の息が漏れる。


 大丈夫、撃たれていない。

 アルベール様は、無事だ。


「しかし、イザベラと。それからマリエルが来たということは、やはり夢の内容は今日だった、ということか」


「はい。それ自体に確証があった、というわけではないのですが。ただ、可能性が見えてきたので」


「なるほど。可能性、か」


「ね、ねえ! ちょっとイザベラ。それからアルベール様!」


 私がアルベール様と、そんな話をしていると。マリエルが慌てた様子でそう割り込んでくる。


「さっきの、銃声だよね!? じゃあ、狙われてるってことじゃないの? なら、こんなところで悠長に話している場合じゃないんじゃ」


「いえ、大丈夫ですよ、マリエル」


「ああ、おそらくだが、大丈夫なはずだ」


 私とアルベール様の言葉が重なり、マリエルが首を傾げる。


「しかし、安全のための規則を逆手に取られるとは。……さすがに驚いたよ」


 アルベール様が視線を遣ると。その先には、一匹の野生動物。

 その身体には、鈴がつけられていて。リンリンと音を鳴らしていた。

 マリエルが聞いた音は、おそらくこの音だ。


「鈴の音は緊急連絡用のもの。もし鈴の音を聞いたら、狩猟を一時中断して、その音のする方向へ連絡事項の確認のために移動する」


 イザベラがルイーズから聞いていたことを確認するようにして、言う。

 そして、森の中でなにやらその音がするともなれば、アルベール様は確認のためにそちらに向かわざるを得ない。


 それが罠だと、知るわけもなく。


「罠自体はシンプルなものだな。紐に足を掛ければ、それによって発砲されるというものか」


 人の急所を狙うため、銃口自体はある程度高いところを狙うようにして設置されていたようだった。

 だから、地面に伏せるようにして覆い被さったマリエルによって、罠には引っかかりはしたものの、射線からは外れることができた。


「周囲の罠の解除を頼む」


「わかりました」


 アルベール様の服心(かげ)が、そのまま周囲の罠を確認しに行く。

 どちらからアルベール様が近づいてくるかわからない以上、他にも罠があるはず。彼はそのまま、周囲を確認しつつ、丁寧に解除をしていく。


「でも、イザベラ。たしか、イザベラって、最初、罠の可能性はないって考えてなかった?」


 マリエルが、イザベラに向けてそう疑問を呈する。

 そう。イザベラも最初は、罠の可能性はないと思っていた。

 それは、罠を仕掛けてピンポイントでアルベール様を狙うことができない、と思っていたから。


 しかし、誘導するための仕掛けは、鈴によって作ることができる。あとは、この森にアルベール様を割り当てるだけ。


 そうすれば、ピンポイントで狙うことができる。


 そして――、


「アルベール様を、狙って西の森に割り当てることができた人が、ひとりだけいるんです」


「その様子なら、イザベラはどうやら犯人がわかっているようだな」


 アルベール様のその言葉に、私はコクリと頷く。


「それならば、一度戻ろうか――」


 アルベール様がそう言いかけた、その瞬間。


 パーンッ、という。破裂音とほぼ同時。


 私の視界を、真っ赤な飛沫が埋め尽くした。

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