#18
話し合いの方が本格的に始まるということもあり、イザベラ、マリエル、そしてミシェルはルイーズに連れられて応接室から出る。
「そういえば、以前話していたように私も植物を育て始めたのです」
そう言いながら、彼女はそのまま3人を庭へと案内する。
屋敷裏手の出入り口から外に出れば、噴水を中心に手入れの施された広い庭が広がっていて。
それにマリエルが素直な様子で「すごっ! これをルイーズが手入れしてるの!?」といった様子で驚くものだから、ルイーズは呆れたように苦笑いしながら、ここは元からある庭園で、手入れしているのは専属の庭師だ、と。
自身が手入れしている庭はこちらです、と言いながら、彼女が先導していくと。そのまま庭の少し外れに、今までの庭園とは少々意匠の違ったエリアが現れる。
「まあ、育て始めたばかりといえばそのとおりなので、まだまだ見て楽しめるようなものがあるわけではないんですけれど。時期的に、花もまだついていませんし」
ルイーズはそう言いながらも。しかしながら、堂々として自身の庭を紹介する。
「しかし、こうして自分でやってみると。外から見ているだけのときと違って、いろいろなことが見えてくるものですね」
ルイーズは、ややしみじみとした様子でそうつぶやく。
それについては、私も同様にそう思う。
やってみて初めてわかること、やってみないと見えてこない視点。そういったものは、間違いなくある。
こうした生け垣ひとつとったとしても、なにも知らないままでは「キレイな形に剪定されている」であるとか。花がついている頃合いなら「花がかわいらしい」であるとか「いい香りがする」のような感想が出てくるが。
これが実際に手入れをやるようになると「どのようにして枝を目立たなく剪定しているのか」とか「肥料はどんなものを使っているのか」とか。そういうことが気になってきたりする。無論、人にもよるとは思うが。少なくとも、イザベラはそう感じた。
そして、それはルイーズも同じなようであった。
「正直、あまり狩猟のよさは私には理解できないんですけど。でも、もしかするとお父様のようにやってみるとなんらかの面白みを理解できるのかもしれませんね」
ルイーズのその言葉に、イザベラは少しドキリとする。
直接的な話ではないのだけれども、やはりそのことについてをずっと気に張っているので、言葉が聞こえてくると、つい反応をしてしまう。
改めて少しだけ心を落ち着けてから、私はゆっくりと口を開く。
「たしか、セルジュ侯爵は狩猟がお好きなんでしたっけ?」
「好きも好き、大好きというやつですわね。なにせ、あの森はそのためのものですし」
そう言いながら、ルイーズは小さくため息をつきながら。呆れつつも庭の奥側に広がっている森を指し示す。
曰く、森自体は代々継承してきているものなのだと言うが。その一方で、狩猟に適するように、という改良、もとい改造が施されているのだという。
「そういう意味では、エリック伯爵のご趣味のほうが余程建設的だとは思うんですけれど」
「まあ、お父様はお父様で、しばしば没頭しすぎてお母様に怒られていますけどね」
なににせよ、なんだかんだで趣味というものには好い面も悪い面もあるものだな。と、そう痛感する。
たしかに庭園を作ることによって見目をよくすることはできるが、男性同士の社交の場としては、観覧する以上にあまり話せることもなかったりする。
こだわりのポイントであるとか、あるいは品種改良の過程や現在実施している品種についての話などをできなくもないが、そういった事柄は貴族相手に受ける話ではなく、どちらかというと庭師や研究者相手に喜ばれる話であろう。実際、お父様はよく庭師の人たちと談笑していたりする。
一方でセルジュ侯爵の趣味についても、一見するだけではたしかに費用だけが嵩んで、あまりそれだけでは大きなものを齎さないような趣味であるかのように思えるが。今回がそうであるように、社交の道具として使うことができる。
「そういえば、エリック伯爵は狩猟の腕はいかほどで?」
「まあ、それなりですね。お父様はこういう機会でもないとあまり狩猟のたぐいは行わないので」
実際、今日のために猟銃を出してきていたが、イザベラ自身、そういえばそんな箱に入っていたな、と。そんなことを思うほどにはその存在を見るのは久々だった。
イザベラは今回狩猟が行われる森の方を眺めながらにそう答えを返す。
……はたして、あそこは夢で見たあの森なのだろうか。
夢の中では、いつも森の中から始まっていた。だから、こうして外から眺めただけでは、ここが本当にあそこなのかがわからない。
「ちなみに、森の中に入ることはできるんですか?」
「いちおう普段であれば入っても大丈夫なんですが、今はダメですね。狩猟の前なので」
不用意に入って、中にいる動物や鳥を刺激してしまってはあとの狩猟に影響しかねない。だから、狩猟が始まる前は基本的には森の中に入ってはいけないのだという。
「それに、シンプルに危険ですし」
ルイーズはそう付け足す。
下手な刺激を与えないようにするため、狩猟を行う前に中の様子などについては直前には確かめずに行う。だから、狩猟前に入ってしまうと、そこに人がいることがわからない状態で狩猟が始まってしまうことになる。
そうなると、森から出ようとするその行為でさえも、動きから発生する物音などが獲物と勘違いされて発泡される恐れがある。
だから、狩猟の前にはむやみやたらに森の中に入るべきではないのだという。たしかに、道理であろう。
なお、当然ではあるが、狩猟中に森の中に入るなんてことはご法度である。それこそ自殺行為に等しく、謝って撃たれてしまっても文句が言えない。余程のことがない限り、入ってはいけないということになっている。
(でも、夢の中の私はたしかに森の中にいた。……それほどに余程のことであると判断したのであろう)
まあ、アルベール様が狙われている、ともなれば、たしかに余程のことではあるのだけれども。
「でも、そうだとすると、事前に誰かのところを荒らしておいて妨害する! なんてこともできそうだよね!」
ぐいっと、マリエルが首を物理的にも突っ込んでくる。
「ええ、それはそうですわ。だから、狩猟での狩場は直前にくじで決めるんですのよ」
ルイーズがマリエルの疑問に対して真摯に答える。
彼女が言うように、狩場が直前に決まれば、そこから妨害を加えるということは不可能だろうし、その前になにかしらの工作を行っていたとしても、そこが狙った相手に当たる可能性も低ければ、同時に、自分に当たる可能性もある。それを考慮するならば、たしかに仕込みをするにはリスクが高くなるだろう。
「なるほどねぇ。教えてくれてありがとうルイーズ!」
「いえ、これくらいどうってことはありませんわ」
マリエルとルイーズが笑い合いながらにそう話す。
できれば、事前にここが夢での場所なのかの判断ができないのだけれども。しかし、入れないのであれば仕方がない。特に今回についてはそうすべき理由がきちんとあるのだから、こればかりはやめておく他ないだろう。
私がそんなことを考えていると、先程から全く話に入ってきていないミシェルのことが気になって、ふと振り返ってみる。
どうやらこちらの話に意識を向けてはいる様子で、森の方を見てはいるのだけれども。どこか暗いような、緊張しているような表情で。
「どうかしましたか? ミシェル」
「ふぇ? えっ、ああ! イザベラお姉様。いえ、どうというほどではないんですけれど」
ミシェルはそう言いながら、しかし、少し口をもごもごさせつつ、ええっと、と切り出して。
「狩猟は、命を奪ってしまうものだから。少し……いえ、かなり怖いし、緊張しそうだな、って」
「……ええ、たしかにそれは、そうですね」
狩猟自体はたしかに遊戯として命を奪う。そう考えると、なかなかなものではあるだろう。無論、命を奪うからには、しっかりと最後まで食べたり、あるいは皮などを利用したりはするが。
「……私には、あの猟銃が、銃弾が、引き金が。重たく感じそうです」
キュッ、と。その手を握りしめながら。ミシェルはそう呟いた。
少しだけルイーズとミシェルから離れて。イザベラはマリエルとふたりきりで話していた。
「もし、今回に夢の内容が起こるとすると、猟銃を持って入った人が犯人になるってことだよね?」
「もしも今回起こるのなら、という前提にはなりますが、そうなるかと」
ここまでの話を踏まえながらに、マリエルとイザベラは確認をしていく。
狩猟自体は森を三分割して、それぞれのエリアをひとりが探索しつつ、狙う。
もちろん、大雑把な分け方なのでお互いにあまり近づきすぎると事故が起きかねないので、基本的には境界線付近には近づかない前提で。
また、ルイーズ曰く、森の中にはある程度の標識があり、そこを超えると他人のエリアに近づきすぎているということが示唆されるらしい。狩猟のための改造、と言っていたが。たしかにこれはそのとおりだろう。
「ということは、事故で狙われたわけではない――狙って、殺意を持って近づかないということになります」
イザベラはそう断定する。
狩猟に参加するふたりは、近づくのが意図的でないとおかしい。そもそも参加していない人であれば、殺意がなければ前提が崩壊する。
つまり、悪意がなければ起こり得ない。
「そして、猟銃を持って森の中に入るのはアルベール様以外には、お父様とセルジュ侯爵のふたり」
「じゃあ、そのふたりのどちらかが犯人ってこと?」
そうだ、と言いたいが。だがしかし、動機がわからない。
セルジュ侯爵の方はルイーズの一件がありはするので全くないとまでは言わないが、だからといって国家反逆罪にあたることをするまでかと言われるとそうではないだろう。イザベラの父であるエリックに関しては尚更である。
であるならば、イザベラが把握できていない動機、事情がそこにあるのか。それとも、そもそもこの二人ではないのか――、
「でも、この二人じゃないとしたら誰がやるの?」
ルイーズの説明にもあったとおり、狩猟中の森に入るのは命を落としかねない危険な行為である。
それでもいいから、というレベルの殺意を持っているのならば話は別だが。逆に言えばそれほどでもなければ侵入する旨味がない。
じゃあそもそも侵入せずに罠のたぐいを仕掛けておけばいいじゃないか、と。そう考えても、これは成立しない。
なぜならば、狩猟地は直前に、くじによって選ばれるから。
アルベール様をピンポイントで狙うという前提に立つ必要はあるが。そんな的中率1/3のギャンブルなど、リスクを背負ってまでやる理由があるかと言われると難しいだろう。
狙いが無差別であるとかならば話は別だが。それは一旦考慮から外してもいいだろう。
つまり、外部の人間がやるのは不可能に近い。
まあ、そもそもの話。今日アルベール様がやってくるということを把握している人間がいなかった以上、事前の罠を仕掛けるということも不可能に近い話なので。やはり参加者と考えるのが自然ではあるだろう。
ならは、アルベール様を狙うのはイザベラとルイーズの父のいずれかということになるが。
「……でも、こっちも結局1/3の確率で狩猟地の森が隣り合わなくなるよね」
マリエルがしばらく考えてからそう言う。
そう。仮にアルベール様を殺害するために互いのエリアを抜け出して侵入するにしても、真ん中にもうひとりが挟まっているだけでその難易度が跳ね上がる。
もうひとりにバレないように森を突っ切り、アルベール様にもバレないように接近してから射殺。そして再びバレないように森を通り抜けて、自分のエリアに帰還。
「ええ、不可能と言って差し支えないだろう。もうひとりの動き方を計画に盛り込めない上に、万が一のことを考えると自分がもうひとりやアルベール様に撃たれる可能性があります」
「じゃあ、たまたま隣り合ったから奇跡的に行動に移そうと思ったってこと? でも、それのほうが余程なさそうな筋じゃない?」
それこそ、本当にとんでもない恨みであるとかの動機がないと無さそうな話である。
「今のところ、私やマリエルが知る範囲の2人では、そういう動機は持っていなさそうに思えます」
これからの残りの時間で、どれくらい調べられるのかはわからないけれど。なにかしらの事情を知ることができれば手がかりになるかもしれない。
「マリエル、調べてみてもらえますか?」
「了解。どれだけわかるかわかんないけど、それとなく頑張ってみる!」
この手の話は、イザベラがやるよりも、比較的人当たりの好いマリエルのほうが適任であろう。
なにかしらの情報が得られることを願いながら、イザベラは友人の背中を見送った。




