1-5 美男子
「と、いうことなんだよねぇ。思い出した?」
はっと気づくと、目の前にあの白狐面の男が立っている。
僕はまだ誰もいない道場に居た。
「はい。でも、じぃは僕の側にいましたよ。一昨日の朝目覚めたら枕元にいて、なんだろうと思ってたんです。可愛いから、ついそのままに」
「うん。一回連れ帰って手続きした。書類上は俺の龍ってことになってるよ」
「ええと、それがなんで僕のところに……」
「放し飼いにしてたら、出かけてるうちにいつのまにか居なくなっちゃっててさぁ〜ごめんごめん。君のこと好きなんだろうね」
この前もなんだか緩い人だなと思ったことを僕は思い出した。
「でもやっぱり龍の気は目立つよね。この子はまだそれを調整できないから、黒狐のやつに見つかってしまった。君たちを守るには俺が君を弟子にするしかなかった、ごめんね」
「よくわからないけど、助けていただいてありがとうございます」
「助けられたのかどうかは、わからないよ。三月後に試しがある」
「試しって、さっきの人が僕にしてきたようなことですか……」
「そう。でもあれは新弟子検査みたいなもの。無くても弟子にはできるから、俺が君を弟子に登録した。そして今度の試しは、龍騎士としてやっていけるかどうかを試すものだよ。期限は三ヶ月。それまでに君は基本の形と術を覚える必要がある。これに通らないと、言いにくいんだけど殺されるんだよね」
言いにくいと言いながらあっさりと言ってくれる。逆に現実味が薄くて、恐怖は薄らぐ。
「あの、警察に守ってもらえたりしないんですか……?」
「あははっ」
男は笑上戸らしく、面白そうに笑って言った。
「日本は法治国家だって? 欠陥だらけの法律なんてなんの意味もないよ〜。まあ、殺人は犯罪だけど、バレなきゃ捕まえられないしね」
「バレないなんて、そんなことあるんですか?」
「いっぱいあるよ。わかり易いのだと呪いとか? 呪い殺されたって、日本の警察じゃそれ立証できないでしょ?」
確かにそうだ。でも、実際そんなことがあるなんて、信じられない。
「まあ、君がこれから踏み入れなきゃ行けない世界ってのは、非常識が常識なところだよ。申し訳ないけど、この三月で積んでもらう鍛錬は厳しいものになるよ。俺は君を死なせたくないから、耐えてもらいたい」
「僕も、こんなわけのわからないまま死にたくはないです。でも、厳しいって、どのくらいですか」
剣道の稽古も楽なものじゃない。でも、その先に死が待ち構えているようなことなんてなかった。
「そうだね。いわゆるシゴキとか体罰とか、現状の法律では禁止されるようなことが当たり前にある世界かな」
僕は思わず唾を飲み込んだ。
「どうする?」
「もう、後には退けないんですよね」
「何も知らないただの中学生には戻れない。知ってしまったからね」
「変な気持ちです」
「変なってどんな?」
「怖い。とても怖いんですけど、でも、なんか、あなたに会えてよかったと思うような。今まで、人に見えないものが見えて、それがどうしてなのかわからなくて。自分はおかしいんじゃないかって思ってて。たまに世界から取り残されているような気がしていて。なんだかやらなきゃいけないことが他にあるのに、それが何かわからなくて。今、全部スッキリしたような気持ちです」
「それが、宿命だからね。いくら箱入り息子にしたって、逃れられはしないのさ。俺の弟子になるかい?」
男が僕に手を伸ばしてくる。この手を取ったら終わりーー。
いや、始まりだ。
「よろしくお願いします」
僕は男の手を握った。握り返してくれる男の手は力強かった。
男が白狐の面にもう片方の手をやった。取る。
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