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1-3 一週間前のこと


 カツカツカツカツ。


 僕は自宅の机で、進路希望表に志望校を書き込んだところだった。

 

そこは、県内有数の剣道の強豪校。

 

みんなは進路に迷っているみたいだけど、僕はもうこの選択肢一択だった。


 剣道の特別活動推薦で高校に行く。


 それ以外、僕に道はない。


 勉強が嫌いで今までしてこなかったから。


テスト前で部活のない時も道場に通って遅くまで稽古していた。


 そうやって剣道に打ち込んでいたらいつのまにか他の道を見失っていた。


 後悔、はしていないと思う。


 でもなんだろう。このスッキリとしない気持ちは。


 僕はシャーペンを置いて窓の外を見上げる。

 

今日は満月だった。


 暗い夜空にまん丸の大きな月がドーンと、構えている。


 それがなんだか空々しく僕には思えてしまう。


 夜を照らす光など、まるで偽物のようで。


 とその時だった。


 月の前に黒い影が横ぎった。


 うさぎが大地を跳ねるような感じで、屋根から屋根に飛び移った者がいる。


「え。泥棒?」


 僕は急いで卓上ライトを消して、窓の外を凝らして見る。


 もう夜更けということもあって街の明かりは消えていて、遠くの方はよく見えない。


 やっぱり見間違えだろうか。


 目の前には静かな夜の街が広がっているだけ。


 不思議なものを見た高揚感が虚しく残る。


 視線を落とした先に、今書いた進路希望表がある。


 このままで、本当にいいのか? 


 自分の中の自分じゃないような声が頭の中で響いたような気がした。


 僕はため息をつきながら窓を閉めた。諦めることには慣れている。


 父が亡くなった時から。


 カーテンを閉めて、再び卓上ライトをつけ、何気なく後ろを振り返って僕は飛び上がるほど驚いた。


 蒼い手のひらサイズの生物が、部屋の真ん中にちょこんとお座りをしてこちらを見ていたのだ。


 蛇、蜥蜴、やもりいもりかなへび。僕は頭の中の生物図鑑を大検索したけれど、該当する名前はない。


 ただ、ファンタジーの世界にならこの生物の名称が存在する。


「龍ーー?」


 すると蒼いそれは、返事をするように「じぃ」と鳴いた。


「おまえどこから入ってきたんだよ」


 僕が言うと、蒼い龍は鼻をわずかに持ち上げた。窓の外を差し示したみたいだ。


「日本語がわかるのか」


「じぃっ」と鳴く。


 うん、と言っているように聞こえた。


 僕はしゃがみこみ、恐る恐るそいつに手を伸ばす。


 噛まれたりしやしないかと心配だったが、龍は首を出し僕の手のひらにすりすりと擦り付けた。


「かわいい」


 僕は安心して、そいつを優しく抱き上げた。


 見た目よりもずっしりと重く、鱗の表面は冷たい。間近で見るととても美しく宝石のようだった。


「どうしよう。うちのマンションペット禁止なんだよな」


 そもそも、龍って飼っていいものなのか? というか、架空の生物じゃないのか? 


 でも目の前にいる蒼い龍が幻だとは、思えない。


「じぃっ」


 と龍が何か訴えてきた。


「もしかして腹が減ったのか?」


「じぃっ」


「何食うんだよおまえ。うちペットフードなんてないぞ」


 僕は龍を胸ポケットに入れて台所に向かった。お母さんはもう寝たみたいだ。


「爬虫類っぽいから、肉とか食べるのかな」


 冷蔵庫を開けた途端、龍が僕の胸ポケットからいきなり飛び出し、卵を殻のまま一飲みにした。


 勢い余って、尻尾が他の卵を弾き飛ばす。

「うわっ」


 僕は慌てて手を伸ばしたけれど、キャッチし損ねた卵が床で潰れる。


おまけに龍がソーセージの袋を食い破っている。


「ちょっと待って。静かにしないとお母さんがっ」

 相当お腹が空いてたみたいだ。


「何してるの、颯希」


 案の定、母が起きてきてパッと電気がつけられる。


 僕は龍がかじったソーセージのパッケージを持ったまま、気まずい視線で母を振り返った。


 そのパッケージには龍が齧り付いていてぷらぷら揺れている。


「あーあー、何やってるのよ。お腹すいたの?」

「あ、うん。夜食でも作ろうと思って」

「やだ。ソーセージ生のままかじったの? 卵もこんなに散らかしてもう」

「ごめんなさい」

「いいからどいてて。スクランブルエッグとソーセージでいいのね?」

「あ、うん」


 龍は片付けを始めるお母さんの前を堂々と横切るけれど、お母さんはまるでそれに気づいてない。


 見えてないんだ。


 僕にはこんなにはっきり見えるのに。


 僕は信じられない気持ちでリビングのテーブルに座る。


「もう、こんな開け方して。まるで獣がかじったみたいじゃない」


 みたい、でなくてその通りなんだよな。


 お母さんは、ぶつくさ言いながらもあっという間に片付けを終えるとスクランブルエッグとソーセージを作って、一つの皿に載せてくれた。米粉のロールパンも2つ載っている。


「お皿は浸しとしいてよね」

「うん。わかった。ありがとう」

「可愛い息子のためならエンヤコラよ。じゃ、おやすみ」


 エンヤコラってなんだ? 母はたまに年寄りくさい。

 

僕がまだ小学生の時に父が亡くなって、それから母は一人で僕を育ててくれた。


父の残してくれたマンションがあったけれど、物価も上がって賃金は上がらない昨今、苦労したようだ。


というか、そういう話を散々聞かされている。

「じぃっ」


 気づけば龍はがっつかないでちゃんと僕がいいよというのを待っている。


「待ってね。部屋に行ってからね」

 僕は肩に龍を乗せ、料理の皿を持って部屋に向かった。


 戸を閉めてふーっと息を吐く。

「あー緊張した。ほら、食べていいよ」

「じぃっ」


 待てから解放された犬みたいに、龍は喜んでソーセージを食べ始めた。


 小さい身体でよく食べる。ソーセージなんて龍の身体の半分くらいあるのに、あっという間に平らげてしまった。


「しかしおまえお母さんには姿が見えないんだな」


 やっぱり本物の龍なのか。


 だとしたらなんで僕にだけ見えるのか。まぁ、昔からこの世ならぬものが見える体質ではあった。


 けれど龍を見たのは初めてだった。


「ほんとにいたんだな、龍って」

「じぃっ」 


 夢中でソーセージを食べてた龍が、僕の言葉に反応して返事する。可愛くて、つい頭を撫でた。


「おまえ名前はないのか?」

 龍は首を傾げる。


「それじゃあ、じぃだな。おまえの名前はじぃ」

「じぃっ」

 じぃは名前をもらってどこか嬉しそうだった。


「たくさん食べて大きくなれよ」

 言ってから疑問に思う。


「龍ってどんくらい大きくなるんだ?」


 部屋に入りきらなくなったらどうしようか。てゆうか、このまま僕はこの龍を飼ってていいのか?


 他の人には見えないらしいから、マンションの規則に関してはクリアだ。


 一生懸命ごはんを食べるじぃが可愛くて見ていたら、ふと何かに気づいたように顔を上げた。


 窓の方を見て「じぃっ」と鳴く。


「どうしたんだ?」

 僕は立ち上がってカーテンを開け、また飛び上がるほど驚いた。


 今度は心臓が跳ね上がった。


 窓の外に、人が、しかも5.6歳の子どもが、中を覗き込むようにして立っていたのだ。しかもバルコニーの柵の上!

この作品悪くない


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