#20
これから狩猟が行われるということで、全員が庭に集められる。
「それでは、アルベール殿下、そしてエリック伯爵。こらから、事前に説明していたとおり、くじで狩猟地を決めていきます」
セルジュがそう言いながらに柔らかな笑みを浮かべてそう言う。
「それでは、ミシェル嬢、頼んでもいいかな?」
「はっ、はいっ!」
セルジュからそう言われて、ミシェルが用意されていた箱を持ってくる。
ルイーズ曰く、いちおうは公平性を期すという目的のくじなので、ルイーズ自身もといエルフェ家関係者が担当するのはあまり好ましくなく。ミシェルがいるときには彼女がくじを担当するのだとか。
まあ、ミシェルはルイーズと。いや、ミシェルとルイーズだけに限らず、クロワゼ家とエルフェ家自体が懇意な仲なので結局恣意が入るのではないかと、そう言えなくもないのだけれども。そこを言い始めると、イザベラとマリエルのブランシャール家とラングレー家だって仲がいいわけで。結局誰を選んでも恣意を疑われてしまう。
ならば、セルジュとしても自分の関係者ではないため体裁上としてはそれなりに公平性を維持しつつ、家繋がりで関係性があるために頼みやすいミシェルを、というのは自然な話であろう。
(ということは、先程マリエルがみたというミシェルの姿は、くじの準備をしに行っていたということ?)
ミシェルが単独で行動していたということについては、一応そう考えれば合点がいきそうではあるが。しかし、それにしても依然として疑問が残り続ける。
ルイーズ曰く、あの先には森以外なにもないということ。つまり、倉庫などがあるというわけでもなく、わざわざミシェルがくじの準備であそこに訪れる理由はないことになる。
それに、彼女は居なかった理由を庭を見たくて迷ってしまっていたからと言っていた。もし、くじの準備でというのなら嘘を付く理由もない。
「そ、それではっ! セルジュ様から、どうぞ」
ミシェルがセルジュの前に向かって、そのまま箱を差し出す。
彼は1枚紙を取り出すと、ミシェルにありがとうと伝える。
そして今度は、エリックの前に立ち、同じくお父様も1枚引く。
「それじゃあ――わっ、!」
最後にアルベール様の方を向こうとして、ミシェルが転びそうになる。
なんとか体勢を取り戻して転ばずに済んだ彼女は、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながら、苦笑いをしていた。
「えと、それじゃあアルベール様も、その……」
「ああ、貰おうか」
ミシェルがやや緊張した面持ちでアルベールに向かい、アルベール様も今までと同じく紙を1枚受け取る。
全員がくじを引いたことを確認してから、セルジュが紙の中身を確認する。
「ほう、私は東の森ですね」
「私は北の森です」
続けてエリックが確認。
セルジュが東、エリックが北。ということは、確認するまでもないが。
「ふむ、私が西の森ですね」
アルベール様が、そうつぶやく。
つまり、構造上で言うならばエリック――つまりイザベラの父がアルベール様と接しており、その両側にセルジュとアルベール様がいるという形になる。
この配置は非常に重要になる。しっかりと頭の中に入れておく。
「さて、それでは制限時間は一刻、時間になったら屋敷より鐘の音が鳴りますので、それが聞こえ次第戻ってきてください」
セルジュのその宣言と共に、狩猟が開始される。
「…………」
イザベラは小さく息を呑む。
狩猟が始まったということは、つまり、予知夢での光景が差し迫っていることとも、同義であった。
庭にて、イザベラはルイーズたちと一緒に話していた。
(動かないといけないのはたしかだろう。だが、動ける理由が、無い)
夢の中で間に合っていなかったことを考えると、可能な限り、早くに動けるほうがいい。
だがしかし、理由もなくこの場を離れてしまっては、ルイーズやミシェルに不信感を与えかねない。
特に今回にあたっては狩猟が行われている最中の森の中に入らねばならない。それなりの理由をつけてでなければ、アルベール様の元に向かうことは叶わないだろう。
やきもきとした気持ちは抱えつつも。しかし、ならば今できることを、と考える。
アルベール様は西の森に向かった。西の森と隣り合っているのは、北の森。つまり、イザベラの父であるエリックが向かった森である。
事前の考察では、東の森から西の森へと襲撃しに行くのは不可能だろう、という結論をイザベラは出していた。で、あるならば襲撃が可能なのは北の森にいるエリックということになる。
だが、ではなぜお父様がそんなことをするのだろうか、と。その理由についてが全く見当がつかない。
しかし、それについてはマリエルの気づかせてくれたとおり、なんらか別の理由がある、と。そう考え直すことができる。
マリエルがそうであったように、イザベラがアルベール様の元に行くことを嫌った? いや、それならばそもそもの話、イザベラとアルベール様との婚約の話すら出さなければよかった話である。
それに、少なくともイザベラにはお父様が、そんな突発的に殺人、あろうことが相手が王子であるとかいう国家反逆罪を起こすような人物には思えない。それこそ、マリエルのように良くも悪くも猪突猛進で考えるより動くが先行しているならば別だが、十分に思慮を行う彼が、当然親族までもが連座させられるであろうそんなことをするとは到底思えない。
そして、それはセルジュ――ルイーズの父であるエルフェ家当主についても同じくのはず、なのだが。しかしそうなると、今度は夢の内容と整合性が取れなくなる。
なにか、見落としている? そんな気がして、もう一度情報を精査しようとしたとき。
「イザベラお嬢様」
「……サーシャ、どうかしましたか?」
「いえ、少々報告がありまして」
私の侍女であるサーシャが、斜め後ろからそう声をかけてきた。
彼女には、マリエルと同様少々調べごとを頼んでいた。無論、マリエルとは違って事情を知らないために、詳しいことについては触れず、知りたいことのみを調べてきて貰う形にはなったが。
しかし、それであってもサーシャは引き受けてくれた。事情を知りたい、という気持ちが受け取れる様相ではあったが。私が「ごめんなさいね」と伝えると、彼女はなにも聞かずに引き受けてくれた。
内容が内容のだけに、ここで話すことはできない。私はルイーズに中座することを伝えて、サーシャと共に移動する。
そうして、彼女たちからしばらく離れたところで私はサーシャから報告を受ける。
その報告は、ある意味では想定どおりで。しかしながら、同時に、期待していたものではなかった。
「特段、変な連絡周りはなかった、と」
「はい。もちろん、私の記憶の範疇や、同行している使用人たちのみからの話だけでは、という話になりますが」
それについては、今いる場所がブランシャール領ではないことを考えると致し方ないだろう。むしろ、この短時間の間で、よくぞついてきている使用人から聞いてきてくれたとは思う。
サーシャ以外の使用人は、基本的にはお父様が連れてきている人物だ。あまり人数を多くできない都合、よりお父様に近い人物がついてきている。その分ガードも硬いが、実情に近い話を知っているとも言える。
そして、そういう人物たちからの情報を合わせても、お父様はここしばらくの間で、特段変な連絡を受け取ったり、逆にしたり、ということはなかったという。
「ありがとうございます、サーシャ」
「いえ、報告は以上になりますが。しかし、その他で、少しだけ」
「はい? なにかありましたか?」
イザベラが彼女に頼んだ事柄は今のものだけ。だが、サーシャはまだなにかある様子で。
少し考え込んでから、私の杞憂の可能性もあるのですが、と。そう切り出して。
「なにやら、妙な気配があります。お嬢様の周りをつきまとっているような、あるいは探っているようなそんな気配が。ただ、害するつもりのような気配ではないのですが。念の為」
「……ああ、なるほど。おそらくですが、私の把握している事柄なので大丈夫です」
私の周りをつきまとっているような、ということであれば。おそらくアルベール様の腹心であろう。サーシャの予感どおり、こちらに対して害することはないだろうし、イザベラ自身、承認している事柄なので問題はない。
だがしかし、サーシャはその気配に気づいたということだろうか。私など、全く気づきもしなかったが。
エルフェ邸にいるということで、普段よりかは大きく動いているために、また、予知夢で宣言された場面が近づいているということもあって彼自身もおそらく情報収集をより強く行っているだろうし、それで腹心の人も大きく動いて、それで普段より気配がわかりやすくなっている可能性などは考えられるが。しかし、それでも気づいたというのか。
「まあ、サーシャは気にしなくて大丈夫です」
「そう、ですか」
「……すみませんね」
なにやら、先程から謝罪の言葉が彼女への理解を強制する言葉になっている気がする。
あまりよくはないだろうし、それに、サーシャに対しても不誠実な状況になってはいるのだが。
しかし、そうするしかない現状に。少し、歯を噛む。
とはいえ、彼女に対して面と向かい合わせてお互いに真っ当に話をするためには、やはりアルベール様のことを救うしかないだろう。
現状、最有力の候補がお父様。しかし、動機は微塵もなければ、犯行に移るメリットも全くない。
では、次点のセルジュはというと、北の森を通過しなければならないという不確定要素がそこにあるが。しかし、依然の事件でのマリエルがそうであったように、なんらか森の中を突っ切る手段が存在しているのかもしれない。あくまで仮定でしかないし、そんなものがある保証もないが。しかし、ここが彼の邸宅で管理している森である以上、可能性としては弾けない。
だがしかし、結局犯行に至る動機や旨味がないという結論には変わりはない。
なにか見落としがあるとすれば、動機か、旨味か。
あるいは――、
ふと、そこで思い出す。
まさか、そんなことが可能なのだろうか。
だがしかし、可能性としてあり得てしまう。
あり得るのならば、考察に入れなければならない。
突然に生まれた可能性なため、動機はわからない。そもそも、そんなことをするだなんて、少し信じられない。
だが、お父様やセルジュが犯人である、とするよりかは。まだ、可能性としてはあり得る。
「それでは、私は戻りますね」
「待ってください。サーシャ」
考え込んていた私に対してサーシャがそう言い、元いた場所に戻ろうとするが。私がそれを引き止める。
可能性が生まれた以上、今すぐにでもアルベール様のもとに向かわなければならない。
しかし、そうできるだけの理由がない。
だが、アルベール様のもとに向かう理由を作れなくとも。
「どうかしましたか? お嬢様」
「サーシャ。今から嘘をついて貰ってもいいですか?」
サーシャが怪訝そうな目でこちらを見てくる。
そうなるのは仕方がないことだろう。だが、彼女は短く「先程の気配に関連するようなことですか?」と。
関係は、一応するだろう。私がコクリと頷くと、彼女はわかりましたと、そう答える。
「御命令とあらば。私は、イザベラお嬢様の従者ですので」
私は、大まかな手筈と嘘の内容を伝える。
サーシャは不安そうな顔をしていたが。しかし、わかりましたと了承してくれる。
「では、一緒に来てください。そこから先は、お願いしますね」
「はい、お嬢様」
この際、森の中にさえ入られればそれでいい。
なにせ、森自体は繋がっているのだ。だから――、
私はサーシャを伴って、ルイーズたちのもとに向かう。
表情で少々の焦りを作りながらに戻ると、ルイーズの方からどうかしたのかと尋ねてくれる。
「すみません。どうやら、持ち込んでいた弾の中に雷管不良のものがあったようで。お父様が持っていったものが同ロットのものなのかは不明なのですが、そのため、確認しに行きたいのですが」
「雷管不良でしたら、最悪暴発の危険もありますわね。少々お待ちください」
そう言いながら、ルイーズは鈴を取り出す。
「動物たちも逃げてしまいますが、安全には代えられません。この鈴を鳴らしながらであれば、大丈夫なはずです」
曰く、緊急の連絡をする際のものらしい。この鈴が聞こえ次第、銃を構えるのをやめて、一度その音がする方に向かって連絡を聞く、という取り決めなのだとか。
「何個必要ですか?」
「私とサーシャで向かうので、ふたつですね」
「わっ、私も行く!」
慌てて、マリエルも手を挙げる。
ルイーズは懐から鈴を3つ取り出して、机の上に置いてくれる。
「できるだけ、よく鳴るように持っていてくださいね。それでは、ご安全に」
「イザベラお姉様も、マリエルさんも。気をつけてくださいね」
そう言って、ルイーズとミシェルが見送ってくれる。
その視線を背にしながら、私とマリエル。そしてサーシャは北の森へと向かった。




