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#2

 それから数日の間、いつも見ていた婚約破棄の夢を見ることは無かった。

 しかし、案の定とでもいうべきか、その代わりに見るようになったのはアルベール様が死んでしまう夢。そのいずれもが、やはり同じ夜会にて突然に苦しまれて、そして血を吐いてしまう、というもの。


 繰り返すうちに、私は夢の中での行動を変えてみたり、様々試してみたものの、結局は葡萄酒に口をつけられ、そしてそのしばらく後に体調が急変してしまう。


 少しでもなにか情報を、と思うものの、しかしあと少しというところで目が覚めてしまう。


「…………」


 ベッドの上で、眉間にシワを寄せながら。私はジッと考え込む。

 おそらく、あの状況的に毒物の類が使用されているものと考えていいだろう。混入先は、あの葡萄酒。

 いつどこで、誰がどのようにして。というのは、全く見当がつかない。だがしかし、周辺にいた人たちも葡萄酒を飲んでいたわけで。――つまり、ピンポイントにアルベール様を狙ったものだと考えられる。


 そんなところまで、考えたところで。ふと、思う。

 なにをただの夢に。現実でもないことに、ここまで考え込み、神経質になっているのだ、と。

 起きた直後は夢の衝撃を鮮烈に覚えているがために、普段よりも直情的になってしまっている側面は間違いなくあった。

 ただ、それが本当に直情的になっているだけなのか、というところはわからないが。


 ブンブンと頭を横に振り、考えを思考から払おうとする。

 しかし、夢の光景が脳裏にこびりついて剥がれない。


 普段以上に考え込んでしまうのは、アルベール様の危機だからだろうか。

 強く思い浮かんでくる「助けないと」という直感と、冷静になり思い起こされる「たかが夢だろう」という考えと。ふたつの私に、想いと身体とが引き裂かれそうになる。


「……ついに、今日なのよね」


 こっぴどく見続けた夢。その夜会。私の着ていたドレスのお披露目の舞台は、今日の夜にある。

 ただの夢だと思おうとしているのに。しかし、もしも万が一、と。そう考えてしまっては、どうも気が収まらない。


 キュッと締め付けられるような不安感と、夢の詳細を突き止められなかったもどかしさとが綯い交ぜになりながら。

 それでも時間は無情にも、刻々と夜会へと近づいていった。






「イザベラー、イザベラー!」


 王宮の舞踏場。その外にある庭園にて、こちらに向かって駆け寄ってくる姿がひとつ。

 アルベール様が主催側なため、夜会への入場に付き添ってくれた父に礼を言いつつ、相変わらずな様子の幼馴染の対処に向かう。


「イザベラ! うん、やっぱりその服装、似合ってるよ!」


「ありがとうございます」


 近づいてきた彼女――マリエルにそう返して、小さく礼をする。

 ニコニコとした笑顔でこちらを覗き込んでくる彼女に。しかし、私は少しだけ厳しい顔をして。


「ところでマリエル様(・・・・・)。まだこのあたりは他の人の目などもほとんどありませんが、言葉などには注意なされたほうがよろしいかと」


「あっ……」


 私がわざわざ様付けをして呼んだことで彼女自身今の状況を思い出したらしい。

 まだ夜会の会場に完全に入っているわけではないが。しかしその一方で他の貴族の方々の目線などがなくはない状況。先日の茶会でも話していたように、言動には気をつけないといけない場、なのだが。

 いつもどおりの調子で接近してきたマリエルに。まあ、そうなると思っていた、という感じで私は小さくため息をついた。


「だっ、大丈夫、です、よ。その、会場内では、キチンと……」


「会場外からも気をつけてください、という話です」


「ううー……」


 しょぼん、と肩を落としたマリエル。隣で小さく「イザベラにマリエル様って呼ばれるの、相変わらずなれないよ……」と、そんなことをつぶやいていた。


「それじゃあ、入りましょう。気をつけてくださいね?」


「うんっ! あ、はい、任せて! ……ください」


 ……本当に心配だ。

 そんな一抹の不安を抱えながら、私とマリエルは夜会の会場内に入る。


 キチンとした開始こそまだではあるが、既に会場にはたくさんの方が来場されており、あちらこちらから談笑の様子が聞こえてくる。

 私とマリエルの入場を見つけた様子で、近くにいた令息や令嬢たちがちらほらと寄ってくる。

 彼ら彼女らの興味の矛先は、どうやら私の様子。あれよあれよという間に周辺を取り囲まれ、マリエルとはぐれてしまう。


 実は、夢での記憶には二箇所ほど内容が不鮮明な部分があった。ひとつは夢から覚める直前。そしてもうひとつは会場入りしてからしばらくのことだった。

 しかし、この状況でなにがあったのかをハッキリする。おそらくは夢でも同じように取り囲まれていたのだろうが、そのあまりの情報量の多さに覚えきれていなかったのだろう。


 近寄ってきてくださった方々に一礼(カーテシー)を行い、様々話を聞く。

 その大体はアルベール様との婚約を祝ってくださるものがほとんどで、一部令嬢の方々からはアルベール様との話――いわゆるそういった色沙汰の話を聞いてこられる方々もいらっしゃった。

 そういったものが悪いとは言わないし、いつの時代もそういった話題は得てして盛り上がるものなのだろう。


 しかし、こうも周囲に集まられてしまうとどうにも行動が取りにくい。右にも左にも動けない状態だ。それにあちらこちらから話しかけられるので、どうにもやりにくい。

 なんとかここを抜け出したいものな一方で、しかしこうして興味を持っていただいて話しかけていただいている以上、それを無碍にするというのもなんとも失礼な話である。

 どうしたものか、と。そんなことを考えていると、遠方から女性陣を主とする黄色い歓声が聞こえてくる。

 その声に私の周りにいた人たちも視線を奪われ、ちょうど、私からも意識が逸れる。

 今のうちだ、と。そう思って、私はこっそりその場から離れる。


「……まあ、なにがあったかはだいたい想像はつきますが」


 チラと、少しだけ目線を向けてみると。そこにいらっしゃったのは想像通りの、御方。

 アルベール様だ。


 ありがたいことに彼が視線を釘付けにしてくれたおかげで、こうして質問攻めから逃れることができた。そのまま人が少なそうな方面に進み、葡萄酒のグラスをひとつ貰う。

 とはいえ彼の婚約者ではあるため、壁の花になるのは流石に立場的なものが許さない。とはいえ、入場して即座にあの対応だったのだ。少しくらい休憩をさせて欲しい。


「あっ! イザベラ……様!」


 ひと息ついていると、入り口で分断されてしまっていたマリエルが私を見つけたようで、こちらに向かって小走りでやって来ていた。

 言葉遣いについては途中で気づいたようだったが、それならば今度はもう少し淑やかに近づいてきてもらうようにしよう。


「相変わらずアルベール様は凄い人気だねぇ。イザベラ、様は挨拶に行かなくていいの?」


「本来ならば今すぐ行くほうがいいんでしょうが、あの人だかりとなると辿り着くまでにかなり時間がかかってしまいそうですし。もう少し人が引いてからにしようかと」


 あの様子は、いつものことだと言えばそのとおりなので。

 とはいえ、以前までと違って今では婚約者なので。やはり今すぐ行くべきなのだろうか。と、そんなことを考えていると、


「なにを言ってるんですの、イザベラ! この私から勝利を勝ち取ったというのに、どうして貴女がこんなところにいるんですの!?」


「わわっ、ルイーズ様、待ってください! イザベラお姉様も、その、ごめんなさいっ!」


「ミシェル? あなたいつもそうやって謝ってばかりで。もう少ししゃんとなさい?」


 赤色の豪奢なドレスに見を包んだ金髪の女性と、それに比べればいくらか控えめな装飾の緑色のドレスの、茶髪の女性。

 ルイーズ・エルフェ侯爵令嬢とミシェル・クロワゼ男爵令嬢だ。

 堂々とした佇まいのルイーズに対して、ミシェルは傍らの少しおどおどと肩を縮こませている。


「ルイーズ、様! 久しぶり……ですね!」


「全く。マリエルはいつまで経ってもその癖が治りませんわね。いつまでもそうやってイザベラに頼れるわけじゃないんですのよ?」


「うう、わかってるよ……」


「イザベラもイザベラです。貴女がずっと甘いから、こうしてマリエルの悪癖が抜けないままで――」


 ガミガミとルイーズから説教を受ける。が、これがなんとも絶妙に的を得ているからなんとも言い返せない。

 正直マリエルは旧知の仲だからと甘くなっている側面もある。


 ルイーズは、自分から言っていたように、少し前まで私と同じくアルベール様の婚約者候補だった方で、最後の最後までどちらが選ばれるか、と競い合っていた相手だった。

 それだけでなく、貴族のための寄宿学校では私やマリエルと同級で、更にはお互いに首席を奪い合っていた関係でもあり、奇妙なところで彼女とは深い縁がある。


 隣のミシェルは寄宿学校の頃の後輩で。最初はルイーズの知り合いとして出会った。

 初めの頃はそれこそルイーズの後ろから覗き込んでくるような方で随分と警戒されていたように思うが、しばらくしてからはかなり打ち解けてくださり、最終的にはどうしてかお姉様と呼ばれるほどに懐かれてしまった。


「とにかく、こんなところで壁の花寸前になってないで、行きますわよ!」


 そう言って彼女は私の手を取り、アルベール様の方を向き直って。

 ピシャリ、と固まる。


 ひとがある程度波が引いたらと、そんなことを先程は考えていたのだが。どうやらその頃より一層人が集まっているように見える。

 そんな様子に、彼女も一瞬私と同じように思ってしまったというような、そんな様子だった。


「……いえ、それでも私は行きますわっ! イザベラ、貴女は後で必ず来なさいな」


 流石に、状況が状況だと判断してくれたのだろう。たしかに、婚約者の私と元婚約者候補のルイーズとが並んで挨拶しに近づけば、おそらく気づいた周囲の人たちは気を遣って捌けてくれるだろうが。しかし、あの人たちにそれを強要するには流石に人数が多いようにも感じる。


 そのままルイーズは、私の手を握っていた手でそのままミシェルのことを掴むと、彼女を連れてアルベール様の方へと向かっていった。

 ミシェルは少し名残惜しそうな表情でこちらに向きながら、余った方の手を小さく振りながら、そのまま連れられ離れていく。


「相変わらず、嵐のような人だね」


「しかし、それがあの方らしいとも感じますが」


 ルイーズは勢いは強い人だが、しかし婚約者候補に最後まで残っただけあり、あれでいてとても気遣いのできる人だ。

 私に突っかかってきたのは、アルベール様に挨拶しに行けていない私のことを気にしてのことだろうし。彼女なりの様々な配慮があるおかげで、熱量こそ入り口での人だかりに負けないものの、とても話しやすく、気疲れはしていない。


(……さて。それにしてもどうしたものでしょうか)


 ぐるりと周辺を見回す。嫌なほど、夢で見た光景にそっくりだ。

 最初の頃はアルベール様が倒れる周辺のシーンだけであり、それ以外はぼんやりとした夢だったのだが。

 しかし夢を見るごとに途中途中のシーンまでもがハッキリとして、最近では会場入り前から始まり、こうしてルイーズとミシェルがやってくるところも夢に出てきていた。


 ……つまり、本当にここまで夢のとおりに進んでいる。もちろん、細かな話の内容までは覚えられていないので、精緻なまでに一致しているかと言われればわからないのだが。しかし、ここまでの展開。そして、光景はまさしくそっくりだと言える。


(そして、ここからのシーンは嫌というほど見た)


 それ即ち。夢のとおりだとするならば、これから起こるのは。

 ルイーズとミシェルが向かった先――アルベール様のいらっしゃる方向をジッと見つめる。


「……イザベラ? なんか、ものすごく怖い顔をしてるよ?」


 心配したマリエルが、そうして声をかけてくれる。どうやら、今の私の表情は相当に酷いらしい。

 なんとか気をつけたいところだが、正直今の私にそれを気にしていられる余裕がない。どうするべきだろうか。なにをするべきだろうか。


 アルベール様が、葡萄酒のグラスを手に取られる。


 あまりにも夢と一致しすぎているその光景に。今すぐにでも彼の元に駆けつけて、あれを飲むのを阻止すべきだろうか。

 いや、しかしアレはただの夢――いや、ここまで来てあれをただの夢だと思うのは無理があるだろう。とはいえ、だとしてもなんと言って引き止めればいい?

 グルグルと頭を巡る考えの坩堝に呑まれそうになった、その瞬間。


『イザベラ。君はとても聡明な人間だが。けれどもしかしたら、と考え込んでしまうところが欠点だな。だからこそ、困ったときはまず動いてみるといい』


 いつ、そんなことを言われたのだろうか。誰に、そんなことを言ってもらったのだろうか。

 しかし、記憶にないはずのその言葉が。ストンと身体の中に落ちてきて、自分のやるべきことがハッキリする。


 少しずつアルベール様の口元に葡萄酒が近づいてきている。それを止めるためには、考えるよりも、一刻も早く――、


「……ッ!」


「イザベラ!?」


 後方から、私の名前を呼ぶマリエルの声が聞こえる。すごく驚いた様子のその声に。しかし、それに答えている暇はない。

 会場内を駆け出し人混みの方へと急ぐ。そういう目的の靴ではないため、途轍もなく走りにくいがしかし今はそんなこと気にしている場合じゃない。少しでも早く、少しでも前へ。


 メチャクチャな速度で近づいてくる私に気づいた他の令息令嬢方がギョッとした様子で。しかし、道を開けてくれる。私の異常に気づいてくれたルイーズが「あなた方、そこを開けなさいッ!」と、大きく声を出してくれたおかげで、更に道ができる。


 そして、アルベール様の元へと辿り着くと、彼は驚いた様子でこちらを見る。

 肩で息をして、落ち着きも淑やかさも微塵もあったものではない、そんな私の様子に。しかし、彼はすぐに平静を取り戻し、どうした? と、声をかけてくださる。


「アルベール皇太子殿下、挨拶もなく、突然のお言葉。申し訳ありません」


「構わない。それで、それほどまでに急ぎの様子で。どういった要件だ?」


 さあ、ここが問題だ。突然の乱入により彼が葡萄酒に口をつけるのを遅らせることができた。

 しかし、なんの言い分を思いついていないままに来てしまったために、なんと言えばいいのかを思いついていない。


 毒だと言う? いや、それはだめだろう。下手な騒ぎになる。隠語で伝える? ダメだ、この場には貴族ばかりいる。気づく人間が出かねない。

 で、あるならば。


「……その、殿下の体調があまり優れないように見受けられたので、葡萄酒は控えられたほうがよろしいかと」


 無茶苦茶なのは、わかってる。でも、お願い。

 これで、伝わって――、

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