2-1 旅立つ
第二章
2−1
「やっすい肉でごめんねえ。でも一応黒毛和牛だから。こっちは交雑牛。結構美味しいのよ、脂が乗ってて。お野菜も食べてね。春菊、まだ切ればたくさんあるから」
お母さんは、僕が東郷さんを連れていくことをメッセージアプリのエーテルで伝えると、会社帰りに大量に肉を買ってきた。
お陰で僕は稀に見る豪華なすき焼きを食べられることになった。
他にも食卓にはお母さん渾身のポテトサラダやきゅうりのナムルなど酒のアテが色々並んでいる。
「ささ、飲んで飲んで」
お母さんは酒屋で働いていて、うちには社割や古くなって買い取った酒が大量にある。
中には結構いいお酒もあって、僕は未成年だからよくわからないけど、今東郷さんに出しているお酒も高級なイイお酒らしく、東郷さんも上機嫌だ。
「すみません、急にお邪魔した上に、こんなにご馳走になって」
東郷さんは爽やかな笑顔で言いつつも、遠慮なく黒毛和牛をすくって食べている。
「いいええ。これから颯希がお世話になるんですもの。でも今時丁稚奉公なんて珍しいのねえ」
「給料はちゃんと出ますから、安心してください」
「技術も教えてもらって給料も出してもらえるなんて、なんか悪いわねえ」
「そんなことないですよ。先行投資というものです。颯希くんが立派な職人になってくれれば、私どもも助かります」
「颯希がねえ、ちゃんとやれるのかしら」
「大丈夫です。颯希くんは見込みありますよ」
東郷さんはそう言うと、僕の耳元で呟く。
「あんなにいきなり龍が懐くんだもんな。見込みあるのは本当だよ」
褒められると、手放しに喜んでしまうのは僕の悪い癖だ。
でも、嬉しい気持ちは誤魔化せない。
「東郷ったら、照れちゃって。でも、その気になって調子に乗るんじゃないわよ。お父さんがいつも言ってたでしょ。常に感謝と謙虚な気持ちを忘れずに」
「わかってるよ」
そういえば、お母さんは東郷さんのことを知らなかった。僕と従兄弟だというのに、不思議だ。
「お父様は、ご病気で?」
東郷さんは、リビングの角にある仏壇を振り返る。
「ええ、そうなの。持病はなかったんですけど、しばらく体調の悪い日が続いたと思ったら、心臓発作で突然」
「そうでしたか。すみません、辛いことを思い出させてしまって」
「いいええ、もう過ぎたことですから。ピンピンころりが一番幸せですよ。こうしてマンションも残してくれたし、生命保険にもしっかり入っていてくれたから生活には困ってないの。ひとり親だから国の補助も色々ありますしねえ。いない方が潤ってるくらい」
母はそうやって笑い飛ばすが、父が亡くなってから何年かは塞ぎ込んでいた。それでも僕のために一生懸命やってくれているうちに、今の明るさを取り戻したのだ。
「息子さん、大事にお預かりします。たまには、帰れますから」
東郷さんも母の気持ちがわかったのか、優しくそう言った。この人は、人の痛みをわかる人だと思う。
「ありがとうございます。でも、一人前になるまでは、帰ってこなくていい」
これには僕の方が慌てた。
「そんなこと言わないでよ。僕だって、たまには帰りたいし」
「そんな甘いことでどうするの」
母が急に僕に厳しい目を向けた。
「あなたはこれから大事なお役目を果たすのよ。覚悟を決めなさい」
その言葉に僕はハッとさせられた。
母は、気づいている。知っていて、何も言わないんだ。
「さっ。どんどん食べて、どんどん飲んでね」
母はまたガラリと雰囲気を変えてそういうと、僕にもコーラを注いだ。
いつもは一杯しか許されてない、今日は特別の二杯目のコーラ。
「誇らしいわ、お母さん。頑張るのよ」
そう言うお母さんの目には、薄らと涙が浮かんでいた。
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